2019さが総文

地元静岡のゲンジボタルの分布境界線を「発光周期」と「ND5遺伝子多型」から探る!

【生物】静岡県立掛川西高校 自然科学部

(2019年7月取材)

左から 杉山寛晃くん、富田敦幹くん、杉山晴哉くん(全員3年)
左から 杉山寛晃くん、富田敦幹くん、杉山晴哉くん(全員3年)

■部員数 33人(うち1年生11人・2年生12人・3年生10人)

■答えてくれた人 富田敦幹くん(3年)

 

ゲンジボタルの分布境界付近にみられるミトコンドリアND5遺伝子多型と発光行動

発光周期に関する先行研究

 

私たち自然科学部では、6年前からゲンジボタルの調査を行っています。ゲンジボタルの発光周期は、3つの発光タイプがあることが観測されています。主に西日本地域の「2秒周期」、東日本地域の「4秒周期」、九州地方の「3秒周期」です。

 

 

先行研究によると、静岡糸魚川構造線を境界に、西側に2秒型、東側に4秒型、そしてその境界地域に3秒型が生息していると報告しています。これが「静岡糸魚川構造線説」と言われるものです。

 

しかし発光周期型の詳細な分布状況や発光パターンの遺伝様式は、いまだよくわかっていません。

 

 

また、ゲンジボタルのミトコンドリアND5遺伝子ハプログループについては、フォッサマグナ(※1)付近を境界に、東日本グループと西日本グループの2つの大きなクラスターに別れ、さらに細かく4つのグループに分割できることがわかっています。

 

※1 中央地溝帯と呼ばれる、東日本と西日本の境目となる地帯

 

静岡県に目を向けると、先輩方の研究から、西日本グループと東日本グループの分布境界は、静岡糸魚川構造線より東に約40kmから約60km離れた位置に存在することが明らかになっています。

 

2秒型と4秒型の発光周期の境界は、木曽川付近(中部地方西部地域)に存在するとされています(静岡県立池新田高校⦅1997年⦆)。また、中部地方中部・西部地域のゲンジボタルはグループ2の多型の分布域であることがわかっていました(『ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの機内変種と分子系統』⦅2001年⦆)。これらをふまえ、「一つの遺伝子型グループが複数タイプの発光周期を持っている」可能性が示唆されました。

 

 

実験「ND5遺伝子を解析」

 

今回は、発光周期とND5遺伝子多型の境界が存在するとされる静岡糸魚川構造線とその周辺地域において、ゲンジボタルのND5遺伝子の解析と、発光周期の計測を始めました。果たして分布に違いはあらわれるのでしょうか。

 

調査地点はこのとおりです。ゲンジボタルを図に示した地域で採集し、以下の手順で解析を行いました。

 

 

1.各地点で採集したゲンジボタルの胸筋からDNAを抽出。抽出試薬はUniversAll™ Extraction  bufferⅡを用いました。

 

2.抽出したDNAをKOD FX NEO あるいはQuick Taq® HS DyeMix によって増幅し、塩基配列を比較しました。使用したプライマーは以下の配列のもの(※2)を作成しました。

 

F-primer 5’-TAATTCGTTTTAATTTTTGTTTTAG-3’

R-primer 5’-AAAATAAAATAAACCTTTAAACTATTAT-3’

 

※2『ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの機内変種と分子系統』より

 

3.PCR(DNAの増幅手法。ポリメラーゼ連鎖反応)後、アガロースゲル電気泳動でDNA の増幅を確認し、増幅できた試料をEXO SAP IT ®で処理し、DNAシーケンシングをmacrogen社に依頼しました。

 

 

得られた塩基配列から、合計17カ所に見られたSNP(一塩基多型)について、類似したものをまとめて比較しました。この結果から、今回の調査地点では、大きくA,B,Cの3つの系統に分かれることが推定できました。

 

 

今回解析した各系統の配列と、DDBJ (DNAの塩基配列の配列データベース)上に公開されているゲンジボタルのND5遺伝子の配列を比較し、類似する配列のゲンジボタルの採集地点をそれぞれまとめることでその系統の広がりを推定しました。系統Aと系統Bは主に県の西側に分布、系統Cは主に東側に分布していました。

 

これらの系統の配列を文前述の文献の分類に当てはめた結果、系統AとBは西日本型(Group2)、系統Cは東日本型(Group1)でした。

 

 

発光周期を計測する~初めて存在が実証されたグループも!

ゲンジボタルの発光周期に関するデータは、スライドに示した方法で集めました。

 

 

発光周期の計測結果は次の通りです。

 

静岡県中部・西部・伊豆半島北部のゲンジボタルは、全て4秒型発光周期であることが確認できました。

 

 

静岡県伊豆半島南部・神奈川県西部のゲンジボタルは、4秒より明らかに長い周期(以後6秒発光周期と表記)が確認できました。

 

今回、伊豆半島南部・神奈川県西部で見られた6秒型発光について、一部でその存在は知られてはいたものの、データとして存在を示したのはこの研究が初めてだと思われます。

 

 

下図の左側の図にある通り、ND5遺伝子多型のGroup2とGroup1の分布境界は、静岡県の東部地域に位置していることがわかります。

 

右側の図から、発光周期の4秒型と6秒型の分布境界域は伊豆半島の中腹部および静岡と神奈川の県境にあることがわかります。この2つの分布境界は明らかに異なっています。

 

静岡県伊豆半島南部・神奈川県西部の6秒型のゲンジボタルが、関東型のND5遺伝子多型を持っていたことから、関東型ND5遺伝子多型のゲンジボタルが同じように6秒型を持っている可能性があります。

 

 

そして、4秒型発光周期でGroup1の多型を持つ伊豆半島の田方郡函南町(14)沼津市戸田(12)の個体群は、交雑により生じた可能性があると考えました。

 

すなわち、ミトコンドリアDNAは母系遺伝であるため、母方からしか伝わりません。伊豆半島にはもともと6秒型発光周期でGroup1の個体群が生息し、ここに北西から4秒型発光周期のオスが飛来して、交雑することで核DNAにある4秒型発光周期の遺伝子だけを持ち込んだと仮定すれば、現在の分布を説明することができます。

 

 

結論と今後の展望

 

私たちは次のように結論付けました。

 

●発光周期による分布境界と、ND5遺伝子による分布境界は一致しない

●6秒型発光周期は伊豆半島南部および神奈川県西部に分布している

この6秒型の発光は、これまでその存在は知られていましたが、データとして示したのは今回の研究が初めてです。

 

 

今後の展望としては、発光周期に関わる遺伝子は未だ同定されていないため、DNAから直接この仮説を証明することは困難です。そこで、間接的にではありますが、SSR遺伝子などを使ってこの地方に分布する遺伝子の状態を探っていくことを課題としていきたいと考えています。

 

また、6秒型以外の発光型との交尾における嗜好性を調べる交配実験や、別の新たな生息地を調査するなどして、6秒型ゲンジボタルのより詳細な生態を明らかにしていきたいと考えています。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

先輩のゲンジボタルのDNA多型を調べる研究を引き継いだのが始まりです。静岡県内で、地域によって発光周期が違うことに気付き、DNA多型と発光周期を比較しようと考えました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

ホタルが発生する6~7月は土日祝日を使って、発光の観測を18時から22時前後まで行いました。これ以外の時期は、DNAの解析、データの処理、論文執筆などを1日あたり1~2時間行いました。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

ホタルが発光を見せてくれるのが、6月上旬から7月までと限られた期間だったことや、夜間の移動手段、宿泊先の確保などが、高校生の自分にとっては困難が大きかったです。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

今まで報告のなかった6秒型発光周期の存在を発見した点と、これまで一致すると考えられてきた、DNA多型と発光周期型が一致しないことを示した点です。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

・「Gene Diversity and Geographic Differentiation in Mitochondrial DNA of the Genji Firefly」Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae) (2002)

・「ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの機内変種と分子系統」吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫 (昆蟲.ニューシリーズ 4(4) (2001))

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今後もゲンジボタルを研究していきます。ゲンジボタルの発光には未だ謎が多いのが現状なので、今回発見した6秒型のDNAを鍵に、発光周期について理解を深めていきたいと考えています。

 

■ふだんの活動では何をしていますか?

 

生理学に興味があり、エピジェネティクスに関する実験を行っています。

 

■総文祭に参加して

 

私にとってこの大会への参加自体は2回目でしたが、今回も実りある体験でした。発表に興味を持ってくれた人との議論が白熱して、時間を忘れてしまいました。近い研究テーマを持つ他校の生徒とは、現在進行形でSNSを使った情報交換をしています。全国の高校生研究家が一堂に会する機会はとても貴重です。この出会いを大切にしていこうと思います。

 

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