(2016年7月取材)
■部員数
26人(うち1年生13人・2年生6人・3年生7人)
■答えてくれた人
松瀬勝朗くん(3年)
左から 原口泰雅くん(3年)、松瀬勝朗くん(3年)、伊藤健登くん(2年)
細胞膜の研究への応用を目指す!
脂肪酸とは、極性を持たない疎水基(水に混ざりにくい性質を持つ)の炭素鎖と、極性を持つ親水基(水と混ざりやすい性質を持つ)のカルボキシ基の両方を持つ「両親媒性分子」と呼ばれるものです。
こうした「両親媒性膜」は水面上で単分子膜を作ります。どの脂肪酸分子も、親水基が水と接し、疎水基が水と接しないように同じ方向に並ぶからです。
実は、生物の細胞膜も両親媒性分子でできています。細胞膜はリン脂質の二重膜であるため、単分子膜と構造は異なりますが、一つひとつの分子が両方の性質を併せ持つ両親媒性である点では同じです。
分子膜の研究は、細胞膜に関する研究に応用でき、生物の生理機能解明に役立ちます。しかし、細胞膜はリン脂質の二重膜であり、実験が困難です。そこで、より構造が単純な脂肪酸の単分子膜を使って、分子膜の研究を行いました。
今回は、脂肪酸の疎水基に着目して、疎水基の炭素数、および二重結合と膜の面積に関する実験を行いました。
昨年度の研究では、水面上の単分子膜の面積の測定方法を開発しました。そして、疎水基の炭素数が11~17の飽和脂肪酸とcis型二重結合を持つ不飽和脂肪酸の単分子膜の面積を調べました。今回は、この方法を使ってさらに追加実験を行いました。
準備したのは下記の試薬です。疎水基の炭素数7~11の飽和脂肪酸、炭素数17不飽和脂肪酸を使用しました。それぞれの炭素数、二重結合の種類は図のとおりです。
「墨流し」の要領で単分子膜を写し取る
実験手法を説明します。
水を張ったシャーレにインクを落とし、その上に、シクロヘキサンに溶かした脂肪酸の溶液を落とします。シクロヘキサンが蒸発するにつれて、インクに囲まれた単分子膜の部分が徐々に広がっていきます。シクロヘキサンが完全に蒸発すると同時に、単分子膜は大きく広がります。
ここからが私たちの研究のポイントです。ろ紙を水面にかぶせてインクを写し取ります。インクがついていない部分が、単分子膜が広がった部分です。
ろ紙からインクのついた部分を切り落とし、元のろ紙の質量と比較することで、単分子膜の面積を算出します。
実験に使用した使い捨てのマイクロピペットの先端です。1つの固まりが50本ずつあります。数えれば実験回数がわかるなと思い、並べてみると…1535回の実験をしていました!
飽和脂肪酸で、炭素数が7~19のものの単分子膜の面積を測定しました。しかし、炭素数が7~11のものは水に溶解してしまいました。蒸発した瞬間、先ほどと同様膜が広がりますが、すぐに収縮していき、単分子膜の面積が小さくなってしまうのです。
写真に撮ることで経時変化を観察することが可能に
この原因は、分子膜に存在する分子が溶解してしまうからだと考えました。溶解の仕方を知るには、膜の大きさの時間変化を調べなければなりません。しかし、今までの方法では、一度ろ紙に写し取ってしまうとそれで終わりです。
そこで、時間毎に単分子膜の写真を撮り、その写真を切り抜くことで、ろ紙を使った時と同様に面積を算出できると考えました。
図は炭素数11、ラウリン酸の膜の収縮の様子です。
ここで、単分子膜が収縮した部分の面積から、水に溶けた脂肪酸の物質量を算出し、脂肪酸水溶液の濃度を求めました。膜が小さくなるほど、濃度が高いということです。
結果は図のとおりです。炭素数7では最初から飽和しており、炭素数9でも約60秒で飽和しています。炭素数が少なくなるにつれて溶解しやすくなり、膜の収縮が速いことがわかります。
このデータを用いて、ラウリン酸の溶解速度定数を求めました。グラフからもわかる通り、膜の形成直後は定数が大きく、最初急激に膜が収縮することがわかります。
この急激な収縮の理由として、
・膜が周囲のインクから圧力を受けた?
・分子同士が相互作用しながら溶解した?
・撹拌しなかったので水面近くの濃度だけ大きくなった?
の3つを考えましたが、検証まではできなかったので、今後の課題としたいと思います。
分子構造による平均断面積の違いはなぜ生じるか?
昨年度の研究で、cis型二重結合を持つ脂肪酸は二重結合を持たないものより単分子膜の面積が大きくなることがわかりました。今回の実験では、二重結合の種類や位置によって面積がどのように異なるかを考察しました。
実際に測定してみると、以下のような差が見られました。
このことから、cis型の方がtrans型よりも1個あたりの占有面積が大きいこと、そして結合位置によって1個あたりの占有面積に差が出るのはcis型であることがわかりました。
原因を考えてみました。cis型とtrans型の分子構造には大きな違いがあります。
cis型は折れ曲がっているため分子間に隙間ができ、1個あたりの面積が大きくなっていると考えられます。
trans型の脂肪酸が常温で固体である一方、cis型は常温より融点が低いため、常温で液体であることもこれを裏付けます。融点が低いのは原因は分子間力が弱いためであり、その原因として分子間に隙間があることが考えられます。
親水基と二重結合の場所を分子数で表わすとこの図のようになります。二重結合の位置が親水基に近いほど、折れ曲がりのあるcis型の占有面積が大きくなります。
脂肪酸の分子1個当たりの平均断面積をグラフにすると、cis型では二重結合の位置による面積の差がありますが、trans型ではほとんどないことがわかります。
導かれた結論は以下の通りです。
(1)膜の収縮の速さは炭素数が小さいほど大きく、膜が形成されてすぐに急速に収縮する
(2)二重結合がtrans型よりもcis型の方が分子1個あたりの占有面積が大きい
(3)cis型の脂肪酸は、二重結合の場所によって分子1個あたりの占有面積が変化する
今後は、今回使わなかった脂肪酸でも測定したいと思います。また、溶解の活性化エネルギーを求めることも考えています。さらに、炭素数が小さい脂肪酸の膜の急速な縮小についても調べていきたいと思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
入部したときに先輩方がやっていた研究に参加し、そのまま継続しました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1日2時間程度で、2014年より27ヶ月ほどです。
■今回の研究で苦労したことは?
研究を始めた当初は、文献に書いてあるようなデータが得られず、測定方法を開発するまでに大変苦労しました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
単分子膜の面積の測定方法を自分たちで開発したことと、1500回以上も実験を繰り返したことです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
『油脂化学の知識 改訂増補第3版』原田一郎(幸書房)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究は化学系でしたが、大学では生物を学びたいと考えています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
中学校に出前実験授業に行っています。また、文化祭で展示をしたり、体育祭で部活動対抗リレーに出たり、佐賀県立宇宙科学館の春の企画展(ビーコロ制作)に参加したりしています。
■総文祭に参加して
名誉ある賞を頂けたことに感謝します。また、大きな舞台で発表できたことは大変良い経験となりました。
※佐賀西高校は、化学部門の優秀賞を受賞しました。
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