Global Office Hour ~世界の大学の名教授を訪ねてみました!
(2020年2月掲載)
インタビュアー:名取道治さん(東京大学法学部第三類政治コース4年)
■Sciences Poってどんなところ?
パリ政治学院(Sciences Po:シアンスポ)は、1872年普仏戦争敗北後、政界官界の刷新のため設立されたエリート養成学校です。パリキャンパスでは社会科学全般を扱い、その他フランスに点在する5つのキャンパスでは、ラテンアメリカ政治・地中海政治等、個別の地域政治を専門にしています。
学生14000人(留学生51%)、教員4000人と、学生に対する教員数の比率は高めであり、協定校470校、多岐に渡る英語の講義、英語の修士課程など、国際性を意識した仕組みを敷いています。
Sciences PoはQS世界大学ランキング(※1)政治分野で3位です。公共政策や国際政治学に強みがあり、経済・社会学・文学・金融等、社会科学全般に精通しています。
卒業生にはフランスのシラク元大統領、オランド元大統領、マクロン現大統領や、元国連事務総長、現欧州中央銀行総裁がおり、フランス国内の政治家育成だけでなく、国際的リーダーの育成にも広く貢献しています。近年ではパリ同時多発テロを受けて、フレンチ・インテリジェンス(諜報機関)に進む学生が増加傾向にあります。
※Quacquarelli Symonds(クアクアレリ・シモンズ:イギリスの世界大学評価機関)
大学URL: http://www.sciencespo.fr/
■先生の担当授業
小説と映画に対する検閲に関して、イギリスとアメリカの事例を踏まえ、「1984」「ロリータ」「時計じかけのオレンジ」の3冊の小説と、それらを原作とする映画群を味わい、表現の許容範囲について考察するものでした。
3冊の小説は、過激な表現からセンセーションを引き起こし、かつて国家検閲の対象となりました。憲法において、表現の自由が保障されているところ、民衆と国家の間において、どこまでの表現が許容されうるか、そのグレーゾーンを法的に判断する、斬新な講義だったと感じています。
■なぜ文学・映画学の教授になられたのですか。
初めはアメリカで英文学を専攻し、アメリカ人に向けて教鞭をとりました。その後、国際交流プログラムで働くようになり、マンハッタンやヨーロッパにおける学生国際交流事業を担当しました。国際的な学生と多く関わってきたわけです。そして、アメリカからフランスを旅行した際、今の奥さんに出会っちゃったんですね(笑)。そういう訳もあって、フランスのソルボンヌ大学で文学博士を取得しました。その後、ソルボンヌ大学で文学と作品の映画化に関して教え始め、それに関する論文や本を毎年出版しています。
■先生が講義において意識されていることは何でしょうか。
先ず、Sciences Poは、必ず研究と講義の両方を課します。研究では、毎年出版する義務があります。ただ、講義を疎かにすることなく、研究と講義のバランスよい両立を前提として意識しています。
講義内容に関して言えば、教授自身の興味に沿っているかが肝要です。自身に興味のない内容は、学生相手には伝わりません。自身が心から関心をもつテーマを扱うことで、その誠実な好奇心が生徒の心をつかむと考えています。
■アメリカの学生とフランスの学生の相違点があれば教えてください。
金銭面や学習姿勢において、大きな相違点があります。アメリカの大学では年間4,000-6,000$(約440000~660000円)と学費が高額のため、アルバイトをすることが一般的な生活習慣です。課題は多めであり、自由な時間は余りないですが、切磋琢磨できる環境があります。
それに対してフランスの大学は、500€(約62000円)程度と学費は安く抑えられ、在学中に働くことは一般的ではなく、学生は自身のやりたいことに熱中している印象です。加えて挑戦を歓迎する教育システムがあります。医学部も法学部も入学の閾は低く、多くの学生が入学できます。ただ、入学後の競争は激しく、1年が終わった段階で多くの学生が退学を余儀なくされます。しかし、挑戦自体には大きな制限をかけていませんね。
■先生は学生の間、どのように勉強なさっていましたか。
私は奨学金をもらって勉強していました。奨学金の条件として、GPA3.5(※2)以上が課されており、生活のためにも、図書館に閉館までこもりました。良くも悪くもこの条件が、勉強の動機となり、非常に多くの本を読み、映画を鑑賞し、学問的な素地となりました。
※2 Grade Point Average:各科目の成績から特定の方式によって算出された学生の成績評価値。一般的には、「各科目の(単位数×ポイント)の合計÷総単位数(履修登録単位の総数)」で求めることができる。成績がS(秀)・A(優)・B(良)・C(可)・D(不可)の5段階の場合、場合、オールSなら4.00、オールDなら0.00となる。[Wikipediaより]
■文学を学ぶ意味は何でしょうか。
文学は、その時代を照らす鏡のようなものです。偉人達の作品は、その時代の要素を取り入れ、時代を批判的に描き、新しい可能性を問いました。
私の今回の講義でも扱った通り、ジョージ・オーウェルの『1984』は、かつてのソビエト連邦の体制が踏まえられ、アンソニー・バーゲスの『時計じかけのオレンジ』は、スキナー(※3)を始めとした行動主義批判や、第二次世界大戦における日本やドイツの全体主義体制を批判していました。架空のディストピア世界にも、歴史的事実が埋め込まれ、この点で現実世界と連続しており、時代を構造的に紐解く点で、文学は有益であると考えています。
※3 バラス・フレデリック・スキナー。アメリカの心理学者で、行動分析学の創始者
■日本人の学生に対する印象を教えてください。
非常に真面目な印象を受けます。講義中も集中して聴き、懸命に課題に取り組む学生が多いように思います。もちろん、人によりけりですが(笑)、とにかくきちんとしています。
◆インタビューを終えて
トレディ教授の講義は、特設サイトがあり、講義内容が1回ごとに決まっている等、緻密に構成される一方で、生徒との意思疎通を惜しみませんでした。不確かな生徒-教授間の交流を差しはさみ、講義が構造的に組み上がってゆく点は、先進的でした。
東大の講義は、教授によりますが、一方的になりがちであり、学びたい意欲に訴えかける工夫がないかもしれません。
私(名取)の専門は政治学ですが、実は、小説家を志しており、文学も学んでいます。ゆえにトレディ教授の講義をとった次第です。文学や映画と聞くと、娯楽のためで生産的ではなく、就職にも不利、といううわべの響きばかりして、多くのひとは惑わされがちです。
本来、文学は、物事を批判的にみる人文知であり、それはあらゆる学問の領分に通ずる基礎だと感じています。名作と言われる小説、詩、映画等は、古い時代から新しい時代へと変革させる新思想の提唱をしていることが多く、それらを考察することは無価値ではなく、視野が広がり、思考が深まり、物事の本質がみえてきます。そして、本質のみえる人間こそ、混迷の時代に必要とされる人材であると、私は考えています。
私は、トレディ教授の講義を経て、その思いを一層強めたとともに、あなたが行動するとき、正しいか、間違いか、という判断より、あなたは何をしてゆきたいか、という本質に正直であることこそ、末永く幸せに生きてゆく秘訣であると信じて止みません。