2019さが総文
(2019年7月取材)
■部員数 20人(うち2年生11人・3年生9人)
■答えてくれた人 嬉野佑斗くん(3年)
農業用水路の整備によって産卵場が奪われる
私たちは、2013年からアリアケシマスジトジョウの保全のための研究を行っています。アリアケシスジシマドジョウ(以下:本種)は、スジシマドジョウ小型種九州型として知られていましたが、2012年に新種登録されました。現在は、絶滅危惧IB種(ごく近い将来絶滅の危険性がある)に指定されています。
ドジョウの仲間のライフサイクルには、水田などの「一時的水域」に移動して繁殖を行うという特徴があります。
佐賀県は農業用水路が複雑に整備され、多種多様な淡水魚が生息していますが、近年は河川の圃場(ほじょう)整備が進んでいます。圃場整備とは、従来の自然護岸を埋め立て、新しくコンクリートの水路を作ることです。
私たちは、この圃場整備が本種に何らかの影響を与えるのではないかと考え、本種の個体数調査を行いました。その結果、本種は圃場整備によって水田などの一時的水域への移動が困難になり、産卵ができないため、未成魚の個体数が激減していることが明らかになりました。
生物多様性は大切な資源です。一度絶滅したら、復元は不可能です。そこで現在残っている種の保護のために、この研究を始めました。
そして、飼育による本種の保護のため、人工繁殖や生態の解明に取り組み、本種の産卵行動の様子、産卵の時間帯など、生態の多くを明らかにし、繁殖期内の人工繁殖法を確立しました。
人工産卵場カワモくんの開発
そこで、今年度は、「繁殖期外の人工繁殖」「稚魚の育成」「人工産卵場カワモくんの開発」の3つに取り組みました。
まず、産卵場所の提供についてです。圃場整備後、本種の未成魚が激減した理由として、一時的水域に移動できなくなったことが考えられます。
私たちは、「カワモくん」という一時的水域に見立てた人工産卵場所を圃場整備後の川に設置し、本種に産卵場所を提供しようと考えました。
しかし、一昨年の研究では、3回の観察全てで魚類は確認されませんでした。加えて、台風により固定していたロープが外れて装置が壊れてしまいました。そのため本年度は、かわもくんをより丈夫にするために、固定方法を工夫しました。
こちらが今回のかわもくんです。より丈夫にするために、川底に4本の支柱を立て、それに四隅に穴を開けたかわもくんを通して固定しました。水面の変動に従って、装置が上下に動きます。
大きさは幅0.9m、奥行1.8mです。産卵場には泥が入っており、止水板で作った魚道が付いています。
本実験では、残念ながら本種は確認できませんでした。しかし、本種以外のメダカ(写真左)とタナゴ類(おそらくカゼトゲタナゴ:写真右)を観察することができました。
これは、本種の成体がすでに減少していたからだと考えられます。しかし、本種以外の稚魚を観察できたことで、本年度のかわもくんで魚類の稚魚が生息できる環境を再現できたと期待できます。
繁殖期以外の人工繁殖に挑戦
続いて、人工繁殖です。今回は、繁殖期外の人工繁殖と仔魚の飼育を目標として実験を行いました。
私たちは、繁殖期外の個体を用いて繁殖期の個体と同様の方法で人工繁殖実験を行いましたが、受精卵を得ることはできませんでした。そこで、飼育環境を人為的に制御することで、繁殖期のサイクルをコントロールして人工繁殖を行おうと考えました。
本種は、越冬後産卵します。よって、温度を変化させることで本種が繁殖期に入るのではないかと考えました。
まず、産卵を終えた本種の雄と雌を、温度調節ができるこちらの実験水槽に入れます。外気温の影響を受けないよう、水槽の壁面を断熱材で囲み、冷却装置で温度を調節します。
まず、水温を17℃から1日3℃ずつ8℃まで下げ、水温8℃の環境で5日間飼育します。
次に、水温8℃から1日3℃ずつ17℃まで上昇させ、水温17℃で2週間飼育しました。
結果と考察です。
水温8℃の時と、8日後の水温17℃の時のオスの個体を比べると、水温17℃の時に体色が濃くなっていました。これは、繁殖期の雄のみに見られる婚姻色が現れる兆候だった可能性が考えられます。しかし、繁殖期以外の人工繁殖法の確立はまだできておらず、この点については引き続き研究を進めたいと思っています。
仔魚の餌にはワムシと人工飼料の切り替えが必要
続いて仔魚の飼育についてです。仔魚の飼育は繁殖において絶対に必要であり、最大の難関でもあります。私たちはこの方法の確立を目標に掲げ、研究を行っています。
そのために私たちは、実験水槽「ドジョウ健やか」を独自に開発しました。上が飼育水槽、下が冷却濾過層で、常に水が循環しています。
この実験装置の仕組みです。まず飼育水槽に入った水は、本種が底生であることを考慮して、水面から排水されて冷却濾過層へ行くようになっています。そして、物理濾過・生物濾過を経て、濾過された上澄みがポンプでくみ上げられ、再び飼育水槽に流れ込みます。
洗濯ネットで作った網を水槽に糸で固定し、この中で仔魚を飼育しました。
私たちは、仔魚の飼育の際に3つの餌の条件で生存率を比較しました。
Aが冷凍ワムシ、Bが植物性人工飼料、Cが動物性人工飼料です。
給餌は昼30分、夕方1時間30分行い、余った餌は回収します。1条件につき50匹×3グループ飼育し、反復により正確性を確認しました。
それぞれのグループについて、仔魚の生存率を計算しました。各餌3グループの平均値を取り、値を小数第二位を四捨五入します。
結果は、Aの冷凍ワムシが圧倒的に高い生存率を示しました。昨年度までは、約2週間で全滅してしまっていたので、大きな進歩と言えます。人工飼料で生存率が低かったのは、餌を水に入れた際に餌が膨張して仔魚の口に入らなくなり、餌を食べられなかったためだと考えられます。よって、これらの餌は初期飼料として不適であったと言えます。また、冷凍ワムシの生存率が高かったのは、粒径が非常に小さく、仔魚初期試料として適切であったためと考えられます。
ちなみに、ドジョウの養殖を行っているやすぎどじょう生産組合さんに問い合わせてみたところ、ドジョウの初期飼料としてやはりワムシを使っているそうです。
次に、仔魚の成長度を比較すると、こちらは成長度が大きい順にC人工飼料(動物性)>B人工飼料(植物性)>A冷凍ワムシの順になりました。
これは、人工飼料はワムシに比べて成長に必要な栄養が豊富に含まれているためと考えられます。
これらの実験から、本種の仔魚の人工飼育では、初期飼料としてはワムシを与え、徐々に人工飼料に切り替えることが適切だと考えられます。
自然下・飼育下両方の繁殖成功に向けて
最後に本研究の展望です。
本種を自然下で保護することについては、メダカやタナゴ類が「カワモくん」を一時的水域とみなして産卵・成長の場とする一端が確認されたので、今後は、「カワモくん」を複数設置することで、より多くのデータを取り、産卵場所としての機能を確立させていきたいと考えています。
一方、飼育下での保護については、生態の解明と、繁殖期内の人工繁殖法はすでに達成しているため、仔魚の飼育方法の確立を中心にさらに研究を続けていきます。そして無事成体になったら、完全養殖を目指します。繁殖期外の人工繁殖については、温度調整を工夫して、産卵させるという完全養殖まで到達したいと思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
圃場整備によって河川に生息する生物が受ける影響について調べるためです。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
2013年に研究を開始しました。1日あたりの活動時間は2~3時間で、7年間続けています。
■今回の研究で苦労したことは?
稚魚の飼育水槽を開発、製作することと、決まった時間に給餌を行い、食べ残しをきれいに取り除くことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
ドジョウの稚魚の育成の際、昨年までの失敗(初期飼育の選定ミス、高水温、水質の悪化など)をふまえて工夫をこらし、生存率を飛躍的に向上させることに成功しました。人工産卵場「カワモくん」においては、まだアリアケスジシマドジョウは見つかっていませんが、ドジョウと同じく水田などの一時的水域を産卵・成長の場として利用するメダカを観察することができたことから、カワモくんが一時的水域として有用であると証明できたことの2つが注目してほしい点です。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
1)「 日本産シマドジョウ属魚類の標準和名の提唱」中島淳ら(魚類学雑誌59(1)2012)
3)「一時的水域で繁殖する魚類の移動・分散範囲に関する研究」西田一也ら(脳儀容土木学会論文集2006巻244号)
4)「環境との調和に配慮した水田圃場整備の考え方」渡辺亮(いであ i-net vol.11)
5)「絶滅危惧種ホトケドジョウの人工繁殖」宮本良太ら(近畿大学農学部紀要 (42)、2009)
6)「魚類の生殖周期と水温等環境条件との関係」清水昭男(水産総合研究センター研究報告2006)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
継続する予定です。今後は、今回の人工繁殖で得た仔魚を成長させ、再び人工繁殖ができるようにしたいです。また、今回の総文祭でいただいたアドバイスを基に、人工産卵場「カワモくん」の改良にも取り組みたいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
アリアケスジシマドジョウの飼育や、用水路での生態調査を行っています。また、文化祭の企画展や、実験交流会なども行っています。さらに、WWFの方々や、他校の高校生とともに田んぼの生物多様性を守ることにも取り組んでいます。
■総文祭に参加して
自分たちの納得のいく研究ができたことに満足しています。それだけに、賞を取ることができなかったことは残念ですが、これが後輩たちへのいい刺激となり、さらに研究を発展させてくれることを期待しています。