みやぎ総文2017 自然科学部門

クマムシの種による「強さ」と「蘇生率」を徹底比較~極限の環境で生き残れるのはどれだ?

【生物】愛媛県立今治西高校 生物部クマムシ班

(2017年8月取材)

左から 池内明香さん、佐伯悠さん
左から 池内明香さん、佐伯悠さん

■部員数 31人(1年生9人・2年生10人・3年生12人)

■答えてくれた人 池内明香さん(2年)

 

 

クマムシの種による乾眠耐性の違いと蘇生要因

最強の「休眠状態」~宇宙空間でも生存できるクマムシ

活動状態のクマムシ
活動状態のクマムシ

私たちは最強の生物と呼ばれるクマムシに興味を持ち、研究を始めました。

 

クマムシは緩歩動物門(頭部と胴体4環節からなり、4対8脚でゆっくり歩く小さな動物)という独自の門を形成しており、約1200種類が確認されています。大きさは0.1~0.8mmととても小さいため肉眼では観察ができず、顕微鏡を用いて観察を行っています。8本足でのそのそと歩くことから、英語名ではwater bearと呼ばれています。

 

一番の特徴は、陸生種は乾燥すると休眠時に樽状のtunと呼ばれる状態になること。tunになると、とても強い耐性を発揮します。

耐性は文献によると-273℃~151℃、真空から1万気圧、有機溶媒100%、人間の致死量の約1000倍の放射線、宇宙空間での暴露でも生存が確認されています。

 

しかし、状態にかかわらず物理的な力には弱いため、採取時に誤ってピペットで潰してしまうことがありました。

下図は、私たちが実験に用いたクマムシを採取した時の方法です。まず、学校付近にあるギンゴケを採取。乾燥したコケを水に浸し、クマムシを蘇生させます。蘇生させたクマムシを顕微鏡で観察し、ピペットで採取します。

確認できたのは、オニクマムシ、チョウメイムシ(通称・シロクマムシ)、トゲクマムシの3種です。しかしトゲクマムシは個体数がとても少なく、実験には向かないと思い、用いませんでした。

また観察の際には産卵中のクマムシも確認できました。オニクマムシは、脱皮の殻の中に卵を産みます。この後、クマムシが殻の中から出ていく様子も確認できました。

 

すべてのクマムシは、みな同じように強いのか? 

1. tun化と蘇生を繰り返してどれだけ蘇生できるか

次に私たちは、すべてのクマムシが同じように強い耐性を持っているのかが気になり、繰り返し蘇生率の変化を調べました。

 

オニクマムシとチョウメイムシをそれぞれ10匹ずつ用意し、tun化と蘇生を繰り返しました。

クマムシは実験中に餌を摂らないので、最終的には死んでしまいます。

結果は、オニクマムシの方がチョウメイムシよりも蘇生率、蘇生回数共に多くなりました。

 

2. 高温、低温、真空、電磁波でどれだけ耐えられるか

次に極限環境耐性実験を行いました。

 

学校の設備でできる実験を考え、高温、低温、真空、電磁波での実験を行いました。オニクマムシが煮沸5分、冷凍庫1週間、真空パック1週間、電子レンジ5分に耐えられたのに対して、チョウメイムシはそのすべての条件に耐えることができませんでした。

私たちはオニクマムシが電子レンジ5分に耐えられたことに着目し、これは水分含有量がかかわっているのではないかと考え、電子顕微鏡で確認しました。ちなみに、電子レンジは水分子の振動で発熱させるので、水分が含まれないと高温になりません。

光学顕微鏡での観察では2種類ともtun状態が樽状だったのですが、電子顕微鏡内で観察する際にはチョウメイムシだけが潰れてしまいました。電子顕微鏡は観察時に内部を真空にするので、気圧の低下によって試料から水分が抜け、水分が多く表面が柔らかいものは潰れてしまうのです。オニクマムシはチョウメイムシよりも水分が少なく外殻が固いと考えられます。

 

このことから、クマムシの耐性には、水分含有量と外殻の強度がかかわっていると言うことができます。

 

3.タンパク質の種類や量を比較

次にタンパク質についてです。

 

十数年前までは、ネムリユスリカの幼虫が休眠する際の「トレハロース」という二糖類の蓄積物質が耐性物質として注目されていましたが、オニクマムシにはトレハロースはないことがわかっており、最近ではLEAタンパク質やHSタンパク質が耐性物質に挙げられています。

私たちはタンパク質について調べるため電気泳動(タンパク質を分離する方法:SDS-PAGE)を行いました。オニクマムシとチョウメイムシをそれぞれ100匹ずつtun状態にして用意し、陰イオン性界面活性剤の一種、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)の中ですり潰したものを試料としました。

 

その結果、オニクマムシの方がチョウメイムシよりも、タンパク質の種類も量も多く、またヨコヅナクマムシを用いた先行研究による耐性タンパク質(LEAタンパク質やHSタンパク質)の分子量との一致も多く見られました。

このことから、クマムシの耐性の強さには水分含有量の少なさだけではなく、耐性タンパク質の種類や量の多さも関わっていると言えます。

 

4.温度が蘇生率に与える影響

実験を進める中で、夏になるとクマムシがなかなか蘇生しなくなりました。私たちは温度がクマムシの蘇生に影響を与えていると考え、温度による蘇生率の変化を調べました。温度を25℃、30℃に設定したインキュベータ内で、それぞれの温度の組み合わせを変えて蘇生率を調べました。この実験では一つの条件につきクマムシを10匹用い、5回実験を行ってその平均を出しました。

 

その結果tun化時の温度が25℃の方が30℃の時よりも蘇生率が高くなることがわかりました。

このことに注目した私たちは、tun化時の温度を10℃に設定し、同様の実験を行いました。その結果、10℃ではさらに蘇生率が高くなりました。

 

5.湿度によって蘇生率は変化するのか

この実験は自然状態と同じ湿度で行っています。同じ湿度なら高温の方が早く乾燥します。そのため温度によって変化した乾燥速度が蘇生に影響を与えていると考え、湿度による蘇生率の変化を調べました。

 

密閉したタッパー内にグリセリン水を入れ、そのグリセリン水の濃度によって湿度を34%、50%、85%に設定し、その中で温度の組み合わせを変えて蘇生率を調べました。

 

その結果、湿度34%ではほとんど蘇生しませんでしたが、湿度が50%以上になると高い蘇生率を示しました。ただし、蘇生率が高くなったのはtun化時の温度が25℃の場合で、tun化時の温度が30℃になると蘇生率は低いままでした。

このことから30℃でtun化した場合には、湿度とは関係なく何らかの要因が障害を与えていると考えられます。この、30℃で障害が現れるということは私たちの新規発見です。なお、蘇生時の温度に関しては25℃と30℃の間に大きな差は見られませんでした。

 

6.LEAタンパク質がクマムシの強度に与える影響

湿度の影響について、電気泳動で多くの量が確認できたLEAタンパク質に注目しました。

 

LEAタンパク質のグループ3は分子量26000で11種類のアミノ酸が規則正しく並んでおり、脱水すると水素結合によってばね状のαへリックス構造を取りやすいという特徴があります。

この構造によって乾燥時には細胞内構造タンパク質の周りを固め、保護しています。そして、給水すると水素結合がほどけ、ばね状の構造が崩れて元の状態に戻ります。このことは先行研究でわかっています。

 

乾燥速度がゆっくりだとαヘリックス化しやすく、よりしっかりとタンパク質の周りを固めるため、耐性は強くなると予想されます。また安定した構造であるため、吸水時にも元に戻りやすいと考えました。

この仮説を検証するために、高校でできる条件を考え、tun化時の湿度によって耐性にどの程度差が現れるのかを調べました。

 

この実験ではtun化、蘇生を25℃に設定し、湿度は85%、50%を用いました。その中で真空、冷凍を極限環境とし、3日間極限環境においた後の蘇生率を調べました。その結果、tun化時の湿度が85%だと極限環境に置かなかった場合とほとんど変わりませんでした。しかし、50%でtun化した場合は極限環境に置かなかった場合に比べて大きく蘇生率が下がりました。このことから、tun化時の湿度が高いと極限環境耐性も強くなるという仮説が証明されました。

クマムシの強さは「種」によって異なる

tun状態でのクマムシの耐性の強さには種によって差があり、オニクマムシの方がチョウメイムシよりも強く、それにはtun化時の水分含有量が低いことと外殻の強度が高いこと、耐性タンパク質の種類や量が多いことが関係しているとわかりました。

 

tun化時の湿度が高いとゆっくり乾燥するため内部の構造が安定し、その結果極限環境耐性が強くなります。内部の構造が安定するために給水した際に構造が戻りやすく、蘇生率も高くなりました。このようにクマムシの蘇生はtun化時の湿度が影響していました。

さらに、30℃でtun化した際は蘇生率が大きく低下しました。このことは私たちの新規発見です。現在この要因についてさらに研究を深めるため、タンパク質の最適温度に着目し、温度による蘇生率の変化を調べています。

 

今後はtun化、蘇生の前後で耐性タンパク質がどのように働くかを調べ、その他の要因の影響も考えていきます。将来的にはクマムシの持つ耐性タンパク質やDNA修復能力を食品保存、医療に応用できる研究に発展させていきたいです。

 

今回私たちが新規発見をできたのは、夏はサウナ、冬は冷蔵庫のような室内でクマムシに寄り添い、愛情を込めて同じ極限状況の中で実験を進めてきたからです。エアコンで快適な実験室では、温度による障害を見抜けなかったと考えています。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

生物部では平成25年度からクマムシ班が活動を開始しており、私たちで3代目になります。昨年4月に生物部に入部した時、初代の先輩方が卒業した直後で、1学年上の先輩方と「夏になると蘇生率が低下する原因」についての研究が始まりました。クマムシ班に入った理由は、クマムシの極限環境耐性に「生命の謎」があり、研究テーマとしての面白さを感じたからです。また、全国的に研究者が少ないので、高校生でも新規発見ができるかもしれないというのも魅力でした。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

生物部のクマムシ研究班としては、平成25年5月から研究を始めています。私たちが研究を始めたのは高校に入学した平成28年4月からで、1日2~4時間(その日の実験内容によって異なる、休日は8時間以上の時もある)、休日も含めたほぼ毎日の活動で1年4か月になります。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

まず、実験時間の確保です。7時間目の授業が終わったら16時半で、兼部の班員や遠方から電車通学している班員もいるので、全員で実験に取り組める時間となると平日は2時間程度しか確保できません。また、クマムシは学校の近くのコンクリート壁の乾燥したコケから採集するので、雨が降ると採集ができなくなるため、天気予報を見ながら採集計画を立てました。余談ですが、大掃除で採集場所のコケがごっそりなくなった時は、新しい採集地(クマムシ相が同じコケ)を見つけるのに、本当に苦労しました。

 

次に、学校の予算や実験装置が少ないことです。生物部の部費は年間3万円で、それを8つの研究班で分け合っています。実験装置がない場合は、必要に応じて愛媛大学で実験させていただいたり、企業から実験装置を貸与していただいたりしました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

クマムシのことを知らない人にもクマムシ研究の魅力が伝わるように、パワーポイントのスライド表示を理解しやすく、口頭発表の文章表現をわかりやすく工夫しました。また、研究の面白さが伝わるように、笑顔とアイコンタクトを絶やさないようにして、楽しそうに発表しました。さらに、顧問の先生の「研究発表では笑いを取って印象に残るようにしよう」というご指導のもと、ラストに自虐ネタで会場を笑わせることができました。「私たちが新たな発見をすることができたのは、夏はサウナ、冬は冷蔵庫のような実験室で、クマムシに寄り添って同じ極限環境のもとで研究したからです。大学の先生方は年中エアコンがきいた安定した環境の研究室で実験しているから、夏の気温上昇で起こるこの現象に気づかなかったのです。」

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

・「愛媛県立今治西高等学校 生物部 平成25~27年度研究報告書」愛媛県立今治西高等学校生物部(愛媛県立今治西高等学校生物部2015)

・「極限環境微生物学会誌」(2002~2010)、「極限環境生物学会誌」(2010~2016)

・「極限環境生命」伊藤正博 他著(コロナ社2014)

・「極限環境生物学」岩黒常祥他著(岩波書店2010)

・「クマムシを飼うには―博物学から始めるクマムシ研究」鈴木忠 他著(地人書館2008)

・「クマムシ?!小さな怪物」鈴木忠(岩波書店2006)

・「ネムリユスリカのふしぎな世界」黄川田隆洋(ウェッジ2014)

・「クマムシ博士の最強生物学講座: 私が愛した生きものたち」堀川大樹(新潮社2013)

・「クマムシ研究日誌: 地上最強生物に恋して (フィールドの生物学) 」堀川大樹(東海大学出版部2015)

・「クマムシ博士のクマムシへんてこ最強伝説」堀川大樹(日経ナショナルジオグラフィック社2017)

・『耐性の昆虫学』第12章『ヨコヅナクマムシの乾眠と極端な環境に対する耐性」堀川大樹 著、田中誠二、小滝豊美、田中一裕 編著(東海大学出版会2008)

・「生物工学」第93巻第4号『クマムシの乾眠と極限環境耐性」堀川大(生物工学会2015)

「クマムシを見つけよう」HP

「くまむし研究グループ」 HP

「Sleeping Chironomid 耐性の研究」 HP

「Kumamushi Genome Project」HP

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

まずは、30℃以上になると蘇生率が低下する原因を解明したいです。将来的には、クマムシが持つ耐性物質や放射線耐性遺伝子が、食品保存や医療に応用できたらいいなと考えています。

 

私たちの研究班は、今年度の日本科学協会「サイエンスメンター」事業と、東北大学「科学者の卵」養成講座に採択され、それぞれで研究者からの継続指導を受けることと、各10万円の助成金が支給されることが決まりました。その支援を有効に活用して、研究を深めていきます。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

生物部は31人(3年生が引退した現在は19人)の部員が8つの研究班に分かれて活動しています。その内容は、クマムシ班、ナベブタムシ班、プラナリア班、ハリガネムシ班、淡水魚班、地衣類班、細菌班、環境調査班で、それぞれ2~5人の班員(2つの班に重複して所属する部員もいる)で構成されます。科学系コンテストや研究発表会(学会を含む)にはできるだけ参加するようにしており、昨年度の各種コンテストでの入賞賞状は13枚(うち全国大会6枚)でした。

 

また、小中学生対象の地元の科学イベントにも積極的にブース参加し(今年度は4回以上)、高校生が小中学生に生物の面白さを指導する活動にも取り組んでいます。愛媛県総合科学博物館のエントランスでは定期的に「今治西高校・生物部公開講座」を開催しています。愛媛大学の先生を招いての研修会や、大学を訪問しての実験も年間で数回ずつ実施しています。

 

■総文祭に参加して

 

12分という発表時間は今までに参加したコンテストで最長だったので、発表が間延びしないように苦労しました。また、総文祭の1週間前に出場した「高校生バイオサミットin鶴岡」(優秀賞と審査員特別賞を受賞し、外国人の審査員から英語の論文を出すことを勧められました)で出会った他県の多数の生徒と再会できましたが、その時と総文祭では審査方式や評価の方向性がかなり異なっていたので、少し戸惑いました。総文祭では、本気で全力の研究をしている全国の仲間と知り合えたことと、巡検研修の伊豆沼コースで胴長を着てラムサール条約の沼に入って実習できたことが、特に印象に残っています。

 

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