(2017年8月取材)
■部員数 3年生5人
■答えてくれた人 並岡勇樹くん(3年)
「希硝酸」と「濃硝酸」の境界はどこ?
私たちは、不動態と硝酸濃度について研究を行ってきました。不動態とは、アルミニウム、鉄、ニッケルなどの金属が濃硝酸と反応した時に、金属表面に生じる緻密な酸化皮膜のことです。この不動態によって金属内部の腐食を防ぐことができます。身近な用例としてはステンレスや車のアルミホイールなどがあります。
研究の動機です。私たちは化学の授業で不動態について学習し、緻密な酸化皮膜とはどのような状態なのかを観察したいと思いました。さらに、不動態は希硝酸と反応した時は形成せず、濃硝酸との反応でのみ形成されることが知られています。
しかし、希硝酸と濃硝酸との境界ははっきりわかっていません。そこで、私たちは身近な金属であるアルミニウムを用いて、それらの境界を調べることにしました。
また、不動態の形成と硝酸濃度にどのような関係があるのか疑問に思い、これについても研究を行いました。
希硝酸であればアルムニウムは溶解し、濃硝酸であれば不動態を形成するはずです。よって、アルミニウムが溶解しない濃度が、希硝酸と濃硝酸の境界であると予想しました。
また、硝酸の濃度が高いほど反応が進み、膜厚のある不動態を形成すると予想しました。
実験の準備~アルミ板の下ごしらえは入念に
まず、アルミ板の研磨を行いました。
アルミニウムは空気と反応しやすい金属であるため、空気中の酸素と反応して自然酸化皮膜を形成します。この自然酸化皮膜は緻密ではないため、不動態ではありません。私たちは、この自然酸化皮膜が実験に影響を及ぼすと考え、アルミ板を研磨することにしました。
研磨には2000番相当のダイヤモンドやすりを使用し、縦・横方向にそれぞれ50回ずつ研磨しました。
次に、アルミ板をアセトンで3分間超音波洗浄しました。この時アセトンを使用した理由は、アルミ板表面の油分や水分を取り除くことができ、さらに高い揮発性を持っているからです。
これらの工程を施したアルミ板を18種類の濃度の硝酸に18時間浸漬させました。
最新機器で表面の様子を観察すると
観察より、1~11mol/Lの硝酸からは金属表面から気体が発生することがわかりました。このことから、スライドの反応式のように希硝酸特有の酸化還元反応が起こっていると考えられます。
浸漬した後のアルミニウムの表面を観察したのですが、肉眼では変化が見られませんでした。そこで私たちは、岩手大学電子顕微鏡室の協力のもと電子顕微鏡を用いてアルミ表面の様子の観察を行うことにしました。私たちが観察に使ったものは、走査型電子顕微鏡(SEM)と呼ばれる機械です。SEMは、試料表面の様子を映像化することができます。
こちらが実際にSEMで撮影した映像です。倍率はどちらも300倍です。左側の写真は、硝酸に浸漬させる前のアルミ板、右側の写真は21mol/Lの硝酸に18時間浸漬させたアルミ板です。
左側の写真からはヤスリで削った跡が見られ、不動態が形成されていないと予想できます。右側の写真にはヤスリで削った跡がなく表面に膜のようなものができていることから、不動態ができていると予想しました。
そこで、実際に不動態ができていたら表面の酸素量が増えていると考え、アルミニウム表面の元素分析を行うことにしました。
元素分析に使ったのは、エネルギー分散型X線分光器(EDS)という機械です。この機械を使用することで、試料表面の元素や質量パーセント濃度を調べることができます。
これが実際の元素分析の結果です。横軸は硝酸のモル濃度、縦軸は表面の酸素の質量パーセント濃度です。太い線は硝酸に浸漬させる前の酸素量で、赤い線が各硝酸濃度に対する表面の酸素濃度です。
1~7mol/Lでは酸素量にあまり変化がありません。これは、不動態を形成する速度よりもアルミニウムの溶ける速度の方が早いからだと考えました。7mol/L以上では、濃度が高くなるにつれて表面の酸素量も増加していることが読み取れます。そこで私たちは、酸素量が増加し始める7mol/L付近に注目しました。
濃硝酸と希硝酸の境界は7~9mol/Lの間に?!
考察です。
この実験から、7~9mol/Lの間に濃硝酸と希硝酸の境界が存在すると予想を立てました。しかし、表面の酸素量からでは正確な膜厚を測定することはできません。そこで、アルミニウム板の断面を観察することで膜厚を測定ことにしました。
そこで用いた機械が透過型電子顕微鏡(TEM)です。TEMは試料表面の断面の様子を観察することができます。
これが実際にTEMを用いて観察した13mol/Lの不動態の断面の様子です。写真左側に見えるのが、通常のアルミニウムです。赤い矢印で示されたところが酸化アルミニウムの不動態となっています。そして、写真右側の黒い部分と少しぼやけたような粒の部分は、TEMで撮影する際に不動態が剥がれないようにコーティングしたプラチナと炭素です。
このグラフの横軸は硝酸のモル濃度、縦軸は不動態の膜厚です。8~10mol/Lまでは不動態の膜厚は変化しませんでしたが、10~17mol/Lにかけて劇的な膜厚の増加が見られました。しかし、私たちの濃度が濃くなるほど膜厚は大きくなるという予想に反して、17~21mol/Lにかけて膜厚が減少するという興味深いデータが得られました。
こちらは先ほどのグラフと、EDSから得られた表面の酸素の質量パーセント濃度のグラフとを比較したものです。酸素の質量パーセント濃度は、硝酸のモル濃度に比例していることがわかりますが、膜厚は17~21mol/Lにかけて減少しています。そこで、17mol/Lと21mol/LのTEMで撮影した画像を比べることにしました。
まず、写真左側の17mol/Lの画像をご覧ください。この不動態は、膜厚はありますが、中に黒い点があることがわかります。不動態は、形成されると表面にコーラスという大きな穴をいくつか生じます。黒い点は、コーティングの際に炭素がコーラスに入り込むことが原因だと元素分析の結果判明しました。
次に、右側の21mol/Lの画像に注目してください。膜厚はありませんが、中に黒い点が確認されず、緻密な不動態が形成されていることがわかります。
硝酸濃度が高いと、薄くて緻密な不動態が形成される
これらの結果から、17mol/Lでは膜厚はあるが緻密でない不動態、21mol/Lでは薄い反面とても緻密な不動態が形成されることがわかりました。
結論です。アルミニウムにおける希硝酸と濃硝酸の境界は7~9mol/Lにあると予想できます。そして、不動態の膜厚は12mol/Lから17mol/Lにかけては厚くなりますが、17mol/Lから21mol/Lにかけてより緻密な不動態を形成することがわかりました。
これは、不動態が縦に成長していくだけでなく濃度が高くなったことで反応速度の関係から横方向にも成長が進み、21mol/Lでは非常に緻密な不動態となることがわかりました。
時間の都合で実験回数が非常に少なくなってしまったため、今後の活動で実験回数を増やしていこうと考えています。また、今回は濃度による不動態形成について調べましたが、他にも条件を変えて浸漬時間でも調べていきたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
化学の授業で、不動態は特定の金属と濃硝酸が反応することによって形成されることを学びました。しかし、教科書には「濃硝酸」と書いてあるだけで、実際のモル濃度が表記されていませんでした。また、不動態についても実際の写真がありませんでした。そこで私たちは、単純に不動態を見てみたい、そしてこの濃硝酸とは何mol/L以上のことなのか、硝酸の濃度によって不動態の膜厚がどのように変化するのかという疑問を持ち、これを研究のテーマとしました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1週間に約3時間です。
■今回の研究で苦労したことは?
1回の観察に多くの時間を使うため、何度も観察を行うことができなかったことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
不動態表面における酸素量と膜厚は比例しなかったという点です。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
高等学校理科教科書「化学」(東京書籍)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回は濃度に着目して実験を行ったので、次回は浸漬時間に着目して同様の実験を行いたいと思っています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
私たちは毎週水曜日の午後にこの研究のみを行ってきました。
■総文祭に参加して
ふだんはなかなか触れ合うことのできない県外の高校生との交流や、ハイレベルな研究発表を聞くことができ、貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました!
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