『若者の力でヘルスケアの課題を解決する』ことを目指して
(2020年7月取材)
医療者の仕事の大切さを、改めて感じられる今こそ
新型コロナウィルスの感染拡大が始まって以来、医療の最前線に立つ現場の方々の姿は、改めて命を守る仕事の大切さとすばらしさ、そして難しさを私たちに示しています。
医療者の仕事とは、実際どんなことをするのでしょうか。進路として医療を目指す皆さんの中でも、入試に必要な科目はわかっていても、高校生の間に、医療者の仕事の現場につながる活動が経験できる人は多くはありません。
今回紹介する「inochi Gakusei Innovators’ Program(iGIP)」は、中高生・大学生がヘルスケア課題の解決に向けたプランを競い合う課題解決プログラムです。プログラムを主催する「inochi WAKAZO プロジェクト」は、関西、そして日本がみんなで支え合いながら、健康で長生きできる街・国になることをめざして2014年6月に立ち上げられた「inochi未来プロジェクト実行委員会(2015年11月に一般社団法人inochi未来プロジェクトへ発展)」の学生部です。iGIP のプログラムは、2015年から関西で毎年開催されており、2019年度からは関東でも開催されています。
中高生が、医療問題の実現可能性のある解決プランを作る
このプログラムでは、応募者から選考された中高生・高専生の2~4人のチームが、約半年にわたって与えられたヘルスケア課題の解決プランを創出・実行し、最終的に自分たちのプランをヘルスケアの専門家の方々の前でプレゼンし、競い合います。
プロジェクトのテーマは、「心臓突然死を減らすには」「自殺予防 テクノロジーから」「認知症の課題解決を学生から」など、まさに現在の日本社会が抱えるヘルスケアの大きな課題ばかり。参加者は、それぞれの分野の医療や考え方、テクノロジーの最先端の研究者や企業人の方からの講義やワークショップを受講しながら、自分たちのアイデアを練り上げます。
プログラムでは、inochi 学生プロジェクトに参加する東大・京大・慶應義塾大・阪大をはじめとする現役の医学生がメンターとなって、それぞれのチームの中高生のアイデアのブラッシュアップのアドバイスをします。机上のプランでなく、実現可能性のあるinnovativeなプランを創出するのです。
iGIPは、例年関東・関西の各会場にメンバーが集まって、ワークショップを受講したりグループでプランを話し合ったりしていましたが、今年は新型コロナの影響でリアルの活動は難しいため、オンラインでプログラムを進めることになりました。
今回、関東地区のプログラムi-GIP2020 KANTOでは、関東近郊の中学・高校からの応募者から約4倍の倍率から選抜された中高生約50人が、20人の大学生のスタッフとともに約4か月のプログラムに取り組みます。7月26日(日)には、全員の顔合わせとなるキックオフミーティングが開催されました。
発達障害と共に歩める社会とは何かを考える
キックオフミーティングでは、メンバーの顔合わせの後、慶應義塾大学医学部長の天谷雅行先生から、プログラムに参加する生徒達に激励のお話がありました。医師とは一生をかけて人格を磨く「Lifetime Learner」であること。これからの医療は治療や診断、検査の技術の進歩が加速するため、現場に出てからも学び続けなければならないこと。そして医学自体が今までのような臓器ごとの縦割りではなく、いずれは分子レベルで症状をとらえる大きな枠組みの変化を迎え、治療の個別化が進むことになること。まさに医療の最前線のダイナミックな動向を教えていただきました。
今年のテーマは「発達障害と、ともに歩める社会をつくる」。日本の公立小中学校の通常学級で、発達障害の可能性がある児童は約6.5%、40人(通常学級1クラス)に約3人の割合です。
発達障害を持つ人は、一見してわかる症状があるわけではありません。それでも、ふだんの生活の中での行動が周囲から「変わった子」「空気が読めない人」と見なされ続けることによって、周りの人に理解されないことに苦しむことになります。
発達障害を忌避したり、同調を強制したりするのでなく、違いを認め、共に生きる社会を作るためにはどうしたらよいのか。障害に対する社会の意識を変容させ、生き辛さを抱える人達が、少しでもよい方向へ向かえるようにするためには何が必要なのかを考え、具体的な解決策を作るのが今回のプログラムの目標になります。これは2020東京オリンピック・パラリンピックの大会ビジョンの三つのコンセプトの一つ、「多様性と調和」に通じるものでもあります。
キックオフミーティングでは、発達障害に対する先進的な取り組みをしている自治体の担当者の方や、発達障害の教育に携わる方、そして自身が感覚過敏を抱えながら、感覚過敏の人にやさしい商品開発に取り組む中学生起業家の講演もあり、様々な角度から発達障害の人が直面する現状を知ることになりました。
プログラムでは、このあと発達障害の当事者・関係者の方などとの対話を通して彼らの直面する問題を知ります。そこから自分達で課題を設定して、それを解決するためのプランを作り、ブラッシュアップしていきます。
そして、11月の関東inochi学生フォーラムで、様々な分野の著名な審査員と300人の観客の前でプレゼンを行い、上位2チームが大阪で開催されるinochi学生・未来フォーラムに出場します。
身近なヘルスケアに着目し課題を知り、若者自身がその課題を解決する、QOL (Quality of Life: 人生の質)を向上させるための方法を考えることは、まさにLifetime Learnerの第一歩となる経験です。