2018信州総文祭
(2018年8月取材)
■部員数 29人(うち1年生12人・2年生8人・3年生9人)
■答えてくれた人 北島侑和くん(3年)
細胞膜を構成するリン脂質の疎水基には2種類の形がある…なぜ?!
「生物」の定義の一つに、「細胞膜を有する」というものがあるように、生物にとって細胞膜は必要不可欠なものです。また、近年の研究では、オートファジーという、細胞内での不要物の分解反応の過程で、隔離膜が不要物を包み込むことが判明しました。他にも薬剤開発の分野では、細胞膜に生じる細孔とよばれる非常に小さな孔を通過する低分子の薬物によって、細胞内で効能を発揮させるという研究も進められています。このように、膜に関する研究は、生物の生理機能の解明や、新しい薬品の開発などにおいて非常に役に立つものです。
そしてこの細胞膜はリン脂質が二重に重なった二重層になっています。
また、リン脂質は親水基と疎水基とに分かれています。さらにリン脂質の一つであるPOホスファチジルコリンの構造を見ると、疎水基にはパルミチン酸と同じ構造の真っすぐなものと、オレイン酸と同じ構造の折れ曲がったものがあります。私たちはPOホスファチジルコリンの持つ二つの疎水基の構造の違いに注目し、その理由の解明を目的に研究を行いました。
細胞膜はリン脂質の親水基を外に向けた形で二重膜を作っていますが、この状態の再現は実験室では難しかったため、一重膜を用いて実験を行うことにしました。また、二本の疎水基を持つ分子を用いると、どちらの疎水基が膜の形成に影響を与えているかがわかりづらいため、まずは疎水基を一本のみ持つ分子を用いることにしました。この二つの条件を満たすようなものとして、私たちは脂肪酸の単分子膜を用いた実験を開始しました。
今回の研究で私たちは、脂肪酸やリン脂質の単分子膜の面積からリン脂質の疎水基構造が二種類ある理由について考察していくことにしました。そして、単分子膜の面積を測定するために、独自の方法を開発しました。まず、水を張ったシャーレにインクを落とします。そこに試薬を溶かしたシクロヘキサン溶液を滴下します。シクロヘキサンが蒸発すると、混合されていた試薬の膜が水面上に形成されるので、この上にろ紙を落としてインクを写し取ります。
インクを写し取ったろ紙を乾燥させたのち、ろ紙全体の質量と、膜の部分のみを切り取ったろ紙の質量を比較して、単分子膜の面積を算出しました。私たちはこの実験を、1つの試薬について20回以上繰り返しました。今年度だけでも実験の総回数は250回以上になります。
折れ曲がった疎水基の方が分子1個当たりの面積が大きい=分子間に空間ができる
昨年度までの研究で、真っすぐな疎水基を持つエライジン酸と、折れ曲がった疎水基を持つオレイン酸の分子一個あたりの占有面積を測定し比較したところ、オレイン酸の方が占有面積は大きいことがわかりました。これは、オレイン酸の持つ折れ曲がった疎水基が立体障害を起こし、分子間に空間ができたためだと考えられます。
また、このようにしてできた空間は細胞膜中において、糖質コルチコイドや鉱質コルチコイドといったホルモンなどを輸送しやすくしているのではないかと考えられます。
これらの昨年度の研究結果を踏まえ、研究1では疎水基の種類が異なる二種類のリン脂質分子一個当たりの占有面積について考察しました。用いたリン脂質は、真っすぐな疎水基を二本持つジパルミトイルホスファチジルコリンと、真っすぐな疎水基と折れ曲がった疎水基を持つPOホスファチジルコリンの二種類です。それぞれの分子一個当たりの占有面積を測定した結果、折れ曲がった疎水基を持つPOホスファチジルコリンの方が、面積が大きいことがわかりました。これは、リン脂質の場合も脂肪酸の場合と同様、折れ曲がった疎水基によって立体障害が生じ、分子間に空間ができたためだと考えられます。
リン脂質の方が占有面積が大きくなるのはなぜ?
また、今回実験に用いたリン脂質の構造の違いは、疎水基の一本がパルミチン酸と同じ構造かオレイン酸と同じ構造かという点だけなので、昨年度までの研究を活かし、二種類のリン脂質の分子一個当たりの占有面積の差と、パルミチン酸とオレイン酸の分子一個当たりの占有面積の差を比較しました。
その結果、脂肪酸同士の面積の差よりもリン脂質同士の面積の差の方が大きくなりました。
このような結果が得られた原因について私たちは次のように考えました。脂肪酸の場合は、分子が回転することで疎水基の折れ曲がっている向きが揃うと、分子間に空間を作らずに分子が並ぶことができます。
一方で真っすぐな疎水基を併せ持つリン脂質の場合は、回転が起こったとしてもある一定以上の空間が分子の間に保たれることになります。その結果、リン脂質同士の面積の差のほうが脂肪酸同士の場合より大きくなったのではないかと考えられます。
分子1個当たりの占有面積の実測値と計算値を比較してみると
研究2では、分子1個当たりの占有面積の実測値と計算値の比較を行いました。今回の計測では、親水基を球体、疎水基を円柱として考えて、分子の占有面積を計算しました。
これは、脂肪酸分子の分子モデルを親水基側から見たものです。
脂肪酸分子の占有面積は、酸素原子のファンデルワールス半径と、炭素酸素間二重結合の結合長の和を半径とする円の面積と等しいと考えることができます。
このように仮定して求めたパルミチン酸の分子1個当たりの占有面積は2.15×10-15 cm2となりました。
これを2015年度の実験結果と比較したところ、パルミチン酸の占有面積の計算値は実測値とほぼ等しいことが確認できました。
このことから、水面でパルミチン酸分子は空間を生み出すことなく整列していることになり、立体障害を生じていないことがわかります。
また、オレイン酸とパルミチン酸はどちらも親水基にカルボキシ基を持っており、疎水基が曲がっているか真っすぐかという点が異なっています。過去の研究から、オレイン酸はパルミチン酸と比べ約2倍の面積を占めることもわかっています。このことから、曲がった疎水基は、立体障害により分子間にカルボキシ基約1個が収まる空間を生み出すと考えられます。
曲がった疎水基は分子間に空間を作り、真っすぐな疎水基は空間をキープして物質の輸送を可能に
ここまでの結果を踏まえると、リン脂質の疎水基のうち折れ曲がっているものは分子間に空間を生み出す役目を持っており、真っすぐな構造を持つものは、折れ曲がった疎水基の向きが揃い空間が消失してしまうことを防ぐ役目を持っていると予想できます。この予想は研究1で導いた考察の裏付けともいえます。
今回の研究を通して、次の二点が結論として得られました。
まず、リン脂質の曲がった疎水基は立体障害によって分子間に空間を生み出しています。
そして、リン脂質の真っすぐな疎水基は分子間の空間を維持しています。そして、分子間に生み出された空間は物質の輸送に役立っていると考えられます。
今後は、親水基が分子膜に及ぼす影響について分子構造をもとにした考察を行ったり、実験条件を細胞の状態に近づけたりといった研究を行っていきたいと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
先輩方の先行研究を引き継いだものですが、もともとは「脂肪酸の単分子膜中における疎水基の効果」というテーマで研究をしていました。この研究を続けているうち、細胞膜を構成する分子が脂肪酸分子と同じ構造の疎水基であることに気づき、脂肪酸の疎水基について調べると、細胞膜についての研究に応用できると考え、今年度は細胞膜をターゲットとして研究を行いました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1つの試薬(20個のデータを集める)あたり、1日2時間半で1〜2週間、今年度だけで250個以上のデータを集めました。本研究は5年目なので、5年間では約3000個以上データを収集しています。
■今回の研究で苦労したことは?
1つの試薬について実験するのに、実験条件が揃いにくかったり、データとして使用できないものが多かったりして、データを十分量集めるのに時間がかかったことです。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
従来の方法では、脂肪酸の単分子膜の面積の測定方法で正確な値を得るのは難しいとされていましたが、私たちの先輩方が画期的で正確に測定できる方法を開発し、今年度もその方法を利用しました。今年度は「POホスファチジルコリン」「ジパルミトイルホスファチジルコリン」という、疎水基構造の違いや、脂肪酸とPOホスファチジルコリンの比較など、疎水基の本数についても比較を行いました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「フォトサイエンス化学図録」数研出版編集部(数研出版)
・「分子膜ってなんだろう-シャボン玉から細胞膜まで-」齋藤勝裕(裳華房)
・「新生物図表」(浜島書店)
・和光純薬製品規格 Cayman Chemical 製品規格
・「油脂化学の知識 第3版」原田一郎(幸書房)
・「細胞の分子生物学 第5版」Bruce Albertsら(ニュートンプレス)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
3年生は今回の総文祭で引退します。現在2年生が「凝固点降下」をテーマに新しく研究を始めています。新研究でも、仮説の検証・考察を繰り返し、より深く研究を進めてほしいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
文化祭での展示、実験ショーを行ったり、佐賀大学の「科学へのとびら」(科学者育成プログラム)へ参加したり、近隣の中学校に実験教室(出前教室)に行ったりしています。イベントについては、「海と日本プロジェクト」などの科学イベント、ビーコロ(ビー玉が転がり仕掛けが動く装置、ピタゴラスイッチみたいなもの)制作に参加しています。
■総文祭に参加して
3年連続入賞は叶いませんでしたが、全国の高校生が自分の研究を楽しそうに話しているのを見て、「科学が好きな人たちとレベルの高い議論を交わすことができて本当に幸せだなぁ」と痛感しました。この経験が一生の糧になると信じて、これからも努力していきます!