2019さが総文

スペースシャトル内での実用化を目指して~『宇宙ピペット』開発の挑戦

【物理】兵庫県立加古川東高校 自然科学部物理班

(2019年7月取材)

 左から 横林美祝さん、中本那央くん(3年)
左から 横林美祝さん、中本那央くん(3年)

■部員数 18人(うち1年生8人・2年生4人・3年生6人)

■答えてくれた人 横林美祝さん(3年)

 

『宇宙ピペット』実用化へ向けた有用性検証

私たちは、宇宙や国際宇宙ステーションのような微小重力空間(いわゆる無重力空間のことです)でも使える「宇宙ピペット」の研究開発をしてきました。地上で使用する普通のピペットは、実は宇宙では使えないのです。私たちは昨年度までに先輩方と「宇宙ピペット」を考案しましたが、それが本当に微小重力空間で使うことができるのかを検証したいというのが、今回の主な発表内容です。

 

宇宙で雑巾をしぼると…? 「濡れ性」の不思議

濡れ雑巾をしぼると、水がしたたり落ちますよね。ところが、無重力の世界で雑巾を絞ると、面白い結果が得られます。水は落ちることなく、雑巾の周りにまとわりついています。

 

このことからもわかるように、水には物にくっつく性質があります。

 

この性質を「濡れ性」と呼びます。

 

普通の雑巾絞りの際には、重力によって水が雑巾から引きはがされてしまいます。しかし、無重力の条件下では、濡れ性の力がはっきりと見えるようになったのです。

 


さて、手のひらや植物の葉っぱの表面に水滴が落ちたとき、表面の上で水滴は様々な形をとります。

 

今度はこの「水滴の形」に注目してみましょう。

 

図のように、液体が付着した固体の表面と液体面がなす角を「接触角」と呼びます。

 


濡れ性の大きい固体の表面に液体がつくと、表面で液体が広がるため接触角が90度より小さくなります。

 

一方、濡れ性の小さい固体の表面に液体がつくと、液体ははじかれ、接触角は90度よりも大きくなります。

 


例えば手のひらの表面は濡れ性が大きく、水は平べったい形になります。一方、濡れ性の小さいハスの葉の表面では水が玉のような形になります。

 

皆さんも、身の回りの様々なモノの濡れ性を目で確かめてみてください。

 


 

濡れ性を利用して「宇宙ピペット」開発に挑戦! 

さて、無重力空間に話を戻しましょう。

 

水がいろいろなモノにつく世界では、不便なこともあるはずです。例えば、理科の実験で一定量の液体をはかり取るためによく使う「駒込ピペット」を宇宙空間で使うことはできるでしょうか。

 

 

駒込ピペットはガラスでできていますが、実はガラスは濡れ性の大きい素材なので、そのままでは管の外側や内側に水がくっついてしまい、うまく水を出し入れできないのではないかと考えました。

 


私たちの研究の目的は、宇宙空間でも使える駒込ピペット、すなわち「宇宙ピペット」を作ることです。すばやく水をはかり取ることのできる駒込ピペットが無重力空間の中でも使えたとしたら、スペースシャトルや国際宇宙ステーションで行われる様々な宇宙実験に役立つでしょう。

 

これまでの研究で、私たちが注目したのは駒込ピペットの内部の水面の形状でした。

 

前述の通り「壁の濡れ性が大きければ接触角が90度より小さく、濡れ性が小さければ接触角は90度より大きく」なります。

 

この事は駒込ピペットの中でも成り立っており、管の濡れ性が大きいとき水面は下向きに凹み、管の濡れ性が小さいとき水面は上向きに膨らんでいます。

 


管を自由落下させ無重力の環境を作る実験を行った結果、重力が働いていないにも関わらず、管の中で水が動いていることがわかりました。

 

これは、水が動く方向は、水面が下にへこんでいるときには上向き、水面が上に膨らんでいるときには下向きです。このことは、水面の方向に沿って水を引き寄せる力(黄色い矢印)が働いたためだと考えられます。

 

 

つまり、管の壁の濡れ性が大きければ水は管の中を上昇し、濡れ性が小さければ水は管の中を下降するのです。

 

そこで、私たちは、濡れ性の大きい管と濡れ性の小さい管を組み合わせれば、一定量の水をはかり取れるのではないかと考えました。

 

図のように、管の水に近い側を濡れ性の大きい素材で作れば、水はだんだん上昇しますが、管の上部を濡れ性の小さい素材にすれば、水はもう上昇できません。こうして、水がはかり取れるのです。

 


私たちが考えた「宇宙ピペット」の構造を図に表しました。

 

水は、濡れ性の大きい素材でできた管の中を定量線の位置まで上昇します。ピペット上部の穴をふさぎながら濡れ性の小さい管を押し込み、ゴム球をつぶせば中の水は押し出せると考えました。

 

 

本当に宇宙空間で「宇宙ピペット」は使えるのか?

今回実験を通して検証したのは、この「宇宙ピペット」を用いて実際に無重力空間で水を必要なだけはかり取り、とり出すことができるかどうかです。

 

とはいえ、私たち高校生が実際に宇宙空間に行って実験することは難しいので、実験方法を工夫する方法があります。

 


過去の研究では、ロケット模型を実際に落下させることでロケット内に無重力空間を作るという方法を取りました。

 

しかし、ロケットが落下している時間は一瞬なので、宇宙ピペットで水を出し入れするといった操作を行うことができません。

 


そこで、今回は宇宙ピペットを横向きに倒して実験するという方法を考えつきました。

 

ピペットの管を水槽に横向きに差し込み、管をふさいだまま、水槽に水を入れます。水の高さを管に水が入るぎりぎりの高さにし、管もできるだけ細くすることで余計な水圧の影響を減らし、無重力空間の中で管に水が入っていくのに近い状態を作り出しました。

 


まず予備実験として、濡れ性の大きい管を水槽に横向きに差し込み、管内で水が上昇するかどうかを確かめました。結果はグラフの通りです。確かに水は管内を上昇しました。このことから、管を横向きに倒すという方法でも十分な正確さで無重力を再現できると言えます。

 

次に、いよいよ「無重力空間で宇宙ピペットを使い、水を出し入れできるか」を調べました。

 

私たちは、自作した宇宙ピペットの「定量線(濡れ性の大きい管と濡れ性の小さい管の境目)」の位置を様々に変化させ、水槽から管に流れ込む水が定量線できちんと止まるかどうかを実験で確かめました。

 


 

結果はグラフの通りです。

 

定量線の左端からの距離を1cmから6cmまで1cmずつ変化させたところ、いずれの場合でも水はそれぞれの定量線の位置まで吸い込まれ、水の上昇はその位置で止まりました。つまり、定量線の位置を変えることで必要なだけの水を宇宙空間で取り出せるということです。

 

次に、管に吸い込んだ水を取り出せるかどうかを確かめます。宇宙ピペットでは、濡れ性の大きい管の中に濡れ性の小さい管を差し込むことで、中の水が出ていきます。

 

それでも管の中に残った少量の水は、最後にゴム球をつぶすことで押し出します。

 



私たちは実際にこの方法で横向きに倒した宇宙ピペットに入った水をすべてとり出すことに成功しました。

 

つまり、宇宙ピペットを用いることで、無重力空間でも水を必要な分量だけ取り出すことができるということが実証されたということです。

 


今回、濡れ性の小さい管を作製する方法も改善することができました。今まではガラス管の内側に水をはじく撥水スプレーを吹きかけることで濡れ性の小さい管を作っていましたが、この方法ではピペットに入れた液体によってスプレーが徐々に落ちてしまっていました。そこで私たちは、水をはじく性質のあるひだ状のシートを管の内壁に張り付けることで、劣化しない管を作ることに成功しました。

 


今回の研究では、私たちが考案した「宇宙ピペット」が実際に無重力空間で使用可能であることを検証し、実用化に向けた一歩を踏み出しました。

 


今後は宇宙ピペット作製のコストを削減する方法などを検討していきたいと思います。

 


■研究を始めた理由・経緯は?

 

私たちは、以前は水滴について研究していました。そのときに、宇宙では「濡れ性」という性質のせいで一般的なピペットが、使えないということを知りました。

 

濡れ性とは、固体表面に対する液体の付着しやすさのことで、宇宙では重力がほとんどないため、この濡れ性の影響が大きくなります。そのために、地上では使えるピペットが宇宙のような微小重力空間では使えなくなってしまうのです。

 

私たちは、この濡れ性という性質を逆に利用することで、微小重力空間で水をコントロールすることができる「宇宙ピペット」を作れるのではないかと考え、本研究が始まりました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

2015年頃から開始して、基本的には1日2~3時間、週に16時間くらいです。忙しい時期には、平日に3~4時間、土曜日には一日中実験ということもありました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

機材の不具合のせいで実験データが取れなかったり、データ数が足りず時間に追われたりというのがいつも大変でした。結果が理論どおりにならないときの原因究明に何時間も頭を悩ませたり…。逆に、「宇宙ピペット」の有用性検証の後は、これから何を進めていくべきかに皆で悩みました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

私たちの研究では、微小重力状態を地上で作り出す実験を自分たちで考案し、装置を自作して校内でおこなっているので、その工夫に注目していただきたいです。また「宇宙ピペット」のデザインは、濡れ性以外の部分でも細部までこだわって設計しているので、そこも見ていただけると嬉しいです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

「表面張力の物理学―しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界 (物理学叢書)」ドゥジェンヌ, ブロシャール‐ヴィアール, ケレ共著 ; 奥村剛訳(吉岡書店)

などを参考にしています。

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

「宇宙ピペット」の研究については、私たち3年生の代で一旦区切りをつけるつもりです。後輩は、濡れ性に関連した表面張力に注目し、水面に浮かぶ一円玉の挙動について研究しています。3年生は残念ながら引退ですが、個人的には宇宙での水回りの問題解決に、ピペット以外にも濡れ性を応用する研究が出来ればなあと思います。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

基本的には研究ばかりしていますが、自然科学部物理班は、自然科学部地学班と合同で同じ部屋で活動をしているので、互いの研究を発表し合って、意見を出し合ったりし、日々切磋琢磨しています。夏には天体観測の合宿や、地域の小中学生など外部の方に向けた移動実験教室など、研究以外のイベントもたくさんおこなっています。

 

■総文祭に参加して

 

今回、全国総文に出場させていただき、どの学校も研究のレベルが高い中で、研究発表ができたことは本当に良い経験となり、また高校での部活動生活の素晴らしい締めくくりとなりました。研究において辛く、大変なことはたくさんありましたが、挫けることなく今まで取り組んで来られたのは、顧問の先生方や、部活の仲間、家族、その他非常に多くの人々の支えがあったからこそだと感じています。それらの支えに対し、そして今回全国総文に出場させて頂けたことに対し心から感謝しています。部活引退後、高校卒業後も、いつでも知的好奇心を忘れずに持ち続けようと思います。

 

⇒他の高校の研究もみてみよう

 2019さが総文の全体レポートのページへ

 

河合塾
キミのミライ発見
わくわくキャッチ!