井原 渉さん
東京大学工学部航空宇宙工学科 3年
(2020年11月取材)
■今回の議題「宇宙利用」は、どのような議論を期待して設定されましたか。
また、議論で一番留意しなければならないこと、合意形成において最も対立が予想されたことはどのような点だったでしょうか。
高校生が自由で豊かな発想を発揮して課題解決につながるアイディアを創造していく、というのが目指した会議の理想像でした。近年の全日本高校模擬国連大会はでは、軍縮や人権を扱った議題が続いていたのですが、今回は「人類全体の発展」という大きな目標の中で互いの利害を調整するためのアイディアが特に求められる開発分野の議題を中心に検討しました。その中でも宇宙利用は新時代の開発を扱う議題であり、国際会議の結論が出ていない問題も多く、ぜひ高校生にも考えてほしいと思い議題として設定しました。
留意しなければならない点として、一番というのは難しいですが、議題解説書にも書いたのは「現代の情勢を踏まえる」ということです。宇宙条約をはじめとする既存の宇宙利用に関する条約は、1970年代以前に成立したものですが、その時代とは宇宙利用を取り巻く情勢も大きく変わっています。
顕著な例としては、民間企業の宇宙利用産業への進出があります。現在は宇宙機打ち上げや衛星利用、月面資源の探査まで先進国の企業が活動の幅を広げています。
宇宙関連の条約は、宇宙開発が主に国家級のプロジェクトだった時代に成立しているので、民間企業の宇宙利用はあまり想定されておらず、枠組みとして不完全な部分があります。このように、今回の議論では、現代の情勢を踏まえて既存の枠組みを見直す必要がありました。
各国で政策を立案するとき、そして会議で他国の政策を分析し議論するときにぜひ忘れないでほしい視点でしたが、実際の会議では、高校生たちがきちんと最新の情報をリサーチし政策の議論に生かしていた場面が何度も見受けられ、感心した覚えがあります。
今回の会議は論点が多かったですが、その中でも一番対立を予想していたのは、宇宙資源の利用についてです。宇宙資源を人類の共通の財産として共同で開発していくのか、それとも各国にある程度自由な開発を認めるのか、実際の国際会議でも議論が決着していない部分であり、高校生にとっても妥協点を探るのがとても難しかったと思います。
またこの論点は、各国の利益の衝突という側面のほかに、資源や空間についての理念の違いという側面もあり、単純に先進国対途上国という対立構造ではないところにも難しさがあります。
実際の会議では、ほかの論点と異なるグルーピングをつくらなければいけないということもあり、時間配分をはじめとした会議全体のマネジメントにも苦労しているという印象でした。しかし、実際の国連の場で結論が出ていない論点であるからこそ、高校生の自由な発想による政策立案やそれを戦わせる様子を見ることができ、とても良かったと思います。
■進行やルールを決めるにあたって、リアルの模擬国連と比較して「ココはできるだけ残した」「ココは思い切って変更した・工夫した」という点をそれぞれ教えてください。
[オンラインでも残した点]
リアルの模擬国連でできることは基本的に残そうと思いながら設計しました。
スピーチやモデレーテッド・コーカスは、もともと議場で発言しているのが1人だけなので、オンラインでの再現も容易でした。むしろ話す人の姿を大きく映すことができたり、議場全体を公平に見渡すことができたりするなど、運営側としてはリアルよりもやりやすい部分もありました。
難しかったのは、アンモデレーテッド・コーカスです。リアルの模擬国連のアンモデレーテッド・コーカスを分析し、3つの特長をオンライン会議でも残したいと思いました。
1つ目は参加者が自由にグルーピングを形成できること、2つ目は参加者がグルーピング間を自由に移動できること、3つ目は参加者が議場全体を俯瞰し、どこにどのようなグルーピングが形成されているかを把握できること。
いずれもリアルの模擬国連では当たり前のようなことですが、オンラインのシステムでそれをどのように再現するかは、結構悩みましたね。大学の模擬国連の会議で実際に採用されている形式なども参考にしながら、いくつかの方法を検討し、結局本大会のように、参加者一人ひとりに共同ホスト権を付与し、ブレークアウトセッションを使用してもらうという形式を採用しました。
当日の様子を見ていると、リアルの模擬国連の機動性をそのまま実現することはやはり難しそうでしたが、ほとんどの大使がブレークアウトセッションを上手に活用して会議行動をとることができていたので、安心しました。
そのほかにも、モデレーテッド・コーカス中のメモ回しはZoomのチャット機能を使用するという形で残し、モーションもほとんどリアルの模擬国連と変わらない形で募集・採択するようにしました。また、プラカードも参加者にデータを配布して用意してもらい、挙手や投票に用いました。プロシージャもオンラインで実施するための必要な変更以外には、特に例年のものから大きく変えた部分はありません。
[変更した点・工夫した点]
グローバル・クラスルームで初めてのオンライン会議ということもあり、使用ツールやプロシージャについて今回一から考え始めたのですが、その際、従来の全日本大会の会議をどれだけ再現できるかという点を一番に考えていましたね。ですので変更した点というのは実はあまりないのですが、思い切って、というよりも必要性があってやむをえずという変更が多かったと思います。
例えば、従来の全日本大会では、Google Documentの使用は禁止していたのですが、今回は運営側が用意したものに限り使用を認めることとしました。これは、オンライン会議ではリアルの会議のように一つのパソコンを皆で囲んで文言作成をしたりアイディアを出し合ったりするといったことが難しいため、その代わりとして導入を決めました。Google Documentの配布の仕方は、参加者の会議戦略にも影響すると考えたので、その点は運営内で様々な方法を検討しながら工夫を重ねた箇所でした。
また今回の会議では、原則としてペアは別々の部屋から参加し、連携は口頭ではなくLINEなどのツールを用いて行うように参加者にお願いしました。ハウリングなどの音声トラブルを防止し、また参加者間の公平性を担保するための決定だったのですが、直接話し合いながらの連携が取れないことは高校生にとって普段の会議にはない難しさだったのではないでしょうか。
今年は、事前にオンライン会議の勝手がわからなかったため、対面での模擬国連に近づけることを念頭に設計を進めてきました。今年の全日本大会をオンライン模擬国連のテストケースとしてきちんと分析することで、場合によってはオンラインならではのより思い切った改良もできると思います。
■会議の進行を見て、オンライン会議の特徴として気が付かれたことを教えてください。今回の議題に関して言えば、リアルの会議とオンライン会議で会議の進め方で差が出ることはあったでしょうか。
スピーチやモデレーテッド・コーカスは、オンライン会議でもリアルの会議とあまり変わらないという印象です。むしろ、しゃべっている人の映像を大きくしてみることができるので、参加者にとっても運営側にとっても人の意見を集中して聞けるので良かったのではないかと思います。参加者の移動時間やマイクを運ぶ時間もないので、隙間時間も短縮できる点もオンライン会議の良さではないでしょうか。
リアルの模擬国連との違いが出るのは、やはりアンモデレーテッド・コーカスでしょうね。リアルの模擬国連の形式が必ずしも理想というわけではないと思いますが、リアルの模擬国連で見られる大使の機動性をオンラインで再現するのはやはり難しいという印象です。
それが影響しているのかはわかりませんが、今回の会議ではグルーピングが比較的安定していたのではないかと思います。新しくグループをつくること、そして個別に交渉してグループメンバーを増やすのが、オンラインではより難しくなるのかもしれません。また、新しいグループに移動するときに、リアルの会議のように移動先のグループメンバーの1人を捕まえて話を聞くということができず、グループ全体にアプローチしなければいけないということも、移動のハードルを上げ、最初のグループに留まる大使を増やしたのではないかと思います。
グルーピング内では、グループの中心となっている大使の発言が目立ち、それ以外の大使の発言が少なかったかなという印象です。やはりグループ内で同時に話すことができるのが1人だけという制約があることによって、人の話を遮って発言したり、グループの周辺部で意見を言いあったりということの難しさが増していたのだと思います。
また、グループ内の議論の流れから置いていかれても、周りの大使に質問することができないので、特に会議の経験が少ない大使にとっては大変だったのではないかと思います。
逆に、会議の中心になるような大使にとっては、自分の意見をグループメンバーに届けるのが容易になり、グループをまとめやすくなった部分があるのではないでしょうか。グループ全体にとっても同じ文書の同じ箇所を見ながら議論することができるので、グループの統一性が上がるなど、必ずしも問題点だけではなかったと思います。
今回の議題に関していえば、論点が多く、また論点によって一度形成したグループ内でも意見が異なることがある議題だったので、アンモデレーテッド・コーカスでコンセンサスまでもっていくのは難しかったようですね。
A議場で1日目の最初のアンモデレーテッド・コーカスでどのようにグルーピングを形成するかについて全体で長時間の議論が起こったので、高校生たちもそのことをよく理解していたと思います。ただ、この点についてはもしリアルの会議で実施したとしても本質的な困難さは変わらないので、あまり違いはなかったのではないかと思います。
また今回の議題では、持続可能な開発のための宇宙利用について政策を広く議論する論点がありました。オンラインではGoogle Documentの同時編集を用いて政策の取りまとめを行っていたグループがありましたが、リアルの会議ではホワイトボード等を用いてまとめることになっていたと思います。こちらも大きな違いは無かったかと思いますが、スペースを気にすることなく多くの政策を分類しながらまとめることができるGoogle Documentは、今回の議題のように政策系の会議により適していたのではないかと思います。
■今後オンラインの模擬国連のルールやあり方として改善すべき点があるとすれば、どのようなことでしょうか。
やはり、実際に交渉をするフェーズであるアンモデレーテッド・コーカスは、オンラインの会議はまだ課題を抱えていると思います。ですので、一つ考えられる可能性としては、オンラインでも大きな問題なく実施できるモデレーテッド・コーカスの時間を増やすことでしょうか。
現在の高校模擬国連のモデレーテッド・コーカスは、議場に存在する意見の確認やグルーピング形成のためにとられることが主流ですが、それにとどまらず、議場全体で議題に関する本質的な議論をするために使用することもできると思います。
その際には、その形式にあった議題や論点、例えば議場全体の対立軸が明確な論点が存在するものを運営側が選ぶ必要はあると思います。これまでの会議とは、戦略性も大きく変わったものになると思いますが、はじめからモデレーテッド・コーカス中心に設計された会議であれば、高校生でも十分にやり切れると思いますし、そのような会議を見てみたいとも思います。
また、今回は運営と高校生の使用性の良さを考慮して、会議全体をZoomで実施しましたが、やはり将来的にはより模擬国連に適したシステムができればよいと思います。
例えばメモ回し1つをとっても相手大使のペア二人ともに同じメモを送るのは手間がかかりますし、送られてくるメモを整理するのも大変です。
動議の採択についても、簡単に集計できる機能があれば無駄な時間を取らなくてもよくなります。参加者以外にも目を向けると、今回の会議ではZoomの回線が重くなり、また会議参加者の様子を見るのも難しくなるという理由から、引率教員の方をはじめとする参加者以外の見学をお断りしていましたが、そういった心配をしなくていいシステムができ、広く見学を受けることができれば引率教員の方にとっても、また模擬国連の普及のためにも良いと思います。
新しいシステムを開発するにせよ、既存のシステムを組み合わせるにせよ、運営側そして参加者である高校生にとって事前の準備の負担は大きくなるため難しいことだとは思いますが、模擬国連界全体が長期的な視点を持って、オンライン会議の改良をしていくことができれば素晴らしいと思います。