2019さが総文

みらいぶ特派員編集後記

(2019年7月取材)

物理に裏打ちされた本格的な「モノづくり」

物理部門担当

上田朔くん(東京大学教養学部理科I類2年)

 

さが総文・自然科学部門の物理の発表を取材しました。今回の総文祭で印象的だったのは、物理学を応用したモノづくりに挑戦したという発表が多かったことです。

 

物理学の一分野である熱力学は、「効率的なエンジンを作りたい」というモノづくりの挑戦から生まれてきたと言われています。また、量子論という物理学の分野には、まだ解明されていない謎が多く残されていますが、量子論を応用した技術は今日の情報社会の基盤を支えています。このように、歴史的に物理学とモノづくりは相互に刺激しあいながら発展してきたものだと言えます。

 

今年の総文祭で成果を発表した高校生たちが取り組んだモノづくりでは、高校で手に入る道具と材料しか使えないという点で、大きな制約があったことでしょう。しかし、それらの制約を創意工夫によって乗り越えるばかりか、彼らは高校で学んだ物理学の知識をフルに生かして、工作を改善させてゆきました。物理とモノづくりのクロスオーバーが物理学を発展させてきたことを考えると、彼ら高校生のモノづくり魂が、やがては「技術」だけでなく「科学」そのものを発展させてゆくのだと思えます。それほど本格的な発表でした。今後の活躍に期待しています。

 

好奇心と熱意溢れる、若き研究者たちとの出会い

物理・地学部門担当

灰田悠希くん(東京大学教養学部理科I類2年)

 

私が総合文化祭を訪れたのは今年のさが総文が初めてで、「全国の高校生はいったいどんな研究をしているんだろう」とわくわくして行きました。全国から集まったのだから立派な研究をしているのだろうと、ぼんやりと思ってはいたのですが、実際に発表を聞くと予想以上にレベルが高く、とても高校生とは思えない研究の数々を目にすることができました。

 

「水滴はどんな時に大きくはねるんだろう」「流星の質量が知りたい」といった素朴な好奇心や興味、そして数ヶ月に及んで実験を重ねたり最新の研究を調べてよくよく考えたりする情熱には、何か自分が忘れかけていた大切なことに改めて気づかされたような気持ちでした。おそらく、総合文化祭で感じたような「好奇心」と「熱意」こそが、科学をここまで発展させてきた原動力なのだと思います。

 

高校生ながら、「不思議に思ったこと」や「気になったこと」に対してチャレンジしている姿を見て、私自身どこか羨ましさを感じることさえありました。自ら果敢に研究に取り組み、総合文化祭で発表された高校生の皆さんは、既に立派な研究者でしょう。将来研究者という道を選んでも選ばなくても、それだけの熱意を持つ皆さんなら、これからの社会に良い刺激をもたらしてくれると確信しています。これからの活躍に期待いたします。

 

時代をとらえるさまざまな「目」を持つことの大切さ

化学部門担当

小坂真琴くん(東京大学医学部医学科4年)

 

初めて訪れる佐賀の地で、今年で4回目となる総合文化祭の取材を行いました。初回のひろしま総文以来となる化学部門で、時代の流れを捉える「魚の目」を持つ学校が多くあるなと感じました。

 

各地に独自の研究対象たる生態系が存在する生物とは異なり、化学はある意味全ての学習者と同じ線からスタートしなければならない科目です。しかし、最近になって実用化に向けて研究が進んできた色素増感太陽電池をテーマにしている学校や、地元ならではの産物を用いて、浄化剤や釉薬の作成に挑戦している学校など、時代の流れを捉えたり地域性を出したりするのに成功している研究が多くあるのが印象的でした。

 

研究テーマを設定する上では、それが未知であることが必要です。その際、どういう分野にタネがあるかを知るには、その分野自体の新しさ、最近の動向を把握しておく必要があります。特に、その研究がタイムリーに世の中の役に立つ場合は、さらに大きく花開く可能性もあるでしょう。

 

研究と言えば、「まだ誰もそこまでは調べていない」というニッチを自分で切り開いて突き進む「虫の目」が大事なイメージが強い高校生も多いと思います。実際私もそうでした。でも、改めて「今の時代を生きる」自分・私たちにとってその研究の意味はなんだろうという視点で捉え直すことも、時には役に立つかもしれません。

 

「高校生科学者」から「科学者」へ、社会に問いを提起できる市民へ

生物部門担当

柳津聡くん(Harvard College 1年)

 

私は今回が初めての総合文化祭の取材で、生物部門を担当しました。高校生のみなさんの発表は、それぞれの独創性と熱意に満ちていて、わかりやすく構成されていました。中でも多かった発表の種類が、「生物の相互作用を通じた地域産業の再興」に着目したものでした。科学への理解を教科書のレベルで留めるのではなく、自分の身の回りの社会への応用という観点から捉えること、そしてそのような視点を持った生徒が日本全国から集い、見識を交換することには、大きな意義があると実感しました。

 

高校生の皆さんが学ぶような概念や手法は、高校卒業後も有用であり続けます。バイオテックやITなど技術変革が高速で起こり、常識が書き換えられていく中で、何を学ぶに加えてどのように学ぶか大切な時代が到来しています。総合文化祭で皆さんが辿った探究の過程、すなわち適切な問いを立て、実験を通じて因果関係を突き止めていくプロセスは、多くの学問分野や職業にも適用できるものです。「高校生科学者」から「科学者」へ、あるいは主体的に社会に問いを提起できる主体的な市民へ、みなさんのさらなる活躍を楽しみにしています。

 

研究という道なき道を行く「見通しの利かなさ」が放つ輝き

地学部門担当

北口智章くん(東京大学教養学部文科I類2年)

 

 

総文祭でのプレゼンテーションでは、1年間で行った研究活動の過程と結果を、数分という短い尺に収まるように要約し、また初めてそれを聞く人でも容易に内容を把握できるよう、ある程度まとまった形に再構成するなどして聴衆に提示しなければなりません。この点、内容や構成の面で無駄がなく理路整然と筋道が立った発表ほど、短い制限時間内でより聴衆に理解され易く、またその意味で正当な評価も与えられ易いという傾向があることは、否定できません。

 

しかし、私は、わかり易さだけが正義ではないと、声を大にして言いたい。

 

けだし、研究活動とは、既に整備された道を歩くというのではなく、自らナタを振るって未開拓の荒野に新たな道を切り開いてゆくような、そんな営為なのではないでしょうか。実験や観測などで仮説を検証し、その結果によって初めて気づく何かに出会い、そしてその発見を基に新たな仮説を立てて研究を一歩先に進める。その先にどんな展望があるのかわからない―そんな「見通しの利かなさ」こそが、研究者の知的好奇心の源泉たり得るのではないでしょうか。ここにおいて、研究成果というものは、自身の思う方向に荒野でナタを振るい続けたその後に、来し方を振り返って見出す自らの「道程」そのものなのだと思います。

 

そうであれば、行き止まりに突き当たったり、回り道をしてしまったりといった、最終的な結論に直接的には結びつかない研究過程―それらの多くは、短い制限時間内での成果発表では捨象されてしまうでしょう―についても、発表において聴衆に提示される研究過程に全く劣らない輝きを有しているものと、私は考えます。

 

人類の共有知になり得る研究成果は、他者にわかり易く提示されることによって大きな価値が生じます。一方で、その研究成果を得るまでの試行錯誤や紆余曲折といった研究活動の醍醐味の価値についても、高い敬意が払われなければなりません。高校生の皆さんの発表では、その双方がバランス良く織り込まれているものが多く、傾聴しながらとても好ましく、また頼もしく感じられました。

 

「高校生ならでは」よりも、さらに高みを目指して

ポスター・化学部門担当

登阪亮哉くん(東京大学教育学部4年)

 

僕は総文祭の取材を始めて5年目になります。例年、高校生のみなさんの発表のレベルが高くてとても驚いています。今年は傾向として、みなさんの日常的な好奇心が原動力となって始まった研究が多いように感じました。

 

自然科学は人間の直感を廃し、外界の現象同士の相互関係を矛盾なく説明しようとする営みです。それゆえみなさんの好奇心ドリブンな研究に、思わず「高校生ならでは」という言葉をかけてしまいそうになります。しかし、それでは適当ではないように思いました。

 

みなさんの研究は、手元にあるリソースを最大限活用して理論に基づき行われる、非常に妥当なものです。一方でみなさんには学生としての日常があり、部活動に割く時間としての一定のリズムがあります。そこで得た気づきが研究に反映される。これは、科学を進歩させる発想を人類にもたらす、1つの重要な環境的要因ではないでしょうか。

 

これに対して「高校生ならでは」と、年長者の立場から語ることはもはやふさわしくないのかもしれません。広く「生活者ならでは」の研究のあり方として、尊敬されるべきものだと強く感じました。

どうかこれからもよく学び、よく楽しんでくださいね。

 

左から 猪股くん(東京大学大学院)、登阪くん(東京大学)、小坂くん(東京大学)、北口くん(東京大学)、上田くん(東京大学)、灰田くん(東京大学)、柳津くん(ハーバード大学)
左から 猪股くん(東京大学大学院)、登阪くん(東京大学)、小坂くん(東京大学)、北口くん(東京大学)、上田くん(東京大学)、灰田くん(東京大学)、柳津くん(ハーバード大学)
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