(2018年8月取材)
■部員数 22人(うち1年生10人・2年生4人・3年生8人)
■答えてくれた人 服部宇良くん(2年)
塩化鉄(III)溶液が水酸化鉄(III)コロイドを形成するメカニズムを探る
初めに動画をご覧ください。
これは、2mol/L塩化鉄(III)溶液を1000倍に希釈したものです。このように、常温では溶液が時間とともに変色する現象を発見しました。また、この変色した溶液にはチンダル現象と凝析が確認され、塩化鉄(III)溶液は、希釈だけで水酸化鉄(III)コロイドを形成することがわかりました。
さらに、この希釈によるコロイド形成は、100倍以上の希釈率、つまり0.02mol/Lよりも希薄のときに起こることもわかりました。しかし、なぜ特定の希釈率で、どのようにしてコロイドが形成されるかは、まだわかっていません。そこで、研究の目的を希薄溶液が作るコロイド形成メカニズムの解明に設定し、さらにこのメカニズムを応用した粒径制御に取り組みました。
まずコロイド形成のメカニズムの解明に関する実験です。まず、反応への温度の影響を調べるために冷蔵庫に保存し反応の進行を観察しました。結果、違いは明らかで、低温に置いた場合は吸光度にも導電率にも変化は見られませんでした。このことから、コロイド形成には一定の温度が必要であることがわかりました。
次に、Fe3+以外の金属イオンでも希釈によってコロイドを形成するかを、導電率を指標に調べました。グラフからわかるように、塩化鉄(III)溶液以外では変化は見られませんでした。このことから、希釈によるコロイド形成はFe3+特有の現象といえます。
次に、Fe3+の溶液であれば、どれもコロイドを形成するかどうかを検証するために、塩化鉄(III)(FeCl3)、硝酸鉄(III)(Fe(NO3)3)、フェリシアン化カリウム(K3[Fe(CN)6])の各溶液を希釈しました。すると、吸光度と導電率のグラフからもわかるように、フェリシアン化カリウム溶液には変化が見られませんでした。
反応の仕組みを式で表してみる
これら3つの水溶液はいずれも、Fe3+は6配位の錯体を形成しますが、配位子が異なります。コロイド形成は、Fe3+、アクア錯イオンで起こるということができます。このとき、配位したH2Oの電子は強くFe3+に引き付けられてプロトン解離し、ヒドロキソ錯体を生じると考えられます。このヒドロキソ錯体は、水を脱離する縮合を起こし、水酸化鉄(III)コロイドが形成されると考えられます。
反応1と2は、下図に示した式で表すことができます。これらを合わせた式を、コロイド形成の反応式として用います。この反応式を眺めると、水素イオン濃度、つまり溶液のpHが反応を支配していることが想像できます。
1.
2.
3.
このpHがコロイドの形成状態を決めるのではないかと考えて、希釈直後のpHを測定しました。すると、pH2程度以上でコロイドが形成されることがわかりました。
本来コロイドを形成しない濃度でもpHを変えるとコロイドができる!
次に、本来コロイドを形成しない20倍希釈溶液のpHを人為的に引き上げたらコロイドが形成されるかを実験で検証しました。
2mol/Lの塩化鉄(III)(FeCl3) の20倍希釈溶液に水酸化ナトリウム(NaOH)溶液を滴下しています。このとき、中和反応によってpHは上昇します。pHの調整後、電解質溶液を加え、濁りをもとに凝析の状態を調べました。
グラフに示すように、添加量によってpHは上昇しました。約20分後まで変化はなく、その後、順に吸光度が上昇し、コロイドを形成しました。このように、本来コロイドを形成しない希釈率でも、pHの調整でコロイドを形成します。先ほどの反応式の平衡が、右に進んだためと考えられます。このように、コロイド形成は溶液のpHに大きく依存することがわかりました。
コロイドの粒径を制御するものの正体は何か?
私たちは、このpHの調整で粒径を制御できるのではないかと考えました。そこで、先ほどの水酸化ナトリウムを滴下する実験のpHの推移を調べました。
pHの変化は、以下の3つの領域に分かれました。
まず領域1は、水酸化ナトリウム溶液を滴下している時間帯です。ここで滴下をやめ、全量、19.5mL、つまり1.95×10-3molのOH-量を加えました。滴下前後のH+量は、pHから計算して、滴下前が1.07×10-3 mol、滴下後は5.91×10-4 molとなります。ここで、滴下したOH-が滴下前のH+を上回っていることに気付きました。つまり、本来塩基性を示すはずのところが酸性を示したのです。このとき、先ほどの反応
[Fe(H2O)6]3+ ⇄ [Fe(H2O)4(OH)2]+ + 2H+
は右へ進み、断続的にH+を供給したと考えられます。
さらに重要なのは、同時にヒドロキソ錯体も生成されることです。領域2ではpHの変化はありません。領域1で生じたヒドロキソ錯体が縮合を起こすまでの時間と考えられます。
その後、領域3でヒドロキソ錯体の縮合が進み、コロイドが形成されます。このヒドロキソ錯体の減少に伴い、反応はさらに右へ進み、再びプロトン解離でpHが低下すると考えられます。
私たちは、このpHが変化した時間、t に着目しました。t とpH調整値の関係を示したのがこちらです。pH調整値が高いと、t は短くなりました。このことから、t は、ヒドロキソ錯体が縮合を起こすまでの時間で、ヒドロキソ錯体の濃度で決まると考えました。この濃度は、pH調整により制御できます。私たちは、このヒドロキソ錯体の濃度が粒径に関与すると考えました。
直接求められないので、単位体積中の解離したプロトン量を、解離プロトン濃度と定義して置き換えました。
この解離プロトン濃度は、次のように計算できます。解離したプロトン量は、調整前後のH+量と中和に使われた量から求めることができます。調整前後のpHをそれぞれα、β、滴下量とxとすると、各H+量はスライドのグレーの網掛けの部分となり、解離したプロトン量は、
となります。解離プロトン濃度は体積を補正し、
で算出することができます。
このように、pH調整値が高いほど解離プロトン濃度は高くなりました。そして、高濃度ほどその粒径も大きくなると予想し、粒度測定を行うと、逆に粒径は小さくなりました。
なぜ、解離プロトン濃度が高いにもかかわらず粒径は小さいのか。私たちは、この要因にコロイド粒子数が関与すると考えました。しかし収率が異なるために、単純には求められません。
ヒドロキソ錯体の濃度がコロイドの粒子数を決める→粒径が決まる
そこで、スライドの式を使って各粒径のコロイド粒子数の比を求めました。一つのコロイドに含まれるFe数とコロイド粒子数の積は、コロイドを構成するFe総数となります。コロイド粒子は、一定密度ρ、粒径dの単分散系と仮定し、収率をyとしました。一つのコロイドに含まれるFe数は、体積と密度から下記になります。
一方、コロイドを構成するFe総数は、キレート滴定で求めた未反応のFe3+量から算出できます。コロイド粒子数、および、それより求められる各粒径の粒子数の比は下記になります。
結果、解離プロトン濃度が高いほどコロイド粒子数は多くなりました。この2件では、1000倍以上の違いが見られます。理論上、粒子の単位時間あたりの衝突回数は、粒子数密度の平衡に比例します。グラフにも同様の傾向が見られました。つまり、解離プロトン濃度が高い、すなわちヒドロキソ錯体の濃度が高い分、コロイド形成初期に多量の結晶核を生じてコロイド粒子数が増加したため、粒径は小さくなると考えられます。
以上から、pH調整により、解離プロトン濃度、すなわちヒドロキソ錯体の濃度が決定します。このヒドロキソ錯体の濃度によりコロイド粒子数が決まるため、粒径が決定すると考えられます。このグラフを検量線に、pH調整だけで粒径を制御できます。
塩化鉄(III)溶液のpH調整で、コロイドの粒径制御が可能に。医薬分野への応用も!
これら一連の実験から、一定温度・一定pH下では、Fe3+アクア錯イオンはプロトン解離し、生じるヒドロキソ錯体が縮合してコロイドを形成することが示されました。
そして、本来コロイドを形成しない濃度の塩化鉄(III)溶液のpHを調整することで、コロイドの粒径制御が可能になります。本研究成果は、新たな粒径制御方法として特許を出願しています。
コロイド化学において粒径制御は重要な意味を持ちます。例えば、粒径制御された金コロイドは、抗体の高分子標識などに用いられています。現在、鉄欠乏性貧血の治療にコロイド性鉄剤が投与されます。イオン性鉄剤に比べ、徐々に効果を表す特徴を持ちます。pHによる粒径制御は、効果の発現時期を調整する選択肢となり、今後、医薬分野などで活用できる期待が持てます。
■研究を始めた理由・経緯は?
先輩方から引き継いだ研究です。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
週1~2回を基本とし、忙しい時期ではほぼ毎日活動して、約1年です。活動時間は平日2~3時間、休日は7~8時間ほどです。
■今回の研究で苦労したことは?
検量線を引くために、膨大な量の粒径、pHのデータを集めたことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
NaOH水溶液滴下量を粒径の関係を考察するために、反応のメカニズムを考え、計算により証明したことです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「基礎無機化学」F.A. Cotton(原著), P.L. Gaus (原著), G. Wilkinson (原著), 中原 勝儼 (翻訳) (培風館)
・「水酸化鉄の解膠に関する研究 塩酸の解膠作用」中垣正幸、田川美恵子(薬学雑誌96(1)18-26 1976)
・「水酸化鉄の解膠に関する研究 有機酸の解膠作用」中垣正幸、田川美恵子(薬学雑誌97(11)1228-1235 1977)
■ふだんの活動では何をしていますか?
O-Laboという、地域の小中学生に化学の楽しさを教えるためのイベントに講師として参加しています。また、今回のポスター発表部門に、もう1つの研究を出展しました。
■総文祭に参加して
同じように研究している高校生たちからは、大いに刺激を受けました。かなり実用に近いものや、教科書に載っている現象を掘り下げた結果新たな現象を見つけたものなど、今後研究する上で参考にしたいです。
※大分上野丘高校の発表は、化学部門の奨励賞を受賞しました。