窒化ガリウムに、20年こだわり続けたかっこ良さ
受賞に感激し、安堵
〜研究の素晴らしさこそ知って欲しい
私は、青色LED 開発の功績により、2014 年ノーベル物理学賞を受賞された赤崎勇先生の研究者人生について書かれた『青い光に魅せられて――青色LED 開発物語』の本の執筆を担当しました。その本では、研究にまつわる話だけでなく、鹿児島で過ごされた幼少期の思い出、過酷な戦中体験、学生時代に進路で悩 まれたこと、社会人になってからの様々な人との出会いや旅先での失敗のエピソード、そして現在、85
歳にしていまなお第一線で活躍されている研究者としての取り組みまで、幅広く語られています。
私は、2010 年末から約1年にわたり、名城大学へ10 回近く通い、赤崎先生に直接お会いして、毎回、2〜3 時間ずつインタビューをし、文章にまとめました。その私のつたない文章に赤崎先生がていねいに、そして何度も修正を入れてくださり完成したという経緯があ
ります。そのため、今回の受賞の知らせを聞いたときは、まるで自分のことのように飛び上がって喜びました。と同時に、安堵しました。なにしろ、赤崎先生の お話をお聞きするにつれ、先生のご功績がいかに大きなものであるかを理解し、ノーベル賞を受賞されるのは、もはや時間の問題だと思っていたからです。
ところがいざ受賞されてみると、その報道の仕方にはがっかりさせられることが多々ありました。話題はお人柄や人間関係などに終始し(もちろん、赤崎先生のお人柄は大変素晴らしく、お茶目な一面もあったりします!)、赤崎先生らの研究のなにがすごいのかを紹介している報道はほとんどなかったからです。
例えば、「窒化ガリウム」という言葉すら、ほんとどのメディアが避けているのにはあ然とさせられました。
多くの研究者は、あきらめていた
「窒化ガリウム」というのは、文字通りガリウムと窒素の化合物で、青色LEDの実現に欠かせない物質です。なぜ、赤や緑はできていたのに、青色だけが困難とされていたかといえば、可視光のうち青色は赤や緑に比べてエネルギーが高く(波長が短く)、青色LED
の実現には、「バンドギャップエネルギー」と呼ばれる電子が飛び移る(励起する)のに必要なエネルギーが大きな物質をつくり出す必要があったからです。
バンドギャップエネルギーは物質によって異なり、バンドギャップが大きな物質としては、当初、窒化ガリウムよりもむしろ、セレン化亜鉛という物質が有望視されていて、多くの研究者がセレン化亜鉛の研究をしていました。ところが、セレン化亜鉛では結局、実用化できる高輝度な青色は実現できなかったのです。一方で、窒化ガリウムはつくるのはとても難しく、ほとんどの研究者はあきらめてしまい、一時期はまったく見向きもされなくなった材料でした。
ところが赤崎先生は、「つくるのが困難であるということは、裏を返せば、“タフ”な材料である」という信念のもと、窒化ガリウムの研究に孤軍奮闘されたのです。あのとき、赤崎先生までもがあきらめていたなら、いま、私たちは青色LED の恩恵にあずかれていたかどうか、怪しいものです。
天野先生の偶然も、赤崎先生の必然があったからこそ
また、ある報道では、赤崎先生の下で研究をしていた天野浩先生のエピソードとして、窒化ガリウムをつくる炉の故障によって温度が下がり、偶然の産物として高品質な結晶ができた、といった紹介がありました。「いやいや!」と、思わずツッコミをいれたくなりました。そこに至るまでには、数えきれないほどの実験と試行錯誤、理論の構築があったわけで、たんなる偶然で成功したわけではけっしてありません。しかも、低温条件でつくるというのは、すでに赤崎先生の構想の中にあったものでした。
また、きれいな結晶ができても、それを実際に使うためには、「pn 接合」という、電気的にプラスの性質をもつ半導体と、マイナスの性質をもつ半導体をつくって接合する必要があります。しかし、窒化ガリウムでは、「p 型半導体はつくれない」という説が、まことしやかに語られていたのです。それについても、赤崎先生は長年の経験と勘から「必ずできる」と信じて、1989 年、ついに窒化ガリウムによるpn
接合による青色LED をつくり出したというわけです。窒化ガリウムの研究を手がけてから20 年以上、60 歳での成功でした。そのあたりの経緯は、本書に詳しく書かれています。
このように、赤崎先生らの研究は困難を極めるものでした。それでもあきらめることなく、ひたむきに研究を続けられたのは、まさに先生が受賞会見でおっしゃっていたように、流行に惑わされることなく、「好きなこと」をやって来られたからでしょう。その生きざまは、カッコいいとしか言いようがありません。本書を通じて、ぜひ、若い皆さんにこそ、赤崎先生の研究に対するまっすぐな姿勢と生き方に、触れていただきたいと思います。
2013年大川出版賞受賞理由
青色LED(発光ダイオード)が発明、開発されたことにより、LEDによる光の三原色がそろうことになり、照明や信号機、パソコンやスマートフォンのバックライト等あらゆる面に応用され、今や生活に欠くことのできない技術となっている。本書は1989年、世界で初めて窒化ガリウムのpn接合による青色LEDの実現に成功し、この分野を確立した著者による開発物語ともいえる自叙伝である。
著者の生い立ちにはじまり、その後、前人未踏の「青色LED」の開発をこころざしてから、研究者として幾多の困難に対し、決してあきらめることなく、不屈の信念をもってこれを貫き通し、長年試行錯誤を繰り返しつつ遂にその基礎技術を確立するに至った努力とその過程が、著者の生きざまを語って余すことなく述べられている。LEDの技術的な解説と開発にまつわるエピソードを交えながら、生き生きと描かれ、著者の高潔な人柄と研究に対する真摯な姿勢が浮き彫りにされており、読者を啓発して止まない良書である。
田井中麻都佳(たいなかまどか/編集者・ライター)
科学技術情報誌『ネイチャーインタフェイス』編集長、文科省科学技術・学術審議会情報科学技術委員会専門委員などを歴任。共著に、『これも数学だった!? カーナビ・路線図・SNS』(丸善ライブラリー)がある。