(2018年8月取材)
■部員数 25人(うち1年生10人・2年生7人・3年生8人)
■答えてくれた人 佃竜成くん
立体構造が変わると反応速度は変わるのか
教科書や参考書には、「グルコース(ブドウ糖)の鎖状構造にはホルミル基(アルデヒド基)があるので、グルコース水溶液には還元性があり、フェーリング液を還元し、銀鏡反応(※)を示す」と書かれています。
私たちは、糖の立体構造が還元能力にどのような影響を及ぼすかを調べる研究を行っています。先行研究では、種類が異なる糖の還元速度に差があることがわかっています。
今回は、「D-グルコース」「D−マンノース」という、構造のよく似た糖を用いて実験を行いました。
(※)還元性をもつ有機化合物の検出反応の一。過剰のアンモニアを加えた硝酸銀水溶液を入れた試験管に試験物質を加え約摂氏60度に加熱して静置したとき、銀イオンが還元されてガラス壁面に析出し鏡をつくる反応。ブドウ糖やアルデヒドの検出などに用いる。[大辞林より]
今回の研究では以下の2点の解明を目的としました。
(1) 構造が似ているD-グルコースとD−マンノースの還元速度を具体的に求めて数式化を図る
(2) 量子計算科学の観点からも糖の還元能力について検証し、ヒドロキシ基の立体配置の違いが反応速度に及ぼす影響を考察する
実験結果を数式に落とし込む
実験は以下の三つを行いました。
[実験1]
まず、ベルトラン法という手法で二つの糖の還元速度を調べました。ベルトラン方は、Cu2+が含まれる溶液に糖を加えて加熱することで生じたCu+の量を酸化還元滴定で調べる方法です。
具体的な操作の手順は図のとおりです。反応温度は60℃、加熱時間を10分、20分、30分として実験を行いました。
[実験2]
次に、分子モデリングソフトウェア「Spartan’16」を用いてD-グルコースとD−マンノースの分子構造の解析を行いました。
[実験3]
実験1の結果から具体的な糖の還元速度を算出するため、反応速度定数K'と反応速度の関係式を求めました。また、糖の濃度による反応速度の違いを調べるために、濃度を2倍にして実験1と同様の実験を行いました。
キレート錯体による影響を考慮
ベルトラン法で使用する、Cu2+が含まれる溶液についても、濃度を2倍にして実験を行いました。しかし、実験を進める過程で、水溶液中でCu2+が酒石酸とキレート錯体を形成しており、その構造が濃度やpHによって変化することがわかりました。
そのため、Cu2+が含まれる溶液の濃度を変えると同じ反応機構の実験と見なせなくなるため、Cu2+が含まれる溶液の濃度を一定にし、糖の濃度だけを2倍にして実験3を行うことにしました。
まとめと考察
以上の実験をまとめます。実験1の結果が以下の図です。
これにより、D−グルコースの反応速度定数K’は約1.49×10-2 (min-1)、D−マンノースは約2.27×10-3 (min-1)であることがわかりました。これから、D−グルコースのほうがD−マンノースよりも還元速度が速いことになります。
また実験3から、糖の濃度が反応速度に与える影響がわかりました。
D−グルコースの反応速度式の指数の値は1.5、D−マルノースは1.6となりました。これは、例えばD−グルコースは濃度が2倍になると反応速度が21.5倍になるということを示します。
これらの結果と、実験2で得られた分子構造から以下の考察を行いました。
1. 糖の構造において、還元能力を持つのは鎖状構造のみです。ゆえに、水溶液中に存在する鎖状構造の割合が大きいほど、還元反応が速くなると考えられます。
2. 下の図は、D−グルコースとD−マンノースそれぞれの電子密度の分布を表したものです。
鎖状構造による還元反応では、還元能力を持つホルミル基が電子を放出して還元を行うので、ホルミル基の電子密度が高ければ還元反応が進みやすいと考えられます。左図のホルミル基に注目すると、D−グルコースのほうがより電子が集まっていることから、この考察は支持できると考えました。
3. 糖の環状構造が還元の過程で鎖状構造へと平衡移動することから、この平衡移動の速さが還元速度に影響を与えるのではないかと考えていました。しかし、鎖状構造への平衡移動は、D−グルコースもD−マンノースも十分に速いことがわかり、今回の実験では、還元反応の速さへの影響はないと考えました。
4. D−グルコース、D−マンノースの反応速度式の指数の値がともに1.0より大きくなりました。これは、キレート錯体や反応中間体の影響が関係していると考えられますが、データが少なく、結論を出すには至りませんでした。
5. 指数の値がほぼ同じになったことから、今回用いた糖がアルドースであり、反応機構が同じだったためだと考えられます。同じ糖であっても、ケトースは反応機構が異なるので、指数の値は異なるのではないかと考えられます。
これらから、水溶液中に存在する鎖状構造の割合・鎖状構造の反応のしやすさ(ホルミル基の電子密度)・平衡移動の速さが還元能力に影響を与えることがわかりました。また、グルコースの反応速度定数は、マンノースの約7倍であることがわかりました。
今後は、実験結果のデータをさらに増やすとともに、ケトースでも同様の実験を行うことや、糖の濃度をさらに上げて3倍・4倍にすることで検証を重ねていきたいと思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
先輩方が行っていた先行研究の発表を聞き、興味を持ったことがきっかけでこのテーマについて研究を行いました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
最初の研究は2016年から始まっており、今年で3年目の研究です。 現在は、週に2日程度、1日あたり2~3時間の研究を6か月続けています。
■今回の研究で苦労したことは?
実験データから反応速度式を求め、その結果の考察を行うところに苦労しました。キレート錯体が関与していることを知らなかったため、水溶液の濃度を変化させた場合の実験結果の処理には、とても苦労しました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
反応速度式のところを見てほしいです。とてもシンプルな式になりましたが、キレート錯体の影響についても考慮して出した式ですし、データはまだまだ少ないですが、速度定数や指数の値まで求め、反応速度式としてまとめることができました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「化学の新研究―理系大学受験」卜部𠮷庸 三省堂 (2013)
・「還元糖の定量(ベルトラン法)」岐阜県教育委員会(2005)
http://gakuen.gifu-net.ed.jp/~contents/kou_nougyou/jikken/SubShokuhin/09/index.html
・「The Structural Chemistry of Text‐Book Species: the Tartrato‐Cuprates in Fehling's Solution」Sandra Albrecht,Peter Klüfers. https://doi.org/10.1002/zaac.201200458 (2013)
・「Monosaccharides : Their Chemistry and Their Roles in Natural Products,」 Peter C.Collins , Robert J.Ferrier(著)(John Wiley & Sons, 1995)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
来年度の継続研究を行う予定はありません。違うテーマの研究を行うのであれば、有機合成の研究をしてみたいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
週に2日程度、実験や勉強会などを行っています。
■総文祭に参加して
いつも研究発表を行うのは、高知県内か四国内だったので、これほど多くの人が集まるところには参加したことはありませんでした。レベルの高い研究ばかりでとても興味深かったし、いい経験になりました。中には大学でやる研究じゃないか、と思うようなものもあって驚きました。天文台の見学では、天気が悪くて電波望遠鏡に登ることができなくてとても残念でしたが、間近で見ることができてよかったです。