2016ひろしま総文 自然科学部門

絶滅寸前のカスミサンショウウオの保護に取り組んで10年。緻密な生態調査が実を結んだ!

【生物】岐阜県立岐阜高校 自然科学部生物班

(2016年7月取材)

岐阜高校は、物理部門の発表にも参加しました。  前列左から、都竹優花さん(1年/物理)、神戸朱琉さん(3年/生物)  後列左から、前田晃太郎くん(3年/生物)、久冨匡皓くん(3年/生物)、北村拓斗くん(2年/物理)、岡田翔吾くん(2年/生物)
岐阜高校は、物理部門の発表にも参加しました。 前列左から、都竹優花さん(1年/物理)、神戸朱琉さん(3年/生物)  後列左から、前田晃太郎くん(3年/生物)、久冨匡皓くん(3年/生物)、北村拓斗くん(2年/物理)、岡田翔吾くん(2年/生物)

◆部員数

18人(うち1年生5人・2年生5人・3年生8人)

◆答えてくれた人

神戸朱琉さん(3年)

 

守れ!ふるさとのカスミサンショウウオVII~保護活動の推進と生殖活動の解析~

保護活動のための仮説を立てる

サンショウウオというと、オオサンショウウオを思い浮かべる方も多いですが、オオサンショウウオは体長1mに達する個体もいる一方、カスミサンショウウオは成体でも体長約10㎝の小さな生物で、生息域は西日本に広く分布します。

全国的に絶滅の危機に瀕しており、とりわけ岐阜県では、岐阜県版レッドデータブック絶滅危惧Ⅰ類に指定されているほど危機的状況にあります。岐阜市個体群では2008年に大型の老齢個体が4匹のみしか発見されませんでした。そこで、保護活動を開始することにしました。生息地で発見したすべての幼生と卵嚢を保護し、岐阜高校でえらがなくなる直前まで飼育し、その後放流してきました。10年間で2万匹を超える幼生を放流しました。

その成果がみられ、成体の個体数、卵嚢数も年々増加し、小型の若い個体の割合が増えていることがわかります。

私たちは、保護活動の一環として以下のような調査を行いました。

・2008年より繁殖期に約1週間おきの調査を実施した

・岐阜市の産卵場に出現した全個体にマイクロチップの埋入を行った

・個体ごとの出現場所、頭胴長などの記録を行った

写真は調査の対象である岐阜市生息地の産卵場です。繁殖期に生息地である山から下りてきて、雄はしばらく産卵場であるU字溝に留まり生殖行動をします。そして再び山へ帰っていきます。


調査を行っていて、私たちは同じ個体が毎年同じ場所に帰ってくる(回帰性)ことと、回帰した後、繁殖期間中その場に留まっている(滞留性)個体が多く、頭胴長が大きいほどその場にとどまっている個体が多いことに気が付きました。

そこで、以下の3つの仮説を立てました。

(1)回帰性をもち、年齢とともに回帰範囲が狭くなる

(2)滞留性を示し、頭胴長が大きい個体ほど、その傾向が強い

(3)岐阜市個体群でスニーキング(※)がみられる

 

※小さなオスが大きなオスの目を盗んで繁殖に参加すること

 

毎年ほぼ同じ場所に戻って来て生殖活動を行っていた

まず、(1)回帰性をもち、年齢とともに回帰範囲が狭くなることについて、回帰性を表す指標として回帰範囲(前年の最初の出現場所と、次年の最初の出現場所との差)を考えました。

図中の5個体について、2008年から2015年までの最初の出現場所をプロットしていったところ、図のように毎年同じような場所に回帰しているのがわかります。これがすべての個体について言えることか検証することにしました。

回帰範囲ごとに個体数を計上して、表にしたところ、ほとんどの個体が回帰範囲8m以内に偏っているのがわかります。また、回帰範囲の平均は、6.5mであることが分かりました。

回帰行動は回数を経るごとに、学習によって正確に同じ場所に回帰するのかを調べるために、回帰範囲と回帰年数の関係を散布図にしました。すると、回帰年数が大きいほど、回帰範囲が狭くなるように見られます。さらに統計学的処理をして詳細に解析することにしました。グラフより、回帰範囲と回帰年数には相関がないことがわかりました。

生殖行動では大きい個体の方がどっしり構えている

次に、頭胴長が大きい個体ほど(2)滞留性を示す傾向が強いことことから、滞留性を測る基準として移動範囲(同一年内で前回出現した場所と次回出現した場所の差)を考えました。移動範囲と頭胴長の関係を調べるために、頭胴長ごと(~50mm、51~55mm、56~60mm、61mm~)に分けて、移動範囲と個体数を表すヒストグラムを作成しました。また、10m以内に留まる個体の割合を算出しました。これらの結果から、大きい個体ほど移動範囲が狭く、小さい個体よりも縄張りを形成して生殖行動を行う可能性があるといえます。

最後に、「(3)岐阜市個体群でスニーキングがみられる」については、人工飼育下でスニーキングをするか検証するために、岐阜市の産卵場で捕獲した、雌と雄をペアリングして夜間に赤外線ビデオカメラを用いた撮影を行いました。

すると、以下のようなことがわかりました。

1.優位な雄が尾を振り雌を刺激する求愛行動を示すが、スニーカー雄は求愛行動を示さなかった。

2.優位な雄が雌に抱きつき、産卵を促す行動をとる。スニーカー雄は割りこもうとするが、優位な雄に妨害され、割りこめなかった。優位な雄が先に卵嚢に抱きつき放精をした。

3.スニーカー雄は、やむを得ず、優位な雄が卵嚢を離した後に放精した。

4.以上のように、優位な雄の後にスニーカー雄が放精する場合がほとんどであったが、1件のみ優位な雄とスニーカー雄が同時に放精した。

 

このように飼育下でのスニーカー行動が確認できました。そこで雌1匹、雄2匹を隔離飼育したペアで幼生が得られ、スニーカーの精子が受精したかどうかを検証するために、マイクロサテライト解析をしました。マイクロサテライト解析は親子解析によく使われる手法です。解析を行ったところ、3個体の対立遺伝子は図のようになりました。仮に、優位な雄の精子のみが受精した場合では、子の対立遺伝子はAA:ABが1:1の割合でみられ、スニーカー雄のみの配偶子が受精した場合では、AA:AB:BBが1:2:1の割合でみられることが予測できますが、実際は、AA:ABが1:1に近い割合でみられ、BBがみられなかったことから、スニーキングは失敗した可能性が高いといえます。


成長して上陸した場所を記憶して回帰、受精には強い雄の遺伝子を残す仕組みが働く

回帰性については、平均で約6.5m範囲の回帰性が確認でき、回帰範囲と回帰年数には相関がないことから、幼生が変態後、上陸したときに場所を記憶し、それを基に毎年同じ場所に回帰し、生殖行動すると考えます。

 

滞留性については、頭胴長が大きい個体ほど移動範囲が狭く、その場に留まる傾向がみられたことから、大きい個体は、小さい個体よりも縄張りを形成して生殖行動を行い、反対に小さい個体は縄張りを形成しづらく、広範囲で移動し、スニーキングしているのかもしれないと考えます。

 

スニーキングについては、岐阜市の個体においてスニーキングが観察され、生まれた幼生の中にスニーカー雄の子はみられなかったことから、スニーキングは失敗した可能性が高いといえます。スニーキングが失敗した理由として、カスミサンショウウオは、ほかにスニーキングの有効性が示されている、ハゼ、イカ、トゲウオと比べ、動きが遅く、卵が卵嚢に保護されているため、スニーカー雄の精子の受精を妨げていることが考えられます。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

2007年に私たちの先輩がカスミサンショウウオの岐阜市生息地の調査を行ったところ、老齢個体が4匹のみしか見つからないという危機的状況にありました。そこで保護活動に乗り出し、その一環として毎年産卵期に個体調査を行っており、その蓄積データの解析をしたところ、産卵期におけるカスミサンショウウオの行動の傾向をつかむことができました。蓄積データを統計学的に処理したり、人工飼育下で、雄個体と雌個体をペアリングして、夜間に赤外線ビデオカメラを用いた撮影を行ったりして検証を行うことにしました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

2007年より保護活動を開始し10年が経過しました。今回の研究にかかったのは1週間当たり約20時間を2年半かけました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

スニーキングの成功の有無を検証するため、マイクロサテライトDNAを用いた解析を行う際に、岐阜市個体群は遺伝的多様性が低く、検証した全19種類の座位において差異があるものがわずかであり、ペアリングした組み合わせによっては解析できないということもあり、苦労しました。また、繁殖期は2~4月で、生殖行動のビデオ撮影が行える期間が短く、チャンスが限られているという点でも大変でした。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

工夫した点は、産卵行動を撮影する際に、個体によってなかなか卵を産んでくれないこともあって、飼育水を産卵場から汲んできた水にしたり、卵を産み付ける藁や網などを水槽内に入れたり、暗幕で囲ったりしてできるだけ生息地の環境に近づけたことです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

K.Tanaka(1989)Herpetology in East Asia 437-448

N.Yoshikawa et al.(2013)Conservation Genet Resour5 603-605

奥野(1988)日本生態会誌38:27-34

M.Kendra et al.(2001)210:161-165

G.Adam et al.(1998) Evolution 52:848₋858

S.Malavasi et al.(2001)acta ethol4:3-9

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

これからも10年間行ってきた保護活動を継続しながら、生殖行動などの研究に取り組んでいきたいです。サケやウナギ、ヒキガエル、渡り鳥やハトなどの回帰行動は、化学物質による走性や太陽コンパス、磁気、視覚的情報などが要因として考えられていますが、その実態や仕組みはまだ十分わかっていません。本研究によってカスミサンショウウオに回帰行動があることを提唱しました。今後、そのメカニズムについて研究し、生物の回帰行動の解明に一石を投じたいです。また、優位な雄とスニーカー雄の精子に運動性やサイズの違いがあると一部の生物で報告されています。カスミサンショウウオについても検証を行っていきたいと考えます。更にスニーキングが観察されているオオサンショウウオにも着目し、両生類の繁殖戦略を解明していきたいです。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

私たちの部活では、カスミサンショウウオの保護活動を主に行っています。具体的には、繁殖期である2~4月に1週間おきの生息地調査を行い、成体が出現した場所や頭胴長や体重などを記録し、すべての卵嚢、幼生を保護し、変態上陸直前まで飼育、放流しています。絶滅のリスクを減らすため、域外飼育場を2か所設け、そこへの放流も行っています。

 

また、遺伝的多様性が保たれているか検証するため、ミトコンドリアDNAを用いたハプロタイプの解析を行っています。保護活動を通して3つのハプロタイプは保たれていることが分かります。

 

このように、岐阜県内に生息する身近な生物を主な研究対象として、一人一人がテーマを持ち、実際にフィールドに出て自分の眼で観察し、調査、研究、実験に励んでいます。また、調査・研究対象の生物の生息環境についても目を向け、生息地の保全についての提言をまとめ、希少生物の保護活動にも取り組んでいます。

 

■総文祭に参加して

 

全国各地のレベルの高い研究をしている高校生の皆さんと交流することは、私たちにとても良い刺激になりました。また、全国大会にむけて、試行錯誤をして実験をしたり、研究成果をどう発表したら、うまく伝わるだろうかと部員の皆と議論したりしたことはかけがえのない経験です。そして、全国大会に向けて、時には遅くまで指導してくださった顧問の先生、高校ではできない実験をさせてくださった大学の先生、学会で適切なアドバイスをくださった研究者の方々、力を貸してくれた部員の皆に深く感謝しています。

 

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