(2016年7月取材)
■部員数
14人(うち1年生2人・2年生6人・3年生6人)
■答えてくれた人
大井昴幸くん(2年)、金原美蘭さん(2年)
水溶液の濃度の違いが作る3つのレンズ効果
図のように真水の水槽の底にショ糖の飽和溶液を静かに注入して放置すると、時間の経過とともにショ糖がゆっくりと拡散し、水面に向けて濃度が連続的に変化している溶液となります。さらに、濃度変化に応じて光の屈折率も連続的に変化します。このような溶液を「屈折率勾配を持つ溶液」といいます。
この溶液を通して水槽の背後の物体を観察すると、蜃気楼に相当する3つの像が観察されます。
私たちはこの像を上から順に像A、像B、像Cと名付け、平成20年度から継続して研究を行ってきました。昨年度までの研究から、溶液は各水深の屈折率勾配に応じて、3つの異なるレンズとして作用することで各像が出現することがわかりました。
水深の浅い部分では凹レンズ作用による正立虚像の像Aを、水深のより深い部分では強い凸レンズ作用による倒立実像の像Bを、最深部では弱い凸レンズ作用による正立虚像の像Cを出現させます。
今年度は、溶液の各水深部でのレンズ効果と同等の作用を、一様な屈折率を持つ物体で再現できるようなレンズを「等価レンズ」と名付け、その形状を求めようとしました。そこで等価レンズは、凹レンズ、曲率の大きい凸レンズと曲率の小さい凸レンズを滑らかに接続した、左の図のような断面図の形状であるという仮説を立てました。
水溶液のレンズと同じものを作ってみるために
以上の仮説と、昨年度までの解釈を検証するため、次の2点について検証を行いました。
まず屈折率勾配を持つ溶液中の屈折率分布と出現する像の位置を正確に求めました。次にそのデータを基に等価レンズの断面図を計算によって導出し、作成したものと溶液のレンズ作用を比較しました。
最初に本年度もショ糖が拡散した溶液の各水深における屈折率を測定し、屈折率勾配を求めました。溶液の水槽の角をプリズムに見立て、図の通りレーザー光を各水深に入射させ、偏角を測定することで各水深の屈折率を計算しました。
さらに屈折率を水深で微分することによって、水深に対する屈折率勾配が求められました。
次に各像の出現位置を、カメラの合焦位置を測定することで調べました。
また時間経過後の変化や水槽の厚さでの出現位置の変化も測定しました。
時間が経過するとショ糖の拡散が進み、各レンズの効果は弱まります。また水槽が薄くなってもレンズの効果は弱まると考えられます。したがって、これらの出現位置とその変化は、各像がそれぞれ凹レンズ、強い凸レンズ、弱い凸レンズの作用であることを示しています。
自作のプログラムで等価レンズの曲線と厚みを導く。予想通りの結果が出た!
次に、等価レンズの曲線と厚みを導出するために、「光線追跡」という手法を繰り返し実行する自作のプログラムで計算を行いました。先ほどの実験で測定した水深に対する屈折率の実験式を使うと、光が微小区間で屈折する角度が求まります。そこから微小区間の光線の変位を求める(4)式、(5)式を繰り返し行うことによって、光線の経路を求めることができます。
次の図の(4)式は、入射角・屈折角の関係とレンズ角度の幾何学的な関係(1)~(3)から導出できます。この(4)式と先ほどの光線経路を使うと、等価レンズの水深に対する接線の傾きが求められます。これを水深で積分することによって、等価レンズの水深に対する形状を求めました。
断面の曲線がわかったので、厚さも求めました。ある水深でのレンズの厚みが求められれば、あとは曲線の式を当てはめて、全体の厚みが決定できます。したがって、水槽がレンズ作用を持たない水深h’での厚みを(4)式から決定しました。レンズ作用を持たない水深では、等価レンズは真っすぐ(接線の傾きは90度)であるからです。
上記の計算結果が下図です。等価レンズの水深に対する傾きが左端、それを水深で積分したものに厚みの値も合わせたものが中央図、我々の仮説に基づく予想図が右図です。見事に予想に一致する結果となりました。
シミュレーションと実験の両方で確認
この等価レンズが実際にショ糖拡散溶液と等価であるか、シミュレーションと実験の両方で実証しました。
まずはコンピューターによるシミュレーションの結果です。物体と見なす一点から射出されるあらゆる光線のうち、レンズを通して観測者の「目」に届く光線だけを抽出して、観測者側の光線をレンズの反対側へ延長します。
その結果が下図です。レンズの中よりも観測者側で光線が交差している点が像B、物体側にある交点が像C、グラフの左上に伸びている光線が像Aに対応していることがわかります。
次に実際にこの曲線と厚みを持った等価レンズを作成し、像の出現位置を観測しました。レンズはアクリル板を曲線通りに曲げて、内部に水を入れて水レンズとして作成しました。
結果が図の通りです。等価レンズと溶液がそれぞれ形成する各像の出現位置はほぼ一致しています。以上の結果から私たちが求めた等価レンズは溶液と同等の作用を持つことが証明できました。
さらに、時間の経過に従って、等価レンズの屈曲度合いが緩やかになることもわかりました。
水深による光線経路の明るさの違いは乱屈折・乱反射に起因
さらに、各水深での光線経路の明るさは、水深80mm付近が最も明るく、時間の経過に伴って最も明るい部分が上下に広がることもわかりました。
この傾向は、屈折率勾配の大きさに対応しています。希釈濃度との関係を見ると、濃度が大きい場合ほど明るくなることもわかりました。
また、チンダル現象が発生している液体洗剤の溶液と比較すると、洗剤溶液はチンダル現象によって全体が明るくなっており、ショ糖溶液の方が明らかに暗いことがわかります。このことから、光線経路が目視できるのはチンダル現象に拠るものではないことも確認できました。
この原理を考察すると、溶液中で光線は等屈折率面(屈折率が等しい点を三次元的に結んだ面)で屈折と反射を繰り返していると考えられます。拡散速度は位置によって微小な違いがあるので、等屈折率面はわずかなゆらぎのある面になります。このゆらいだ部分で屈折・反射を繰り返した光線は、進行方向がわずかにずれて進んでいきます。これが乱屈折・乱反射です(下図、左側参照)。そして、屈折率勾配が大きい水深では等屈折率面が密になり、乱屈折・乱反射の影響が大きくなるので、光線が明るく見えると考えられます。
■研究を始めた理由・経緯は?
・屈折率勾配を持つ溶液と同様のレンズ作用について興味を持ったからです。光線経路の明るさについては、実験中に溶液中の光線経路を確認できるということを発見し、その現象の原理に興味を持ち、研究を始めました。(大井くん)
・屈折率勾配を持つ溶液と同様のレンズ作用を持つレンズの形状を求め、そのレンズの形状から各像が出現する原理の昨年度までの解釈を新たな面から検証することができると考えました。(金原さん)
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1日2~3時間、平成20年度からの継続研究です。
■今回の研究で苦労したことは?
・等価レンズの形状を計算により導出した点
・光線経路の明るさを観察するために、多くの水槽を用いて大量の写真を撮影した点(大井くん)
・等価レンズの製作(金原さん)
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
・等価レンズの形状を「レンズの曲面の傾き」と「レンズの厚さ」をそれぞれに合った計算方法(前者は図形の性質、後者は座標を用いた)で導出したことです。また、光線経路の明るさを、溶液のレンズ作用による光量の違いの影響を受けないレーザー光線を1本ずつ各水深に入射し、その写真を合成した画像でも確認した点も見てほしいです。(大井くん)
・等価レンズの形状を求めるために「レンズの曲面の傾き」と「レンズの厚さ」を自作のプログラムで計算し、導出した点を見てください。(金原さん)
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「屈折率勾配を持つ溶液の結像作用の研究」 清水東高自然科学部物理班理科研究論文
・「屈折率勾配を持つ溶液が示す凸レンズの作用」 清水東高自然科学部物理班理科研究論文
平成25.26年度 他9件
■今回の研究は今後も続けていきますか?
・今年度もこの研究を継続した研究を行っています。今年度の目的は、物体をこの溶液を通して観察したときに観測される3つの像のうち、中央の像だけがぼやけて観測されるという現象の原理を解明することです。(大井くん)
・この溶液を通して観測される3つの像のうち中央の像がぼやける原理についての考察です。また、光線経路の明るさの数値化や、より精度の高い等価レンズの製作にも取り組みます。(金原さん)
■ふだんの活動では何をしていますか?
・中学生を対象にした、物理の現象を楽しんで実感してもらい、知ってもらうための「中学生実験講
座」
・文化祭の出し物である「物理の原理を利用したおもちゃ」と「ピタゴラスイッチ」の製作
■総文祭に参加して
・他の学校の研究発表や巡検などを通して、多くの刺激を受けることができました。今回の体験を糧に、今後の研究活動をさらに発展させていきたいです。(大井くん)
・自分にとって実のある充実した3日間でした。一生忘れられない経験ができたと思います。この体験で得たものを、今後の研究活動にいかしていきたいと思っています。(金原さん)
※清水東高校の発表は、物理部門の優秀賞を受賞しました。
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