2019さが総文

カンナ加工にひそむ先人の知恵を力学の目で解明!

【物理】大分県立大分上野丘高校 物理部

(2019年7月取材)

左から 井上美波さん(2年)、米本優太くん(2年)
左から 井上美波さん(2年)、米本優太くん(2年)

■部員数 37人(うち1年生13人・2年生16人・3年生8人)

 

モデルから探る木材摩耗と摩擦の関係

私たち物理部では、摩擦と表面の凹凸の関係を2016年から継続して研究しています。これまでの研究から、表面の凹凸のかみ合わせが、木材摩擦の原因の一つであることがわかりました。今年度は木材の摩耗をモデル化し、論理的に考察することを目指して研究を行いました。

 


 

摩耗を考慮した静止摩擦係数測定実験

 

表面摩耗による影響を調べるために、静止摩擦係数を測定する実験を50回繰り返して行いました。以前の実験では、手でばねばかりを引いて実験を行っていましたが、今回は下図のような装置を作りました。

 

 

容器に水を入れると、糸でつながったばねばかりと、おもりが乗った木材が引っ張られます。1.0kgのおもりを乗せた木材が動いたときのばねばかりの値を読み取って、静止摩擦係数を測定します。

 

 

実験結果が下図です。実験回数を重ねると、最初は大きかった静止摩擦係数が急激に減少し、その後安定しています。これは木材同士がこすれて表面が摩耗することが原因ではないかと考えました。

 

 

表面摩擦の測定

 

このように静止摩擦係数が急激に変化する原因を、木材の表面状態から考察しました。この表面の状態の観察には、大分県産業科学技術センターの「表面性状測定器」という装置を使わせていただきました。今回木材の粗さを比較するための指標としてRa (中心線平均粗さ)を採用しました。

 

 

Raとは粗さ曲線からその平均線の方向にある長さℓだけを抜き取り、この抜き取り部分の平均線の方向にx軸を、縦にy軸を、粗さ曲線をy=f(x)であらわしたときに、Ra=1/ℓ∫(0~ℓ)[f(x)]dxによって求められる値を㎛であらわしたものです。

 

つまり、この値が大きくなるほど、凸部分が大きいということを示しています。

 

実験は図のように板を重ねて下の板を固定し、上の板を引っ張る形で行いました。

 

 

実験後の上下の摩耗の違いを調べると、下の板のみが摩耗することがわかりました。

 

 

表面が摩耗して下底よりも上底のほうが短くなっている凸を台形と定義し、10回毎の表面状態で台形の数を比較することで、摩耗の進み具合を確認できるのではと考えました。こちらが結果のグラフです。実験を進めるにつれて円形の上部が削れ、台形の凸の数が増えていることがわかります。このことから、木材の表面で段階的に摩耗が進んでいると確認できます。

 

 

下の木のみ摩耗が起こる原因として、下の木は固定されているため、加えられた力を逃がすことができないからだと考えました。一方、上の木が摩耗していないのは加えられた力が分散されているからだと考え、上方向に力を分散することのできる「乗り越えモデル」を作成しました。

 


 

表面の凹凸のモデル化

 

下の木材が摩耗すると静止摩擦係数にどのように影響するかを調べるために、表面のモデル化を行い、測定したF(最大摩擦力の大きさ)からμ(静止摩擦係数)を求めました。

 


段階的な摩耗を再現するために、下側の板の凸部(モデル)を0.5mmずつ削り、各段階で50回ずつ静止摩擦係数を計測しました。

 


 

実験結果です。縦軸が実験50回の静止摩擦係数の平均値、横軸が下のモデルの削り幅です。3.5mmの削り幅のとき、静止摩擦係数が急にはね上がっていることがわかります。

 

私たちはこのことに注目して考察を進めました。

 

表面摩耗による影響

モデルの削り幅と接し方の変化を見ると、削り幅が3.5mmを境界として接し方が変化します。これが静止摩擦係数に影響すると考えました。

 


 

これは先ほどのグラフにおいて、5回ごとの平均を取ったグラフです。赤い縦線は標準偏差、値のばらつき具合を表しています。実験中盤で、他の箇所に比べ大きくばらつきが起こっていることがわかります。この現象は、先ほどの、ある程度モデルを削ったとき、静止摩擦係数が跳ね上がったことを用いて説明ができます。

 

 

接点についての理論的計算

図はモデルにはたらく力を矢印で示したものです。

 


 

モデル同士の接触のしかたと、F値の関係を調べるために前回のモデルと同様の実験を行いました。垂直抗力Nは、電子計量器に上のモデルを乗せて測定しました。

 

モデル全体に加わる力はこの図のようにあらわされます。

 


力のつり合いとモーメントのつり合いから、この図のように立式できます。

 


 

この式からモデル実験での各段階のθの値を、前の実験で得られたFなどの値を代入して計算した結果が下図です。乗り越えモデルを使用したため、モデル同士の接し方に影響しない3.5mm削りまでθも値が変化します。また、3.5mmではθの値が小さくなります。

 

 

モデル実験と木材実験を比べてみると

 

Fの値の増加に伴ってθの値が減少することから、静止摩擦係数の変化には、接点における力の働く角度が関わっていると考えました。

 

 

よって、静止摩擦係数のはね上がりの原因は、3.5mm削りにおいてモデルの接し方が変化することであるとわかりました。

 

 

モデル実験と木材実験のグラフを比較しました。

 

 

どちらも前半は下部の凸が削れ、凸を乗り越えやすくなるので静止摩擦係数は次第に減少します。

 


 

中盤でモデル実験では静止摩擦係数が増加し、木材実験では標準偏差が増加します。これらは、ともにモデル3.5mm削りでの接し方の変化に起因します。

 


 

実験終盤、凸部分が削れてかみ合わなくなると、静止摩擦係数の値はともに最少となり、安定します。

 


これらのことから、木材で見られる静止摩擦係数の変化をモデルの実験で再現でき、簡易的なモデルの作成に成功したといえます。また、摩耗による静止摩擦係数の変化には、表面の接し方が影響していることがわかりました。

 

 


 

カンナ加工には力学的な意味があった!

この静止摩擦係数の変化は、木材加工にどのような意味を持つのでしょうか。その一つが木材建築でほどこされるカンナ加工です。スライドは、カンナ加工した木材と、静止摩擦係数測定実験前と実験後の木材の表面を比較したものです。この図から、木材は実験が進むにつれて、表面状態がカンナ加工したものと似てくることがわかります。

 


木材建築等において、カンナ加工をほどこさなければ、時間経過によって木材の静止摩擦係数が変化して、作ったものの精度が低下しますが、あらかじめカンナ加工で表面を摩耗した時と同じ状態にしておけば、その変化を抑えることができます。

 

つまり、木材加工でのカンナ加工は、精度を向上させる役割を担っていることがわかります。本研究は、伝統的な技術の意義を証明することができました。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

今回の研究は、先輩方から受け継いだ継続研究ですが、今までしてきた研究がどうすればわかりやすく伝わるかを考え、研究の構成などを試行錯誤した結果、今回の発表のテーマになりました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

週に3日程度で、1日に2~3時間行いました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

実験個体の差によってそれぞれの結果が変わったり、非常に多い数値をとらなければならなかったのが大変でした。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

今回の研究は木材の摩擦についてだったのですが、あまり見ることのないような形のグラフを見せることがあったので、なるべく長い時間そのグラフを見てもらうようなプレゼンを組みました。モデルは非常に精密で、いわゆる「職人」と呼ばれる生徒がそれらのモデルを作っています。他の高校生には作れないモデルをぜひ見てください!

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

「岩波講座 物理の世界 摩擦の物理」松川宏(岩波書店(2012))

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今、違うテーマの研究をしています。「共振」という現象を用いて、地震が起こったときにどの場所のゆれが大きくなるのかということを解明していきたいです。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

ふだんは各グループに分かれて研究を行っています。部活はどちらというとゆるい方なので、みんなで世間話をすることもありますが、研究が面白くなってきたときや大会前はみんな真剣に研究に取り組んでいます。研究以外には、O-laboという小・中学生に科学について教える体験会に参加したりしています。

 

■総文祭に参加して

 

研究自体のレベルが非常に高く、質疑応答も活発に行われていたので、まだまだ自分は力不足だと感じました。質疑にすらすら答えていく人の姿をみると、もっと研究について知らないといけないと思いました。他高校の生徒との交流も楽しかったです。来年はさらにパワーアップして臨めるようにがんばります!

 

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