2019さが総文
(2019年7月取材)
■部員数 73人(うち1年生2人・2年生41人・3年生30人)
3Dプリンターでクラリネット用のリードを作るには?
皆さんは「クラリネット」という楽器を見たことがありますか? クラリネットは低い音の出る管楽器で、息を吹き込む部位を「マウスピース」と呼びます。
マウスピースには「リード」という薄片が固定されていて、これがふるえることで音が鳴るという仕組みです。
多くのクラリネットのリードはアシという植物の茎から作られていますが、これが実は一枚300円程度と結構高いのです。
人工的に作られた樹脂リードもありますが、これは1枚3000円とさらに高くなります。私たちは、クラリネット奏者が自分の好みの音色を出せるリードを探せるように、もっと安くリードを作れないかと考えました。
そこで思いついたのが、3Dプリンターでリードを製作するという方法です。私たちの高校の理科室には3Dプリンターがあり、これを使えばリードが1枚10円程度で作れます。リードを作るのにかかる時間も20分程度で、形を自由に微調整することが可能になります。
リードの形の厚さや長さを変えると音はどう変化する?
リードから鳴る音には、様々な振動数の音が含まれています。どんな振動数の音がどれだけの割合で混合しているかで、リードから出る音の音色が決まるのです。したがって、美しい音色を出すリードを設計するためには、リードの形状を変えたときにリードから出る音の振動数がどのように変化するか、調べておく必要があります。
そこで、Fusion 360というソフトを使って様々な厚さ・長さのリードを設計し、それを3Dプリンターで印刷して、自作したリードの音色を実際に調べることにしました。
この実験では、長さ3.6cmで厚さが0.2mm~1.0mmのリードを製作したほか、厚さ0.4mmで長さが1.0cm,2.0cm,3.6cmのリードを作りました。
リードを鳴らすときには、息を吹き込む代わりに送風機から空気を送り込みます。この送風機に接続している変圧器の電圧を変化させることで、風の強さを変えられます。
リードが出す音をマイクで観測し、「Praat」(※)という音声分析ソフトを使って音に含まれている振動数を解析しました。リードのように振動する物体から出る音は、主にある振動数の1倍、2倍、3倍…の振動数の音が重なり合ってできています。このうち最も低い振動数を「基本振動数」とよびます。私たちは、まず、音声の解析結果からリードの基本振動数を調べ、それがリードの形状によってどのように変化するかを調べました。
※http://www.fon.hum.uva.nl/praat/
まず、0.2mmから1.0mmの厚さのリードに送風機で空気を送ったときに観測された振動数は下のグラフのようになりました。厚いリードほど、風を強くしても振動数が変化しにくいことがわかります。ただし、厚いリードを使った場合では、風力がある程度強くないと音が鳴りませんでした。
次に、厚さ0.4mmのリードで長さを変化させた場合のグラフは図のようになりました。1.0cm、2.0cm、3.6cmのいずれの場合も、風力が強いほど高い音が鳴っていますが、風が強くなると3つのグラフが重なり、同じ振動数の音を出していることがわかります。
ところが、今度は厚さ1.0mmのリードで同様に長さを変化させたところ、長いリードほど低い音が鳴り、グラフは交わりませんでした。
なぜ、厚さ0.4mmのリードでは長さによらず同じ振動数の音が出たのでしょうか。実際にリードが音を出しているときの振動の様子を観察してみると、原因がわかりました。
厚さ0.4mmのリードを用いた場合は、風が強くなるとリードの先端近くで振動するのに対し、厚さ1.0mmのリードでは風を強くしても同じ位置を支点にしてふるえています。つまり、0.4mmの薄いリードではリードのふるえ方が風の強さによって変わるために、音がどんどん高くなってゆくのだと考えられます。
特に、風が強いときはリード先端で振動するために、短いリードでも長いリードでも同じ高さの音が出たのです。逆に、厚いリードでは風を強くしても同じ支点でリードがふるえるために、ほぼ同じ高さの音を出し続けたのだと考えられます。
また、リードを厚くすると弱い風では音が鳴らなかったことも、リードの折れ曲がりにくいために振動しなかったためだと考えられます。逆に薄いリードでは、強い風を受けたときに振動せずマウスピースにピタッと張り付いてしまいます。これが、風力が強いと薄いリードが音を出さなくなる理由だと考えました。
クラリネットのリードを作ってみよう
これまでにわかったリードの厚さと音の関係を踏まえて、実際にクラリネット奏者が使えるリードを設計することが私たちの最終目標です。ところが、今までの実験で使ったようなリードをクラリネットに取り付けて吹奏楽部の部員に吹いてもらっても、うまく音が鳴らなかったのです。
音が鳴らない原因は、一つには人間の息の力では厚いリードをふるえさせることができないことです。それなら単にリードを薄くするだけでよいかというと、そういうわけにもいきません。なぜなら、前に行った実験からわかるように、薄いリードでは息の強さによって音の高さが変化してしまい、音程が定まらないのです。
ここからは実際のクラリネットに使用されている、アシで作られた実際のリードの形状や振動数も参考に、リードを設計することにしました。
アシ製クラリネットのリードに送風機で風を吹き込み、基本振動数を測定した結果、右のようなグラフが得られました。アシのリードでは、風力を強くしても一定の高さの音が出ています。
実際、リードの振動の様子を確認してみると、風の強さによらず同じ先端の位置でリードは振動していました。
薄い0.1mmのリードでも一定の高さの音が出るリードを作るため、アシ製リードの形を真似ることを考えました。まず、マウスピースとリードの重なる角度を市販のクラリネット用リードと同じになるように調整してみました。(自作リード(1))
この自作リード(1)を送風機で空気を送ると、発生した音の振動数は右のグラフのようになりました。残念ながら、この場合は風が強くないと音が鳴らず、人間の息では吹けませんでした。
そこで、リードの材料として使う樹脂を変えてみたり、リードの形を変えてみたりするなど、試行錯誤を繰り返した結果、とうとう音階を吹けるリードが見つかったのです。
これは図のような寸法で、リードをわずかに丸めてみると、うまくいきました(自作リード(2))。また、リード作製に使用する樹脂は、ABSとPLAという2種類の樹脂を使ったときのみ音が鳴りました。
自作リード(2)の音色とアシ製リードの音色を聞き比べてみましょう。自作リード(2)には高い音が低い音の中に多く混じっていますが、アシ製リードは高い音をほとんど含まず澄んだ音が出ています。どのようにすれば、自作リードの音色をアシ製リードに近づけられるでしょうか。
最終的に私たちが注目したのは「ハート」と呼ばれるリードのふくらみです。アシ製リードは右の図のようなふくらみを持っており、このふくらみが音色に影響しているのではないかと予想しました。
そこで、ハートのふくらみを持ったリードを設計し、再びリードの出す音を測定した結果、ついにアシ製リードとほとんど同じ音色を出すことに成功しました。
さらに奏者の好みに合わせたリード作りを目指して
今回の研究では、3Dプリンターで本物のクラリネットと同じ音を出すためにどのような形状のリードを設計すればよいのかが明らかになりました。今後は、クラリネット奏者一人ひとりの好みに合ったリードを作製するための調整方法などについても考えていきたいです。
■研究を始めた理由・経緯は?
3Dプリンターは、厚さや長さを0.1mm単位で微調整することができ、材料のコストも低く、短時間で作成できます。この特徴を生かして楽器用のリードが作れないかと考えました。実現すれば、市販のリードを購入しなくても自分好みのリードを自宅で作ることが可能になると考えました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1日あたり3時間で14か月です。
■今回の研究で苦労したことは?
自作リードの音色を市販されている葦リードの音色に近づけることです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
リードの中央部分を高くしたハート構造によって、葦リードの音色に近づいた点と、厚さ0.1mmの微調整によって音階が吹けるリードが作成できた点です。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
「未来の科学者との対話17」神奈川大学広報委員会全国高校生理科・科学論文大賞専門委員会
(日刊工業新聞社) P46-60
『シャウティングチキンの「悲壮な叫び声」』飯島野々花,上原由香莉(2019)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
私たちは卒業してしまうので、後輩たちにできれば研究を引き継いでほしいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
小中学生向けの科学教室などを企画・運営しています。
■総文祭に参加して
全国から集まった高校生と交流することによって新しい発見がたくさんありました。とても有意義な時間を過ごすことができたので、この経験を今後に生かしていきたいです。