存置国と廃止国の架け橋となり、安易な妥協にならない議論を引き出した
(2019年11月取材)
■担当国を希望した理由をお教えください。特に、今回の議題の「死刑モラトリアム」については、担当国のどのような点に注目されましたか。
チリは、その他の死刑廃止国と異なり、一部の事例においては死刑を残しながらも死刑廃止を目指すというまれな立場を取っています。そのような状況を利用することで、立ち回り方によっては、死刑存置国と廃止国の架け橋となれるような存在だと考えたため、チリを希望しました。
■準備の段階で苦労したことや、工夫したことがあれば教えてください。
過去に参加経験のある模擬国連の練習会議とは違い、ポジションペーパーやネゴシエーションペーパーといった、他国の大使が考えているその国のスタンスや議題に関する政策が会議前に示されなかったため、会議の流れを予想し自らの会議行動を立案する上で非常に苦労しました。しかしながら、過去の国連決議やそのアメンドメントに対する投票状況や地域人権関連条約への締結状況、そして、死刑執行状況などの統計から各国のスタンスを一覧にまとめ、それをホワイトボードに図示することで、ある程度予想される流れを把握することができました。(双川くん)
チリ政府が死刑に対して持っているスタンスや政策を、どのようにして模擬国連という場に対して落とし込んでいくか、つまり他国と交渉する際の妥協点はどの範囲であるのかということや、政策をベースにした決議案文書はどのような文言となるのかを考えていく作業は難しいと感じました。
その一方で、過去の国連成果文書などを調べ、自国が賛成した文書に含まれている内容を念頭に置いて、自分たちの決議案文書を作成していきました。私の役割の中ではこの決議案文書の準備が会議当日の行動に大きくかかわってくることになるので、最も重視した内容でした。(持田くん)
■大会当日は、どのようなことに気をつけながら会議に臨みましたか。特に、立場が異なる国と交渉する際に気をつけたことを教えてください。
今回の会議では、私は外交を担当する予定であり、本議題において中間の立場に位置するチリが死刑廃止国と死刑存置国の両極端の国の間の繋ぐ役割を果たしたいと考えました。そこで、コンセンサスに向けて双方に働きかけをすることを強く意識しました。また、立場が異なる国と交渉する際には、共通項を見つけお互いの落とし所を探していく中で、相手の意見を聞くことを強く意識しました。(双川くん)
ある意味当たり前のことですが、自分たちの事前準備が十分に生かせるように会議で行動することに気をつけました。グループ内外ともに他国の意見を尊重しつつ、自分たちの譲れない意見などを積極的に発信することで、安易な妥協による意見づくりに終始しないようにしました。
同じグループに所属しているといっても、完全にスタンスや政策が一致する国はないので、交渉や政策の調整を行う際には、できるだけ細部まで詰めて話し合い、齟齬をなくすことを意識しました。(持田くん)
■会議を進める上で一番大変だったことを教えてください。それをどのような工夫や努力で乗り越えましたか。
会議冒頭から、死刑廃止国と死刑存置国で「生命権」についての明らかな認識の違いが生じてしまいました。その中で、中間的な立場に位置するグループとして妥協案を提案することで乗り越えることを試みましたが、片方のグループとしか合意に至らなかったため、乗り越えたと言えるかは微妙ではあります。(双川くん)
やはり一番厳しかったのは、時間の不足です。会議序盤のアンモデレーテッド・コーカスでは、時間配分のことをあまり意識できずに議論してしまったため、会議終盤にかけて決議案作成のための時間や他グループとの交渉に割ける時間が少なくなってしまいました。結果として、ペアを常にほかのグループ内で交渉してもらうようにしましたが、やはり自グループの意見を共有するのと、他グループの意見を共有することに多少時間がかかってしまいました。
ある程度このことは予測できたからこそ、もう少し時間配分に関して何かしらの準備を行っておけばよかったと思いました。ただ、会議当日時間が足りない部分はありましたが、これが決議案提出失敗の言い訳とはならないので、提出時間前にはグループの中で決議案作成班と、細かい内容問題がないかチェックするグループの2手に分かれて動きました。ペアがあらかじめ他のグループ内で交渉を行っていてくれたおかげで、内容の合意はスムーズにいったので、自分として決議案の作成に集中することができました。(持田くん)
■皆さん自身は、「死刑モラトリアム」についてどのような考えを持っていますか。また、それは今回の担当国の立場とどのような点が同じ(あるいは違う)でしたか。
私は、「死刑モラトリアム」について検討に値すると考えます。死刑に関する議論があまり盛んでない中で、モラトリアムなどの措置を講ずることで、議論が交わされるきっかけになれば良いと考えていますが、死刑は存置するべきだと考えています。しかし、チリは通常犯罪については死刑を廃止しているので、これは私個人とは認識が異なります。自分の意見を抑えて会議行動をすることを意識しました。(双川くん)
今回この議題を会議で扱う前に、あまり死刑について考える機会はありませんでしたので、会議の準備をするにあたり、自分の意見との乖離はあまり意識していませんでした。ただ、今回の会議ではアウトオブアジェンダであったような被害者感情などに鑑みると、日本の司法制度にはまだ死刑が必要なのでは、と思っています。また、信頼できるデータとして政府の世論調査があり、これにおいて市民の多くが死刑を必要と答えている以上、政府はこの考え方に沿った政策をとるべきなのではないかと思います。
チリの政策として、世論などに配慮した段階的なモラトリアムを掲げていたことから、私のような考え方を持っている国とも比較的議論がしやすかったのではないかと思います。そのような意味では、確かに自分の意見と担当国の政策が違ったとはいえ、逆に死刑存置派との交渉を自分の中でシミュレーションできて良かったです。(持田くん)
■最後に2日間の感想をお願いします。
模擬国連を始めてからの一つの目標であった国際大会に出場という夢が叶い、大変嬉しく思います。ただ、決して満足のいった2日間ではなく、会議行動を改めて振り返ると非常に悔やまれます。この2日間での反省を国際大会に活かし、全力を尽くします。(双川くん)
初日の終わりにかなり厳しい状況に置かれていると思ったため、2日目に自分たちなりの行動が取れるか心配でした。ですが、1日目の夜にあきらめずに準備したことで、2日目の終わりには決議案の提出国となり、また優秀賞を受賞することができました。今まで準備してきたことの集大成となった会議であり、約1か月たった今でも充実感が押し寄せてきます。会議内容のすべてが思惑通りというわけではありませんでしたが、自分たちらしさを前面に出し、ペアの長所をお互いにしっかりと活用できたと思います。
模擬国連を始めて4年が経ちました。これまでお世話になってきた先輩方や他校の皆さんにこの賞でひとまず大きな恩返しができたことに大きな喜びを感じています。ただ、自分の模擬国連との旅はこれで終わりではなく、まだ世界大会が待っています。このまたとない機会を存分に生かし、人生の大きな糧としたいと思います。(持田くん)