2018信州総文祭

環境に応じて窒素を取り入れる仕組みを変えられる不思議なイキモノ

【ポスター/生物】埼玉県立浦和第一女子高校 生物部

(2018年8月取材)

島田美樹さん(3年)
島田美樹さん(3年)

■部員数 14人(うち3年生14人)

■答えてくれた人 島田美樹さん(3年)

 

イシクラゲの窒素固定と増殖

空気中の窒素を直接窒素化合物に変えて取り入れる

イシクラゲは光合成を行うシアノバクテリアの一種で、学校の校庭の隅などにも生息しています。普段は群体を形成していて、顕微鏡で観察すると、細胞が一列に数珠上に連なっています。

 

このように細胞が連なって糸状になったものを細胞糸と呼びます。細胞糸の大部分は「栄養細胞」と呼ばれる光合成を行う緑色の細胞ですが、ところどころにそれらよりも一回り大きい透明な細胞があります。これを「異質細胞」と呼びます。この異質細胞が、窒素固定という特別な働きをしています。

 

窒素は、タンパク質や核酸など生体にとって不可欠な有機物に含まれる元素です。窒素を取り込むことは、どの生物にとっても重要です。その方法は2つあります。1つは植物が一般的に行なっている方法で、硝酸イオン(NO3-)やアンモニウムイオン(NH4+)を吸収してタンパク質などを合成するというものです。これを窒素同化と呼びます。もう1つは、イシクラゲなどごくわずかな生物のみが行う、窒素固定という働きです。これは、大気中の窒素分子をアンモニウムイオン(NH4+)に変えて取り込むというものです。

 

私はこのような窒素固定を行う生物に興味を持ち、身近に生息しているイシクラゲを研究対象としました。

 

イシクラゲに近い生物で、窒素固定を行うアナベナという生物がいます。このアナベナに関する研究では、生息環境に硝酸イオンやアンモニウムイオンといった窒素源があれば、窒素固定を行わずに環境の窒素源を利用するとされています。このように窒素源を選択的に利用する機構がイシクラゲにもあるのではないかと予想し、それを確かめるために実験を行いました。 

培地の硝酸イオン濃度が高い=栄養分が多いと窒素固定は行われない

実験では、培地の窒素源によってイシクラゲの細胞が増殖するかを調べました。群体の状態ではその観察が不可能だったため、まずは顕微鏡で数を数えられるように処理をしました。イシクラゲを乳鉢ですりつぶした後に、蒸留水を加え、ろ過するという操作により、短くて絡まりにくい細胞糸を得ました。

 

この細胞糸を用いて、2つの基準から細胞の増殖を観察しました。1つは細胞糸あたりの細胞数で、もう1つは異質細胞が形成された細胞糸の割合です。培養前後で細胞糸あたりの細胞数を比較しました。

 

実験1では、培地の組成のうち、硝酸イオンの濃度だけを変化させ、培地に含まれる硝酸イオンがイシクラゲの窒素固定および細胞数増加に影響を与えるかどうかについて調べました。硝酸イオンが含まれる培地の方が窒素固定を盛んに行い、細胞数が多くなるという仮説を立てました。

 

実験の結果、予想に反して硝酸イオンを含まない培地の方が、細胞数が増加したことがわかりました。また、異質細胞は硝酸イオンを含む培地ではほぼ形成されず、硝酸イオンを含まない培地では培養3日後から徐々に形成されて4日後には20%以上の細胞糸で形成されました。

 

グラフ1 細胞数増加率および異質細胞が形成された細胞糸の割合の推移

空気中の窒素濃度は窒素固定にどのように影響するか?

 

このことから、新たに以下の仮説を立てて実験2を行いました。

 

(1)硝酸イオンがない条件でのみ異質細胞が形成されるのではないか

(2)培地中の硝酸イオンやアンモニウムイオンはイシクラゲに同化されないのではないか

(3)窒素濃度が高いほど盛んに窒素固定を行って、細胞数が増加するのではないか

 

ここでは条件として、培地の硝酸イオンの濃度を、全くない・低濃度・高濃度の3種類にわけました。それぞれにアンモニウムイオンは含まれています。

 

また、培養環境の気体の組成を五種類に分けました。

 

(4)が大気に近い組成で、(5)では窒素濃度が高いと窒素固定を頻繁に行うという仮説から窒素100%の気体を用いました。

 

ここで、窒素固定を触媒する酵素のニトロゲナーゼは酸素によって失活することから、酸素の影響を調べるために(2)(3)でヘリウムを用いた混合気体による培養を行いました。

 

その結果、酸素はイシクラゲの細胞数増加に影響を与えることがわかりました。

 

よってこれ以降は、酸素を含まない(1)(3)(5)の間で比較を行いました。その結果が以下の表です。 

まず、培地の硝酸イオンが全くない条件下では異質細胞が細胞糸の20%以上で形成され、硝酸イオンを含む培地では10%以下であったことから、仮説(1)が支持されました。つまり、培地の硝酸イオンの欠乏が異質細胞の形成を促すと考えられます。

 

仮説(2)については、表3より気体組成がヘリウム100%かつ培地の硝酸イオンが全くない条件下で細胞数が1.49倍に増加していることから、培地に含まれる微量のアンモニウムイオンを利用したと考えられ、仮説は反証されました。

 

また、どのような気体組成であっても、培地に硝酸イオンがある条件では、ない条件よりも細胞数が増加しませんでした。このことから培地に硝酸イオンがあってもほとんど利用できず、細胞数を増やすことはできないと考えられます。気体の窒素濃度が100%か硝酸イオン濃度が高い条件の方が、細胞数が増加しました。このことから窒素源が極端に豊富な条件では、硝酸イオンの同化と窒素固定の両方が行われると考えられます。

 

仮説(3)については、表3より、どのような培地であっても気体組成が窒素100%の条件で最も細胞数増加率が高く、仮説は支持されました。

 

培地の栄養状態×気体組成で最適な窒素の取り入れ方ができる

 

以上の結果から、イシクラゲの窒素源利用は下のフローチャートにまとめられます。

 

 

この中で、細胞数が最多であったのは、培地に硝酸イオンがなく、気体に窒素がある条件であったことから、異質細胞が形成されて窒素固定を行うことが、イシクラゲの窒素源利用に大きな影響を及ぼすと考えられます。

 

このように、イシクラゲは環境に応じて、異質細胞の形成を調節することで窒素源を選択的に利用していることがわかりました。

 

■研究を始めた理由・経緯は?

 

学校の生物の授業で窒素固定(大気中の窒素分子をアンモニウムイオンに変える働き)について習ったとき、率直に、「そんな働きができているなんてすごい!」と思ったのがきっかけです。窒素固定ができる生物はとても限られていますが、一番身近で、学校の校庭で採取可能なイシクラゲを題材としました。

 

■今回の研究にかかった時間はどのくらい?

 

1日3時間、1週間に2〜6日で約1年半です。

 

■今回の研究で苦労したことは?

 

実験方法を確立するのに苦労しました。実験が終わってから、この方法ではダメだったと気づいて、新しい実験方法を考え直し、再び実験データを取るということは何度もありました。

 

■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?

 

実験方法を工夫しました。培養する際の気体の条件を整えるには、大掛かりな装置が必要だと思いがちですが、学校の実験室にある機材で十分でした。考えるのは大変でしたが、学校の先生のご指導いただきながら、方法を確立できたときは嬉しかったです。

 

■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究

 

・『ラン藻という生きもの』藤田善彦、大城香(東京大学出版会)

・『スクエア 最新図説生物 neo』(第一学習社)

・『シアノバクテリア』広瀬侑,佐藤桃子,池内晶彦(2009)(北海道大学学術成果コレクションHUSCAP) 

・『淡水藻類入門―淡水藻類の形質・種類・観察と研究』 山岸高旺 編著(内田老鶴圃)

・『シアノバクテリアにおける炭素/窒素代謝バランス調節機構の解析』小山内崇,田中寛[東京大学博士論文]

・『Percoll密度勾配を用いた遠心分離によるイシクラゲの細胞外多糖(EPS)除去細胞の単離法』 小杉真貴子,菓子野康浩,工藤栄,伊村智(「南極資料」56巻 2012年)

・『Effect of Source on the Steady State Growth and N Assimilation of P-limited 

Anabena flos-aqae』David B. Layzell, Ivor R.Elrifi 

(Queen’s University,Kingston,Ontario,Canada)

・大阪大学微生物病研究所附属遺伝情報実験センター

 http://www.gen-info.osaka-u.ac.jp 

 

・『Biology Depertment 』David B. Layzell, David M. Tvrpin And Ivor R.Elrifi(1985), 

(Queen’s University,Kingston,Ontario,Canada K7l3n6)

 

■今回の研究は今後も続けていきますか?

 

今回ポスターで発表した内容を論文にまとめて、研究を終了する予定です。

 

■ふだんの活動では何をしていますか

 

昨年度は週に1時間程度学校の先生の特別講義を受けました。また、大学で特別講義を受けました。

 

■総文祭に参加して

 

全国から高校生が集まってくる中で自分の研究を発表するということで、最初はとても緊張していました。しかし、熱心に発表を聞いてくださる方が多く、次第に緊張がほぐれて行きました。特に印象的だったのは、活発なディスカッションができたことです。全国から集まった高校生や引率の先生方からは、様々な観点から多様なご質問をいただきました。質問に答えるのも楽しかったです。

 

また、ポスター発表は聞き手との距離が近いのが特徴なので、聞き手の顔を見ながら、ここはもう少し詳しく説明するべきかどうか、といったことを判断しながら話しました。そして、面白いと言っていただけたときには、これ以上にない達成感がありました。今回の総文祭では、ポスター発表を存分に楽しむことができました。埼玉県代表として総文祭に出場できたことを誇りに思います。

 

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