2019さが総文
(2019年7月取材)
体育館の「キュキュッ」音、なんとかならない?!
みなさんは体育館でバスケなどをしている時に靴から「キュッキュッ」という高い音が鳴っているのを経験したことはありませんか?この音は、靴が高速に振動することによって生じる音で「スキールノイズ」と呼ばれています。
スキールノイズには2000Hzから12000Hzまで、様々な高さの音が混ざっており、特に4000Hz前後の音は人の耳には不快に聞こえるとされています。
今回、私たちは体育館シューズと床が擦れあう速度や靴底の形状などの条件を変えながらスキールノイズを発生させ、音の大きさや高さがどのように変化するか調べました。もし、スキールノイズの発生しにくい靴底の形がわかれば、私たちの耳に優しい体育館シューズが作れるかもしれません。
振り子でスキールノイズを再現
私たちは、まず木の棒の先端に体育館シューズを固定して振り子を作り、振り子を持ち上げてから放すことで体育館シューズが台(体育館の床の代わり)と擦れあうようにしました。このときに発生するスキールノイズをICレコーダーで録音し、スキールノイズに含まれている音の高さや大きさを専用のソフトで解析しました。
試しに振り子を持ち上げる角度を75度に設定して実験を何度も繰り返したところ、スキールノイズの中に含まれている音波のうち、特に4000Hz,8000Hz,12000Hzの音波の強度が大きいことがわかりました。
また、同じ体育館シューズを同じ高さから放す限りは、何回実験を繰り返してもだいたい同じようなスキールノイズが得られるということもわかりました。
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今度は、振り子を放す角度を45度・60度・75度と変えながら実験してみました。放す高さが高いほど、体育館シューズは勢いよく床と擦れるので、その分スキールノイズは強く、かつ高い音になるのではないかと予想しつつ音波を分析しました。
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ところが意外にも、振り子を振り下ろす高さとスキールノイズの大きさ・高さには、相関関係が見られませんでした。ただし、振り子を放す角度が45度の場合には、スキールノイズは発生しませんでした。これは、体育館シューズがある程度の速さで床と擦れあわない限りスキールノイズは発生しないものの、それ以上速度を速くしてもスキールノイズはあまり変化しないということです。
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次に、靴底のゴムの形状とスキールノイズの関係を調べることにしました。
下図のような7種類の形状のゴムを作製し、靴底に取り付けてスキールノイズを発生させました。
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから(聞きもらさないように!)
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから
スキールノイズを聞く場合は以下のYouTubeから
なお、ゴム7ではスキールノイズは発生しませんでした。音を比較してみると、ゴムの溝が広いゴム3では特に低い音が発生していることがわかりました。
なぜ靴底の形でスキールノイズは変わる? 「共鳴」に注目
なぜ、靴底の形状によってスキールノイズに含まれる音の高さが異なるのでしょうか。私たちが最初に着目したのは、靴底のゴムの溝の中の空気です。
ある長さのパイプを置き、片方の穴に息を吹きかけると音が鳴ることがあります。これは「共鳴」という現象で、パイプの中の空気を伝わる音波と、パイプの端から反射してきた音波がうまく強め合うことで起きます。ただし、このようにしてパイプ内で強め合う音の高さはパイプの長さによって決まっています。
私たちは、靴底の溝が、このパイプにあたるのではないかと考えました。つまり、パイプの共鳴現象と同じように体育館シューズの底の溝の中で空気が共鳴することで、特定の高さの音が強く鳴ったのではないかと考えたのです。
この考え方では、強められる音の高さ(振動数)は溝の「長さ」によってのみ決まります。そこで、溝の「長さ」は等しいけれども溝の「太さ」が異なるゴム2・ゴム3の結果を比較してみました。すると、ゴム2では3906Hz、ゴム3では2078Hzと、倍近く異なりました。ちなみに、高校で習う公式を使って共鳴する音の振動数を計算してみると、ゴム2・ゴム3はともに4950Hzの共鳴音が発生しなければなりません。
以上より、ゴムの溝での空気の共鳴がスキールノイズの音の高さを決めるという理論では、実験結果をうまく説明できないことがわかりました。
溝の長さだけではなく幅によって音の高さが変わるような共鳴の仕組みはないかと考えた結果、次に候補に挙がったのが「ヘルムホルツ共鳴」です。これは細い首のついた瓶の口に息を吹きかけたときに音が鳴るときの共鳴で、瓶の中の空気全体がばねのように伸び縮みすることで起きます。
ヘルムホルツ共鳴で発生する音の振動数は瓶の体積や瓶の口の断面積によって決まりますが、
「瓶の口の断面積」→「ゴムの溝の断面積」
「瓶の体積」→「ゴムの溝の断面積」×「溝の長さ」
のように置き換えて考えることができます。
こうしてヘルムホルツ共鳴の音の振動数を求める公式を使って計算すると、ゴム2で4738Hz、ゴム3で3504Hzとなりました。
実験結果と比較してみると、ゴム2の方が高い音が発生するというところは一致するものの、まだ1500Hz以上も振動数の値がずれています。
今後の展望 鍵は「空気」ではなく「ゴム」?
今回の実験では、シューズの靴底のゴムの溝が広いほどスキールノイズの音が低くなることがわかりました。このことを応用すれば、人間の耳に不快に聞こえる4000Hzの音を発しないようなシューズが作れるかもしれません。
一方で、スキールノイズに含まれる音のうち特定の高さの音が強く鳴る仕組みの解明には課題が残りました。今回、靴底の溝の中の空気が共鳴することで特定の音が増幅されるという仮説を立てたものの、計算される音の振動数と実験結果にはまだ大きなずれがあります。
スキールノイズの音の高さを決める要因として今注目しているのは、靴底のゴムの中を伝わる音波です。スキールノイズが発生しているときのゴムの様子をハイスピードカメラで撮影し、ゴムの振動とスキールノイズの関係を調べる実験を計画しています。
■研究を始めた理由・経緯は?
私たちが研究のグループを組んだ当初、音についての研究をしようと考えていたのですが、なかなか具体的なテーマが決まりませんでした。そんなとき、顧問の先生の一人が「あの体育館から鳴るキュッという音はどうやって鳴っているんだ?」という助言をいただき、確かに何でだろうと気になり、この研究を始めました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
去年(2018年)の5月あたりから始めて、約1年と2か月かかりました。
■今回の研究で苦労したことは?
実験時にスキールノイズを何度も再現させることに苦労しました。少し装置の条件が変わるだけで音が鳴らなかったりするので、非常に調整に手間取りました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
自作のスキールノイズ発生装置です。この研究をするために、自分たちでゼロから製作しました。振り子の要領で靴を動かして音を発生させます。この装置は気まぐれな子で、日によって音を出したり、出さなかったりするので手を焼きました!
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「楽器の物理学」 N.Hフレッチャー/T.D.ロッシング(シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社)
・「音楽工学」H.F.オルソン(誠文堂新光館)
・「タイヤのスキールノイズに関する研究」酒井秀男(「日本ゴム協会誌」67巻2号)
・「冬タイヤ音響同定システムの開発」鎌倉友男、矢嵜徹也、上田浩次(「fundamental Reviews」)
・「タイヤ/路面騒音の発生メカニズムと路面による発生騒音の変化」押野康夫(「日本ゴム協会誌」73号2号)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今後、継続していく予定は今のところありません。私たちの部では、基本的に2年生からグループを作って研究を始めるので、現1年生に引き継いでもらいたいなと思います。
■ふだんの活動では何をしていますか?
韓国など海外の高校生とお互いの研究についてディスカッションをし、また、共同実験をするといった交流を行っています。また、実際に活躍している研究者の方を招いての講演会や先端研究実習などで最先端の研究について学んでいます。
■総文祭に参加して
私たちの研究を多くの人に知ってもらい、多くの意見、感想を得られる貴重な経験で、実りあるものになりました。他のグループの発表は、どれも研究内容、プレゼンスキルともにレベルが高く、興味深いものばかりで、大きな刺激になりました。発表以外のイベントでは、干潟の体験、他校、他県の生徒との交流など、ふだんでは決してできないことができて、とても楽しかったです。私たちの研究活動はここで終わりですが、今回の総文祭出場で得た経験を、進学後の大学での研究などで活かしていきたいです。