(2016年7月取材)
■部員数
57人
(うち高校1年生14人・2年生4人・3年生7人、中学1年13人、中学2年9人、中学3年10人)
■答えてくれた人
軽部亮佑くん(中等6(高校3)年生)
化学の実験に不可欠なろ紙によるろ過。このろ過にかかる時間は、いちばん基本的な「四つ折りろ紙」よりも、山折り・谷折りを繰り返してひだをつけた「ひだ折りろ紙」の方が短いことが知られています。しかし、なぜひだ折りろ紙の方がろ過時間が短いか、ということを実験・観察によって考察した研究は、これまでなされていませんでした。
この理由を解明すれば、最もろ過時間の短いひだ折りろ紙を見つけることができると考えて、ひだの数に着目してこの研究を行いました。
まずひだ折りろ紙とはどのようなものかを示します。いちばん右のcが四つ折りろ紙です。この場合、ろ紙が3枚重なった部分ができます。ひだの数が6つの場合は、真ん中のbのように閉じた状態になってしまうので、ひだの数は必ず7つ以上となります。aが16ひだの状態です。
実験1 ひだ折りろ紙は本当に四つ折りろ紙よりろ過時間が短いか
ひだ折りろ紙が四つ折りろ紙よりもろ過時間が短いことを実証するために、写真のような実験な装置を使って実験を行いました。この装置に四つ折りろ紙と16ひだのひだ折りろ紙をセットして水45mlを注ぎ、35mlがビーカーにろ過されるまでの時間をろ過時間として20回ずつ測定しました。この35mlは、電子天秤を用いて質量で確認しました。
四つ折りろ紙で測定した結果がグラフ1です。紫で示した、ろ過時間が極端に長い場合はろ紙がろうとにくっついてしまっていたので、これを除いて平均を取ったものと、ひだ折りろ紙(16ひだ)の結果を比較すると、ひだ折りろ紙の方が四つ折りろ紙よりも、ろ過時間が有意に短いことがわかりました。このことは、「ろ過する部分の表面積がろ過時間に影響する=ろ紙がろうとにぴったりくっついているとろ過時間が長くなる」という経験則による通説を支持することになります。
ただし、ひだの数を変えても、ろ紙の表面積は変わりません。そこで、今度はひだの数を変えた時、ろ過時間がどのように変化するのかを調べることにしました。
実験2 ひだの数とろ過時間にはどのような関係があるのか
実験は、ひだ折りろ紙の「16ひだ」「12ひだ」「8つひだ」「7つひだ」を用い、実験1と同様の方法で行いました。
すると、「16ひだ」よりも「12ひだ」、さらに「8つひだ」のろ過時間が有意に短いことがわかりました。ただし、「7つひだ」のろ過時間は、「12ひだ」と差がありませんでした。
なぜこのような結果となったのでしょうか。下図は、今回使用した四つ折りろ紙およびひだ折りろ紙を、ろうとに装着したものを上から見た時の図です。
ろうとの縁とろ紙との間には隙間ができ、この隙間は空気で満たされます。この隙間を「空気の通り道」と名付けて、ろうと全体の体積における「空気の通り道」の体積の割合を計測したところ、右表のような結果が得られました。
「7つひだ」の「空気の通り道」の割合は、「8つひだ」よりも小さくなりました。これは、水を入れた時、下の写真のように「7つひだ」のろ紙が大きく膨らみ、その分「空気の通り道」が小さくなったためであることが、観察からわかりました。
「空気の通り道」がろ過時間に影響を与えていた!
「空気の通り道」の割合とろ過時間を散布図で表すと、2つには強い相関が見られました。このことから、水をろ過する場合には、「空気の通り道」の割合が大きいほどろ過時間が短いことが示されます。
実際、ろ過中に空気がこの「空気の通り道」を上から下に流れることが確認できました。これは、表面張力が大きい水がろ紙を通って流れ出る時、より下にある空気を押すためと考えられます。
これをモデル化したのが下図です。空気が流れることで、ろ紙の外側の圧力が低くなり、ろ紙の内側との間に圧力差が生じます。その圧力差によって水がろ紙に浸透し、ろ過時間が短くなったと考えられます。
実験3 無極性溶媒を使ったらどうなるか
これまでは、表面張力の大きい水のろ過時間を考えましたが、ろ過する溶媒には水のような極性溶媒だけでなく、無極性溶媒もあります。そこで、無極性溶媒のヘキサンを使って、実験1・2と同様の手順で実験を行いました。
すると、ひだ折りろ紙のろ過時間は四つ折りろ紙よりも有意に短いものの、ひだの数によるろ過時間には差があるとは言えないことがわかりました。
実験4 重ねたろ紙を用いたろ過時間の比較
実験3で、ヘキサンをろ過する時はひだの数=空気の通り道が影響をしないと考えられることがわかりました。それでは、四つ折りろ紙とひだ折りろ紙のろ過時間の差がなぜ生じたか、ということで、ろ紙の厚さが影響しているのではないか、と考えました。
実験は、16ひだを2枚重ねたもの(=「16ひだ×2」)、3枚重ねたもの(=「16ひだ×3」)、4枚重ねたもの(=「16ひだ×4」)、そして四つ折りろ紙を180度回転させて2枚重ねたもの(=「四つ折り×2」)の4つの条件を用意して、実験1~3と同じ手順でヘキサンを20回ろ過しました。
結果がこちらのグラフです。分散分析および多重分析の結果、16ひだではろ過時間はろ紙を重ねた枚数と有意に関係があることがわかりました。また、「16ひだ×4」と「四つ折り×2」については、有意な差は認められませんでした。
実験3・4で測定したろ過時間とろ紙の厚さを散布図で表すと、下図のようにとても強い相関が見られました。ここからも、ヘキサンをろ過する場合、ろ紙の厚さがろ過時間と関係することがわかります。
また、実験3でヘキサンでは「空気の通り道」はろ過時間に関係がないことがわかりました。これは、ヘキサンが表面張力が小さいので、ろ紙を通ったあとろ紙の表面やろうとの足を伝って流れるため、空気を押し出すことがありません。そのため、空気が流れず、ろ紙の外側と内側の圧力差が生じなかったので、ろ過時間が短くならなかったと考えられます。
ろ過時間を短くするろ紙の折り方は…
これらの結果から、水をろ過する場合は、通説である「ろ紙の表面積」ではなく「空気の通り道」がろ過時間と関係することを明らかにし、そのモデルを考えることができました。
また、水をろ過する場合は「8つひだ」が最もろ過時間が短いことがわかりました。一方で、ヘキサンは、ひだ折りの方が四つ折りよりもろ過時間が短くなるものの、ひだの数を変えてもろ過時間に変化が見られませんでした。
以上のことから、ろ過時間の短さとろ紙を折る手間を考えると、ろ過には「8つひだ」が最適であると考えられます。
ただ、今回の実験では、「7つひだ」ではろ紙の表面が膨らんでしまい、正確な結果を出すことができませんでした。この型崩れが生じない条件で、ろ過時間を測定してみたいと思います。また、今回は全て溶媒のみで実験を行いましたが、溶質を混ぜた状態についても試してみたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
以前友達と一緒に他の研究をしていた際に、「ろ過」という至って単純な作業を何度も行っていました。そこで「ろ過」に時間がかかっていると思った私は、どうしたら「ろ過時間」が短くなるのか調べました。すると、ひだ折りろ紙を用いると「ろ過時間」が短くなるという記載を見つけ、試してみると実際に短くなりました。しかし、その理由を科学的に考察した文献がなかったため、今回研究することにしました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1日あたり2~3時間程度、長いときには5時間以上実験し、昨年度の初めから約1年間行ってきました。
■今回の研究で苦労したことは?
データの数が大切だと考えて、各条件20回以上実験を繰り返したため、その分多くのひだ折りろ紙を使いました。その結果、600枚以上のろ紙を使うこととなり、それらのろ紙を全て一人で折ったため、とても大変でした。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
まず、身近な「ろ紙」について研究したものであるという点です。また、これまで誰も明らかにしていなかったことを科学的に考察し、いままで推測されていたものと大きく異なる結論を導いたことにも注目して欲しいです。
さらに、発表を聞きに来てくれた方が内容を理解しやすいように、当日は実験に用いた器具や「ひだ折りろ紙」などを用意し、実際にろ過をした時の動画を見てもらったりしました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
上でも述べましたが、この内容について研究した文献は探してみるかぎりありません。また、通常の「ろ紙」を用いた「ろ過」に関する研究も、全くと言ってもいいほどありませんでした。そのため、特筆すべき先行研究がないというのが、私のちょっとした自慢です(笑)。
ただ、実験を進める上でその結果が有意なものなのか(本当に条件による結果の差なのか、それとも誤差としてとらえられてしまうものなのか)を調べるために、下記のような統計学の本を読みました。
『統計学入門』 東京大学教養学部統計学教室 編 (東京大学出版)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
私は今年で卒業なので、学校の後輩に内容を引き継ぐということも考えていますが、まだ詳しくは決まっていません。個人的には、大学では生物学や農学(生物資源学)について学び、研究していきたいと考えています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
基本的に研究のみを行っています。
■総文祭に参加して
全国の舞台で、県の代表としてポスターセッションで発表することができ、とても勉強になりました。中でも、4分という短い発表時間の中で、いかに分かりやすく発表できるかということが大事だと感じました。この経験を生かして、今後につなげたいと思います。
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