2016ひろしま総文 自然科学部門

岩手に春の訪れを告げるサクラソウ。絶滅させないために、最適な土壌水分量とその管理方法を解明する!

【生物】岩手県立水沢農業高校植物バイテク専攻班

(2016年7月取材)

左から 切金唯希さん、後藤優太さん(3年)
左から 切金唯希さん、後藤優太さん(3年)

■部員数

3年生8人

【他研究メンバー】粟谷空さん、安倍元喜さん、及川涼太さん、小野寺拓人さん、佐藤翔太さん、高橋猛さん

■答えてくれた人

切金唯希さん(3年)

 

サクラソウの人工繁殖に関する研究

春の代表格サクラソウは絶滅の危機に瀕している

サクラソウは、日本に自生するサクラソウ科サクラソウ属の多年草です。サクラソウ科の園芸作物として、セイヨウサクラソウ、オトメザクラ、トキワザクラといった品種が流通していますが、日本に自生しているものはこれらと区別してニホンサクラソウと呼ばれています。これ以降、ニホンサクラソウをサクラソウとします。

 

サクラソウは林間の湿地や草場に生育し、群生地となる場合があります。

 

地中に根茎があり、岩手県では例年4月に根茎から葉が出て4月下旬~5月下旬に開花します。

 

写真のように、淡い赤い色または白色の花が咲きます。花が咲いた後は朔果をつけて新しい根茎が出際に形成されます。梅雨明けの頃に葉は枯れて休眠し、次の春まで養分を蓄えます。

 

花が美しいことから、春を代表する植物として人気があります。岩手県でも、田野畑村や雫石町に自生地があり、保護活動や一般公開を行っています。

 

サクラソウの分布は北海道南部、本州、九州で、高原などで、冷涼な気候を好みます。しかし、近年は湿地の減少、自生地からの乱獲、環境変化といった原因で個体数が減少する傾向にあるとのことです。

 

環境省のレッドデータブックによると、100年後の絶滅確率は100%といわれています。このレッドデータブックに掲載されたことにより、さらに乱獲が進んでしまったという現実があります。

 

サクラソウの種子は乾燥に弱く、収穫後に乾燥させると極端に発芽率が下がることが知られています。そのため、人工的に繁殖させる場合は種子ではなく、組織培養を用いることが多いです。

 

これまでは、培地の成分の調整や自生地の土壌成分については研究されています。本校でも、過去の研究を参考に葉片培養によるサクラソウの人工繁殖に取り組んでおり、カルス形成から細分化を行い、植物体を作出するところまでは順調に行えています。

 

しかしながら、順化(※1)、鉢上げ(※2)を行う際の水分管理が困難で、多すぎればカビが発生し、少なければ枯死してしまいます。葉片培養を行う過程で順化、鉢上げの際の水分管理について研究した例はほとんどありません。

 

※1生育環境による植物の性質の変化

※2挿し木や播種で育てた苗を、苗床から鉢に植え替える作業

 

水分管理がサクラソウ培養のカギとなるのではないか

本研究では、サクラソウの葉片培養において、順化、鉢上げの際に生存率を上げるために適した水分量の解明、そして水分量の管理方法の確立を目的としています。

(研究1)土壌水分量はどの程度が適切か

野外のサクラソウ自生地で土壌水分量を調査しました。平成27年4月に、奥州市内でサクラソウを栽培している農家で土壌サンプルを取らせていただき、土壌水分量を調査しました。

 

サクラソウ農家の圃場(圃場:植物を栽培する田畑)からサクラソウ10株を選び、各株の根元から土壌を採取しました。

 

本校に持ち帰った土壌を電子天秤で100g測定し、乾熱滅菌器で水分を蒸発させた後に再び土壌の重量を測定しました。土壌サンプルの採取は1週間に1度行い、合計3回毎回同じ調査株の根元から採取しました。

 

このサクラソウ農家の圃場を「生育区」と名付けました。生育区の対照試験区として本校圃場の土壌を採取しました。生育区と同日に、本校圃場の花壇から選出したベゴニア10株の株元から土壌サンプルを採取し、同様の方法で土壌水分量を測定しました。

 

研究1の結果のグラフです。

 

3回の調査すべてにおいて、生育区の土壌水分量が多くなる傾向が見られました。

 

サクラソウ生育区は、対照区の花壇の土壌に比べて土壌水分が多い傾向がみられたことから、サクラソウの生育には土壌水分量が多い方が適している可能性が示唆されました。

 

(研究2)生存に適した環境を作ることは可能か

研究1の結果を元に、土壌水分がサクラソウを鉢上げする際の生存に及ぼす影響を調査しました。

 

本校実験室で葉片培養を行い、5か月間試験管で培養したサクラソウ苗60株の順化と鉢上げを行いました。

 

最初に形成された葉から、新たな葉が形成された時が、順化に適した時期です。その際の土壌水分量を設定する指標として、研究1における生育区の結果と対照区の結果を用いました。

 

各処理区が研究1の水分量になるよう、蒸留水を浸透させたバーミキュライト100gをプラスチック容器に入れ、そこにサクラソウ苗を移植し、生育調査を行いました。

 

1つのプラスチック容器に2株ずつ移植し、各処理区で合計30株ずつを栽培しました。

 

ある程度の湿度を保ちつつ、風通しを良くしてカビの発生を抑える目的で、プラスチック容器の蓋は完全に閉めずに半分開けた状態で栽培しました。

 

サクラソウ内の生存の観察は3日に1度行い、枯死やカビの発生の有無を調査しました。

 

水分量の管理は、3日に1度プラスチック容器ごと重量を測定し、その重量が100gとなるよう潅水(水やり)を行いました。

 

植物体1株あたりの重量が3g前後であったため、その重量は考えずに、容器全体で100gになるよう管理しました。

 

調査は平成27年5月から行いました。

 

<平成27年11月>

直径9cmのポリポットに鉢上げし、引き続き生育調査として1週間に1度、草丈と葉の数を測定しました。

 

<平成28年4月>

鉢上げしていたサクラソウの株を本校の野外圃場に移植し、着花数の調査を行いました。

 

各処理区で栽培した30株ずつのサクラソウを本校圃場に移植し、生存、草丈、葉数に加え、開花した花の数を着花数として調査しました。サクラソウは1年に1度しか花をつけないため、開花したものを計数しました。

 

研究2の結果その1、昨年度から今年度にかけて室内で調査した結果です。

 

各処理区におけるサクラソウの生存株数の比較を比較すると、生育区において生存株数が増加する傾向がみられました。

 

右のグラフは、鉢上げ後のサクラソウ生育について処理区間で比較したものです。草丈と葉数の比較では、処理区間で差は見られませんでした。

 

研究2の結果その2、今年度の春に野外圃場で調査した結果です。

 

着花数は、対照区に比べて生育区で増加する傾向がみられました。

 

各処理区30株ずつにおける着花株数やその割合については、処理区間で差がみられませんでした。

 

研究2の考察です。

 

サクラソウ苗の生存株数が生育区で増加したことから、生育区の水分量が生存に適していた可能性が示唆されました。対照区では葉が黄変し、水分不足と思われる症状で枯死しました。

 

処理区間での水分量の差はわずかではありましたが、順化や鉢上げの際は、この差が生存を分ける可能性があります。また、カビが発生する株がほとんどなかったため、プラスチック容器の蓋を完全に閉めない今回の栽培方法は適切だったといえます。

 

着花数については、対照区と比較して生育区で増加傾向が見られたため、特に苗時期の水分管理が着花数に影響する可能性が考えられます。生育調査については、処理区間でほとんど差がありませんでした。

 

過去の研究で、サクラソウは成長速度が遅く、短期間では差が現れにくいことが知られています。ですから継続的な調査が必要であると思われます。

 

今後の課題~土壌水分から一歩進み更なる研究を!~

研究1で調査したサクラソウ自生地の土壌水分量が、サクラソウ苗の順化にも適している可能性が示唆されました。

 

今回は土壌水分にのみ注目しましたが、植物の生育には土壌成分や水素イオン濃度も影響します。

 

研究1を行った際に、照度やその他条件も調査していますので、これらの結果を基にしてサクラソウの生育に適した栽培条件をさらに明らかにしていきたいです。

 

研究2では、今回設定した水分量が適切だったといえますが、来年度以降も反復実験を行ったり、別の水分量での調査を行ったりして、生存率の最も高い水分量を検証したいです。

 

このピンク色の花はサクラソウの花です。小さな花の集団や大きな花の集団が確認できると思います。

 

これらは別々の植物体から咲いているため、6株ほどが写真に写っています。

 

過去の研究でサクラソウは株の成熟度合で花の数が変化することがわかっているため、来年度も継続して調査していきたいです。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

3年前から取り組んでいる先輩方の研究を引き継ぎました。遺伝子資源としてのサクラソウの保護と、希少植物を培養して増殖・一般化させることで多くの人の目に触れ、環境保護意識を変えていただけることを期待して取り組みました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

2013年より週4時間から6時間。今年で3年目になります。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

順化の際の水分管理が難しく、少しの違いが結果に影響するところに苦労しました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

生育区の土壌水分量を調査し、他の植物の土壌水分量と調査、比較し、調整していくことの基準としたところです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

・「植物バイオテクノロジー」古川仁朗(実教出版株式会社:2015)

・「植物組織培養の世界」樋口春三(柴田ハリオ硝子株式会社:1988)

・「岩手県におけるサクラソウの分布」高橋大(岩手植物の会:1999)

・「いわてレッドデータブック」(岩手県生活環境部自然保護課:2001)

・「植物の採取と観察」相馬研吾、安田啓佑(講談社:1986)

・「サクラソウの増殖を目指して」川田桃子、高橋真也(岩手県立水沢農業高等学校 :2015)

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今後も研究は継続していきます。今後は葉片培養以外の栽培方法の確立をしていきたいです。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

3つのグループに分かれ、コマクサの葉片培養、シクラメンの葉片・種子培養、オオミズトンボの種子培養とサクラソウの葉片培養を行っています。

 

■総文祭に参加して

 

各県を代表する高校の研究を見て刺激を受けたと共に、お互いに情報交換をすることができ、とても貴重な体験をすることができました。

 

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