廃止国vs.存置国の二項対立を超え、すべての国が納得できる枠組みを目指した
(2019年11月取材)
■担当国を希望した理由をお教えください。特に、今回の議題の「死刑モラトリアム」については、担当国のどのような点に注目されましたか。
今回の「死刑モラトリアム」という議題に臨むに当たって、既に死刑を廃止している廃止国が存置国に対して死刑問題解決に向けた譲歩案であるモラトリアムを求めていくという構造上、廃止国が交渉に有利であるだろうと考えました。存置国側では、自国の国益を貫こうとすると国際社会に対して抜本的な提案ができないためです。アイルランドは第1希望ではありませんでしたが、欧州人権条約の第13議定書の中で、すべての犯罪に対する死刑を禁止しているEU諸国を取れたのは良かったと思います。(外園くん)
今回の「死刑モラトリアム」という議題を単純化すると、死刑を廃止しているか、それとも存置しているかという二元論でとらえることができます。その中で、ひとえに存置国といっても、死刑適用刑罰などに大きな差が見られ、足並みを揃えるのが困難なように感じました。その点、すでに死刑を廃止しており、死刑モラトリアム導入が国益をもたらさず、死刑廃止という自身の価値観を存置国に押し付けることが国益・国際益の両方を満たしている廃止国は、比較的足並みを揃えやすいように感じました。また、アイルランドは、人権を重視するEUの中でも先進的に人権保護を訴えている国です。「主張と協調」が重要な国際社会の中で、廃止国の舵取りが可能だと考え、アイルランドを選びました。(石川くん)
■準備の段階で苦労したことや、工夫したことがあれば教えてください。
模擬国連の他の多くの議題と異なり、「死刑モラトリアム」という議題はその性質上、「廃止国vs存置国」という二元論にしかならず、また共通の国際問題、というよりは各国のイデオロギーの問題であるため、交渉においてどのように妥協点を見出して譲歩を迫っていくか、ということを考えるのにとても苦労しました。また的確な譲歩案を考えるため、自分の担当国についてのリサーチだけでなく、現在死刑を存置している国の国内の死刑の状況はどうなっているのか、についてもしっかりとリサーチを行うことを意識しました。(外園くん)
準備段階では、過去の決議をはじめとする国連資料や死刑モラトリアムに関する論文を掻き集め、自国のスタンスの確認と政策立案を行いました。自分が帰国子女ということもあり、文書を読むこと自体に苦労はなかったのですが、アイルランドに関する資料がなかなか見つかりませんでした。議事録を見ても大使がほとんど発言をしておらず、アイルランドのスタンスや死刑モラトリアムにおける特異性がつかみにくかったです。
会議行動に関しては、その他の廃止国や存置国になりきって、自分たちの政策にどのように反論するか、その反論に対してアイルランド大使はどう返すか、という問答形式での練習を行いました。それらをまとめた反駁シートを作成し、会議中も見られるようにしておきました。(石川くん)
■大会当日は、どのようなことに気をつけながら会議に臨みましたか。
模擬国連では、それぞれの大使が各国の国益を一身に背負って会議に参加しています。もちろん国際社会としての前進を目指す姿勢は大切ですが、最も重要なのは、自国の国益をしっかりと達成して国に帰ることです。これが最も基本的でありながら重要なことだと思います。とても難しい議題で、国益を二の次にしてでもコンセンサスを達成しようという空気が一部あった中で、僕たちは会議を通して国益を貫くということを意識しました。また、立場の異なる国、特に存置国と交渉をする際は、存置国の死刑に関する現状となぜ死刑を存置しているかをしっかりと知った上で、お互いが納得できるような枠組みを作るよう心がけました。(外園くん)
大会当日に気をつけたことは、高圧的になりすぎないこと。会議の場などの非日常空間では、つい相手と「議論する」ことを想定しがちです。しかし、模擬国連の真髄は、他の大使と対立することではなく協調すること。高圧的な態度を取ってしまうと、相手からの協力は仰げません。相手が初心者でも経験者でも、高圧的にならずに、冷静に、優しい口調で交渉することを心がけました。また、立場が異なるモラトリアム国や存置国に対しては、廃止国と違いアイルランドに似た政策を持っていることが想定しにくかったため、時間をかけてもわかりやすく説明すること、また、互いの政策の対立点を明確化してから交渉することを意識しました。(石川くん)
■会議を進める上で一番大変だったことを教えてください。それをどのような工夫や努力で乗り越えましたか。
2日間どのように会議が進行するかを事前に予測して臨んだのですが、強い大使が多くいる全日では1日目にいきなり各国の思惑が衝突して、僕たちの予測が完全に外れた混沌とした議場になりました。そのような状況で、1日目はお互いに全く良い会議行動ができず、かなり落ち込みました。ですがその中でも「自分がやるべきことを着実にこなす」ことを目指しました。
外交に関してはペアを信頼して任せ、僕は周りの状況に流されすぎずに内政担当として自分のグループの中で丁寧に大使とコミュニケーションを取り、信頼関係を構築して落ち着いてグループをまとめ上げていくという意識で動いていました。(外園くん)
基本的に僕は外交を担当していたため、自分以外のグループと交渉することが多かったです。その中で大変だったのは、他のグループの大使に自分の話を聞いてもらうこと。本来は廃止国グループにいるはずの国が中立国と同じグループにいるような場合には、自分たちのグループに来てもらい、説明を聞いてもらうことが、グループの拡大という意味では非常に重要です。しかし、元のグループである程度の時間を過ごしてしまった大使に自分のグループに来てもらうことは容易ではありませんでした。そこで、まずは二人いる大使の片方に自分たちのグループに来てもらい、その後もう一人の大使にも来てもらう、という戦法を取りました。
(石川くん)
■皆さん自身は、「死刑モラトリアム」についてどのような考えを持っていますか。また、それは今回の担当国の立場とどのような点が同じ(あるいは違う)でしたか。
死刑問題は長年議論されていながら解決が見えていない問題であり、廃止論・存置論それぞれに正当な根拠があって本当に難しい問題だと思います。会議ではアイルランド大使として「死刑は国家による生命権の剥奪であって、人権の観点から認められることではない」ということを一貫して主張していましたが、僕個人の意見としては、死刑を存置する日本で生まれ育ったこともあり、死刑は必要悪なのかなと感じています。ですが、死刑廃止に向けたステップとしての死刑モラトリアム、つまり、死刑の執行を一定期間停止する、というのは、法制度として死刑を廃止するわけでもないですし、存置国が死刑廃止の方向に歩み寄るためにとても有効なのではないかと思います。(外園くん)
個人的には、私は死刑を容認する立場をとっています。ハンムラビ法典に記された「目には目を、歯には歯を」という言葉が示すように、死刑が持つ意味として最も重要なのが「応報」という概念です。人を殺すという大罪を犯した者に適応される罰は、彼の罪に釣り合うものではなくてはならない。そのために死刑が適用させることは間違っていないと考えています。さらに、もし私の家族や親友が誰かに殺されたとしたら、殺人犯には死刑を望むと思います。被害者感情という側面からしても、死刑は認められるべきだと考えています。
その中で、全日ではアイルランドという死刑廃止国を担当することになりました。死刑に対する自分の考え方とは全く異なるスタンスを取る国では、私が重要だと考えている「応報」という概念も死者を一人増やすという愚かな行為だととらえます。また、被害者感情に対しても、終身刑を適用して生涯罪を償わせる方がより被害者感情に訴えられるとアイルランドでは考えられています。このような違いに最初は戸惑いましたが、徐々に「アイルランド大使」としての行動を取れるようになりました。(石川くん)
■2日間の感想をお願いします!
今回の全日本大会は、想像していたよりもさらにタフで大変な会議でした。全く上手くいかなかった1日目には本当に落ち込みましたし、その分立て直しができた2日目には達成感も一入でした。「死刑モラトリアム」という難しい議題に正面から向き合い、大変な状況の中でも自国のするべきことを見失わずに様々な立場の大使と落ち着いて交渉をしていくのは大変なプロセスでしたが、その分、長かった会議準備の期間も含めて、何か「模擬国連のスキル」を越えた多くのものを学べた機会だった気がします。この記事を読んで、少しでも模擬国連に興味を持ってくださる人がいたら嬉しいです。(外園くん)
会議中にはいくつか失敗したことはあったものの、アイルランド大使として準備してきた、議題理解とスタンスに裏付けられた行動を貫いたことが賞をいただいた理由だと思います。会議中は考えられませんでしたが、終わってみれば非常に楽しく、かつ実りのある経験になりました。今回の会議に関わったすべての皆さん、ありがとうございました!(石川くん)