(2018年8月取材)
■部員数 18人(うち1年生8人・2年生3人・3年生7人)
■答えてくれた人 溝口瑛斗くん(3年)
高速で危険な「スペースデブリ」
「スペースデブリ」をご存知でしょうか。スペースデブリとは、宇宙空間に漂う微小な人工物体の総称で、打ち上げられたロケットの残骸、使用されなくなった人工衛星などが、主なものです。これは、発見されているスペースデブリのイメージ図で、地球の周りに非常に多くあることがわかります。
スペースデブリの最高速度は、音速の約20倍にあたる秒速8kmにも達します。これほどの速度があると、たった10gの物体でも、厚さ10cmの鉄壁を貫通するまでのエネルギーを持ちます。そして実際に、高速で運動するスペースデブリが人工衛星に衝突するなどして、甚大な被害が生じています。この問題について、私たち高校生にも何か貢献できることはないかと考え、高校にある口径10cmの小型望遠鏡によって、通常は大型望遠鏡で把握されるスペースデブリの撮影を試みる研究を開始しました。
望遠鏡の性能の違いに着目
これまでの研究の成果として、小型望遠鏡であっても大型のデブリは撮影できるということはわかっていましたが、小型のデブリの撮影には成功していませんでした。私たちは、美星天文台の大型望遠鏡でも観測を行い、小型望遠鏡との性能の違いを比較することで、何らかのヒントが得られるのではないかと考えました。
そして、観測を行う中で、「小型のデブリの撮影が難しいのは、デブリの像の明るさが足りないためではないか」という考えに至り、小型望遠鏡と大型望遠鏡それぞれについて「CCDカメラ1画素に対して、デブリの光がどれだけ当たっているか」を示す「像光量比」の値を調べました。
その結果を表にまとめると、この表のようになります。「恒星時追尾撮影」は星を追いかけながら行う撮影法で、「固定撮影法」は架台を固定して行う撮影法です。
さらに、これまでの観測における撮影の成否を、大型、中型、小型のデブリごとに表にまとめたのが下図です。
小型のデブリの撮影に成功したのは、美星天文台の固定撮影のみで、その像光量比は290でした。この結果から、城東高校の小型望遠鏡で小型のデブリを撮影するためには、現在は10が限界値である像光量比を、何らかの工夫によって290まで高めることが必要だとわかりました。
様々な工夫で望遠鏡の性能を向上させる!
私たちは、そのための方法として、「ビニング」と「メトカーフ合成」の2つが利用できるのではないかと考えました。ビニングとは、複数画素分のデータを1画素にまとめることで、画質を落とす代わりに光に対する感度を上げる手法です。9画素分のデータが1画素になるようにビニングを行うと、デブリの像光量を3倍にすることができます。
一方メトカーフ合成とは、同一のデブリを連続して撮影した画像を、デブリの光が重なるようにずらして合成する手法です。10枚の写真についてメトカーフ合成を行うと、デブリの像光量を10倍にすることができます。
デブリの像光量を、ビニングによって3倍にし、さらにメトカーフ合成によって10倍にすると、全体で元の30倍の像光量を確保できます。
また、さらなる工夫として、城東高校の小型望遠鏡の利点である「写野角が大きく、夜空の広い範囲を撮影できる」という特徴を活かす撮影方法を考えました。こちらは、発見されている「タイタン3Cデブリ」29個の軌道のグラフです。赤丸で囲んだ部分に注目すると、ほとんどの軌道が集まっていることがわかります。このことから、「写野角の大きい望遠鏡で、デブリの軌道の交点付近を撮影することによって、観測の効率を高める」という工夫を考えました。
しかし、実際に実験を行うと、メトカーフ合成に問題があることがわかりました。撮影された夜空は、黒ではなくグレーであったため、合成を繰り返すにしたがって画像は全体的に白っぽくなり、最終的には真っ白になってしまいました。そこで、メトカーフ合成を省いて改めて実験を行い、結果として、2つのデブリの撮影に成功しました。
右下には、NORAD番号33511という、非常に小型のデブリが、左上には未発見と思われるデブリが撮影されています。
予想と食い違う観測結果。その理由は?
ここで一つの疑問が生じました。なぜ、メトカーフ合成を省いたにもかかわらず、本来よりも30倍の像光量が必要な小型のデブリの撮影に成功できたのでしょうか。
デブリの軌道は、赤道面に対して少し傾いています。この傾きによって「デブリの角速度のベクトル(デブリが運動する方向)」と「観測者の角速度のベクトル(地球が自転する方向)」の間にズレが生じ、その差分のためにデブリは線状の光として撮影されます。
ここで、小型のデブリ33511について、城東高校で撮影に成功した画像を、美星天文台で撮影された画像と比較してみると、画像上でのデブリの線の長さが約2分の1になっていることがわかりました。
このことから、私たちは、「画像上のデブリの線の長さを短くすることで、像光量の不足を補うことができるのではないか」と考え、デブリを「線」ではなく「点」として撮影するために、「デブリの角速度のベクトル」と「観測者の角速度のベクトル」が平行になるポイントを探しました。
このことから、私たちは、「画像上のデブリの線の長さを短くすることで、像光量の不足を補うことができるのではないか」と考え、デブリを「線」ではなく「点」として撮影するために、「デブリの角速度のベクトル」と「観測者の角速度のベクトル」が平行になるポイントを探しました。
再びデブリの軌道のグラフを参照すると、軌道の最北点と最南点で軌道が横向きになり、赤道面に平行となっていることがわかります。
そこで、望遠鏡を向ける方向を、軌道の「交点」から「最北点・最南点」に切り替え、改めて実験を行いました。
観測の結果、当初の予想通り、NORAD番号33512という非常に小型のデブリを、点で撮像することに成功しました。
小型望遠鏡でも、工夫次第で撮影可能
今回の研究により、撮影時に様々な工夫を行うことで、像光量比の限界値が低い小型望遠鏡であっても、小型のデブリを撮影できるということがわかりました。今後も、さらに効果的な撮影方法を探求してゆきたいと思います。
今回の研究で明らかになったように、デブリの軌道の「交点」を撮影する方法と、「最北点・最南点」を撮影する方法とでは、異なるメリットとデメリットがあります。今後の展望としては、この2つの方法のメリットを併せ持つ撮影方法を確立したいと考えています。また、新たに発見したデブリについては、今後も引き続き観測を行い、軌道を算出したいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
先輩方の研究で、スペースデブリの危険性をまとめたものがありました。私たちは、この問題の解決に何かの貢献できないかと考え、スペースデブリの問題解決として、何が行われているかを調べました。すると、宇宙空間での回収に関することは多く出てくるのですが、地球上でできることはあまり出てきませんでした。そこで、地球からスペースデブリを観測し、その軌道を算出することができれば、スペースデブリの回収にも、宇宙開発にも貢献できるのではないかと考え、撮影に焦点を絞って研究を行うことにしました。
しかし、私たちだけでは、十分な撮影はできません。そこで、多くのアマチュアの天文家が持っている10センチ屈折望遠鏡で撮影できれば、各地におられる多くのアマチュア天文家の方々にも協力していただき、より迅速にデータの収集・解析が可能になるのではないかと考えました。
このような理由から、口径10センチの小型望遠鏡でスペースデブリを撮影するということに決まりました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
日が沈んでから朝まで、1日あたり9時間行いました。スペースデブリの危険性についての研究は2013年からなので、5年間続いています。
■今回の研究で苦労したことは?
「ビ二ング」や「メトカーフ合成」のように、初めて聞くような方法がいくつも出てきました。その一つひとつの特徴を完全に理解し、応用できるようになるまでに、様々な先生方と話し合いました。さらに、いい結果が出たときも、なぜそうなったのかについて何度も議論しました。そのため理解は深くなったのですが、その影響で、パワーポイントなどを作る際に私一人しか作れないということがおきました。情報の共有は大切だなと思いました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
軌道のグラフを作成したのですが、そこから、グラフの交点を見つけ、その点に絞って撮影を行うことで、より効率よくスペースデブリを撮影することを可能にする撮影方法を編み出したことです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「人工衛星の軌道概論」 川瀬 成一郎 (コロナ社)
・「天体の位置計算」 長沢 工(地人書館)
・Regal Tribune 「SPACE DEBRIS FALLS INTO THE INDIAN OCEAN」
・「人工衛星の軌道概論」川瀬成一郎(コロナ社)
・「天体の位置計算」長沢工(地人書館)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究でも、欠点と利点が出てきました。そこで、その欠点を改善する方法として二つの方法を考えています。
■ふだんの活動では何をしていますか?
地学班の研究はもちろんのこと、他の班の研究である、近くの池の環境調査やウミホタルの採取などを率先的に行い、地学だけでなく、自然科学全体の視点から物事を考えられるようにしています。最近は、大型の空気望遠鏡を作ろうと思い、情報を集め、試行錯誤などもしています。
■総文祭に参加して
今回の全国大会では、見やすく、わかりやすく、内容がしっかりしている。そんな良い発表を多く見ることができました。この経験を活かし、次の世代の研究の後押しと応援をしたいと思いました。