(2018年11月取材)
人類の歴史は争いの歴史とも言い換えられるほど、国同士の戦争、あるいは国内の内戦や内乱など、多くの紛争が繰り返されてきました。今まさにこの瞬間も、紛争によって生命や財産を失う人々が世界中に何万人といます。最近は、欧米諸国など紛争とは無縁に見えた国々でもテロの脅威は座視できない状況となり、国際社会は新たな脅威に直面しています。
高校生が様々な国の大使になって国際問題について議論や交渉を行い、国益・国際益に資する解決策を考える模擬国連。第12回全日本高校模擬国連大会(グローバル・クラスルーム日本委員会主催)は、紛争やテロに使われる可能性がある武器の取引の国際的な規制を目標とした「武器移転」を議題として行われました。
(2018年11月17日・18日、@国連大学(東京・青山))
「通常兵器」の保有は国家の権利として認められている
「武器移転」とは具体的にどのような問題なのでしょうか。今回の議題解説書などから見てみましょう。
※この議題解説書の著作権はJCGC(グローバルクラスルーム日本委員会)に属します
核兵器や生物兵器、化学兵器などの大量破壊兵器は、国際間の核拡散防止条約や核兵器禁止条約、化学兵器禁止条約、生物兵器禁止条約などによって、使用だけでなく生産・開発・配備などが基本的に全て禁止されており、これらの条約は世界中のほとんどの国が批准しています。また、対人地雷やクラスター弾なども非人道的兵器として、同様に全面禁止となっています。
今回の議題の「武器移転」で議論される「武器」は、これらの大量破壊兵器や非人道兵器を除いた「通常兵器(conventional weapons)」で、戦車や戦闘機からライフル銃、機関銃などの小型兵器まで多種多様です。それらによって世界で年間約50万人の命が奪われ、その何倍もの人々が難民になるという、いわば事実上の大量破壊兵器であるにもかかわらず、その規制はなかなか進んでいないのが実情です。
それなら通常兵器も禁止してしまえばいいじゃないか、と思いたくなりますが、実は通常兵器の保持は、国家の権利として認められていることなのです。国連憲章の第51条に「各国には個別的または集団的自衛のための固有の権利がある」と書かれています。国同士の戦いは規制されていますが、それでも有事の際に国連が出動するまで何とか自衛するためには、武器が必要だろう、ということなのです。使用目的は、国家の安全保障の強化から国内の治安維持まで様々です。国内外で紛争を抱えたりテロの脅威にさらされたりしている国にとっては、武器移転の規制は自国の安定を危機にさらすことになりかねません。多くの生命や財産を奪うのはよくないからと言って、勝手に禁止されては困るのです。
さらに、アメリカやカナダなどではピストルやライフルのような小型兵器は個人所持が認められており、これは軍事目的とは別と見なさなければなりません。そして何よりも、武器の取引には巨額のお金が動くので、武器を輸出する側も厳しい規制をかけられては国益に反することになります。
このように様々な事情を抱えた国同士が、自国の権益を損なうことなくコンセンサス(全会一致)を目指さなければならないので、文字通り一筋縄ではいかない交渉になるのです。
日本は武器移転で主導的な役割を担っている
そもそも武器移転について、国際間でどのような問題を議論しなければならないのでしょうか。
「武器移転」とは武器や軍事システムを他の国家や集団に移転させることを意味し、商取引によってそれらを他の国家や集団に移転する「武器貿易」や、有償あるいは無償で武力や軍備を贈与・貸与する「武器供与」、さらに武器の運用や修理をする能力や製造技術の移転なども含まれます。
発展途上国では、武器輸入によって自国の安全保障を向上させ、社会開発のための土台を作ることができる一方で、開発のための資金が武器の輸入に充てられて、開発や紛争からの復興が遅れることもあります。また、武器移転によって軍部の政治的地位が上がることによって、民主化が進まなくなる場合もあります。さらに、拳銃などの小型兵器は子どもや女性でも扱えるため、子ども兵の増加や女性に対する暴力など人権的な問題も無視できません。
国連ではこれまで武器移転に対して様々な議論を行ってきましたが、日本はその中で主導的な立場を取ってきました。1991年に勃発した湾岸戦争後、日本は当時のEC(※)と協力して、武器移転を中心とする軍備の透明性・公開性を向上させ,各国の信頼醸成や過度の軍備の蓄積の防止を図る「国連軍備登録制度」を国連総会に提出し、圧倒的多数で採択されました。
1995年には「小型武器に関する国連総会決議」が採択され、さらに2001年に「国連小型武器行動計画(Program of Action on Small Arms and Light Weapons :PoA)が始まりました。
今回の議論のベースとなる武器貿易条約(Arms Trade Treaty:ATT)は2013年に採択されました。条約の義務として、年に1回武器移転に関して報告をすることが義務付けられ、それを通して透明性の向上につなぐことを目指しています。日本はATTでもイギリスとともに中心的な役割を果たしています。ATTは2018年12月現在99か国が締約していますが、一方で武器輸出大国のアメリカやロシア、中国などは条約を結んでおらず、さらなる働きかけが必要な状況です。
※ヨーロッパ共同体:European Community。EU(欧州連合)の前身
各国の思惑が交錯し、グループ形成も難しい
模擬国連では、似た立場や考え方を持つ国同士がグループを作って合意形成を行い、対立する意見のグループと話し合って全体が良い方向へ進むよう、折衝や調整を繰り返して、皆が納得する決議案の作成を目指します。実は今大会では、そもそもこのグループ形成がとてもたいへんでした。
今回の論点は二つです。論点1が「通常兵器における透明性の確保のための制度の再検討」、論点2が「非国家主体(いわゆるテロリスト集団)への通常兵器移転規則の制度の構築」。
これらについて、最初から「我が国はこのような内容には賛成できない」という国は(表向きには)ないでしょう。そうすると議論の中心は、それぞれの論点について、具体的にどのような方法を提案するかということが問題になります。
そうなると、事前に考えた会議戦略に沿って議論を進められる方が有利になります。ATTに賛成か反対かを軸にするのか、紛争当事国とそれ以外で分かれるのか等など、最初に議事の進行の仕方の提案を募集する際に様々な提案が出され、決まるまでかなり時間がかかった議場もありました。
また、論点2の「非国家主体」については定義をきちんと決めておかないと議論が進められなかったり、不利益を被る国が出てきたりするおそれがあります。そのため、議論をどの順番で進めるかについても意見が分かれていました。
「条約」ではなく「国連総会決議」を行う意味は
今回の全日本大会の開会式で基調講演をされた、外務省軍縮不拡散・科学部通常兵器室上席専門官の南健太郎さんは、基調講演で「武器移転」に対して国際社会がどのような議論や対処を行い、どのような条約や制度を作ってきたかについて詳しく説明された後、国際的なルールの構築における国連総会決議の意味について話してくださいました。
模擬国連にチャレンジする人にとって、とても重要なメッセージですので、内容をご紹介します。
国連総会決議とは、単純化して言えば、ある目的の達成に向けた手段などを協議・交渉して、国際社会として決定する公式文書です。ここで国際的なルール(今回で言えば「武器移転」について)を構築することを目指しますが、構築できなかったとしても、「そういうシステムを構築することが重要だ」というメッセージを発するだけでも大きな意味があります。その決議で何か具体的な制度が決定されることが最も望ましいですが、制度を構築するためにどのようなプロセスを踏めばよいかという道筋をつけるということだけでも、大きな意味があります。
今回の議題に大きく関連するATTも、2006年に「それに向けて動きましょう」という決議が採択された時には、まず政府専門家会合を立ち上げましょう、と提案されています。
そこで政府専門家を集めて改めて協議をして、最終的に国連で条約採択会議に出して採択まで持って行きました。このように、必ずしも1回の決議で全てが決まるというわけではないのです。
国連決議は全体の過半数で決められます。しかし、国連総会で採択されたからと言って法的拘束力はありません。「国連で決まったことだ」と言っても、「いや、わが国は反対しています」という国も当然出て来ます。
だったら、法的拘束力のある条約の方がいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、条約を作るためにはとにかく時間がかかります。この条約では何をするのか、どこに問題があるのかというきちんとした「定義」が必要ですし、法的拘束力があるからには、非常に緻密な部分まで考えて文言を決めなければなりません。その間に、状況が変化して事態が悪化してしまうことにもなりかねません。
さらに、国際的な条約を守っていない国に罰則を課するのはなかなかできません。国際社会は対等な国の集まりであり、その上により高次元の判断基準というものはありません。国連総会も同様です。ですから、条約に法的拘束力があるからと言って安心はできないわけなのです。
一方で、国連決議や「宣言」、「行動指針」などには法的拘束力はありませんが、国際条約の基本として重要な位置付けを持つものがあります。1948年に採択された「世界人権宣言」や、1972年にストックホルムで開催された国連人間環境会議で採択された「人間環境宣言」と「人間環境のための行動計画」などは、その後に決められた多くの条約の基本となっています。
また、今回の議題の論点について言えば、論点1では武器移転の透明性を確保するための制度を再検討することになっていますが、これは信頼醸成につながるための措置であることを念頭に置いてください。
信頼関係が築けていないままでは、相手への不信感が軍拡や政治の不安定さを招くことになりかねません。信頼醸成を作り出すための手段として、透明性の確保はたいへん重要です。それでは何についての透明性を向上させればよいか、ということを頭に置いて議論を進めるとよいでしょう。
また、論点2の「非国家主体への武器移転」については、「非国家主体」の定義をしっかり考えることが必要です。抑圧されている人が政府に対して蜂起したとき、政府から見れば彼らは「テロリスト」かもしれませんが、民衆から見ると「勇者」です。敵・味方は見る人の立場によって変わります。どんな立場から見ても同じイメージでとらえることができるような言葉を選ぶことです。この定義を怠ると泥沼化してしまうので、注意が必要です。
全日本大会は2日間にわたって実施され、会議そのものは大きく3つのセッションに分けて行われます。
1日目の第1回ミーティングの終了時に、論点1・2についての決議案(Draft Resolution:DR)策定に向けたワーキングペーパー(Working Paper:WP)を提出します。WPの提出には5か国以上のスポンサーが必要です。
2日目午前中の第2セッションの終了時にDRを提出します。DR提出には12か国以上のスポンサーが必要で、スポンサーの兼任は認められません。2日目午後の第3セッションの最後にDRが投票にかけられ、採決されます。
2日間、約10時間の会議を通して大使たちはどのように行動したのでしょうか。高校模擬国連の日本代表として世界大会に出場した経験のある2人のみらいぶ特派員が、議場A・Bの議論をレポートします。
議場全体の印象に残り、大使たちの心を動かすスピーチはどのような工夫をしたらよいのでしょうか。過去に日本代表として高校模擬国連国際大会に出場した大学生の皆さんと、議場Bでとても印象的なスピーチをした日本大使の皆さんに、どのような準備をしたのか聞きました。
2日間の会議終了後の閉会式で、議場ごとに最優秀賞1チーム、優秀賞2チーム、審査員特別賞1チーム、ベストポジションペーパー賞1チームが発表されました。
最優秀賞
桐蔭学園中等教育学校Bチーム[神奈川県] 担当国: ニュージーランド(議場A)
渋谷教育学園幕張高校Bチーム[千葉県] 担当国: イギリス(議場B)
優秀賞
浅野高校Aチーム[神奈川県] 担当国: ガーナ(議場A)
灘高校Aチーム[兵庫県] 担当国: ベルギー(議場A)
麻布高校[東京都] 担当国: ガーナ(議場B)
聖心女子学院高等科Bチーム[東京都] 担当国: イラン(議場B)
審査員特別賞(※)
海陽学園高校[愛知県] 担当国: イラン(議場A)
岐阜県立岐阜高校 担当国: シリア(議場B)
ベストポジションペーパー賞
和歌山県立田辺高校 担当国: カナダ(議場A)
田園調布学園高等部[東京都] 担当国: パキスタン(議場B)
※審査員特別賞は今大会より3年間設置するもので、過去に高校模擬国連国際大会への派遣生を輩出していない都道府県に所在する高校出身の参加者最大1チーム(各議場につき)に授与されます
最優秀賞・優秀賞・審査員特別賞を受賞した8校・16人の大使は、2018年5月にニューヨークの国連本部で開催される高校模擬国連国際大会に、日本代表として出場します。
代表になった大使の皆さんは、どんな準備をして、どのような心構えで会議に臨んだのでしょうか。皆さんに聞きました。
武器移転の手法ではなく目的や理念から議論に入り、目指すべき理想像を共有して合意形成を導いた
西田翔くん(1年)、袴田英希くん(2年)
桐蔭学園中等教育学校[神奈川県] 担当国: ニュージーランド
武器輸出・輸入両方の主要なステークホルダー国であることを活かし、立場の異なる国の意見に真摯に耳を傾けた
荒竹ゆりなさん(2年)、頓所凜花さん(2年)
渋谷教育学園幕張高校[千葉県] 担当国 :イギリス
成相悠喬くん(1年)、持松進之介くん(1年)
浅野高校[神奈川県] 担当国: ガーナ
皆がなかなか耳を傾けてくれない時間帯のスピーチだからこそ、議場全体に呼びかける内容を考えた
古賀大陸くん(2年)、藤川直人くん(1年)
灘高校[兵庫県] 担当国: ベルギー
たとえコンセンサスができなくても、長い目で見た平和を希求する姿勢を貫いた
松田 新くん(2年)、吉川駿くん(2年)
麻布高校[東京都] 担当国: ガーナ
所属できるグループがなくて会議序盤から孤立という危機的状況を乗り越えて、WPの提出国に
小林りこさん(1年)、山内梨々花さん(1年)
聖心女子学院高等科Bチーム[東京都] 担当国: イラン
「中東随一の嫌われ者」の立場を理解し、協力国を巻き込むべく努力
安藤憲佑くん(2年)、伊藤康陽くん(2年)
海陽学園高校[愛知県] 担当国: イラン
複雑な国内事情に同情を求めるのでなく、「シリアに利益をもたらす政策が、国際社会にも利益をもたらす」ことを訴えた
辻諒汰くん(2年)、山下倫未さん(2年)
岐阜県立岐阜高校 担当国: シリア
日本はいわゆる「武器輸出三原則」によって、長年他国(特に共産圏、紛争国)への武器輸出を厳しく制限してきたことに加えて、個人の銃器所持に関する規制が厳しいので、「武器移転」は私たちにはなかなか現実感がありません。一方で他国はどうなのでしょうか。
「世界の武器輸出額 国別ランキング」で検索してみてください。1位アメリカ、2位ロシアは別格として、10位以内にEUのいわゆるおとなしそうな(?)国が並んでいることに驚かされます。さらにそれらの国の輸出相手国を見ると、社会科の教科書だけではわからない国同士のつながりの構図が浮かび上がってきます。
模擬国連の醍醐味の一つは、各国の大使を「演ずる」ことによって、日本はどんな国なのか、国際社会で果たせる役割は何かを、今までとは異なる角度から考えられることです。今回の武器移転で言えば、日本は武器輸出をほとんど行っていないからこそ、しがらみや利権に関係なく国際社会に対して正論を述べることができるというのも、一つの強みでもあります。
冷戦終結以降大幅に減少した武器取引は2000年以降再び増加を続け、ここ直近4年の取引額はその前に比べて10%以上増加しているといいます。増え続ける武器は、やがて私たち日本の平和や安全を脅かすものになるかもしれないのです。
2018年12月6日(現地時間5日)、ニューヨークの国連本部において開催された国連総会本会議において、日本、コロンビア、および南アフリカが提出した小型武器決議案「あらゆる側面における小型武器非合法取引」が圧倒的多数の支持を得て採択されました。
◆https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_006846.html
実際の各国大使たちも、今回の全日本大会のように万全の準備を行い、立場の異なる国との粘り強い交渉を繰り返し、決議案の文言を練り上げていったことでしょう。その意味で、今回の議題は今まさに実際の国際社会で動いている問題を扱ったホットなものでした。
今大会では、大会企画として模擬国連体験イベントMOGIMOGIが開催されました。実際の模擬国連の会場で、スタッフのサポートのもとで過去の全日本大会の議題となった国際問題を使って模擬国連の疑似体験をするものです。
※誰でも参加できる入門型の模擬国連「全国高校教育模擬国連大会(AJEMUN)」(全国中高教育模擬国連研究会など主催)の第3回大会が2019年8月に開催されます。教育模擬国連のキャッチフレーズは、「高校生の高校生による高校生のための大会」。模擬国連に興味を持った人は、ぜひチャレンジしてみてください。
◆全国高校教育模擬国連大会(AJEMUN)第3回大会についてはこちらから
https://ajemun2019.wixsite.com/ajemun2019
◆「みらいぶ」模擬国連記事のバックナンバーはこちらから
https://www.milive.jp/live/special04/