世界へ”FLY”する東大生
~入学して即休学 世界の幼児教育を取材する旅へ
登阪亮哉くん(東京大学)
(2016年10月掲載)
教育現場の家庭との連携は必須
最後に、1年間の休学を通して学んだ幼児教育について、自分なりの考えをまとめます。
まず前提として、日本の現状は他国と比べて決して劣っておらず、全体的に見ても意欲的な先進事例を見ても比較的優れていると言えます。もちろん、昨今問題視されている通り、待機児童や低賃金による人材不足などの問題はありますが、これは日本固有の問題ではなく、また政策によって解決されるべき問題であると考えます。
そのうえで、幼児教育を学ぶ立場から提起できる問題点としては、主に2点あります。1つは過度の現場主義であり、もう1つは家庭との連携不足です。
日本の一般的な幼児教育はかなり現場主義的で、先生や親個々人の成長に頼っている部分が大きいです。一方で、既存の理論を学んで実践で活かしフィードバックするというプロセスは教科書でも大きく取り上げられていません。特に根拠によって支持された理論などは実践に落とし込みやすい形で体系化し、教育現場や家庭などに導入されるべきであると考えます。また、これは先生の数が少ないことにも起因するのですが、家庭と教育現場との連携が必要であるという意識が海外に比べて希薄であるように感じます。
幼稚園や保育園での教育と家庭での教育に一貫性がなければ十分な効果は得られません。特に幼児教育は非認知能力と呼ばれる、積極性やリーダーシップなどの数値化できない能力を特に伸ばすべきと考えられているため、家庭と園の教育の質的な差異は取り除かれなければならないと考えます。そのためにまず必要なのは一貫性が重要であるという意識と、先生と親との十分なコミュニケーションです。ただし後者に関してはまず人材不足という問題を解決しなければなりません。
Learning Storyと分野横断的な議論の導入を
加えて、海外の先進事例を観察した立場から、日本でも導入すべきと特に感じるプログラムを2点紹介します。
1つは、この連載でも紹介したLearning Storyと呼ばれる新しい評価プログラムです。実施にかなりの労力が必要ですが、これによって指導案の質は大きく向上するでしょうし、データの蓄積と分析も容易になるでしょう。
もう1つは、戦争や健康など分野横断的な切り口の議論ができるテーマでのディスカッションです。先生にも専門性が求められますが、このようなディスカッションは子どもの好奇心、表現力、発信力、理解力などを向上させることができ、さらにクラス全体を巻き込めるという点でも重要です。特に表現力・発信力を伸ばす機会は日本において圧倒的に不足していると指摘されており、ディスカッションがこれを解決する一助になると思われます。
最後に、今後僕がどのように幼児教育に関わっていくかについて述べます。
まず短期的には、幼児教育に興味がある友人たちとともに、幼児教育の理論を誰にでも理解できて実践しやすいような表現に書き換え、広めていくという活動を行っていきたいと考えています。中長期的には、自身の学問的な基盤を固め、教育プログラムの実施について経験を積んだうえで、家庭と教育現場双方で容易に導入可能な教育プログラムを開発し、広めていけたらなと考えています。
ただし、これは現時点で考えていることであり、今後の学習や経験によっては自身の関心が理論の探究に向かったり政策的なアプローチに向かったりするかもしれません。いずれにしても、僕はこの幼児教育という多くの人の人生を左右し得る分野がとても好きなので、自分にできる最大の貢献をできたらなと考えています。
※東京大学初年次長期自主活動プログラム(FLY Program)
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/academics/zenki/fly/
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