(2018年8月取材)
■部員数 10人(うち1年生4人・3年生6人)
■答えてくれた人 鈴木泰我くん(3年)
部活の伝統的活動で芽生えた地下水への「探求心」
本研究を一言で表すと、「都心の地下水についての研究」となります。
私が通う海城高校から近い「おとめ山公園」には、小さいながらもよく整備された湧水があります。海城高校地学部では、2009年から9年間にわたり、湧水を当番制で毎日観測するなどして、新宿区落合地域の地下水環境の解明に向けた研究活動を継続してきました。本研究の背景には、その活動に参加する中で私の中に芽生えた「身近な地下水への探求心」があります。
さて、「都心の地下水」については部活内外でいくつかの先行研究がありますが、それらを念頭に置いて、本研究では2つの目標を設定しました。1つ目は、新宿区落合地域における地下水の流れを把握すること。2つ目は、地質に基づき地下の帯水状況を推定することです。
自作の「地下水面図」で地下水の動きを推定
一般的に、地下水は、図のように連続して存在しており、その上面を「地下水面」と呼びます。そして、各地点の地下水面を等高線で表現したものが「地下水面図」です。地下水面図からは、地下水の分布を読み取ることができます。また、地下水は「地下水面の高低に従って流れる」という性質があるため、地下水面図によって、地下水の流れの向きや速度を推定することもできます。つまり、地下水面図を作成することで、本研究の1つ目の目標である「地下水の流れを把握すること」ができるのです。
本来、地下水面図は、地下水位のデータを多数の井戸で計測し、それらをマッピングして作成します。しかし、井戸の本数が減少してしまった現在では、十分な観測は困難です。そこで私は、精度では劣るもののデータの数が多い「ボーリング調査」のデータを、その代替手段として活用することにしました。最初に、インターネット上で公開されている『東京の地盤(GIS版)』というウェブデータから、700地点分のデータを手作業で抽出しました。次に、記録されている「孔内水位」の数値から、それぞれの地点での地下水位を算出しました。最後に、地図上に各地点での地下水位をマッピングし、等高線を引けば、地下水面図の完成です。
季節による変動を考慮して、9~11月の「豊水期」、1~3月の「渇水期」について、それぞれ地下水面図を作成しました。
下図は、「豊水期」の地下水面図です。黒い線は、地下水面の等高線で、東から西に向けて低くなっています。等高線の形に注目すると、対象地域の地形と整合的であることがわかります。グレーの矢印は、地下水面図から推定される地下水の流向と流速を表しています。対象地域の地下水は、西から東に向けて放射状に流動しており、神田川への流入が盛んであると考えられます。
下図は、「渇水期」の地下水面図です。こちらでも、等高線の形は、やはり地形と整合的です。しかし予想に反し、「豊水期」と「渇水期」との間には、理想的な季節差が見られませんでした。データ不足という原因も考えられますが、私はそもそも「季節差」が存在しないのではないかと考えました。
地下水面の変動に特異な現象を発見
次に、「地質に基づき帯水状況を推定する」という2つ目の研究テーマについてです。
2つの井戸について、自記水圧計で地下水位データを長期的に測定し、グラフを作成しました。黄色の棒グラフは降水量を、黄色の点線は井戸Aの地下水位を、青色の実線は井戸Bの地下水位を、それぞれ表しています。井戸Aの地下水位は、降水に応じて単調な増減を繰り返しており、武蔵野台地において典型的な変動タイプを示しています。一方、井戸Bでは、「ときおり地下水位が急激に低下する」という、類似する観測例がほとんどない特異な現象が観測されました。
低下現象を説明する「地質的構造」と「地下水崖線移動説」
井戸Aには、これより下回らない最低の水位である「基底水位」があります。井戸Bのグラフを、井戸Aのグラフを平行移動した図形と近似して考えると、井戸Bの基底水位が推定できます。しかし、低下現象が生じる時、地下水位はこれを大幅に下回っています。この現象は、降水という変動要因のみでは、説明がつきません。
私は、地下水位のグラフに補助線を引くことで、28.3メートルという高度に地下水位が達した時に、この現象が起こるということに気づきました。また、考察を行う中で、低下現象が発生するタイミングは、「無降雨期間の連続日数」など時間に関係する変数による定量的な説明が難しいということもわかりました。このことから、状況に左右されない「地質的構造」が、特異な現象の要因となっているのではないかと考えました。
井戸Aは、比較的平らな場所に位置していますが、井戸Bは、神田川の強い浸食作用によって崖が連なる「崖線地形」の縁に位置しています。そして地下水面図を参照すると、井戸Bの真下には、崖線地形に対応して地下水面が急傾斜した「地下水崖線」が存在しています。ここで、私は「地下水崖線移動説」という仮説を立てました。それは、「地下水崖線」が移動するために、地下水位の変動が2種類の挙動を示すのではないかというものです。
通常の地下水面の変動は、地下水面全体が鉛直方向に移動するものです。井戸Aでは、この変動のみが観測されています。
無降雨状態が長く続くと、地下水面は、それより下回ることができない基底水位に達します。しかし、流出によって地下水の量は継続的に減少するため、いずれ基底水位で地下水面を保持できなくなる時が訪れます。ここで、地下水の量と地下水面との帳尻を合わせるためには、「地下水の崖線」が水平方向に移動しなければなりません。そして、通常とは異なる急激な水位変動は、水平方向に移動する「地下水の崖線」が井戸Bを通過する際に起こっていると考えれば、一連の現象がうまく説明できます。これが、私が提唱する「地下水崖線移動説」です。
「地下水崖線移動説」の証明に向けた調査を目指したい!
私は、この仮説を確かめるために、類似する観測例を調査しました。下図の小金井市の井戸のデータでは、赤色の直線で示した高度を境に、地下水位の急激な低下現象が起こっています。そしてこの井戸が位置しているのも、崖線の縁でした。参考にした先行研究では16地点が調査対象とされていましたが、小金井市の井戸はその中で唯一、地下水位の急激な低下現象が観測された井戸であり、また唯一、崖線の縁に位置している井戸でもありました。この事実は、地下水位の急激な低下現象と崖線地形の間に、強い関係があることを支持しています。
本研究では、第一に、実測データに基づき、地下水の面的な挙動の推定を行いました。そして第二に、その一部で見られた特殊な現象に着目し、地下水位の変動についての新たな仮説「地下水崖線移動説」を立てました。シミュレーションを行ったり、より多くの類似する事例を見つけたりして、「地下水崖線移動説」を証明することが、目下の課題です。証明に成功した後は、地形のみにとどまらず、より詳細に地層と「地下水崖線」の移動との関係を調査し、これまで注目されてこなかった地下水の帯水環境の一面を解明したいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
もともとは、先輩方が行っていた学校付近の湧水と地下水の研究に参加したことがきっかけです。自分が入学する前から続いてきていた研究をさらに発展させたいという思いで、高校2年生になった時に『何か研究をしよう!』と思いました。しかし、その時点では研究テーマなどは決まっていなかったうえ、先代の先輩の研究が「シミュレーションモデルを使って地下水位変動を再現する」といった大変レベルの高いものだったので、当初は『自分にできることなどあるのだろうか』とかなり悩みました。しかし、顧問の先生に「今度はシミュレーションではなく、実測データを使う研究をしてみたらどうか」「これまで自分たちで観測してきた一つの井戸にこだわるのではなく、もっと広い範囲の地下水位の分布を調べることはまだ誰もやっていないはず」という助言をもらい、どうなるかはわからないがとにかく地下水面図を作成してみよう!という運びになりました。
またこの頃、これまでお借りしていた井戸だけではなく、別のお宅の井戸を新しくお借りして取り始めたデータがようやく良い数溜まっていたので、これも面白くなるかはわからないがとにかくデータを分析してみよう!となりました。
こういう見切り発車では、初期段階で面白い結果が出なければ、研究として成立する前に完結してしまうため、あまり健全なスタートとは言えなかったと思います。それでも他に良いテーマは見つからなかったのでこれしかありませんでした…。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
2009年頃から湧水の観測自体は始まっていました。自分の研究は2017年8月からです。学会発表前などは1日4時間を2週間ほど続けた時もありましたが、それ以外は基本1日1,2時間という感じです。
■今回の研究で苦労したことは?
そもそも主題決めの時点で前述のとおり見切り発車だったため、常に研究が続く見通しが立たなかったことが一番精神的なネックでした。
また地下水面図作成に当たって後輩や同級生にかなり手伝ってもらいましたが、他人に作業をお願いするということは自分が思っている以上に難しい点がたくさんありました。それでも実行してくれた彼等には本当に感謝しています。
しかもデータがExcelにまとめられておらず、一地点に一枚のPDFが地図上にプロットされている形だったので、地図をクリックしてPDFを見て自分で打つ、という非常に手間でありミスを誘発する作業を繰り返さなければいけなかったのもつらかったです。
2つ目のテーマである特殊な地下水位変動については、先行研究でも全く扱われておらず、基底水位を超えるというルールを逸脱した現象であったため最初は全く見当もつかず、悩むだけで全く進捗が生まれないという時期があり、そこが一番つらかったです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
特殊な地下水位変動を何とか説明しようと作成した地下水面図をにらんでいた時、それまではただ地形に沿った全体で一つの面としか見ていなかったのですが、ふと井戸の近くにあった地下水位の急斜面が目に留まりました。今となっては何故かわかりませんが、『地下水面から、この部分だけ切り出して考えてみようか』とふと思いつき、試しにその斜面に『地下水崖線』と特別な名前をつけて『これは一個のモノだ』と考えてみました。すると不思議なことに、『ここだけ自由に動いてもいいのではないか?』という発想が生まれました。これまで地下水面「全体」がいかに「上下」するかしか考えていなかった自分にとって、「一部」が自由に「水平」に動くかもしれないという発想の転換は衝撃でした。
斜面がある点を横切って水平に移動している時には、その点からは地下水位は上下して見えます。グラフの傾きが通常の変動とも異なる理由もこれで説明がつきます。全体が上下するのと、一部斜面が横切るのではむしろ傾きは違ってしかるべきです。
この仮説は今でも未検証のままなのですが、これを自分が発想できたこと自体がとても嬉しいです。そのくらい、自分の中では面白い仮説でした。これから検証して、もし証明できたらそれ以上嬉しいことはありません。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・国土地理院地図 1/25,000『東京西部』
・『東京の地盤 (GIS版)』
・「武蔵野台地西部の浅層地下水と水文環境」(都土木技研年報 H10)
・「新宿区おとめ山公園湧水の実態調査と浸透施設導入効果の検討」佐藤良介(2012)[未公刊]
・「新宿区おとめ山公園湧水の湧出量の経年変化とその要因の推定」高野雄紀 (地下水学会誌(2015))
・「解析雨量を用いた自然湧水の涵養域に関わる考察-新宿区立おとめ山公園を例にして- 」清水彬光(in press)(水文科学会誌)
・『水循環における地下水・湧水の保全』 (東京地下水研究会,2011)
・「新藤静夫の地下水四方山話」http://www.jkeng.co.jp/column.htmlより
Vol29,30,33~37『地下水研究50年史』
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究は、まだ仮説を立てただけで検証ができていません。というのも、現段階では実行可能な手段が見つからなかったためです。しかし大学で使うような高度なシミュレーションソフトを利用すれば、これを検証することができそうだと期待しています(志望は地球科学系です)。ですので、ぜひこの研究を継続させて、大学の設備・技術を利用したさらなる発展をさせたいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
基本的に、毎日地学部の活動のみを行ってきました。(今は高3なのでやっていないのですが)日常的に湧水の観測に行ったり、休日には化石鉱物採集などを目的とした巡検に参加したりもしました。
■総文祭に参加して
やはりとても刺激的な発表会であったと思います。科学部というくくりで全国の高校生と接する機会というのはなかなか珍しいもので、自分とは異なる研究に対するスタンスや熱意などを感じ取れたのは、とても良い経験だったと思います。また自分では良い研究発表ができたと思ったので、賞を獲れなかったことはとても残念です。これが後輩たちのいい刺激となって、部内の研究がさらに発展していくことを期待しています。