2019さが総文
(2019年7月取材)
■部員数 14人(うち1年生6人・2年生3人・3年生5人)
■答えてくれた人 藤 彩香さん
「産卵つがい数」は本当に生息数を表すのか?
私たちが住んでいる佐賀県伊万里市は、九州の北西部にあります。伊万里湾は全国有数のカブトガニの繁殖地です。その中の多々良海岸には、夏になると多くのカブトガニが産卵に訪れます。この多々良海岸一帯は国の天然記念物に指定されています。
ところでみなさんは、カブトガニがどのような生き物か知っていますか。カブトガニは、節足動物門・鋏角(きょうかく)亜門・節口綱・カブトガニ目・カブトガニ科・カブトガニ属に属する生き物です。カニといいう名前がついていますが、カニよりもクモに近い生き物です。さらに2億年前からその姿形をほとんど変えておらず、生きている化石と呼ばれ、生物学的にも非常に価値がある生き物です。
生息域は、瀬戸内海と九州北部の沿岸部です。カブトガニは、生まれて15年かけてつがいになり、産卵のためにこの写真のようにオスとメスで重なったつがいになります。産卵の際は、産卵泡という泡を出します。
そんなカブトガニですが、現在では個体数が減少し、2015年には環境省のレッドリストで絶滅危惧種I類に指定されました。
伊万里高校では、カブトガニの生態を1962年から研究してきました。過去に蓄積した研究を踏まえ、それらをさらに進化させるために研究を行ってきました。
本校で飼育しているカブトガニのつがいは水槽内で産卵します。それらの卵を集めている際に、1つがいのカブトガニが1シーズンにどれくらい卵を産むのか疑問に思ったので、文献を探しました。ところがその値は、文献により大幅に異なっていました。
また、過去の先輩が行った研究では、産卵つがい数は生息数を表していることを前提にしていましたが、そもそも本当に産卵つがい数は生息数を表しているのかという疑問を持ちました。
そこで今回の研究では、カブトガニは一度の産卵で何個の卵を産んでいるのか、1つがいは1シーズンで合計何個卵を産んでいるのかを正確に調べ、その上で産卵つがい数と生息数の関係について調べることにしました。
実験I:1シーズンに産卵する卵の数を調べる
2016・2017年度は伊万里高校で飼育しているつがいを、2018年度はカブトガニの展示を行っているカブトガニの館で飼育されているつがいを用いました。カブトガニは水槽内に卵を産むため、水槽内の砂をかき混ぜて卵を浮かせます。次に浮いてきた卵をタモ網で採取し、ボウルの中に移します。移した卵の数を一つずつ目視で数え、海水を入れた別のボウルに移します。
結果です。2016年度(平成28年度)が24930個、2017年度が21274個、2018年度が14561個、合計60765個、平均が20255個でした。
実験II: 一度に産卵する卵の数を調べる
まず、多々良海岸で産卵跡がある砂を15cmほど掘り、三つの卵塊を採取しました。そしてそれらを学校へ持ち帰りそれぞれ数を数えました。卵塊1は485個、卵塊2は758個、卵塊3は986個でした。卵塊3は3卵塊分と見なしました。合計は2229個、平均は1卵塊あたり446個でした。
実験III:産卵つがい数を調べる
カブトガニが産卵する1日2回の満潮時刻の30分前から満潮時まで、産卵に来るカブトガニのつがいを、吹き出てくる産卵泡や目視で数えました。調査地点は多々良海岸・南海岸・トンコ島の三箇所です。
2018年度(平成30年度)の結果が下図です。2018年度は、のべ207つがいが観察されました。
一方、1987年から2016年までのつがい数の調査結果が下図です。黄色い線は、産卵つがい数の平均を表しています。2016年度は420つがい、2017年度は 630つがい観測されたのに対し、2018年度は207つがいと、つがい数がかなり減少していることがわかります。
産卵つがい数は実際の生息数より多い?
実験Iから、1つがいのカブトガニは1シーズンに平均20255個の卵を産卵し、実験IIからは1回あたり平均446個産卵することがわかりました。これらから、1つがいが1シーズンに平均45回産卵することになります。
さらに、実験IIIから1つがいは一度の産卵に30分程度かかり、移動しながら7〜8回に分けて産卵していました。このことから、カブトガニが全ての卵を産卵するためには、6〜7回の大潮が必要だと考えられます。
しかし、カブトガニの産卵時期である、6月下旬から8月上旬にかけて、大潮の日は計4回しかありません。残り3回分の卵は別の場所に産卵しているのか、体内に吸収しているのかは、今の段階では判断できません。
ただ、産卵つがい数調査の際に、同じつがいを何度も数えている可能性があります。つまり、産卵つがい数は実際の生息数よりも多いと考えられます。
生息数自体は減少しても生存割合は上がっている
また、私たちは実験1から3の結果を用いて、カブトガニの生存割合を求めました。その際、カブトガニが産卵に来る割合は全ての年において等しく、1つがいは1年間に20000個産卵し、産卵つがい数は生息数と等しいと仮定しました。
そうして私たちが作った生存割合の式が図の通りです。pがつがい数、a(n)がある年、a(n-15)はある年から15年前の年を表しています。15というのは、カブトガニが成体になるまでの年数です。分母はある年から15年に生まれた卵の数を、分子は現在の生存数を表すことになります。この式を用いて、2001年から2018年度のカブトガニの生存割合を求めました。
その結果が下図です。過去18年間の平均から、カブトガニの生存割合は1/10000から2/10000であると考えられます。グラフの黄色い線をこの平均の生存割合とすると、カブトガニの絶滅が危惧されていた2011年度までは平均より低い値ですが、2012年度以降は高い値を示していることがわかります。
生息数自体は減っていても、卵から孵化した幼生の生存率が高くなっていることから、伊万里湾の環境が一時期よりも改善されていると考えられます。
発信器をつけた調査で、より正確な生息数を調べてみたい
最後に、今後の課題です。
まず、飼育下の個体は、自然状態下の個体と比べて外敵に狙われることがなく、餌を豊富に与えられているため、自然に生息するものよりも卵を多く産んだ可能性があります。
また、今回は1つの卵塊を1回に卵を産んだ数としましたが、産卵地が狭く、一度産卵した場所に別のつがいが産卵することも多々あり、1卵塊が1回分のものとは言えません。
そのため、正確なデータ収集には、できるだけ自然状態に近い正確なデータを集める工夫が必要です。現在私たちが考えているのが、産卵つがいに発信機を付けた調査を行うことです。そうすることで、多々良海岸以外の産卵地の有無や、カブトガニの産卵期以外の生態についても知ることができ、伊万里湾内のカブトガニの正確な生息数についても知ることができるのではないかと考えています。
また、産卵つがい数や生存割合が減少した年の環境の変化との関係性についても考察していきたいと思います。
ただ、カブトガニの産卵つがい数が正確な生息数を表していないとしても生息数の増減の指標にはなると考えます。このことを地域の方々に知っていただき、伊万里の宝であるカブトガニを地域と一体になって守っていきたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
伊万里高校ではカブトガニのつがいを飼育しており、毎年多くの卵を産みます。その卵を集めているときにカブトガニは1年間にどれくらい卵を産むのか疑問に思い、文献を調べました。しかし、その値は文献によって大幅に異なっていました。
また、過去の先輩方は、産卵つがい数は生息数を表していることを前提にして研究を行っていました。産卵つがい数とは、産卵に訪れたカブトガニのつがいを数えたものです。しかし、本当に産卵つがい数は生息数を表しているのか疑問を持ちました。この2つの疑問を解決するために今回の研究を始めました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
考察の時間まで含めると、1日あたり3時間で14か月です。
カブトガニが卵を産む数については2016年から、産卵つがい数調査は1987年から行っています。
■今回の研究で苦労したことは?
カブトガニが産んだ20000個ほどの卵を目視で数えることや、カブトガニが産卵する満潮の時間に合わせて調査を行うこと、実験の結果から考察を深めることが大変でした。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
考察にあるカブトガニの生存割合の部分です。式やその後の考察は部員全員で作り上げたもので、かなり時間をかけた部分です。どのような説明を行えばより相手に伝わりやすいものになるのか、ということを大切にして作ったので、特に注目して見てほしいです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
「生きている化石カブトガニからのメッセージ」 篠原伴次(文研出版)、
「日本カブトガニの現状」 関口晃一(制作同人社)
「カブトガニ事典 : 歴史,生態,保護,カブトガニ談義,文献目録」西井弘之、野生Vol.3~Vol.26(本校理化・生物部)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究は今後も続けていきます。次は、伊万里湾内のカブトガニの正確な生息数を知るための研究を行い、その結果を絶滅危惧種に指定されているカブトガニの保護活動に繋げていきたいです。
また、カブトガニに発信機をつけた調査や伊万里湾内一斉調査、カブトガニの寄生虫についての研究も行ってみたいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
普段はカブトガニの飼育や研究、個人研究に取り組んでいます。個人研究は、自分が疑問に思ったことや研究したいと思ったことをテーマとして研究を行うことです。その他にも、地域の方と一緒にカブトガニの保護活動や、小学生に対して出前授業を行うこともあります。
■総文祭に参加して
総文祭で発表するのはとても緊張しました。どのような質問がくるのか、発表を楽しく聞いてくれるのか、発表する直前まで不安でした。しかし、実際に発表してみると、みんな真剣に発表を聞いてくださりました。そのおかげで不安はなくなり、自信をもって研究を発表することができました。
また、発表が終わった後の休憩時間にカブトガニについて直接質問を受けました。これは3年間の中で初めての体験でした。佐賀県内では伊万里高校といえばカブトガニというイメージがついていますが、全国ではそもそもカブトガニという生き物があまり知られていないこと、そんな生き物に普段から接することができることに対する喜びを改めて感じることができました。心から、総文祭に出場することができてよかったと思います。
※伊万里高校の研究は、全日空(ANA)の機内誌「翼の王国」7月号でも紹介されました。佐賀まで空路を使った人は、機内で見られたかもしれませんね。