2018信州総文祭
(2018年8月取材)
■部員数 26人(うち1年生11人・2年生11人・3年生4人)
■答えてくれた人 廣瀬雅惠さん(2年)
効率的に生息地を見つけて早めに保護する手法
カスミサンショウウオは、成体でも全長10㎝ほどしかない、小型のサンショウウオです。西日本に広く分布し、岐阜市の個体群は分布の北東限にあたります。非繁殖期は山や丘陵地に生息し、繁殖期には山際の池や水溜りにやってきます。全国的に絶滅の危機にあり、私たちの住む岐阜県では岐阜県版レッドデータブック絶滅危惧Ⅰ類に指定されています。
私たちは、岐阜県に生息するこのカスミサンショウウオの保護活動を、12年間継続して行っています。
当初、県内で発見されていたカスミサンショウウオの生息地はわずか2ヵ所であり、そのうちの1ヵ所では卵嚢(らんのう:卵が入っている袋)が6対しか発見されないという危機的な状況でした。その後の保護活動で少しずつ個体数が増え、去年は78.5対の卵嚢を見つけ、8753匹の幼生を放流することに成功しました。
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昨年多くの幼生を放流できたのは、GIS(Geographic Information System 地理情報システム)と環境DNAを用いて、生存場所を特定できたからです。GISで現在の生息地に似た環境を5地点特定してそのうちの1か所を選び、環境水や堆積物の環境DNAを解析して、カスミサンショウウオの環境DNAを検出しました。それを受けて、現地調査を行ったところ、新たに海津町で卵嚢1対を見つけることができました。
生息地を効率的に見つける手法の精度は高まりましたが、カスミサンショウウオの生息状況は依然として厳しく、岐阜県内では、すでに絶滅してしまったところもあります。
今回の研究は、カスミサンショウウオが絶滅してしまった原因を探り、さらに、生きていく上で必要な環境条件を明らかにして、保護活動につなげていくことを目的としました。
過去の生息地は、より広範囲にわたっていた
近年、岐阜県におけるカスミサンショウウオの生息地は、岐阜市と揖斐川町のたった2か所しかありませんでした。しかし、新たに生息地を発見したことで、私たちは過去にはこの2か所以外にも、カスミサンショウウオが生息していたのではないかと考えました。
そこで、岐阜県博物館の協力を得て標本調査を行い、カスミサンショウウオの過去の生息地を調べました。すると、1977年に各務原市、1988年に揖斐郡谷汲村(現揖斐川町)で捕らえられた標本が見つかり、広い範囲でカスミサンショウウオが生息していたことが証明されました。
私たちは、カスミサンショウウオが絶滅した原因を探るため、岐阜県図書館で、各務原市(標本産地)と揖斐郡谷汲村周辺(絶滅生息地)の地形図を調べ、植物の生育している割合を比較しました。
岐阜県図書館で、各務原市と揖斐郡谷汲村およびその周辺地域を調べたところ、植生の割合は、標本産地で33.86%(1983年)から26.04%(2016年)に、また、絶滅した生息地で16.80%(1977年)から8.04%(2016年)に減少していました。
植生割合の減少によって湿地が乾燥してしまい、カスミサンショウウオの生息環境が著しく悪化して絶滅を招いたと考えられます。
水田が埋め立てられ、生息環境の分断化が進んで絶滅へ
その後、古い地形図と現在の地形図をスキャニングし、GISで土地利用の割合(水田、竹林、森林、住宅地、果樹園)の解析を行いました。
専用のプラグイン(Georeferencer)を使って、地形図の画像データに座標情報を記し、GISソフトで地図上に土地利用の状況を描きこんで、植生の割合を求めました。また、航空写真による比較も行いました。
これらの調査から、当該地では周辺の水田が埋め立てられていったことがわかりました。
谷戸の減少と気温の上昇がカスミサンショウウオの絶滅に関わる
さらに、緯度・経度などのデータと、環境要因(標高、傾斜度、傾斜方向、月別最高気温、月別降水量)をもとに、カスミサンショウウオの生息に適した範囲を予測できる「MaxEnt」というモデリング解析ソフトを使い、東海地方の生息に適した地域モデルを作成しました。その結果、岐阜県内の生息適地は、非常に少ないことがわかりました。
カスミサンショウウオは、産卵場所に適した「谷戸(やと:※)」に多く生息することがわかっています。現在の岐阜県南西部は谷戸が少なく、そのことが、カスミサンショウウオの個体数の低下に繋がったのではないかと考えられます。
水田の宅地化、水路のU字溝への移行、道路の舗装による土に含まれる水分量の低下、産卵場所の減少などが、カスミサンショウウオが絶滅する事態を招いたのではないかと推測されます。
※谷戸:丘陵地が浸食されて形作られた谷状の地形で、小規模な水田が多く作られる。
将来的には、CO2濃度の変動によって気温が高くなり、生息適地はより減っていくことが考えられます。
人の手による保護活動と環境整備を続けたい
新規生息地発見のための解析から、人為的な環境変化による生息地の減少が、カスミサンショウウオが絶滅の危機に瀕している要因の一つであると考えます。
しかし、私たちが行っているような、人の手による保護活動や環境整備によって、カスミサンショウウオの個体数が増加しているのも事実です。私たちは今後もカスミサンショウウオの研究を続け、個体群再生のための保全活動に繋げていきたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
2007年に本校生物部の先輩方が、岐阜市のカスミサンショウウオ生息地で調査を行ったところ、老齢個体が4匹という、絶滅の危機に瀕している状況でした。何とかカスミサンショウウオを守りたいと考えた先輩方は保護活動に乗り出し、加えてカスミサンショウウオに関する研究活動も行ってきました。保護活動も12年目となり、研究内容は遺伝子、生殖など多岐にわたっています。
2016年3月に、岐阜県内で3か所目のカスミサンショウウオの生息地が見つかったことに刺激を受け、まだ潜在的な生息地があるのではないかと思ったのが本研究の始まりです。
テレビで環境DNAを知り、シンポジウムでGISを知り、この2つを組み合わせることで効率的に調査ができると考えました。そして、昨年2つの手法を組み合わせることで県内4ヵ所目となる新規生息地を発見することができたことを受け、新たな生息地発見に向けてより詳細な生息地解析を試みました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
カスミサンショウウオの保全活動は,12年目となりました。ふだんの活動は、生き物の世話があるので、毎日です。研究はマイペースで行っていますが、忙しいときは休みなく活動しています。今回の研究成果は、約1年間の活動によるものです。
■今回の研究で苦労したことは?
シミュレーションソフトとして使用したMaxEntは、数あるソフトの中でも精度が高いものとして、様々な生物種を対象に活用されています。しかし、英語で構成されているため、使用方法が十分わからず、苦戦を強いられました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
GISは、位置や空間に関する様々な情報をコンピュータ上で重ね合わせ、分析し、その結果を視覚的に表示させるシステムで多くの機能があります。それらの機能を組み合わせて解析したことです。現在から過去、未来を解析して、時間を遡ったり、予測をしたことに注目してほしいです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
1.「里山里海の再興と持続可能な社会」中村俊彦(2013)日本不動産学会26(3):40-46
2.A safe space Johan R. et.al. (2009)Nature 461(7263),447-8
3.Status and Trends of Amphibian Declines and Extinctions Worldwide S.N. et.al.(2004)Science,306:1783–1786.
4.岐阜県版レッドデータリスト(2009)
5. 「守れ!ふるさとのカスミサンショウウオⅧ ~GISと環境DNAを用いた新規生息地の発見~」岡田翔吾他(2016)第15回AITサイエンス大賞研究発表論文集第15号
6.「野生生物の生息·生育適地推定と保全計画―特集を企画するにあたって―」(2006)三橋弘宗他(応用生態工学8(2):215-219)
7.「A basin‐scale application of environmental DNA assessment for rare endemic species and closely related exotic species in rivers: a case study of giant salamanders in Japan」S. Fukumoto et al.(2015)Journal of Applied Ecology 52(2):358-365
8.「守れ! ふるさとのカスミサンショウウオ~保護活動と遺伝的多様性の解析~」
高橋晃太郎他(2014)2014日本ストックホルム青少年水大賞【優秀賞】:102-108
9.Elith J. et al.(2006)ECOGRAPHY 29:129-151
10.「21世紀末における日本の気候」環境省,気象庁
11.「環境 DNA 分析手法を用いたサンショウウオ属の検出法の開発」富田勢(神戸大学人間環境学科自然環境論コース卒業論文,2016)
12.「環境DNA 分析の野外調査への展開」山中裕樹他(2016)日本生態学会誌66(3):601-611
13.「堆積物からの環境DNA検出」(2016)坂田雅之他(日本生態学会第63回全国大会講演要旨,P1:356)
14.「自然史標本の意義について」(2013)斎藤靖二(日本古生物学会誌.化石:93;131-135)
15.「古地図高精細画像データの活用とGIS分析」(2009)平井松午(情報の科学と技術:59(11);551-556)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
GISを用いた地形図の解析により、過去の地形図は植生の変遷を知る上で価値があることが示されました。さらに、従来の地形分析では難しかった定量解析なども可能なため、今後広い年代の地形図を用いてカスミサンショウウオの生息環境の変遷をたどりたいです。
またGISは、地形図に限らず、文書、史料、統計、古地図、絵図、地名、写真といった空間的アーカイブズの分析ツールとしても有効であることから、気象、人間活動といった異なる要因をGISで総合的に解析することで、カスミサンショウウオの個体群縮小や絶滅原因を追究していきたいです。
岐阜県内の新規の生息地を発見し、カスミサンショウウオを保全する活動を広げていきたいと思っています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
研究活動以外にはカスミサンショウウオの保護活動を行っています。岐阜県岐阜市のカスミサンショウウオの産卵場に行き、卵嚢を保護、致死率が高い幼生期に学校で飼育し、変態上陸直前に生息地に戻す活動を行っています。
■総文祭に参加して
今回の総文祭に参加し、伝えたいことを制限時間内に伝えることの難しさを痛感しました。自分が研究していることの面白さを理解してもらえなければ、研究を理解してもらったとはいえないということを強く感じました。ただ研究の成果や結果を伝えるだけの発表ではなくて、わかっていないことについて相手と議論出来るようになりたいと思いました。そんな発表ができるような場が増えるように、今後も研究を頑張りたいです。