地球時代、今を生きる学問

AKBから読みとろう!いまどきの人間関係

第2回

フラット化する人間関係

土井 隆義(筑波大学大学院人文社会科学研究科教授)


(2013年3月掲載)

フツーの子による未完成なパフォーマンス


皆さんは、従来のアイドルグループと比較してみたとき、AKBのメンバーの特徴はどこにあると思いますか。私は、少女たちがいずれもしろうとっぽさを強く残している点にあると思っています。AKBのオーディションでは、これまでのアイドルグループとは違って、飛びきりの美少女ではなく、クラスで中ほどの女の子が受かるといいます。いってみればフツーの子です。前回のエッセイで、AKBのファンたちは自らの手で押しメンを育て上げる実感を味わうことができると書きましたが、総選挙や握手会とともに、その実感を支えているのがこのしろうとっぽさという特徴です。

 

また、それと大いに関連しているのですが、AKBの売りは完成されたパフォーマンスではない点も特徴の1つに挙げられます。彼女たちのドキュメンタリー番組や映画を一見すれば分かりますが、その魅力の源泉は、芸能のプロとしての技量の高さにあるのではなく、むしろ素人っぽさを前面に出した素の生活自体にあります。ステージ前の練習風景や右往左往する舞台裏をすべてさらけ出し、いわば彼女たちの生活がまるごと商品化されているのです。いや、身も蓋もないその日々の舞台裏こそが、むしろAKBの主要なエンターテイメントといってよいかもしれません。

 

でも、だからこそファンの人たちは、フツーの子を自分の力で押し上げていく実感を得ることができるのでしょう。その意味では、AKBはアイドル(偶像)グループではなく、じつはフツーの子グループといえます。今年の総選挙のとき、20歳のある男性ファンは、「成長過程の秘蔵っ子を探そうと思って」押しメンを切り替えたと語っていました。お好みのペットを育てて楽しむゲーム。人によってはそんなイメージを抱くかもしれません。

 

 

ファンとのフラットな関係


このような仕組みによって支えられているのは、AKBのメンバーとファンのフラットな関係です。かつてのアイドルは、ファンが仰ぎ見る憧れの存在でしたが、AKBでは両者の関係がほぼ対等になっています。ファンの中には、押しメンの人気は自分が育ててやった結果だと豪語する人もいるほどです。お気に入りの女の子の人気を自分の力で盛り上げ、その活躍を支援したい。今日のアイドルを支えているのは、まさにこの共闘の感覚といってよいでしょう。

 

もっとも、このように書くと、かつての「おニャン子クラブ」を知っている人は、あれだって素人っぽさを売りにしていたのではないかと思うかもしれません。たしかに「おニャン子」は、AKBと同じく秋元康さんがプロデュースしたこともあって、AKBの前身といってもよいグループです。しかし、アイドルとファンによる共闘の感覚は、そこにはまだ存在していませんでした。

 

「おニャン子」の戦略は、まだネットが普及する以前という時代背景もあって、TV局が用意した「夕焼けニャンニャン」という番組の枠組みのなかで、業界の楽屋裏をただ一方的に見せる程度に留まっていました。アイドルの育成にファンが主体的に参加しているという意識は、まだそこに醸成されていませんでした。その点で、プロモーションの主導権は専門家の掌中にあったのです。もちろんAKBだって、秋元康さんが戦術を巧みに練り上げたビジネスモデルに違いありません。しかし、いまや彼とファンの関係すらも、ネットの上ではフラットに近いものになっているのです。

 

 

メンバーのフラットな関係

 

手の届かないアイドルの華々しい姿に憧れるのではなく、ごく平凡なクラスメイトが、世間の注目を浴びて輝き始めるプロセスを、対等な立場から応援したい。AKBのファンの多くは、きっとそう考えていることでしょう。近年、単体のアイドルよりグループの人気が高いのも、大勢の中から好みのキャラを見つけ出しやすいというだけでなく、学校の部活で頑張っている仲間たちを脇から支えているような感覚が、そこに成立しやすいからではないでしょうか。


このような対人感覚は、アイドルとファンの関係にとどまらず、AKBのメンバー同士の関係にも見られるようです。昨年の総選挙で第1位を獲得した前田敦子さんは、今年の選挙に先だって卒業宣言を行ない、芸能界を大いに賑わせました。彼女の決断は、自分がもっと活躍するためには今のグループでは役不足と考えてのことではなく、自分の脱退を契機にメンバーの新陳代謝が促がされることを願ってのことだったようです。

 

彼女は、過去にも「自分のことを嫌いでもいいから、AKBのことは愛してほしい」と発言したことがあります。グループの他のメンバーを押しのけて自分だけが目立つのではなく、むしろグループの人気を支える一助でありたい。自分が脚光を浴びるのも、そのための手段の1つにすぎない。直接的にはネットでの揶揄を意識しての発言でしたが、そこには彼女の気持ちがストレートに表わされていたように思います。

 

栄光をひとり占めしたいわけではない。AKBのメンバーでそう考えているのは、おそらく彼女だけではないはずです。彼女たちはお互いに仲が良いとよく指摘されますが、それはおそらく、ステージ上における個々のポジションにかかわりなく、相互にフラットな関係にあるからでしょう。自分だけが突出することを忌避するのは、そもそもフラットなはずの人間関係に対して、その秩序を乱すことになりかねないと感じているからに違いありません。彼女たちの日々の言動から察するに、メンバーの多くがそう考えているように見受けられます。

 

AKB人気の秘密の一端は、おそらくこの点にもあるのでしょう。その感覚は、ファンたちと共有され、まるで高校野球の少年たちとその応援団のような構図が、両者の間に見受けられるからです。そして、このようなフラットな人間関係は、現代社会の特徴の1つともいえます。AKBは、その感性を巧みにすくい取ってみせたからこそ、これだけの人気を博しているのではないでしょうか。では、その人間関係のフラット化はどのようなプロセスで進んできたのか。次回は、その点について考えてみたいと思います。

 

プロフィール

土井 隆義 (どい たかよし)

筑波大学大学院人文社会科学研究科教授

 

1960年生まれ。現代の青少年が抱える「生きづらさ」の多彩な現実と、その背景にある社会的要因について、青少年犯罪などの病理現象を糸口に、人間関係論の観点から考察を進めている。いじめ問題についてもしばしば言及し、20127月に朝日新聞に掲載された『いじめられている君へ』は大きな反響を呼んだ。著書に『友だち地獄』(ちくま新書)や、『「個性」を煽(あお)られる子どもたち』(岩波ブックレット)、『キャラ化する/される子どもたち』(同)など。


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