第12回全日本高校模擬国連大会
(2018年11月取材)
事前に準備したスピーチの内容がほとんど使えなくなる場合も
模擬国連と言うと、まず英語を連想する人が多いかもしれません。確かに全日本大会で言えば、議事の進行は英語で行われますし、会議に備えて読み込む資料の多くは英語。またWPやDRも英語で書きますから、英語が大の苦手という人には、さすがにちょっとつらいかもしれません。
しかし会議用語はほとんどが定型文ですし、フロントの方が適宜説明してくださるので、耳が慣れてしまえばそれほど問題ありません。何より、最も重要な他国との交渉は日本語ですから、英語が全てというわけではありません。
ただしココは英語力の見せ場!というのが、公式討議(=スピーチ)を英語で行う場合です。スピーチは、会議に参加するすべての国が議場全体に向けて自国の意見をアピールすることができる、いわば晴れ舞台です。2分間のスピーチのために、どの大使も事前に練りに練った原稿を作り、話し方の練習を重ねてきます。
ところが、会議前に万全に準備したスピーチがそのまま使えるかというと、実はそういうわけにはいかない場合が多いのです。スピーチの順番は、1日目の会議の冒頭に「スピーカーズリストへの登録」(大使全員が国名のプラカードを挙げて、フロントが1番目から最後まで順番に指名していく)という形で決まります。順番が決まると、ふつう3~4か国を1組(ロット)として、非公式討議(モデレートコーカス、アンモデレートコーカス)の合間に割り振ってスピーチを行います(※)。ですから、1日目の会議の冒頭で話す場合もあれば、会議の大詰めの採決の直前になる場合もあり、会議の流れによっては、最初に準備してきた内容が使えないことも多々あります。スピーカーズリストの順番は、各国の会議行動の戦略にも影響を与えます。
※本来の意味で言えば、公式討議の間に非公式討議が行われることになっています
スピーチの極意は「タイミング」と「場」と「機会」に合った内容、そして「自分が伝えるんだ」という意思
スピーチで何より大事なのは、議場全体に何を伝えたいか・伝わるのかということです。模擬国連はスピーチコンテストではないので、きれいな発音で流暢に話しても、他の人の印象に残らなければ効果がありません。特に政策の説明では、条約や国際機関の名称など、ふだん耳になじみのないものは、聞く側にとっては「???」と思っている間に話が進んでしまうということも、よくあります。また、スピーチではスライドなどが使えないので、耳に入ってくる情報が全てですから、日本人にとっては、数字を正確に聞き取ることもネックになります。しかも出場している大使たちは、スピーチを聞きながら自分たちの次の会議戦略を必死で考えています。一生懸命具体的な数字を上げて話しても、結果的に伝わっていない、ということも往々にしてあるのです。
さらに、タイミングに合った内容であることも重要です。例えば、議場がこれからDRの提出に向けてグループ同士のコンバイン(統合)を行おうしている時に、自分の国の内情や政策ばかり並べ立ててもスルーされてしまいかねません。
そんな中で、議場全体の印象に残り、大使たちの心を動かすスピーチはどのような工夫をしたらよいのでしょうか。過去に日本代表として高校模擬国連国際大会に出場した大学生の皆さんに聞きました。
■多くの大使が準備してくるスピーチは、1日目の最初のセッションで当たることを想定した、自国の政策の説明が中心のものだと思いますが、この内容が通用するのは1日目のセッションの前半までくらいまでで、その後は会議の流れに合わせて内容を変えていく必要があります。原稿を準備するとき、「どの場面であってもココは話す」「この部分は、タイミングによって変える」ということも意識して作ると、柔軟に切り替えることができます。2分で話せることは限られているので、自分たちの意見の中でシンプルでインパクトのある内容は何か、をまず考えるとよいと思います。
■英語でかっこよくしゃべろうとする前に、大事なのはスピーチの内容だと思います。そのためには、同じ内容を日本語でスピーチしたときも魅力的なのか、聞いている人を感動させることができるか、というところから考えて組み立てていくとよいと思います。難しい言い回しを使う必要はありません。高校英語の範囲でじゅうぶんです。数字を使うときは、具体的な数字をずらずら並べてはダメで、耳に残るキャッチーな部分で決めセリフとして使うとよいと思います。これは国際大会でも同様です。
■論点を「firstly, secondly, …」と列挙したり、要点のところで大きなジェスチャーをしたりする、というのはスピーチの定石ですが、これに固執すると、どこの国も似たようなパターンに聞こえてしまいます。スピーチは特定の技術でできるものではありません。大事なのは、「タイミング」と「場」と「機会」に合った内容、それを「自分が伝えるんだ」という、愚直な意思ではないかと思います。振り返ってみると、今まで印象に残った模擬国連の良いスピーチは、そんな共通点を持っていたと思います。
■スピーチの練習に役に立ったのは、政治家の演説を何度も聞いて真似することです。スピーチ独特の言い回しも、これを通して身に付けました。特にオバマ元大統領のスピーチは、内容や口調、話の組み立て方などとても参考になりました。トランプ大統領の演説は、内容はちょっとどうかと思いますが(笑)、それでも子どもにもわかるような言い回しや、人を惹きつける話術はすごいと思います。
今回の議場Bでとても印象的なスピーチをした日本大使の皆さんに、どのような準備をしたのか聞きました。
冒頭と最後の部分を特に丹精込めて作り、議場全体にコンセンサスを訴えた
実践女子学園高校Bチーム 担当国:日本
小池和里さん(2年生)
[海外旅行・滞在の経験] 家族と一緒に海外で生活したことがある
高月紗穂さん(2年生)
[海外旅行・滞在の経験] 家族と一緒に海外で生活したことがある
■事前に準備されたスピーチでは、どのようなことを話そうとしていましたか。
私たちが当初予定していたスピーチは、主に議題に関する世界の劣悪な現状の確認や、日本大使としての立場を全体に共有するという内容でした。日本大使としてはコンセンサス(総意)を何としてでも作りたいという想いが強かったので、できるだけ序盤のうちから、いろいろな立場の国の大使と意見を交換して、対立点を埋めていきたいという旨も記しておきました。初めのほうで当てられることを期待していたので、内容はとても抽象的で、どちらかというと戦略の共有というよりかは、議場に対して印象的なスピーチでアピールしたいと思っていました。
■スピーチのタイミングはどのあたりでしたか。そのタイミングを受けて、準備してきたスピーチと大きく変えたところを教えてください。また、変えることによってどんなことを訴えようとしましたか。
スピーチの順番を決める時に、フロントから全く当ててもらえなくて、正直プラカードを挙げながらかなりへこんでいたのですが(笑)、1日目の終わりにふとスピーチリストを見てみたら、ちょうど2日目の一番初めに自分たちの番が回ってきていました。1日目の一番目と同じくらいインパクトのあるスピーチにできるなと思い、自分たち的には、本当についているなと思いました。
2日目の朝といえば、会議の方向性や、これからの行動を決める大事な時間なので、スピーチの内容でもその日の進め方について提案ができると思い、コンセンサスに向けて意見を述べました。なので、半分以上の内容を、具体的な戦略を説明することに変えました。
日本にとっては、このままだとコンセンサスを目指せないことは明らかだったので、どうにかしてコンセンサスを作りたい、そのために、こうこうこういった行動を提案したい、と訴えていました。
■逆に最初のスピーチから残した部分はどんなところですか。
スピーチの冒頭部分と最後の部分です。この部分は本当に丹精込めて作ったもので、自分たちのスピーチにとって聞き手を引き込むためのものだったので、残しました。内容的には、「この世界のいくつかの場所では、武器がたったの10ドルで取引されているところがある。そしてその武器によって毎日大勢の罪のない人々が、脅され、殺され、恐怖におびえながら暮らしている。本当に悲しい現実だ。でも、だからこそ私たちが今日ここに、今こうやって、集まっている」という感じでした。終わりの文章も、「みなさん、コンセンサスを作りましょう。今にも鳴り響きそうな銃声におびえて暮らす人々の、明るい未来のために。そしてもちろん、この世界の平和のために」というような文章でした。
■スピーチの原稿はどんな手順で作りましたか。
私は、スピーチの一番初めの導入を考えるのが好きなので、見つけた有力な情報の中からいくつか初めの文章の候補を作るところから始めています。その情報源が日本語だったら、自分でどういうニュアンスで言いたいか考えて英語にしたり、もともと英語だったらニュアンスを考えたうえで少し自分の言葉に置き換えたり、みたいな感じです。結構印象的なデータだったり、現状が出てきたりするので、それをリストアップしていくうちに、「複数使いたいな」「でもちょっとくどいかも…」なんて調整しながら、組み立てています。書きたいことは、本当に大体でしか決まってないので、日本語で作文してからというよりは、日本語で頭で思い至ったことを、タイミング構わず文字で英語化しておいて、あとでくっつけ合わせる、使えるところだけ並べる、という感じです。
作っている最中でこの部分に何か欲しいのに思いつかないという時が本当に多いので、「○○(~~的なことを後で入れる)」というふうに軽くメモっておいて、ひらめいたときに埋める、という形もよくとります。そうすると、その時自分がどういうニュアンスで進めたかったのかという、後から考えると微妙に把握しづらい全体像も保ったまま編集できるので、自分の理想から離れずにスピーチを書き終わらせることができる気がします。導入が圧倒的に時間がかかります。(小池さん)
■スピーチの練習で特に役立った方法を教えてください。
スピーチの練習をするときに一番意識しているのが、声のトーン、スピード、ニュアンスです。トーンに関しては、できるだけ低く、本当に地声よりもさらに低くなることを意識して、練習しています。やっぱり聞き手としては、低い声には安心感と共感があると思うので、自分自身を落ち着けるためにもそうあるように練習しました。
今までは、声がうわずらないことに気を使っていたのですが、ただでさえ幾分か声が高くなってしまう人前では、意識的に低く発声することを心がければいいんだと、思うようになりました。スピードは強調したいところをゆっくり言うのか、それともあえてまくしたてるのか、ニュアンスは表情とともにどういう雰囲気で聞き手に届けたいのか、それらを意識しながらできるだけオーバーに練習しました。
やっぱり練習していて思うのは、「自分が気持ちいいテンポで、普通に思っていることを訴えかけているだけだ」と思いながら喋ると、スムーズで自然なものが出来上がるということです。「スピーチをする」と考えるより「話す」って思いながら練習すると自分らしいスピーチができるのかな、と思います。(小池さん)
私がスピーチの際に気を付けているのは、視線の動かし方や、ひとつひとつの言葉をはっきりと伝えることです。そのうえでスピーチの練習をする際には、大きくはっきり発音するよう意識することと、何を伝えたいのかを常に考えながら練習しています。
その際に、原稿に重要部分などをメモすることがいいと思います。スピーチをする際には、どうしても緊張してしまうものですから、私は義務化されたようなスピーチではなく、何を自分が主張したいのかが相手に伝わるように、一人ひとりの顔を見るイメージの練習もしています。アイコンタクトを行うことによって、相手によりインパクトを与えることができると思います。(高月さん)
■スピーチではどんなことを心掛けましたか。
当日のスピーチでは、とにかく力を入れすぎずに、自分の言葉として、作ったスピーチを発していくということを意識しました。後はゆっくり、いろんな人の顔を見ながら。私はあくまで自然に、それでも力強く訴えるということに焦点を当てました。結局、最後は時間内に間に合わなくて残念だったのですが、伝えたいことを伝えられたので、よかったです。