2016ひろしま総文 自然科学部門

比熱の公式を使った実験で『化学便覧』の誤植を発見!

【物理】熊本県立熊本工業高校化学部

(2016年7月取材)

左から 丸林稔和くん(3年)、津崎勇治くん(3年)、平松泰地くん(3年)
左から 丸林稔和くん(3年)、津崎勇治くん(3年)、平松泰地くん(3年)

■部員数

23人(うち1年生7人・2年生8人・3年生8人)

■答えてくれた人

津崎勇治くん(3年)

 

自作のシェイカーで水溶液の比熱測定に挑戦

授業で行った実験から生まれたアイデア「振ることで比熱を求められないか?」

私たちは、授業の一環でペットボトルに入った水を振り続け、その温度上昇からなされた仕事量を測るという実験を行いました。そこで振り方や中の液体の種類などを変えながら温度上昇との関係を調べていくうちに、熱ではなく振ることによって水溶液の比熱を求められないかと思い、研究を行いました。

また『改訂4版化学便覧基礎編II』に記載されている水溶液の比熱データに気になる値があり、実験によりその値の検証を試みました。

 

まず比熱とは物質固有の、温度変化の起こりにくさを表す物理量です。Q=mcΔTで定義されます。ここでQは与えた熱量、mが物質の質量、cが比熱、ΔTが温度変化です。

 

研究を行うために、水溶液に一定の仕事量を与え続けるシェイカーを自作しました。タンブラーを固定し、モーターによって一定の振り幅と速度で振り続けるように工夫しました。温度はタンブラーの底に開けた穴から通した温度センサーで測定しました。

最初にタンブラーの保温性について実験しました。タンブラーを室温で10分間放置したときの液温の温度変化について、室温よりも3度、5度、10度(絶対温度:ケルビン(K))高い場合について測定しました。また、シェイカーの蓋から熱が逃げてしまうことを懸念していたので、逆さの状態で放置した値も取りました。

 

すべての場合において、0.3K以上降下することはなかったので、タンブラーの保温性は実験に影響を及ぼさないと結論付けました。

 

様々な水溶液で文献値通りの結果。中には大きくずれるものも

次に各水溶液の比熱を測定するため、室温のそれぞれの水溶液100gを120回/分の速度で10分間シェイカーを使って振り続けました。同じ操作を施した100gの純水の結果(1.1K上昇)と比較することで、温度変化と比熱の関係を算出しました。

 

測定した水溶液は、KCl(塩化カリウム)、NaCl(塩化ナトリウム)、NH4Cl(塩化アンモニウム)のそれぞれ1.0~4.0mol/kg(1.0mol/kg刻み)の全12種類です。

 

まず純水での結果から、シェイカーが120回/分で10分間振った際に水に与える熱量を算出します。比熱の関係式は先述の通りQ=mcΔTであるので、mに100g、cに水の比熱4.18J/(kg・K)、ΔTに測定結果の1.1Kを代入することで、与えた熱量Qは約460Jと求まめられました。水溶液の質量も100gで実験するため、温度変化と比熱の関係をエクセルシートで換算しました。 

結果、各水溶液と濃度での温度上昇は表のようになりました。

 

これを先ほどのエクセル表で比熱に換算し、『改訂4版化学便覧基礎編II』に記載されている文献値と比較しました。

 


まずはKCl水溶液についてです。比熱の文献値と少しずれが生じているように思えます。しかし文献値から換算した上昇温度と実験の上昇温度を比較すると、ほぼ一致していることがわかります。


次に、NaClについての結果です。こちらも、文献値から換算した温度上昇と実験で測定した温度上昇はほぼ一致しています。また、値に差がある部分についても、温度センサーが0.1度刻みでしか測定できないことを考えると、かなり近い値となっています。


ところが、NH4Clの濃度が4.0mol/kgのときにおいて、文献値とは大きく離れる結果となりました。そこで加水分解によって生じているNO3分子の影響であるのかと考え、NH4NO3(硝酸アンモニウム)水溶液でも追加実験しました。しかしNH4NO3水溶液は、文献値と同じ傾向になりました。この原因は、現在考察を続けています。 


文献値の方が誤植だった?!

次に『改訂4版化学便覧基礎編II』に記載されている比熱データのうち、CaCl2(塩化カルシウム)水溶液に関するものに興味を持ちました。それはCaCl2水溶液の比熱のうち、1.0mol/kgから3.0mol/kgの濃度では比熱は減少傾向にあるのに対して、4.0mol/kgの濃度のみ大幅に比熱が大きくなっているからです。これをグラフにしたものが下図です。4.0mol/kgの時の比熱の値が3.748ではなく2.748であればグラフはほぼ直線となるので、一の位の誤植ではないかと考えました。

そこでCaCl2水溶液についてもシェイカーで比熱測定しました。結果は以下の通りです。実験の値は、文献値の一の値を修正したものにとても近いものとなりました。したがって文献値のCaCl2 4.0mol/kg水溶液の比熱は誤植であったと考えました。


私たちは自作のシェイカーによって水溶液の比熱の測定に成功しました。また、『改訂4版化学便覧基礎編II』に記載されているCaCl2 4.0mol/kg水溶液の比熱の値について出版社に問い合わせたところ、やはり誤植であるということでした。

 

今後は、塩化物以外の水溶液についても実験したいと思います。またシェイカーはどのようなメカニズムで液体の温度を上昇させているのか、摩擦や衝撃との関係性などから調べていきたいと思っています。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

「科学と人間生活」の授業で500mLのペットボトルに100gの水を入れて3分間振り続け、温度上昇から水に与えた仕事量を求めました。このことで、振り始めの温度を変えたり、水溶液にしたりすると温度上昇はどう変わるのかに興味を持ち、一定の速度とふり幅で振れるシェイカーを作って研究しました。

 

研究を進めていくうちに、水溶液には温度が上がりやすいものとそうでないものがあることに気付き、シェイカーで水溶液の比熱を求めることができるかもしれないと考え、研究に取り組むことにしました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

1週間当たり4~5時間で、5カ月くらいです。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

自分たちが考えた動きができるシェイカーを作ることに苦労しました。最初に作ったシェイカーは、回転速度が遅いうえに、タンブラーを取り付けたら動きが止まったりしました。性能の高いモーターを探したり、動く部分の軽量化をしたりしながら改良していき、実験に使えるシェイカーができました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

電圧を操作することで、同じ条件で振ることができるシェイカーです。タンブラーの保温性についても調べました。また、実験結果が文献値とかなり近い値が出ているところから、他の値と違う傾向が見られる文献値の値が誤植であることを、実験によって検証できていることも見てほしいです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

『改訂四版化学便覧基礎編Ⅱ』(丸善出版)

『新装版 物理のABC―光学から特殊相対論まで』福島肇(講談社ブルーバックス)など

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

この研究をしたのは、化学部員の中の私を含めて3人だけです。他の部員は、化学の内容での研究を2班に分かれてしています。私たちは3年生なので、この物理分野の研究に関しては、今後続けられません。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

週3~4日、放課後の1時間半~2時間程度、実験の基本的な内容を中心に行なっています。4月から10月までは、10月に行われる生徒理科研究発表会に向けて、テーマを決めたり、研究を進めたりしています。

 

■総文祭に参加して

 

発表、ポスターともにレベルが高く、興味を引く研究ばかりでした。私たちの発表の時は、とても緊張しました。今回の総文祭で経験したことを、今後に活かしていきたいと思います。

 

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