(2017年8月取材)
■部員数 10人(1年生3人・2年生6人・3年生1人)
■答えてくれた人 岡田菜緒さん(3年)
地層や化石の形状から、各地点での太古の植生の様子を想像する
4000万年前の地球の気候は、全球的に温暖であり、現在では見られないタイプの大型哺乳類が繁栄していました。
私たちの2年前の研究では、4000万年前の夕張の年平均気温は16℃であったことがわかりました。これは、現在の年平均気温である6℃よりもかなり高く、当時がとても温暖であることを表しています。
2年前の研究では、植生についてはおおまかにしか復元することができませんでした。今回は、夕張の局地植生の復元を目的としました。
局地植生とは、例えば河川の上流・自然堤防・下流など、環境の違いによって異なる種類の植物が生育しているとき、それぞれの環境に見られる植生のことを指します。
一般的な植生の研究では、葉や実など様々な植生由来のものが川などで流され、海や湖の底に集まって堆積したものを扱います。この場合、広い地域の植生を調べることは可能ですが、局地植生までを解析することはできません。
そこで今回私たちは、河川の堆積物を調べることで、地点ごとの局地的な植生を調べました。
局地植生の解析には以下の三要素を用いました。
(1)堆積環境…どこでできた地層かを示す
(2)組成…その層でどのような植物化石が産出したかを示す
(3)産状…化石となった植物がその場に生育していたものか、流されてきたものかを示す
この産状は、局地植生を解析するうえで最も重要です。
産状については今回、
・植物がその場で化石化した「原地性」
・植物が川などで流されて堆積し、化石化した「異地性」
・落葉のように、生育していた場所の近くで化石化した「準原地性」
に分類しました。
仮に層準Xが存在し、
(1)堆積環境が後背湿地
(2)優占種がブナ属
(3)産状が異地性
であったとします。
堆積環境と優占種だけを見ると、ブナ属の後背湿地林があったと考えてしまいますが、これは誤りです。産状が異地性を示しているため、ブナ属は他の場所から運ばれてきたことになります。このことから、上流に、ブナ属優占の植生があったことがわかります。
また、層準Yが
(1)堆積環境が後背湿地
(2)優占種がメタセコイア属
(3)産状が準原地性
であった場合、メタセコイア属が後背湿地またはその付近に生えていたということがわかります。
このことから、層準Yはメタセコイア属の湿地林という植生であったことが読み取れます。
それぞれの地層の堆積構造と、含まれる植物化石の産状を調べる
今回私たちが調査したのは、北海道の三笠市から夕張市にかけて分布する幾春別(いくしゅんべつ)層です。4000万年前から3500万年前の地層で層厚は約100m。岩相は砂岩・泥岩主体で、石炭層も見られます。
まずは、夕張市小松林道付近で現地踏査を行い、図の層準IK-1からIK-7で岩相・堆積構造の観察を行いました。また、それぞれから植物化石の採集も行いました。
これらの針葉樹の類似種を見分けるために、葉の付き方が対生であるか互生であるかに注意して種別を行いました。対生である場合はメタセコイア、互生である場合はヌマスギだということがわかります。
また化石の産状の分析に関しては、スライドにあるような条件を用いました。これはCastaldoほか(1996)を参照し作成しました。
化石葉の産状を検討します。
広葉樹の幅と長さを計測し、グラフを作成しましたこれが正規分布となった場合は準原地性、そうでない場合は異地性であることを示します。
また、葉の先端がどちらを向いているかを測定し、スライドのようなローズダイアグラムを作成しました。これが特定の方向を示す場合は異地性、散在している場合は準原地性だということがわかります。
そして、次のような柱状図を作成することができました。
この中で、砂岩と泥岩が互層をなしている部分をユニットA、黒色有機質泥岩からなっており、下部に石炭層が見られる部分をユニットB、砂質泥岩層からなっており、内部に平行葉理が見られる部分をユニットB'、砂岩層からなっており、内部に平行葉理が見られる部分をユニットCとしました。
さらに、採集を行った全1432サンプルの植物化石の組成表を作りました。その中から、ポイントとなる部分を抜粋します。
まず、IK-1,3とIK-2,4,6は、いずれもメタセコイア属が優占種となりました。この中で、IK-2,4,6はメタセコイアと同時に、広葉樹が複数種見られました。そして、IK-5ではヌマスギ属が、IK-7ではトクサ属がそれぞれ優占種となりました。
産状としては、IK-1,3,5は写真のように密集して堆積しており、内部に複数器官が見られたため、準原地性であることを示しました。
IK-7は、化石が層理面に対して垂直になるように堆積しており、内部に根を張った状態で化石化していることから、原地性を示しました。
広葉樹は、化石が散在して堆積していました。また、葉のサイズのグラフが正規分布を示さず、ローズダイアグラムは北向きの傾向を示していることから、異地性を示しました。
幾峻別層はどんな環境で堆積したのか
以上の結果から、幾春別層の堆積環境を考察します。
ユニットAは砂岩と泥岩の互層をなしており、赤丸で示したような自然堤防またはポイントバーの堆積環境であることがわかります。
次に、ユニットBでは、黒色有機質泥岩と、下部に石炭層が見られ、層を叩いた際に独特の光沢が出る鏡肌(スリッケンサイド)という構造が見られたことから、青丸で示したような後背湿地堆積物であることがわかります。
ユニットB'はユニットBの上部に位置している砂質泥岩層であり、内部に平行葉理が発達しています。このことから、緑丸で示したような、先ほどの後背湿地に流入した洪水堆積物であることがわかります。
ユニットCは厚い砂岩層であり、縞模様(平行ラミナ)が見られたことから、黄丸で示す流路堆積物であることがわかります。
以上のことから、幾春別層は、蛇行河川の堆積環境であることがわかりました。
これらから、いよいよ植生の復元を行っていきます。
植生を復元する中で、国内初の発見も!
まずIK-1,3は、ユニットBである後背湿地の堆積環境です。こちらではメタセコイア属が準現地性の状態で産出したため、メタセコイア属の湿地林があったと考えられます。
IK-5は、先ほどと同じくユニットBである後背湿地の堆積環境ですが、ヌマスギ属が準原地性の状態で産出したため、ヌマスギ属の湿地林があったと考えられます。
また、IK-7はユニットAである自然堤防の堆積環境です。こちらではトクサ属が原地性の状態で産出したため、トクサ属の自然堤防林があったと考えられます。こちらは現在でも見られます。
IK-2,4,6はユニットB'またはCの、洪水または流路堆積物です。こちらではメタセコイア属が準原地性の状態で産出していることから、流路からさほど離れていないメタセコイア属の河畔植生があったと考えられます。
各層準で見られた広葉樹はすべて異地性であったため、上流域の周辺植生を示していると考えられます。
以上の結果から、夕張の局地植生を復元したのがこちらの図です。
また、IK-5で見られた、夕張におけるヌマスギの湿地林はこれまで前例がなく、私たちの発見が国内初です。このように、夕張のかつての植生を解析することができました。
■研究を始めた理由・経緯は?
今回のテーマである局地的な古植生解析を行った学術研究は国内ではほとんど例がありません。そしてその例に漏れず、幾春別層の当時の植生の詳細な様相は明らかにはなっていませんでした。にもかかわらず、調査地である幾春別層という地層では、数多くの植物化石が産出していることについては知られていました。調査対象の地層は山道に露出していることもあり、幅広い範囲を観察することができ、そのため多様な堆積構造も見られることから、調査地として大変興味深く、何より古植生の研究に適した地層となっています。そのため、4000万年前のかつての植生を私たちの手で解析できるかもしれない、という点に底知れないロマンを感じ、今回の研究につながりました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
本研究テーマとして動き出したのは去年の初夏ですが、幾春別層の調査自体は4年前から行っています。活動時間は1日平均2~3時間で、週に3回が基本ですが、土日や祝日に丸1日野外調査をすることも多いです(今回の研究では野外調査は5回程度)。また、研究発表前には発表準備のため、ほぼ毎日活動を行っています。
■今回の研究で苦労したことは?
とにかく植物化石サンプルの管理に振り回されました。
今回産状の考察のため、「葉化石がどちらの方向に先端を向けて堆積していたのか」を調べる必要があったのですが、それには露頭から直接化石を採集し、かつその際に「その化石葉の先端から見てどの方角が北であるのか」を母岩に矢印で記録する必要があります。その時に書いておいた矢印が運搬中に擦れて見えにくくなることもあり、包装や取扱いには特に苦労しました。
そして何より、化石サンプルの一つ一つが大きな岩石ですので、調査地から持ち帰るのはかなりの重労働でした。室内では膨大な数の化石を同定し、産出層ごとに整理して保管するだけでも大変でした。これは、短時間で簡単にデータを集められる微化石や宇宙分野の研究をしている人にはわからない苦労だと思います。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
古植生の解析、とだけ言ってしまうとどうしても地味なイメージを持たれがちになってしまうので、内容を飲み込んでもらいやすいように、説明の際の順序立てに特に気を付けたので、その点を見ていただけるとありがたいです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「メタセコイア属の古生態と古生物地理」 百原新(化石,57:24-30.(1994))
・「Criteria to distinguish parautochthonous leaves in Tertiary alluvial channel-fills」 Gastaldo,R., A.,Ferguson,D., K., Walther,H.,and Robold,J,M.
(Rev. Palaeobot and Palynol.91:1-21.(1996))
・「Paleogene regional extinction of Taxodium in Japon and adjacent countries」Yabe.A.,Uemura,K., Matsumoto,M., Ishikawa,K., and Narita, A.( EPPC2014. (2014))
・「The Rerision of the so-called〝Alangium″Leaves from the Paleogene of Hokkaido,Japan.」 Tanai、T.( Bull.Nath.Sci.Mus.,Tokyo,Ser.C.15(4):121-140 . (1989))
・「The Oligocene Floras from the Kushiro Coal Field,Hokkaido, Japan」Tanai,T. (Journal of the Faculty of Science, Hokkaido University. Series Ⅳ,14:384-514. (1970))
・「北海道上名寄から産出する中新統パンケ層産植物化石群集の古植生解析」成田敦史・矢部淳・松本みどり・植村和彦(地質学雑誌.123(3):131-145. (2017))
■今回の研究は今後も続けていきますか?
これまで私たちが幾春別層で行ってきた研究では、4000万年前の夕張の古気温を推定し、今回は局地的な古植生を知ることができました。現在は、植物化石を用いた年間降水量の算出についての研究を行っています。年間降水量がわかると、古気温の推定値と合わせて幾春別層の当時のバイオームを調べることができます。つまり、今回の植生の研究も相まって、当時のより詳細な古環境を復元できるのでは、と考えて現在研究を行っています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
夏場は、休日を利用して現地調査を行い、結果を持ち帰り室内での作業がもっぱらの流れで、冬場は雪で調査ができないので、室内でイベント用のポスターを作製したり、資料整理や翌年へ向けたネタ作りなどを主に行っています。研究のジャンルについては、今回のような植物化石以外に、貝化石についても研究を行っています。
■総文祭に参加して
さすが全国大会と言うべきか、見る研究のそれぞれがとてもレベルが高いものばかりで、斬新なテーマやレイアウトなど、全道大会では味わえないような刺激を多く受けることができました。そして何より、多くの都道府県の同じ分野を研究している他校の事情を聞くことができ、貴重な機会を得ることができたと思いました。
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