(2017年8月取材)
■部員数 25人(1年生11人・ 2年生9人・3年生5人)
■答えてくれた人 伊藤健登くん(3年)
二重膜(=細胞膜)が難しいなら、一重膜(=脂肪酸)で試してみよう
分子膜の構造の研究は、細胞膜に関する研究に応用でき、生物の生理機能の解明に役立つものです。しかし、細胞膜はリン脂質が体液中で二重に重なった二重膜であり、膜の上下に水が必要なため、実験室で再現するのは困難です。
こちらはリン脂質の一種のホスファチジルコリンの構造です。リン脂質には2本の疎水基があり、1本が飽和脂肪酸(ここではパルミチン酸)、もう1本が不飽和脂肪酸(ここではオレイン酸)からできています。パルチミン酸は直鎖状、オレイン酸は途中で折れ曲がっており、それぞれ異なった構造になっています。
この2つの異なる疎水基のそれぞれが、膜の形成にどのような影響を及ぼすかは、実験の際によくわかりません。そこで、二重膜ではなく一重膜で、かつ疎水基が1本だけである脂肪酸の単分子膜を用いることで、疎水基の構造による膜の形成への効果について検証することにしました。
脂肪酸とは、炭素鎖にカルボキシ基が1つ付いた分子で、下図のように、親水基と疎水基を併せ持つ分子のことを、両親媒性分子といいます。単分子膜は、両親媒性分子が水面上一様に並んでいるわけです。
今回は、脂肪酸の疎水基に着目して、疎水基の炭素数および二重結合の位置の違いにより、単分子膜の面積がどのように変化するかを実験で調べました。
墨流しを応用して膜の面積を測定
実験方法です。不織布をマーブリング(墨流し)用インクに浸し、水を張ったシャーレに触れさせて、水面にインクを薄く広げます。その上にマイクロピペットで各種脂肪酸のシクロヘキサン溶液を滴下します。この様子を動画でお見せします。
中央に見える透明な部分が、シクロヘキサン溶液です。シクロヘキサンの蒸発に伴って、脂肪酸の単分子膜が徐々に広がります。
シクロヘキサンが完全に蒸発すると、脂肪酸の単分子膜ができます。そこに、シャーレと同じ大きさの濾(ろ)紙を置いて、インクの形を写し取ります。
その濾紙を乾燥させて、全体の質量と膜の部分だけを切り取った濾紙の質量の比から、単分子膜の面積を求めます。実験条件は、温度20度、各試薬20回以上測定を行い、合計で1642回の測定を行いました。
二重結合の位置と分子間の空間の大きさの関係は? まず疎水基で調べてみる
研究1では、疎水基の立体障害(※)によって生ずる単分子膜の占有面積について検証しました。使用した脂肪酸の構造がこちらです。親水基から二重結合までの炭素数はすべて9で、二重結合から疎水基末端まで(赤い丸の部分)の炭素数が5・7・9の3種類の脂肪酸を用いて実験を行いました。
※分子内、および分子間で分子を構成する各部分がぶつかることによる回転などの制限のこと。
測定の結果がこちらです。二重結合から疎水基末端までの炭素数が増えるにつれて、分子1個あたりの占有面積も大きくなっています。
考察です。二重結合から疎水基末端までの炭素数が増えるにつれて、図のように、立体障害によって分子間にできる空間が大きくなり、分子1個あたりの占有面積も大きくなったと考えられます。
また、この実験から、オレイン酸は分子間に大きなすき間ができていると考えられます。リン脂質でできた細胞膜にも、この大きなすき間が存在し、このためステロイドホルモンが細胞膜を透過することが可能になっていると考えられます。
親水基から二重結合までの炭素数で、分子の凝集力が決まる
研究2では、分子の凝集と占有面積について検証しました。使用した試薬はこちらです。先ほどとは異なり、二重結合から疎水基末端までの炭素数はすべて9ですが、親水基から二重結合までの炭素数(赤い丸の部分)が9・11・13・15と異なる4種の脂肪酸を用いて分子1個あたりの占有面積を計算しました。
実験の結果がこちらです。親水基から二重結合までの炭素数が増えるにしたがって、分子1個あたりの占有面積は小さくなっていくことがわかります。
これは、親水基から二重結合までの炭素数が増えるにつれて、分子間に働く分子間力が大きくなり分子が凝集したために、分子1個あたりの占有面積が小さくなったと考えられます。
これら2つの実験から、分子間にできる空間を、同じ炭素数でできるだけ大きくするには、できるだけ二重結合を親水基に近づければよいのではないかと考えました。そこで、このような極端な構造を持つ脂肪酸について、分子1個あたりの占有面積を計算することにしました。
この2つは、組成式が同じ(C19H37COOH)分子です。丸をつけた部分にご注目ください。二重結合から疎水基末端までの炭素数は、左側のΔ(デルタ)2エイコセン酸のほうが多いです。研究1の結果より、左側のΔ2エイコセン酸のほうが、立体障害が大きく働き、エイコセン酸よりも分子1個あたりの占有面積が大きくなると予想しました。
四角を付けた部分にご注目ください。親水基から二重結合までの炭素数は、Δ2エイコセン酸のほうが少ないです。先ほどの実験から、より凝集力が弱いΔ2エイコセン酸のほうが分子1個あたりの占有面積が大きくなると予想しました。
ところが、実験の結果はΔ2エイコセン酸のほうが小さくなりました。これは予想とは逆の結果です。
これは、シクロヘキサン溶液のΔ2エイコセン酸の2つの分子をモデルとして表したものです。シクロヘキサン溶液中で、この2分子は疎水基を合わせるようにして、凝集し、シクロヘキサンの蒸発と同時に、疎水基を合わせるようにして単分子膜を形成したと考えられます。
親水基は水面に対して斜めに入り、疎水基をまっすぐ立てて凝集したと考えられます。単結合でつながったアルキル鎖の疎水基が長く、二重結合の部分が親水基近いに脂肪酸は、疎水基どうしをくっつけ合わせるように凝集するので、分子間に隙間ができないと考えられます。
細胞膜中の脂質の運動(側方拡散)によってできる隙間がステロイドの透過を促す
結論です。二重結合から疎水基末端までの炭素数が増えるにつれて、分子1個あたりの占有面積が大きくなることがわかりました。
一方、親水基から二重結合までの炭素数が増えるにつれて、分子1個あたりの占有面積は小さくなります。
また、二重結合が親水基に近いと、疎水基どうしを合わせるようにして分子が凝集することがわかりました。
この結果をもとに細胞膜について考察します。細胞膜中では、脂質が側方拡散といって、互いの位置を1秒間に107 回入れ替えており、分子1個に着目すると、2μm/秒で移動することが知られています。この2㎛というのは、大腸菌の全長と同じ長さです。
これは、単分子膜として存在するオレイン酸をモデルとして表したものです。オレイン酸は疎水基を合わせるようにして凝集していると考えられます。しかし、先ほど述べた側方拡散により、一時的にこのような大きなすき間が生まれます。この大きなすき間がリン脂質でも生じ、細胞膜へのステロイドホルモンの透過を可能にしていると考えられます。
細胞膜の凝集と流動性には、脂肪酸の絶妙のバランスがある
では、二重結合から疎水基末端までの炭素数が長いとどうなるのでしょうか。二重結合から疎水基末端までの炭素数が長すぎると、分子間力が弱すぎるため、分子が膜にならないということが考えられます。逆に分子間力が強い脂肪酸では、リン脂質中の流動性を失ってしまうために空間が生まれず、ステロイドホルモンは透過できないと考えられます。
これに2つの結果から、リン脂質の尾部がオレイン酸で創られているのは、ステロイドホルモンが透過できる空間があり、弱すぎず強すぎない凝集力があるというこの2つの特徴を併せ持つからであると考えられます。
今後の展望として、細胞膜では、リン脂質の間にコレステロールが存在しています。実験条件をより細胞膜に近づけるために、脂肪酸の溶液にコレステロールを混ぜて、今回のような膜の面積の測定を行いたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
リン脂質の疎水基と脂肪酸の疎水基の構造が似ていることを知り、化学基礎で習うアボガドロ定数を求める実験が細胞膜の研究に応用できると考え、始めました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
2014年から始まりました。今年度は、1週間あたり15時間かかりました。
■今回の研究で苦労したことは?
シャーレが少しでも汚れているとインクがきれいに広がらず、汚れがなくなるまでシャーレを洗い続けないと実験が進められなかったことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
脂肪酸がきれいな単分子膜を構成するにはインクを薄く広げることが重要です。インクが濃いとインクの圧力で膜がきちんと広がらないからです。そこで、不織布にインクを付けて、その不織布を用いてインクを水面に広げることで、インクを薄く広げました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・高校教科書「化学」(東京書籍)
・「細胞の分子生物学」Alberts,Bruce他著 (ニュートンプレス)第3、6版
■今回の研究は今後も続けていきますか?
続けます。より実験条件を細胞膜に近づけるため、脂肪酸の試薬にコレステロールを混ぜて実験を行うことを考えています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
近くの中学校へ出前実験教室をしています。また、佐賀県立宇宙科学館の「ビーコロ展」での作品製作、展示も行っています。
■総文祭に参加して
様々な学校がいろいろなテーマで研究をされており、とても面白かったです。
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