【生物】神奈川県立平塚中等教育学校 科学部生物班
(2017年8月取材)
■部員数 9人(1年生4人・2年生3人・3年生2人)
■答えてくれた人 林幸希くん(3年)
本来暗いところを好むはずのゴキブリが明るい方に集まった!
光という刺激に対して反応し、移動することを「走光性」と言います。同様に、接触という刺激に反応するのが「走触性」です。そして集まる反応は「正」、遠ざかる反応は「負」と分けて呼びます。ゴキブリには、負の走光性と正の走触性があることが定説となっています。
私が現在学校で使用している生物図録でも、ゴキブリは光の刺激に対して負の走性を示すとはっきり書かれています。
しかし、私がクロゴキブリを長く飼育し、観察してきた中で、その定説とは異なった反応、正の走光性を見ることが何度かありました。
本研究では
・クロゴキブリが正の走光性を示すのに必要な条件
・その反応を示す光の種類とは何なのか
・そこからクロゴキブリが正の走光性を示した原因は何か
という3点について、実験をしました。
実験に使用するゴキブリはクロゴキブリという日本でもよく見られる種で、写真のように飼育ケースに入れ、餌として昆虫ゼリーを置いて飼育しています。
光に向かう謎~3つの仮説 「食料不足」「暗闇放置の影響」「密度」
ゴキブリは、どのような条件で光を与えれば正の走光性を示すようになるのか、まずは3つの仮説を立てました。
1. 餌を与える頻度を少なくした食糧不足の影響
2. ゴキブリを、光の当たらない戸棚の中で放置して飼育したことによる影響
3. 飼育するとき、高密度の状況下に置いたことで密度効果が生じ、自然界では見られない反応を見せるようになった
2.の仮説を立てるに当たっては、アース製薬株式会社様に、3.の仮説を立てるに当たっては東京農業大学農学部の昆虫学研究室の小島弘昭教授に受諾をいただきました。
立てた仮説を元にそれぞれ実験を行いました。
実験1 : しばらく餌を与えない
クロゴキブリに餌を一度与えた後、しばらく餌を与えずに、その後、正の走光性が現れるようになるかを見ました。
結果は、餌がなくなってからしばらく経つと光に関係なくケース内を歩き回る姿が確認でき、走行性は正・負共に見られませんでした。
実験2 : 光が入る環境と入らない環境で比較
戸棚を閉めてほぼ光が入らないようにした状態と、戸棚を開けて光が入るようにした状態を作り、それぞれの様子を見て正の走光性の反応が現れるかどうかを見ました。
結果は、光が当たっている環境でも当たっていない環境でも負の走光性の反応が見られ、正の走光性の反応は見られませんでした。
実験3 : 餌も光も与えない
正の走光性の反応を示した当時の状況をより再現するために、実験1と実験2を組み合わせた、餌を与えず、かつ光を与えないという実験を行い、正の走光性が現れるかを見ます。
結果は、餌が切れてから1週間ほど経ち、且つ暗闇に3日以上置いておくと正の走光性の反応を見ることができました。
しかし、正の走光性が見られた条件を与えても、気温が20℃を下回り始めると正の走光性の反応を見せることが減少し、10℃前後になるとほぼ反応は見られませんでした。
実験4 : 密度が低い状態で餌も光も与えない
実験3で正の走光性の反応が見られた場合、低密度の飼育ケースで同様の条件を与えて正の走光性が現れるかを見ました。
結果は、実験3と同様に、餌が切れてから1週間ほど経ち、かつ暗闇に3日以上置いておくと正の走光性の反応を見ることができました。
これらの結果から、クロゴキブリは餌がなくなると光による作用を受けなくなり、さらに光がずっと当たらない状態でいると光に集まるようになるということがわかりました。
また、気温が低下すると反応しなくなるのは、気温が低下するとクロゴキブリの活動自体が緩和になるからだと考えられます。
すなわち、クロゴキブリが正の走光性の性質を現すには、クロゴキブリが空腹になることに加え、暗闇の空間に置いておくことが必要だということです。
これは、クロゴキブリが空腹時により広い範囲で餌を探しに行くためだと考えられます。
では、このときに反応したクロゴキブリの様子を実際にご覧ください。もともと1分の動画を10秒ほどに縮めています。ケースの位置が右側寄りだったため、右側のライトを点けたときに光が上全体に当たってしまって散らばるようになってしまいました。
「走光性」より「走触性」による反応が強い
しかし、この実験方法では、まだ正確なデータは取れないので、実験に使用したケースを飼育用のものから走触性による作用を減らすために実験用のゴキブリのみの物に変えました。また、実験場所も生物室内から暗室に変更しました。さらに、実験を行う頻度も上げました。
結果は、実験用のケースで光を当てた場合、餌を与えた後であっても走光性による反応は見られることはなく、光源の位置に関係なく周りに他のゴキブリや壁際に寄るなどの正の走触性による反応の方が強く見られました。
よって、ゴキブリが物陰に隠れるのは、今まで言われていたような負の走光性によるものではなく、正の走触性による反応であったという可能性が高いと考えられます。しかしこの正の走触性の反応は光による刺激で起きたことから、正の走触性は刺激を与えると現れると考えられます。
この刺激源は光に限らず、他の刺激で実験しても同様の反応が得られました。したがってクロゴキブリは負の走光性の性質よりも正の走触性の性質の方が強く出るということがわかりました。原因は、もともとゴキブリは視覚よりも触角を優先して行動しているからだと考えられます。
得られた結果を元に新たな実験を行いました。
追加実験1 : クロゴキブリに「光の慣れ」は生じるのか?
クロゴキブリの正の走光性を引き出す条件は、空腹にしておくことと暗闇に置いておくことです。しかし正の走光性を引き出すために光を当て続ければ、いずれは暗闇にいるという条件がなくなることになります。
暗闇に居続けるということが、正の走光性を引き出す条件として正しいのであれば、光を当て続ければいずれは正の走光性の反応はなくなるはずです。これを私は「クロゴキブリの光の慣れ」と呼ぶことにしました。
そこで、クロゴキブリにどれほど光を当てれば慣れが発生するのかを調べました。クロゴキブリに170分間光を照射し続け、その様子を動画で撮影しました。
そして、この動画から正の走光性の反応を示した個体数をグラフでまとめました。このグラフから、光を当て続けると徐々に正の走光性の反応を示す個体は減少していることがわかります。
正の走光性を示した個体数が0になったのは、光に当ててから約83分後でした。クロゴキブリの光の慣れが発生するのは、おおよそ60分。その後の反応は誤差の範囲と考えられます。
この実験を行った翌日に同様の実験を行い、こちらもグラフにまとめました。すると、前回よりも正の走光性の反応を示すクロゴキブリの数が全体的に少なくなり、完全に反応が見られなくなる時間も早くなりました。
さらに、この実験から2時間後に同様の実験を行ったところ、光を当てても反応する個体はかなり減少しました。
3つのグラフを比較すると、実験同士の間隔を短くするほど光に慣れた個体が多くなっていることがわかります。したがって、暗闇に置く時間と光に慣れた個体の数は比例しているという可能性が考えられます。
追加実験2 : 「光の種類」によって正の走光性に違いは生じるか?
次に、クロゴキブリが正の走光性を示す光の種類について調べ、実験を行いました。
正の走光性を示す条件を与えた後にこれらの光源を使い、どの光に正の走光性を示すかを調べました。結果は、LED以外の光で、正の走光性の反応が示されました。そこで、光の種類ごとのスペクトル分布を調べてみたところ、LEDは可視光線以外の光はほとんど放出していないことがわかりました。
昆虫の中には紫外線を見ることができるものが多くいるので、私はこの紫外線が関係しているのではないかと考え、正の走光性を示す条件に置いた後、紫外線のみを照射しました。すると、紫外線の光に集まるクロゴキブリの様子を観察することができました。
このことから、クロゴキブリは紫外線で光の方向を認識しているのではないかと考えました。この理由として、波長の短さが関係していると考えられます。
追加実験3 : 正の走光性が見られる原因は何だろう?
最後に、正の走光性を示した原因についての実験を行いました。まず仮説から3つ説明します。
仮説1.クロゴキブリは空腹になると、光エネルギーを自分の活動エネルギーにすることができる
仮説2.クロゴキブリは、明るいところに住む人間に依存して生きている
仮説3.光のある場で餌を与えていたことによって、クロゴキブリが学習したのではないか?
それぞれの仮説に対する実験方法は、以下の通りです。
仮説1: 成虫2匹、幼虫4匹、計6匹のクロゴキブリを単体で管理して、半分を暗闇、もう半分は光が当たるところに放置して、同時期に同量の餌を与えた後、餓死するまでの期間を計測し比較します。
仮説2 : 外国産のマダガスカルオオゴキブリ、アルゼンチンモリゴキブリ、トルキスタンゴキブリの3種を、クロゴキブリと同様に実験を行って反応を見ます。
仮説3 : 今まで正の走光性の反応をしていたクロゴキブリに、初令幼虫なども含まれていたかを確認します。
仮説1に対する実験の結果より、光の有無と餓死する時間は関係していないことがわかりました。これらのことから、光がクロゴキブリの生存に直接影響を及ぼしている可能性は低いと考えられます。
仮説2に対する実験の結果では、いずれの種も正の走光性の反応は見られず、負の走光性の反応が見られました。トルキスタンゴキブリにおいては、家に出ることもある種なので、人に依存した種のみに正の走光性を示すわけではないということがわかりました。クロゴキブリと、仮説2で使ったこの3種を比較すると、クロゴキブリは他の3種よりも移動能力が長け、天敵から逃げやすいので、これが正の走光性の反応を見せる原因なのではないかと考えられます。
仮説3に対する実験では、2~3㎜程度の初令幼虫でも正の走光性を示している様子が見られました。よって、光に対する正の走行性は先天的な性質だと考えられます。
まとめと課題
今回の研究からわかったことをまとめます。
1.正の走光性を引き出す条件は、空腹にさせておき、さらに暗闇でしばらく放置しておくこと
2.反応する光の種類は紫外線のみである
3.クロゴキブリが正の走光性を引き出す原因は、他の種よりも移動能力が高いため空腹時に天敵に襲われても回避できるからである
以上の考察が正しければ、クロゴキブリの近縁で移動能力の高いワモンゴキブリなら同様の反応を示すのではないかと考えたので、次はこの種のゴキブリを使って実験をしたいと思っています。
■研究を始めた理由・経緯は?
元々私も、ゴキブリは暗いところに集まる習性があるのを知っていましたし、それが天敵に捕食されるリスクを減らすためだと理解していました。しかし、私の飼育しているクロゴキブリが、突然暗いところでも狭いところでもなく、飼育ケースの側面にびっしり集まっていることがありました。さらに、その側面はちょうど光源(日光)が当たっていた方のみだったのです。当時、私はとても驚いたことを覚えています。一体何故、負の走光性を持つゴキブリが光に集まっているのかと、このことから私の研究テーマが定まりました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
最初に正の走光性を示すのを発見したのは2016年7月20日です。実験も、様々な視点からやっていたので一度の実験にかかる時間は5分程度のものもあれば1日以上かかっているものもあります。研究自体もまだ終わっているとは言えないので、できたら大学で続けたいと思っています。
■今回の研究で苦労したことは?
長時間の実験は本当に苦労しました。反応の様子を録画して、1分刻みで一時停止し反応しているゴキブリを1匹ずつ数えていくという作業には骨が折れました。また、実験の中にゴキブリを餓死させる実験があるのですが、ゴキブリ好きの私としてはかなり苦しかったです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
一番見てほしいのは研究の内容というよりかは、ゴキブリが正の走光性を示している反応の様子ですね。恐らく多くの人が、ゴキブリが暗くて狭いとこにたくさんいるというイメージを持っていると思うのです。ですから、私が感じたようにゴキブリの正の走光性を示す様子を見て、不思議だと感じてくれたら十分です。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
「ゴキブリのはなし」安富和男(技報堂出版)
「ゴキブリ大全」デヴィッド・ジョージ・ゴードン 著、松浦俊輔 訳 (青土社)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究で使用できたゴキブリはたった4種のみのため、もっと多くの種類で実験して比較していきたいと思っています。今のところの推測では、ゴキブリ科のみの性質なのではないかと考えています。また、光の種類についての実験も、今度は色などを変えて実験したらまた面白い結果が得られるかもしれません。
■ふだんの活動では何をしていますか?
科学部生物班では主に生物の飼育、観察が活動の軸になっています。休日等長い時間が確保できる日は、学校の隣に総合公園があるので、そこへ出向いて生物の採集・観察を行います。
また、長期休暇の間は、少し遠くの山や川へ出かけて昆虫採集や釣りをして捕まえた生物を飼育したりしています。部員それぞれに飼育担当の生き物が決まっていて、研究のテーマも担当生物について行うことも多いです。
■総文祭に参加して
今回の総文祭では、滅多にない貴重な経験をさせていただくことができました。他の方々の発表の様子を見て、参考になることがたくさんありました。これらは大学でまた活かしていこうと思います。本当にありがとうございました。
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