(2016年7月取材)
■部員数
9人 (うち1年生2人・2年生2人・3年生5人)
■答えてくれた人
川中美沙さん(3年生)
日本一小さなトンボの生態に迫る
私たちの通う浜田高校の近くにはハッチョウトンボが生息しています。ハッチョウトンボは飛び上がってもすぐに近くの草に飛び降りて、自力で長距離飛翔することはありません。指で捕まえることもできるほど動きは緩慢です。この小さくて可愛らしい姿に愛着を覚えた私たちは、ハッチョウトンボのことを詳しく知りたいと思い研究を始めました。今回は、2013年度から行ってきた研究の集大成として発表します。
ハッチョウトンボは体長約1.8cm、日本で最も小さいトンボです。とても珍しいトンボで、島根県では絶滅危惧II類に指定されています。
湿地などの限定的な環境でしか生きられず、水田に住むことはできません。雄は赤い色の体が特徴。雌は茶色と黒の縞模様の体をしています。
最初に生態調査を行いました。生態調査の目的は、出現期間、成体の寿命、移動距離を調べることです。
調査地に5m四方の調査区を4カ所設け、放課後、その調査区内に存在しているすべてのトンボを捕獲します。
翅に調査区と個体番号を表す標識をつけ、同じ場所に静かに放します。数日後、その調査区内のトンボをまた捕獲し、標識の有無を確認し、記録を取ります。これを数日おきに繰り返しました。
2015年の個体数の変化を表すグラフです。太い線は近似直線で細い線は実線です。
赤色のグラフは未成熟個体を表し、個体数のピークは6月の初め頃でした。青色のグラフは成熟個体を表し、成熟個体のピークは6月の半ば頃でした。緑色のグラフは成熟個体、未成熟個体の合計を表すグラフです。ピークは6月の半ば頃でした。
次は成体の寿命を表すグラフです。私たちが調べられた限り、最も長いものは45日間、約1か月半でした。
これは出現期間を表すグラフです。青く波打っている部分はその年の個体数のピークと被っている部分です。出現が始まるのは5月の半ば頃、姿を消すのが9月の半ば頃ということがわかりました。
こちらは調査地点ごとの雄と雌の割合を示します。赤が雄、黄色が雌です。どの地点でも雄の割合が多く、全体としては7割が雄でした。
これまでいなかったハッチョウトンボが出現した理由は?
ところで、調査を進めているうちに、調査地から山一つ隔てた休耕田にもハッチョウトンボが住んでいることがわかりました。しかし、この休耕田は6年前まで水田として使われていました。水田にハッチョウトンボが住むことはできません。ということは、ここが休耕田になってからハッチョウトンボが発見される3年前までの3年間の間に、どこかからやってきたということになります。一体どこから来たのだろうか、と私たちは疑問に思っていました。そしてそこでも標識を作る調査を始めました。
その後の調査で、調査地で標識をつけた個体が休耕田で発見され、そして休耕田で標識をつけた個体が調査地で発見されることがそれぞれありました。そしてこのことから、調査地と休耕田の間でハッチョウトンボが移動しているということが確認できました。最も長い距離を移動したものでは、472m移動していました。このように標識された個体が山を越えて移動しているという事例はあまり報告されていません。しかも、このハッチョウトンボは自力で長距離飛翔できないはずです。
そのことから私たちは次の研究の目標を、このトンボがどのように移動してきたのかを突き止め、その移動のしくみを探ることとしました。
まず、調査地から休耕田へ山裾を迂回したのではないかと考えました。しかしその後の調査で山裾にトンボの姿は見られませんでした。よって、山裾を迂回したのではないとわかりました。
次に山の中を移動しているのではないかと考え、実際に山中を歩きましたがトンボの姿は見られませんでした。また、住めそうな環境もありませんでした。
以上のことから、私たちは調査地から休耕田へ一気に山を越えて移動したと考えました。
そして、トンボは移動に風を利用して意図的に飛翔行動をとり、風に乗っているのではないか、という仮説を立てました。
遠距離の移動を可能にしたものは何だったのか?
それを検証するために実験を行いました。
固定したトンボ、または固定しなかったトンボに、様々な強さの風をいろいろな方向から当て、どのような反応をするのかを観察しました。
固定した場合、翅は動いていますが、飛翔行動によるものではなく風圧によるものです。
固定しなかった場合も翅が動いていますが、風圧によるものであって飛翔行動ではありません。木の棒にしがみついて飛ばないようにしているようにも見えます。
この実験からは、意図的に風に乗ろうとする行動はみられませんでした。
しかし、調査中、上や横から息を吹きかけても反応を示しませんが、下から息を吹きかけると飛び上がるという行動が何回か確認されています。
このことから、下からの風に飛翔行動をとるのではないかとわかりました。
このことより、このトンボは実験のような強い風には反応しないが、弱い風には反応するのではないかと考え、移動には弱い風である上昇気流を利用している、と考えました。
上昇気流には様々な種類があります。私たちは、太陽によって温められた空気が軽くなって上昇する際に発生する対流性上昇気流を利用したのではないかと考えました。
それを実験で確認するために上昇気流の再現をする装置を作りました。
太陽の代わりのライトを当てると、この装置で上昇気流が発生します。実際にトンボを用いてこの装置で実験してみましたが、飛翔行動は見られませんでした。
しかし、私たちは調査中何度もトンボが真上にすーっと上がっていく行動を見たことがあるので、このトンボは上昇気流を利用しているのではないかという考えを持ち続けています。
もしかすると上昇気流のような外的要因の他にも、自ら飛ぼうとする内的欲求が必要なのかもしれないと考えられます。
天候・風との関係を調査する
そして調査を続けるうちに、休耕田から調査地へ50時間で移動した個体を見つけました。
そこで、現地に設置している気象観測装置で得た50時間の気象データを分析しました。上昇気流が発生しやすい晴れた時間帯を赤色でぬり、トンボは北東の方角から飛んできているので、その方向を黄色で塗りました。
10分毎のデータで見ると、1日目と3日目の午前中は晴れて気温が高く、上昇気流の発生しやすい状況であったと考えられます。ハッチョウトンボは午前中に活動が活発でよく飛び回ることが観察でわかっていますので、私たちは東北東の風が吹いた上表の太線で囲んだ時間帯に山を越えていったと推察しています。風速は小さくとも軽い体を上昇気流に乗せて舞い上がり、上空の風の流れを利用して472mの山を越えていったものと考えています。このときの風速であれば、木の葉が動くこの程度の弱い風であっても、この山を越えるのに数分しかかからないことになります。
次にこのトンボの飛翔能力はどのくらいかを検証するために、フライトミルという装置を作り、実際にトンボを使って実験をしました。
トンボとおもりを固定し、トンボとおもりでこの装置のバランスをとり、トンボが何回回転したかで飛翔能力を測ることができる装置です。
トンボの体重は約0.02gほどしかないため、反対側はセロテープでバランスをとりました。
ホッチキスの針の先端を研いで鋭利にしました。また、上の磁石はネオジウム磁石です。
何もしないとトンボは1~2周しか飛びません。ハラビロトンボやシオカラトンボでも同様の実験を行いましたが、装置を壊すほど力強い飛び方をしました。
次に、下から弱い風を当てた場合飛翔行動をとるだろうと予想し、清流装置を用いて風速0m~数mに徐々に上げる実験を行いました。しかし、トンボは飛翔行動をとりませんでした。
ところが下から手で仰ぎ突然弱い風を当てると、トンボが飛翔行動をとるということがわかりました。
トンボの飛翔行動を誘発するのは、風速というよりも風速の刺激量に関係するのではないかと考えています。
以上のことより、このトンボは下や横からの突然の弱い風に反応して飛翔行動を起こす、太陽によって温められた対流性上昇気流で上昇し、上空で横風に乗って移動している、と考えられます。
また、横風を利用して地形性上昇気流もついて上空へ上がっていき、山を越えているとも考えています。
ハッチョウトンボ生き残りの知恵
さて、左は日本で一番大きなオニヤンマ、右はハッチョウトンボです。両方ともこの生息地に生息しています。
この2匹のトンボについてアスペクト比=翅の縦の長さ分の横の長さを算出してみました。
オニヤンマ4.5に対し、ハッチョウトンボは2.9と小さい値になりました。
アスペクト比が小さいほど浮揚能力が高いことが知られているため、ハッチョウトンボは翅の形状特性と超軽量という特性を併せ持つことで長距離移動しているのではないかと考えられます。
その昔湯治場があったこの調査地も、現在は湿地の乾燥化が進行し、赤松の幼木が点在しています。このまま遷移が進み乾燥化が進行すれば、ハッチョウトンボは生息できません。
このトンボは小さく軽い体を風に乗せ個体を拡散させ、新たな生息地に移動していくことで、これまで分布を広げてきたと考えられます。
これがこのトンボの生き残りを懸けた選択ではないのか、と私たちは思っています。
■研究を始めた理由・経緯は?
私たちの高校から10㎞ほど離れている場所に、ハッチョウトンボが生息をしているということを新聞で読みました。このトンボの動きや大きさ、色に愛着を感じた私たちは、このトンボについてさらに知りたいと思いこの研究を始めました。
また、調査を進めるうちに、自力で長時間飛翔しないこのトンボが山を越えて485m以上も移動していることを突き止めました。その移動の仕組みが気になり、生態調査とは別に飛翔行動についても研究を始めました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
生態調査:1回につき1時間半程度の調査を2013年は37回、2014年は47回、2015年は45回行いました。
■今回の研究で苦労したことは?
トンボが山中にいないということを確認するために、獣道すらない山を登ったことも大変でした。無事、生きて出られてよかったです!
トンボのシーズンは放課後に10㎞離れた調査地まで行き、調査をします。これを、合計で130回以上も行うことは簡単なことではありませんでした。調査地まで車を出してくださった顧問の先生のおかげで、継続的な生態調査ができました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
飛翔能力をどのようにして測るかということに苦労しました。飛翔力を図るための装置を自分たちで制作しました。ハッチョウトンボは0.02gほどで軽量なため、セロハンテープを使ってバランスを取ったり、回転する際の抵抗を減らすために、ホッチキスの針先を紙やすりで研いで鋭利にしたりするなどの工夫をしました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
特にはありませんが、多くの方にお世話になりました。
・「ハッチョウトンボの生体調査Ⅱ~秘めたる力、生き残りを懸けた戦略~」(第39回全国高等学校総合文化祭発表)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
この研究はとりあえず終了しました。今後の研究については、今のところ未定です。
■ふだんの活動では何をしていますか?
ふだんは飼育している生き物のお世話や、浜田高校の校地内の生物季節観測を行っています。個人研究を行っている人もいます。
また、ハッチョウトンボは島根県では絶滅危惧種II類に指定されていて貴重なトンボなので、生息地域の保存会の方々や小学生たちと一緒に保護活動を行っています。その活動の一環として、地元の小学校で啓発のための話しをしたり、実際に生息地で観察会を行ったりしています。
他にも、地域の公民館で行われるお祭りで小学生の子どもたちにサイエンスショーをしています。年に2回あり、子どもたちに好評です。
■総文祭に参加して
本研究の集大成としてしっかり発表できました。残念ながら入賞はできませんでしたが、全国の高校生たちと意見交換をすることで、より知識を深められたと思います。
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