学習を楽しく
中野 剛志(評論家)
質問1:
中野先生は昨年、TPPの問題についてテレビで堂々と話されていましたが、人前で臆せず話すにはどうしたらいいんでしょうか。
中野:
私はテレビは出ないようにしていて、ただ、2週間だけ出ていました。テレビというのは、影響力が高いですから。実はTPPに関しては、私なんかより偉い人に「多勢に無勢なのでテレビに出てくれ」と頼まれたんです。「このままだと日本はやばい、自分たちの言い分を誰も聞いてくれない」という具合に。やれるだけのことをやってみましょうということで、そこにテレビから生出演の依頼がありました。初めてでしたが、全然ビビりませんでした。今日の方がビビるくらいでしたよ(笑)。自分はなぜこんなにビビらないんだろうと思うと、多分自分が思っている正しさに自信があるからです。人に何かを伝える際に、有名になろうとか邪念があると、ダメなんです。もし、それがうまく伝わったのならば、私の説得力ではなく、正しさです。ですから、話し方を鍛えるのではなく、正しさというものを見極めることが大切です。
質問2:
先ほど、エディンバラ大学のお話をしていただいたんですが、なぜ留学をしようと思ったんですか。
中野:
今思い返せば、社会科学という分野は海外で学ぶ必要はないと思います。今はグローバル化しますから、根性と立派な図書館があれば大丈夫です。ただ、私の場合は、師匠から、私の研究分野は東大に残っても無理だと言われ、国家公務員になりました。しかし、やはり学問への世界への思いが捨てきれなかったんです。ですから、留学することで研究時間がほしいと考えていました。それから、留学すると自信が付きます。海外の研究のレベルが、どの程度のものか分かるんです。そして、私はイギリスに行ったのですが、それまでは欧米というものはひとくくりにして考えていましたが、欧と米では全然違うこともわかりました。もう一つは、実務と研究の世界を往復したいと思って、博士号を取りたかったんです。博士号を取れば、大学に戻ることができますから。官僚の留学は2年だったんですが、3年目は自腹で学びました。そして、京大で教えることができたわけです。
質問3:
官僚ってよく聞くんですが、あまりイメージがつきません。普段はどのような仕事をしているんですか。
中野:
これは省庁によります。 例えば、厚生労働省ならば、社会保障の制度をどうするか、ということを考えたりします。官僚が世の中を動かしているというのは買い被り過ぎで、政治家と協働で、または指示を受けて仕事をしています。普段見えないというのは、当たり前で、見える時ってのは、不祥事を起こした時ですね(笑)。私がやっていた時の話をすると、私は自然エネルギーの仕事をやっていました。2006年に洞爺湖サミットというのがあったりして、環境問題が盛んでした。その頃、バイオ燃料がこれからのエネルギーで注目されていました。とうもろこしとかから、バイオ燃料をつくって石油と混ぜるんです。しかし、バイオ燃料はまずい。なぜなら、食料の値段が上がってしまうことが、調査すれば分かるんです。したがって、バイオ燃料の開発にはあまり予算をつけなかったり、あるいは、ガソリンに混ぜるためには、燃料に関する法律を変える必要があるので、変える必要はないんじゃないかという議論をしました。じゃあそれに代わるものは何かということで、電気自動車か、ハイブリッド車がいいだろうということで、電池の技術開発に予算をつけたんです。どこに予算を落とすかということを決めるのは国会ですが、原案はけっこう、役所でつくれるんです。もちろん、国会で通らないこともありますが。
今トヨタがCMでやっているハイブリッド自動車の電池の開発は、その5年以上前に、私の発案で始まっていたんです。もっと面白いのは、2004年に蓄電池に予算をつけたら、蓄電池では自動車はダメだとある人から言われたんです。「君は部品の細かいところは知らんだろ。日本が一番の技術を誇っている電気自動車は、モーターの中の永久磁石というのがレアアースを使っているんだよ」と。それで「えっ?」となって、「日本は電気自動車は世界で一番とか言っていて、省エネの技術を持っていても、首根っこは中国に押さえられているということですか」と聞くと、「そうだ」と。真っ青になって、次の年からは、レアアースを使わないモーターに20億円つけたんです。そしたら、2010年に尖閣諸島の問題が起こって、レアアースの値段がそれまでの何倍にはねあがって、大騒ぎになった。しかし、その時にこういうニュースが入ってきました。「北海道大学がレアアースの必要ない磁石の開発に成功した」と。あれは北海道大学がすごいということになっていますが、あれは実は私がつけた予算でできたんですよ(笑)。もちろん、これは成功例ですし、読みが甘かったりした部分はありましたが、それは格好が悪いのでここでは言わない(笑)。
第1回 中野 剛志 受験勉強は、実はけっこう役に立つ ~本気で勉強したからこそ見えてきたこと
(1)自分が何に向いているかは、振り返ってみないとわからないけれど
(3)円高から環境問題まで。世の中のからくりへの興味が進路を決めた
(5)受験で学んだ勉強の極意
(7)質疑応答より
中野 剛志(なかの たけし)
評論家
2010年~2012年京都大学准教授。 1971年生まれ。高校時代に円高不況で、実家の家業が打撃を受けたことから世の中の仕組みの解明に目覚め、そのためには正しいことを教えてくれる立派な先生がいる大学へ、と東大を目指す。浪人中に河合塾の小論文指導で出会った、当時東大院生の松浦正孝先生(現 立教大学法学部教授)に学問の真髄を教えられ、東大教養学部を勧められたことが現在につながる。「TPP亡国論」(集英社新書)等の著書やテレビの解説で、明快なTPP批判を展開する。西部邁先生の私塾に通っていた時は、「社会に出たら上司とケンカするな」と口酸っぱく言われたという逸話も。