(2014年12月取材)
柔道でも大相撲でも、今や体の大きな外国人が席巻していますが、女子相撲の世界では小柄でとびきりキュートな女子高生の活躍が注目を集めています。野崎舞夏星(まなほ)さん、静岡県立浜松西高校3年生です。
レスリングをしていたお兄さんの影響で、小学校1年生からレスリングを始めた野崎さんが、トレーニングのために取り組んだのが相撲でした。レスリングや、中学・高校の部活で取り組んだ柔道でもすばらしい成績をあげながらも、ルールは簡単だけど奥が深く、自分より大きい相手を倒すことができる相撲に魅力を感じて、相撲で頂点をめざすようになったそうです。
日本女子相撲選手権では、2012年(高1)・2013年(高2)準優勝、2014年(高3)優勝。2014年8月には台湾・高雄市で行われた世界女子ジュニア相撲選手権大会軽量級に出場。この試合では直前の練習で右肩を脱臼し、サポーターを巻いて出場しました。決して万全の状態ではありませんでしたが、決勝では、得意の「足取り」で相手を倒してみごと優勝! この階級の日本人初優勝に輝きました。
そんな野崎さんを、高校生のみらいぶメンバーが12月末に訪問し、話を聞きました。この時、野崎さんは10月末(全国大会優勝の4日後! )に行った肩の手術のリハビリ中で、四股(しこ)やランニングなど軽いトレーニングを再開したところでした。2015年春からは立命館大学への進学が決まり、高校生最後の冬休みです。
(取材日 2014年12月26日)
【野崎さんの小中学校時代の主な成績】
・わんぱく相撲静岡県大会全勝優勝(中学1年/2009年7月)
・アマチュアレスリング中部日本大会で優勝(中学2年/2010年4月)
・浜松アマチュアレスリング大会最優秀選手賞(小学6年/2009年2月)
・レスリング全国大会女子36キロ級準優勝(小学6年/2008年7月)
・中体連柔道競技東海大会出場(中学3年/2011年7月)
■練習相手を見つけるのはたいへんだけど、そのぶん他の競技から学んだ
ゆうすけ) 野崎さんの学校は進学校だけど、どんな練習スケジュールですか。1日のスケジュールも教えてください。
試合前のいちばん本格的に練習する時期は、日曜日に試合があるとすると、火曜日と土曜日に相撲、金曜日にレスリングの練習をして、それ以外の日は部活で柔道の練習をしています。
ふだん学校がある日は、朝6時半に起きます。朝食をしっかりとって、7時半頃家を出て自転車で通学します。3時に授業が終わって、それから7時半まで部活をして、家に帰ってお風呂に入って、家族全員揃って夕ご飯を食べます。勉強は毎日2時間くらいしますが、眠くなってしまうので11時頃には寝ます。塾とか行っている人の方が、たいへんじゃないかな。
ありつね) 好きな教科・嫌いな教科は何ですか。
得意なのは、もちろん体育です! 3年生になって日本史がおもしろくなりました。先生がとてもおもしろい話をしてくださるので、得意というよりは、日本史の授業がとても楽しいんです。苦手なのは…うーん、理科かな。
ゆうすけ) わっ、悲しいです! ぼく、化学部なので(笑)。
こころ) 健康にはやはり気を遣いますか。減量とかたいへんじゃないですか。
そうですね。私、食べるのが大好きなので、前に一番下の階級(50kg未満)だった時は、体重が上限ぎりぎりだったので、試合の前1週間くらいは減量がけっこうたいへんでした。筋肉が多いので、なかなか減量できなかったんです。今は軽量級(65kg以下)で、体重に余裕があるので、わりに好きなものが食べられます。甘いものとか、イタリアンとか大好きですよ。でも、スナック菓子は食べないですね。
ゆうすけ) 試合後に、ごほうびに何か食べようって決めたりすることはあるんですか。
試合が終わったら地元のおいしいものを食べよう! と思っていても、入賞するとドーピング検査(※)があるので、それが終わるまでは何も食べられないんです。入賞者の中でシャッフルされて誰かが検査を受けるのですが、私はなぜか毎回当たってしまうんですよ。尿検査もなかなか出なくて、結果的に遅くなってしまって、コンビニで買ったもので済ませることもあります。
※運動能力を向上させるための薬物を使用していないことを証明するための検査。試合後に採取した尿検査で行われる。
ゆうすけ) 柔道やレスリングはクラブとかあるけど、相撲ってなかなかないですよね。
静岡は、相撲がけっこうさかんですが、それでもたくさんあるわけではないです。強い人はいますが、ふだんの練習の相手を見つけるのはたいへんですね。浜松には相撲部のある高校はないので、部活は柔道部ですし、ふだんはレスリングの子と練習しています。
でも部活も相撲部だったら、相撲の練習だけになってしまったので、結果的には柔道もレスリングもいろいろ経験して学べたのはよかったかな、と思います。春から進学する立命館大学の相撲部には、全日本でもとても強い女子の先輩が3人いらっしゃるので、楽しみです。
こころ) 練習相手がいないことの他に、何か困ったことはないですか。どうしても男の人のスポーツというイメージだけど、そういう点ではどうですか。
困ったことではないけど、相撲って大きい人がやることだと思われているので、初めて会った人はたいてい「え?」という感じですね。私、身長は160cmで特に大きくないけど、筋肉がつきやすいので肩幅はあるんです。立命館大学のスポーツ推薦の合格者が集まるセミナーに行った時は、「肩幅があるから、水泳の選手かと思った」と言われて、皆で肩幅の話題で盛り上がりました。でも、女子だからということで苦労したことは特にないですね。あ、レスリングや柔道をやっている友達に「横綱」と呼ばれるのは、ちょっと嬉しくないかな(笑)。
■試合になるとスイッチが入る?!
こころ) 相撲って、ガツガツいくっていうイメージがあったけど、今日野崎さんに初めて会ったら、すごくおとなしい感じでとても意外でした。試合になると変わるんですか。
小学校の時はすごく積極的だったけど、今はあまり前に出るタイプではないですね。私が活躍して、皆に女子相撲を見てもらいたい、という気持ちはありますけど。
でも、いろんな人に「試合になると目つきが変わる」と言われています。自分ではわからないけど、スイッチが入っているのかな。けいこで男の人とぶつかるのもこわくないです。小さい頃からやっているので、全然違和感がないんですよ。
ゆうすけ) あんなに激しくぶつかって、流血することってないの?
女子はそんなに流血することはないけど、投げを打たれてもみんなけっこう粘るので、私もギリギリまで粘って顔から俵に落ちてすりむいたことはあります。あ、でも頭が鼻に当たって鼻血が出ることはあるかな。けっこう頭でぶつかるから、みんなおでこが強いかも(笑)。
ゆうすけ) 男子と女子で違いってあるんですか。女子でも張り手とかする人はいますか。
ルールは男子も女子も同じだし、女子でも張り手をする人もいますよ。相撲は体が小さくても、大きい相手に勝てるんです。女子は体が小さくても強い人がわりと多いですが、男子はやはり体の大きさがものを言うので、小さくても強い人はあまり多くないです。だから、大相撲はあまり見ないんですよ。
全員) へええ!
ありつね) 相撲とレスリングと柔道の違いを説明してもらえますか。
柔道は、最近はすごくルールが変わっていて、「足を取ってはいけない」というルールがあります。
外国人選手が多くなって、レスリングをやっていた人が柔道に入ってくるケースが多いので、柔道本来の動きでなければいけない、ということで、レスリングに不利なルール改正をしているんですね。だから、今私は柔道をやっていますが、とっさにレスリングの技が出てしまうので、不利なんです。実際に中1の時の試合で、足取りが出てしまって反則を取られたことがありました。
ありつね) じゃ、実際に競技をしている人でも、レスリングと柔道の両方というのは少ないんですか。
確かに、レスリングと柔道という人はあまりないですね。相撲と柔道という人は多いですが。でもレスリングは、いろいろなスポーツをする体を作るのにはとても効果的なんですよ。
それから、相手につかむところがあるかどうか、ということが大きな違いですね。レスリングはつかむところがないので、技をかけて倒しますが、柔道は相手の柔道着をつかんでバランスを崩すことができます。だから、柔道をやっている人がレスリングをすると「動きが多くて疲れる」と言うけど、柔道着ってけっこう暑いんです。だから、私はレスリングより柔道のほうがしんどいですね。
相撲はまわしをつかめるので、レスリングにも柔道にも近くて、両方活かすことができるんですよ。
実は、高校1年・2年の時、相手に研究されて、柔道の通りに投げようとすると相手にわかってしまって、なかなか勝てないことがあったんです。足取りをしても勝てなかった。そんな時、相撲の先生に「相撲は押すことが基本だから、基本に戻って押す練習をしたら」と言われて、そういう練習をしてまた勝てるようになりました。世界選手権の決勝は、足取りに逃げましたけどね。
ゆうすけ) 具体的には、どんなトレーニングをしているんですか。
高校の部活はアットホームで、あまり厳しい練習はないですが、最後に必ず綱のぼりがあります。これは男子には負けたくないので、けっこう真剣にやっていますよ。
レスリングはその時によって違いますが、マット運動や腕立て伏せなどで基礎的な筋力を養います。
小学生の頃から中学3年までは、毎週日曜日に朝練がありました。6時に自宅を出て、6時半にトレーニングがスタート。まず5km走って次に500m~1kmのダッシュ。そのあと懸垂、腕立て、腹筋とするのですが、これは辛かったです。早起きがいやだったし、日曜くらいは休みたかったから。でも、それに耐えたから、足も速くなれたと思います。
相撲は、最初に四股を100~200回します。そこで足腰を鍛えて、次にすり足ですね。相撲は筋トレはあまりなくて、どちらかというと実戦練習が中心です。家でも四股を毎日100~200回しています。中学までは、家に懸垂器があるので毎日懸垂をしていました。
こころ) 相撲だけでなく、レスリングでも柔道でもすごい成績をあげていますよね。その3つの中から、相撲を選んだきっかけは何だったのですか。
いちばん勝てるということかな。高2の夏の女子相撲の全国大会で、団体戦でシニアの世界大会で優勝した人と当たったんです。そこでは負けてしまってくやしかったけど、個人戦ではその人に勝てました。強い相手に勝てた、というのがすごく嬉しかったです。それが大きかったと思います。
相撲の全国大会に初めて出場したのは小学校6年の時でしたが、2回戦で負けてしまいました。家族は、そこでもう相撲はやめると思っていたみたいですが、負けたのがくやしかったので続けました。中学校の時も、中3でやめると思われていましたが、やっぱり続けました。高校1・2年の頃は、私は家族が大好きなので、相撲は高校でやめて、家の近くの大学で普通の大学生になれたらいいかなと思っていたけど、結局家族と離れて大学に行って、相撲を続けることになりました。
今は、大学を卒業する時はやめるつもりだけど、続けるかもしれないですね。すごく負けず嫌いだから、また気が変わるかもしれない。
■大好きな家族に支えられたから頑張ることができた
ありつね) ぼくは合唱部で、合唱は仲間がいるからがんばれる、というところがありますが、相撲は一人でする競技ですよね。さみしくないですか。
私、実はどちらかというとチーム競技が苦手なんです。他の人のせいで負けるのが嫌いだし、自分のせいでチームが負けるというのはもっとイヤです。個人競技は、自分の努力次第で成績もついてくるから、合っていると思います。
ありつね) そういう意味で、野崎さんを支えてくれた人って誰なんでしょうか。
何と言っても家族です。
父は、私の試合やけいこの送り迎えを全部してくれて、どんな大会でもついてきてくれます。たまには怒ってよ!というくらい、怒られたことがなくて、私が父をいじるくらいです。
姉は社会人ですが、やはり試合には会社の休みを取ってついてきてくれます。ほわっとしていて癒し系で、何でも話を聞いてくれます。
兄は、無口であまり感情を外に出さないけど、いちばん性格的に合うと思います。世界選手権の時、兄は予備校生で勉強が忙しいのに、いろんな人に頼んで国旗にメッセージを書いてもらうのを一人でやってくれて、本当に嬉しかったです。
レスリングを始めたのも兄の影響です。家族みんながプロレス観戦が好きで、それもあって兄がレスリングを始めたんです。レスリングの練習の帰りは外食ができるので、それがうらやましくて、私も始めました。
母はいつも明るくて元気で、家族全体を支えてくれています。いつも励ましてくれて、本当にどんなに感謝しても足りないくらいです。春から私が(大学のある)京都へ行くのを、母の方が寂しがっているかもしれないですね。
ゆうすけ) 相撲以外の趣味は何かありますか。
プロレス観戦が好きです。だから、男の人でかっこいいと思うのはレスラーばかりで、アイドルとかにはあまり興味がないんですよ(笑)。
でも、雑誌を読んだり、ドラマや映画を見たりするのも好きだし、友達とショッピングも行きますよ。
うちの家族はみんな食べるのが大好きなんです。夕食も、兄が帰ってくるのを待って必ず家族で一緒に食べながらいろんな話をします。今までは忙しくて料理とかできなかったけど、今は手術の後で軽いトレーニングしかできないから、この間に一人暮らしのために料理も少しずつ覚えていこうと思っています。
ありつね) インタビューで聞かれると困る質問はありますか。
特にイヤな質問はないけど…。私、練習はするけど、「何か苦労しましたか」と聞かれても、あまり苦労したという意識はないんですね。だから、「世界選手権優勝!」というのはとても感動的なのかもしれないけど、好きなことなので苦労と思わず楽しんで練習できているんです。そういうところが、ちょっと伝わりにくいかな、と思います。
こころ) 私はフルートをやっていて、コンクールや本番前にとても緊張することがあるんですが、野崎さんは試合前なんかは、どうやって気持ちを落ち着かせていますか。
特におまじないとかはせず、なるべくしゃべって笑ってリラックスするようにしています。でも、このあいだの世界選手権の決勝の時には、あとでビデオを見たら、「だいじょうぶ」と自然に口が動いていましたね。
本番中は体が勝手に動いているので、取り組み自体は覚えているけど、何を考えていたかは覚えていないです。世界選手権の決勝の取り組みはよく覚えています。相手の方が身長も体重も大きくて、私の頭を落とされました。相手はそこで私が落ちると思ったらしいですが、逆に私が相手の足をつかんで倒すことができました。レスリングでやった技がとっさに出ていたんですね。ケガをしていてベストの状態ではなかったけど、理想的な形で勝てたので嬉しかったです。
こころ) 日本代表であることって、意識しますか。
いつもは何も感じないけど、世界選手権の時は意識しましたね。イライラして、テーピングをしてくれている父に、「早くしてよ!」とか当たってしまいました。何も言わないで聞いていてくれましたけど。
■勝っても負けても引きずらないから、いつもチャレンジャーでいられる
ありつね) 手術をして、練習を休まないといけない時の気持ちって、どうですか。あせったりしないですか。
私は、練習がすごく好きなわけではないんです。でも、練習できなくなることは正直不安です。
4月の全国大会(国際女子相撲選抜堺大会)に間に合えばいいと思っているけど、その大会は今2連覇中で、次は3連覇がかかっているので、勝てなかったらイヤだな、とは思います。
でも、今は大学に入る前の大事な区切り目だと思います。勉強もちゃんとやらないとダメだと思うし、練習を休んだことで友達と過ごす時間もできました。そして春から一人暮らしするので、家族と過ごす時間も大事にしたいと思います。その意味で、こういう時間ができたのはよかったかもしれないと思っています。私って、結構前向きでプラス思考なんですね。イヤなことはすぐ忘れて、すぐ切り替えられる方だと思います。
ゆうすけ) そんなふうに切り替える力って、どこでつけたんですか。
大きな大会で勝っても負けても、あまり引きずらないんです。「全国大会で優勝!」とか言っても、勝ったという実感がないんですね。でも、実感があると、かえってプレッシャーがかかるんじゃないかな。実感がないから、またチャレンジするつもりで試合に臨むことができます。ただ、その分負けず嫌いです。負けたことは忘れるけど、その相手には次は絶対勝ちたいと思います。試合でもテストでもそうですね。くやしかったことは忘れていないけど、イヤなことは忘れます。いい感じに忘れることができるのかな。
こころ) もし相撲に出会わなかったら、どんな高校生になっていたと思いますか。
まったく想像できないけど、ホントに普通の女子高生だったと思います。私、食べることが大好きだから、けっこう太っちゃっていたかもしれない(笑)。
ありつね) 最後に、当面の目標を教えてください。
まずは、一人暮らしも含めて4月からの大学の生活に慣れることです。そして、相撲では団体戦でも個人戦でも活躍できる選手になること。そして、大学4年間で、シニアの日本代表として世界大会に出場して優勝したいと思っています。
ゆうすけ) これから女子相撲とどんなふうに関わっていきたいと思っていますか。
今は、大学を卒業したらテレビのディレクターになって、女子相撲を含めたマイナースポーツをみんなに知ってもらう番組を作りたいと思っています。相撲はルールが簡単だし、何も道具とかもいらないから、年齢や男女に関係なく誰にでも楽しんでもらえるスポーツなんです。できたら、近い将来オリンピックの種目になってほしいと思っています。だから、女子でも相撲ができることを皆に伝えて、知ってもらいたいです。自分が指導者に向いているのかどうかわからないけど、立命館の相撲部は小学生に教えることもあるらしいので、また気が変わるかもしれません。
今はまだ世の中の仕事のことを全然知らないので、大学に入っていろいろなことに出会うことを通して、いろいろな仕事を知っていきたいと思っています。