(2019年7月取材)
■部員数 38人(うち1年生12人・2年生15人・3年生11人)
私たちは、疎水コロイドを用いた金属イオン濃度の簡易測定法の開発を目指して研究を行いました。一般的なペーパークロマトグラフィーは、スポットした試料を別の展開溶媒を用いて閉鎖系の密閉容器内で間接展開します。
一方で私たちは、沸騰水に塩化鉄(FeCl3)溶液を加えて作成した水酸化鉄(III)コロイド溶液に濾紙をつけ、気化の影響を大きく受ける開放系で直接展開させました。するとこのスライドのように、二層に分離する現象を示しました。
そこで、まずはなぜこのような分離が起こり、開放系がどのように関与するかというメカニズムの解明を目指しました。
はじめに、水酸化鉄(III)コロイド溶液の特性を調べました。コロイドの形成は、熱による加水分解反応のため、未反応のFe3+の存在が想定できます。キレート滴定を行った結果、Fe3+が57.5%と多量に含まれていることがわかりました。つまり下層はコロイド層で、Fe3+層が重なり合っているといえます。
二層分離のメカニズムをさぐる
次に、二層分離が起こる要因を調べました。まず、ゼラチン溶液を添加した親水コロイドを作ると、二層分離は起こらず、Fe3+と一体化して展開しました。さらに閉鎖系では、コロイド層は極端に短く、Fe3+層の黄色も見られませんでした。
これは閉鎖系では水の蒸発が少なく、流入する溶液量が減ったためと考えられます。このことから、二層分離は疎水コロイドを開放系で展開させたときに特有の現象であると考えられます。
詳細なメカニズム解明のため、次の展開装置を組みました。
濾紙は下端が底部から5mmの位置になるようにつり下げました。ここで、展開最前線までの距離をL、コロイド層の距離をhcと定義し、二層分離状態の指標として用いました。測定は、iPadのタイムラプス動画撮影機能を用いました。
このように、時間経過に伴ってFe3+とコロイドが濾紙に充填されていくのがわかります。詳しく見ていきます。まず、Fe3+層の上昇が停止します。同時にFe3+充填層が下に成長します。そしてこれがコロイド層とぶつかることで、二層の分離状態が形成されています。
Fe3+層とコロイド層の比hc/Lの最大値は一定値に収束する
このグラフは、Fe3+層とコロイド層の比hc/Lの経時変化です。hc/Lは一定値に収束するように増加しました。
次に、このhc/Lが展開環境の影響をどのように受けるかについて、部員の自宅や実験室など、様々な条件で比較しました。グラフはそれぞれの環境での気温と湿度を示します。いずれも気温や湿度の変化が見て取れます。
下のグラフは、各条件におけるhc/Lの経時変化です。このことから、条件を変えるとそれぞれ異なる経路をたどるものの、hc/Lの最大値は一定値に収束することがわかりました。ここで、収束するhc/Lの最大値を新たに(hc/L)maxと定義します。グラフから、各条件の(hc/L)maxは近い値を取り、展開環境によらず固有値を取ることが経験的にわかりました。
二層の分離比はコロイド粒子数密度とFe3+濃度のバランスによって決まる
この結果を考察します。
まず、気化により最上段の展開が停止します。この時間をt1とします。t1は計算により求めることができます。例えば、時間tで進む部分に充填可能な水の量を8個、単位時間あたりの水の蒸発量を2個とします。進むにつれて気化する水の量が増えていき、4tの時点で全て気化します。
つまり、最上段の水が全て気化する時間は8÷2の4tとなり、ここで展開は停止します。同様にこれらの値をw、eと一般化すると、最上段の停止する時間はw/eと表すことができます。
次に、コロイド層の成長速度をvc、Fe3+層の成長をvw、Fe3+の充填速度をviとします。この3つの成長が気化の影響を受けながら同時進行します。最上段が停止する時間はw/eなので、L=vw・w/eとなります。
これらの値から(hc/L)maxを求める式が以下になります。
このように(hc/L)maxは、速度の比だけで表すことができます。水の蒸発量eが影響を与えないため、理論的にも(hc/L)maxは気化の影響を受けず、固有値を取るといえます。
それでは、この分離比(hc/L)maxを決める要因は何でしょうか。私たちはまず、Fe3+の濃度一定条件下のコロイド粒子数密度に着目しました。次の希釈による調整で、コロイド粒子数密度の比を変化させることができます。
この結果、コロイド粒子密度が高い溶液ほど、hcは大きくなりました。
これは、粒子数が充填量に関与するためだと考えられます。コロイド粒子数が多いほどhcは大きく、つまり(hc/L)maxも大きくなりました。
次に、コロイド粒子数密度を一定に保ち、Fe3+濃度を変化させました。一定量のコロイド溶液にFe3+を添加し、蒸留水で全量をそろえました。未反応のFe3+を含めた、総Fe3+濃度は、次のようになります。
この結果、Fe3+濃度が高いほど、Fe3+充填層も長くなりました。多量のFe3+の影響で、コロイド層の上昇が抑制された形です。Fe3+濃度が高いほど、(hc/L)maxは減少しました。
ここまでの実験から、二層の分離比(hc/L)maxは、コロイド粒子数密度と、Fe3+濃度のバランスによって決まることがわかりました。ゆえに、このグラフを検量線として用いると、(hc/L)maxからFe3+濃度を求めることができます。これを同様に様々な金属イオン濃度の測定に応用できると考えました。
金属イオン濃度の簡易測定法に利用できないか
そこで私たちはこのメカニズムを応用した、金属イオン濃度の簡易測定法の開発に取り組みました。
まず、濃度未知の金属イオン溶液に、Fe3+を含むコロイド溶液をα:βの割合で添加します。このとき混合溶液にはMx+、Fe3+、コロイドが含まれます。その後、(hc/L)maxを測定し、検量線を作成します。
例として、各濃度の硝酸銅溶液を展開し、グラフを作成しました。
これまでと同様、二層に分離し、高濃度ではCu2+の青色が、低濃度ではFe3+の黄色が強く表れました。
またFe3+同様に、Cu2+濃度が高いほど、(hc/L)maxは減少しました。この検量線からCu2+濃度を求めることができます。添加比を変えることで、感度が異なることもわかりました。
他にも様々な金属イオンで調べました。無色の金属イオンでも、Fe3+と混合されることで二層の分離状態がはっきりと確認できます。
このように、同様の傾向を示すものの、異なる金属イオンにおいては異なる検量線が得られました。これは陰イオンの個数、濾紙への吸着力の差などに起因すると考えられます。この検量線から金属イオン濃度の簡易測定が可能になります。
最後に、水酸化鉄(III)コロイドと同様、正電荷の疎水コロイドである2種類の色素溶液を用いても二層分離が見られ、次の検量線が得られました。
添加するコロイドの選択肢の多様性は、粒子間の相互作用の観点において、この測定法の活用範囲を広げる手段になると考えています。
私たちは、疎水コロイドを添加した金属イオン溶液が開放系において二層に分離し、その分離比はコロイド粒子数密度および金属イオン濃度によって、展開環境に依存しない固有値を取ることを明らかにしました。さらに、その固有値から金属イオン濃度を簡易測定できることも示しました。
現在、金属イオン濃度はキレート滴定法などで分析されます。私たちが開発した方法は、二層の距離の比だけであるため簡易でかつ安価であり、さらにキレート滴定の難しい金属イオンにも同一の手法で対応できるメリットを持ち、汎用性の高い手法と言えます。今後、様々な分野で利用される期待が持てると思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
コロイドに関する研究を行う中で、偶然二層に分離する現象を見つけました。そこでそのメカニズムの解明に取り組みました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1週間あたり4時間で8か月です。
■今回の研究で苦労したことは?
約2000個のデータを1つずつ測定したことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
家でも実験を行ったこと。スライドの中に、実際に展開させている様子の動画を入れてわかりやすくしました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
過去の先輩方のコロイドに関する研究です。
・「水酸化鉄(Ⅲ)コロイドの研究」 2016年 大分上野丘高校化学部
■今回の研究は今後も続けていきますか?
コロイドの性質を用いた新たな研究に挑戦したいと思います。
■ふだんの活動では何をしていますか?
実験やその準備、小学生を対象とした科学教室(O-labo)を行っています。
■総文祭に参加して
全国大会に出場するという貴重な経験ができ、とてもよかったです。他の高校のすばらしい研究を見ることができ、他分野にも興味がわきました。佐賀県の魅力に気づくことができた3日間でした。
大分上野丘高校の発表は、化学部門の最優秀賞を受賞しました。