(2016年7月取材)
■部員数
7人(うち1年生6人・2年生1人)
■答えてくれた人
賀数九十くん(1年)
醸造に使える酵母を自然の花から取り出す
泡盛をはじめとする焼酎や清酒は、麹菌と酵母という微生物の共同作業「発酵」によって造られます。米麹の酵素が白米のデンプン、タンパク質、脂肪を分解する一方で、酵母はブドウ糖からエチルアルコールと炭酸ガスを生成します。酵母は楕円形の形状をした直径約5μmの大きさで、自然界では果実や樹液、花の蜜などに多く生息しています。酒造りにおいては、清酒酵母に代表されるサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が多く用いられています。
沖縄の代表的なお酒である泡盛に用いられる酵母は、アルコール生産量が高く、得られる蒸留酒の香味が豊かであり、かつ高温や高クエン酸濃度等の環境下でも増殖可能な性質を持つことが求められています。現在はほとんどの酒造所がサッカロマイセス・セレビシエに属する「泡盛101号酵母」を使っているため、どうしても風味が似てしまいます。
私たちの研究は、サッカロマイセス・セレビシエの中でも、特に泡盛醸造に適した性質を有する酵母を探索し、泡盛101号酵母と異なる酵母を用いることで泡盛に特徴的な香気成分に変化をつけ、泡盛にバリエーションを生み出し、商品価値の向上に寄与することができることを目標としています。今回の実験では、野生の花から泡盛101号酵母と異なる菌株を分離し、候補株を選抜すること、そしてそれを使ってアルコール発酵試験を行い、エタノール濃度が高い酵母を選抜することを目指しました。
現在、お酒の醸造には限られた種類の醸造用酵母が使用されています。それに対して、自然界の花や果実から新たに純粋分離した酵母を用いて発酵させると、既存の醸造用酵母では出せない個性のある香りや味わいをかもしだすお酒となることが期待されます。
花から得られた多くの酵母を分離し、様々な選抜方法を経て、サッカロマイセス・セレビシエを探し出すことを目的としました。これは、醸造で実用化するには、毒性が無く、食経験があり、発酵が終わった後のエタノール濃度が高いこと、そして発酵速度が速いことが重要だからです。
スクリーニングの手順と分離した酵母の同定
下図にあるような様々な手順でスクリーニングを行い、泡盛101号酵母と同じ性質を示すものを候補株として残しました。以下、それぞれの試験について詳しく説明します。
まずはTTC試験(※1)です。TTC(2,3,5-トリフェニルテトラゾリウムクロライド)という化学物質は、反応が活発な組織内では、還元されて赤色になります。清酒や焼酎・泡盛の醸造に用いられている酵母は赤色を呈するため、まずこの試験で白色のままだったものを除外しました。そして、86株中桃色から赤色に染まった46株を選抜しました。
※1 TTC試験についての参考サイト
http://www.oyama-ct.ac.jp/tosyo/kiyou/kiyou48/16.pdf
次に顕微鏡による観察です。泡盛101号酵母は楕円形に近い形であったため、円または楕円形であったものを選抜したところ、先ほどの46株から29株に絞られました。
ここまで得られた酵母がエタノールを生産する力を測るために、培養液で酵母を培養してエタノール濃度を測定しました。泡盛101号酵母と比較して、エタノール生産能が高いか低いかを判断しました。エタノール濃度の測定には、酵素法とガスクロマトグラフ分析計(GC)を用いました。
酵素法とは、アルコールを含む試料に、アルコール脱水素酵素(ADH)を添加すると酵素反応によりエタノールが酸化し、次に反応液に発色試薬ニトロテトラゾリウムブルー(NTB)を添加すると発色反応によりジホルマザンの青紫色が生成することを利用しています。測定方法は、アルコール濃度が分かっている標準試料と検査試料に数種の試薬を順次添加し、最終的な発色を目視で比較し、検査試料のアルコール濃度が標準試料よりも高いか低いかを判断します。
酵素法によってエタノール生産能が5%以上と判定された6つのサンプルを候補株としました。これらはガスクロマトグラフ分析計(GC)という、試料の成分を調べる装置による分析でも、いずれも4%以上を示したので、酵素法による測定に信頼が置けることがわかりました。
ここまで候補株を絞ったら、最後にいよいよ酵母の種類を特定します。PCR法という手法を用いて、ごく短いDNAを増幅させた上で塩基配列を調べることで、酵母の種を特定しました。
今回は、野生酵母からサッカロマイセス・セレビシエを得ることはできませんでした。多く得られたのはメチニコビア・コレンシスでした。これはTTC試験で染色し、出芽酵母の形も同様であったため、サッカロマイセス・セレビシエではないものの候補から外せませんでした。また、花を採取するときの温度や季節によって得られる酵母が違うこともわかりました。
スクリーニングの精度をより向上するために
今回の実験では、TTC選抜試験や顕微鏡観察などを通してサッカロマイセス・セレビシエを特定しようとしましたが、他の酵母を区別して候補から消すことができませんでした。そこで、より精度を上げて特定するため、新たな指標を考えました。
まず時間ごとのエタノール濃度GCで測定したエタノール濃度です。今回の候補株に比べて、泡盛101号酵母は1日目からエタノール濃度が高く、2日目で最も高くなったのに比べて、他のサンプルは1日目にはあまり発酵せず、3日目以降で最も高くなりました。つまり、サッカロマイセス・セレビシエは発酵速度が速いという特徴が見られました。
さらに、GCで測定したエタノール濃度とpHの時間による変化を確かめることにしました。泡盛101号酵母は他のサンプルより1日目のエタノール濃度が高く、pHは低くなっています。
今回の実験では、実際に醸造に使うことができる新たな酵母を分離することはできませんでしたが、候補株を選び出すスクリーニング作業で有効な方法を開発することができました。
今後もサッカロマイセス・セレビシエの発見のために、スクリーニングの方法や指標の改善をおこなっていきたいと思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
私たちは、泡盛工場を見学した際に、泡盛製造の大きな課題の1つは、商品のバリエーションを増やすことであると学びました。現在、泡盛製造に用いられている酵母は、泡盛製造に適した酵母として選抜された泡盛101号酵母であり、サッカロマイセス・セレビシエに分類されます。ほとんどの酒造所が同じ泡盛101号を使っているため、泡盛の風味が似ています。本研究は、風味の大きく異なる泡盛をつくる等の泡盛の価値向上に寄与するテーマとして、泡盛製造に使うことのできる新しい酵母を探索することを目的としています。2014年からの継続研究であり、サッカロマイセス・セレビシエを得るために選抜方法(スクリーニング方法)の工夫やエタノール濃度の定量法の精度向上を目的として研究を行いました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
2014年6月ごろから始めて、放課後や休日を利用して週に20時間程度の実験をしてきました。
■今回の研究で苦労したことは?
酵母の研究は、コンタミ(試料汚染)との戦いであるため、滅菌操作等の実験技術を向上させ、サッカロマイセス・セレビシエを何とか単離したいという思いで研究を続けています。また、酵素法によるエタノールの定量については、反応時間やpHなどの条件によって発色が微妙に変わってくるので、再現性を得るために何度も実験を繰り返しました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
昨年までに得られた高い発酵能を持つ酵母は、顕微鏡で見た時の形やTTC試験での発色が泡盛101号酵母と異なることが文献によりわかったため、顕微鏡観察において酵母の形(丸型で出芽が見られるか)と大きさに着目して選抜を行ったことと、TTC試験において同じ培地上で発色を比較するように工夫したことです。注目してほしい点はアルコール発酵試験におけるエタノール濃度とpHの日付ごとの測定結果です。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
酵母の分離法に関する参考文献は以下の3つです。
・『酵母からのチャレンジ「応用酵母学」』田村學造、秋山裕一、野白喜久雄、小泉武夫(技報堂出版)
・『花等から分離した酵母の特性と焼酎・泡盛の製造』数岡孝幸(講演資料)
・『新たな泡盛用酵母の探索に関する調査』比嘉賢一、玉村隆子、望月 智代 (沖縄県工業技術センター研究報告第14号)
酵素法については、
『応用微生物学実験 実験書』(京都大学 2004)を参考にしました。
■今回の研究は今後も続けていきますか?
サッカロマイセス・セレビシエの単離を目的に、酵母を培養させるときの培地の条件検討や顕微鏡観察やTTC試験などのスクリーニングの方法を工夫していきます。また、エタノールの定量における酵素法については、分析精度の向上を目指し測定条件(pHや反応時間など)が発色に及ぼす影響について調べていきます。
■ふだんの活動では何をしていますか?
科学の甲子園や化学グランプリなどの各種グランプリに向けて、勉強会や実験の練習をしています。中高一貫校なので、中学生と一緒に実験をすることもあります。
■総文祭に参加して
今回の発表では緊張しましたが、私たちの研究を多くの人に知ってもらえる貴重な機会でしたので、出場できてとても嬉しかったです。先輩から研究を引き継いだばかりということもあり、質問にうまく答えられない部分があったのは悔しかったのですが、今後この研究について文献を読んだり追実験をしたりして、きちんと答えられるようにしたいと思います。また、他の高校の発表はレベルが高く、強く刺激を受けました。私の知識不足で少し難しく感じる発表もありましたが、様々なテーマの発表を聞いて化学に対する興味が広がりました。また、プレゼンの仕方や研究の進め方について参考になる部分もたくさんありました。今回の経験を今後の研究活動に活かしていきたいと思います。
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