(2018年8月取材)
■部員数 4人 (うち4年(高1)2人・6年(高3)2人)
ほかに中学生の部員が6人います。
■答えてくれた人 宮崎龍くん(6年(高3))
地球の砂漠化の進行を防ぐ技術開発がしたい!
現在、砂漠化は地球規模で深刻な問題となっており、地球上の約25%にあたる土地が砂漠化の影響を受けています。さらに、毎年約6万平方㎞というスピードで砂漠化は進行しており、将来的に砂漠の面積は現在のおよそ3倍にまで広まると見られています。
そのため、砂漠化の進行を防ぐ緑化技術の向上を目的に、優れた保水剤の開発が進められています。そこで私たちは、砂漠での昼夜の温度差の大きさに注目し、温度応答機能を持った保水剤を作ることができないかと考え、研究を始めました。
現在、一般的に使われている保水剤は、ポリアクリル酸ナトリウム(PAS)というものです。PASには、自身の質量の数百倍から約千倍までの多量の水を吸収し保持できるという長所があり、紙おむつや土壌の保水剤として応用されています。
しかし一方で、植物にとって必須栄養素であるカルシウムイオン(Ca2+)を吸着し、植物の成長を阻害するナトリウムイオン(Na+)を放出するという短所があります。また、土壌のpHを変動させてしまうという問題点もあります。
温度応答機能を持つ保水剤の鍵、PNIPAM
そこで私たちが着目したのは、ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)というポリマーです。このポリマーは非イオン性の保水剤であるため、金属イオンを吸着したり、pHを変動させたりすることがなく、PASの問題点を改善できています。
また、PNIPAMは既に再生医療の分野などで活用されており、生体適合性が高いことがわかっているため、植物に悪影響を及ぼす可能性も低いと考えられます。
そして、PNIPAMは温度応答性機能を持っており、LCST(下限臨界溶液温度)である32℃以下の温度では水和し保水します。一方、これを超えると水分子の熱運動が盛んになることに加え、イソプロピル基の疎水性相互作用が大きくなるため、高分子鎖同士の相互作用が強くなり、放水するという特徴があります。
PNIPAMを用いた先行研究として、屋根の表面に水分を含んだPNIPAMを張り付けて、日照で上昇した屋根の温度を気化熱により下げるというものがありました。このように、温度によって水の保水性を制御することができる点に着目し、砂漠での植物栽培に用いる保水剤として活用できないか考えました。
PNIPAMを用いた実験
PNIPAMの合成方法は非常に簡単です。
1.モノマーであるNIPAMと架橋剤であるMBAを純水に溶かす。
2.この溶液に重合開始剤である過硫酸アンモニウムを加える。
3.重合促進剤を加え反応速度を上げると、5~10分程度で白く固まる。
4.このままの状態では水を含んでいるため、100℃で2時間乾燥させたのち、チップ状に砕く。
これで、保水剤が完成します。
<実験1>
PASとPNIPAMとで、Ca2+の吸着の様子を比較しました。
既存の保水剤であるPASは、Ca2+とNa+を交換してしまうという問題点があった一方、PNIPAMは非イオン性であるため、Ca2+を吸着しにくいと予想したからです。そこで、それぞれのポリマーとCa2+ を混ぜて静置した後、ポリマーをろ過して上澄み液に残るCa2+の濃度をキレート滴定によって測定しました。
その結果、PNIPAMはPASに比べ1/1600程度しかCa2+を吸着しないことがわかりました。
実験1の結果から、PNIPAMはCa2+の吸着という点においては、PASよりも植物栽培で使用する保水剤としては優れていることがわかりました。
<実験2>
PNIPAMの合成の際に加える架橋剤の量によって、LCST(下限臨界溶液温度)がどのように変化するかを調べました。
使用したのはソルバトクロミック色素であるナイルレッドという色素です。ナイルレッドは、極性が低い溶液中では蛍光を示しますが、極性が高い溶液中では蛍光を示しません。
PNIPAMは、温度が高いと放水するので、このとき極性が小さくなると考えられます。
すなわち、PNIPAMを含む溶液にナイルレッドを加えると、温度が高い状況で蛍光を示すと予想できます。私たちは蛍光を発する温度を調べることでLCSTを測定できると考えました。
架橋率(モノマーの重量に対する架橋剤の割合)が2.5%、5.0%、7.5%のPNIPAM溶液にナイルレッドを加えたものを用意し、温度の条件については26℃、28℃、30℃、32℃、34℃、36℃という6段階で蛍光の様子を調べました。
架橋剤なしのPNIPAMの場合、LCSTは32℃でしたが、架橋率2.5%の溶液では約30℃、5.0%の溶液では約28℃、7.5%の溶液では約26℃で弱い蛍光を示したため、LCSTはこの付近の温度だと考えられます。この結果から、加える架橋剤の量が多いほどLCSTが下がるということが確認できました。
さらに、架橋率と保水力の関係を調べました。
架橋剤なしのPNIPAMのほか、架橋率が2.5%、3.8%、5.0%、6.3%、7.5%のPNIPAMを合成し、十分に水分を含ませて100%保水した状態のものを50℃で温め、保水率の時間変化を調べました。すると、架橋率が高くなりすぎると架橋剤なしの場合よりも保水力が下がってしまうことがわかり、架橋率5.0%程度が最も保水性能が高いという結果が得られました。
このような結果が得られた原因としては、架橋剤がないと水への可溶性は高いものの水を内部に保持することができず保水力が高くない一方で、加える架橋剤(MBA)が多すぎると、高分子鎖の発達した網目構造により硬さが増し、そもそも水が浸透しにくく保水力が低下するということが考えられます。そのため、適度な架橋率のものが最も高い保水力を示すことになります。
以上の結果を踏まえ、今後の応用実験では、最も高い保水力を示した架橋率5.0%のPNIPAM(以後PNIPAM-MBAと表記)を用いることにしました。
<実験3>
土壌における保水力の比較を行う、応用実験を行いました。保水剤なし、PNIPAM(架橋剤なし)、PNIPAM-MBA(架橋剤あり)の3種類の土壌に水を加え、50℃に保った状態で土壌が乾くまで保存し、時間経過による質量変化から保水力の比較を行いました。
その結果、PNIPAM-MBAが最も保水力が高いという結果が得られました。同様のサンプルで2度実験を行ったため、偶然ではないことがわかります。
次に、砂漠の環境に近づけた条件下で保水力を比較するための実験を行いました。再び3種類のサンプルを用います。50℃で16時間加温してから4℃で8時間冷却するというサイクルを、完全に乾燥するまで繰り返すというものです。
結果を見ると、保水剤の温度応答性を示しており、保水剤を加えた土壌では温度が低いときにしっかり保水しているため、温度が高いときの乾燥を抑えていることがわかります。つまり、PNIPAM-MBAの持つ温度応答機能が、砂漠のような状況下で優れた保水力を発揮することが確認できました。また、水を保持した期間も1週間程度と長く、砂漠で植物を栽培する際にPNIPAM-MBAを加えた土壌を用いれば、週に1回程度の水やりでもよいということになります。
さらに、実際に植物を用いた保水力の比較も行いました。保水剤なしの土壌と、PNIPAM-MBAを加えた土壌にそれぞれ観葉植物のハオルチアを植え、45℃で3日間放置した後、それぞれの様子を比較すると、保水剤なしのサンプルのほうが萎れているように見えます。
しかし、この実験についてはより多くの植物を用いて調べる必要があります。
見えてきた!PNIPAMの砂漠での応用方法
今回の研究についてまとめると、次の3点が確認できました。
1.PNIPAMはCa2+ を吸着しない点で既存の保水剤であるPASよりも植物栽培において優れていること
2.PNIPAMに加える架橋剤MBAの割合が5.0%程度のとき最も優れた保水力を示すこと
3.PNIPAMチップを混ぜた土壌は砂漠のような環境下で保水力に優れていること
よって、温度応答性高分子材料PNIPAM-MBAチップを用いた保水性制御方法が確立できました。今後は、より多くの植物サンプルを用いて保水剤の影響を調べたり、アクリル酸とNIPAMの共重合による保水力向上を目指したりすることを考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
部活動で顧問の先生に薦められた英語の論文を読み、温度応答性ポリマーであるPNIPAMに興味を持ちました。また、そのポリマーを植物育成のための土壌保水剤に応用できないだろうかと着想を得ました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1週間あたり5時間で1年ほどです。発表直前期は毎日2時間ほど活動しました。
■今回の研究で苦労したことは?
研究結果をいかに定量化して数値としてデータに説得力を持たせるか。植物実験において最適な育成環境をそろえる上での条件検討も頑張りました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
ポリマーの温度応答による相転移現象を蛍光色素を使って可視化し、LCST(下限臨界溶液温度)を決定したところと、架橋剤の割合をふって最適な条件を割り出したところです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
Advanced Materials誌に掲載された元の論文
「Thermoresponsive Polymer Induced Sweating Surfaces as an Efficient Way to Passively Cool Buildings.」
Rotzetter, A. C. C., Schumacher, C. M., Bubenhofer, S. B., Grass, R. N.,
Gerber, L. C., Zeltner, M. and Stark, W. J. (Advanced Mater., 24: 5352–5356.(2012))
■今回の研究は今後も続けていきますか?
続けるとしたら、既存の保水剤に使っているアクリル酸とPNIPAMのモノマーとの共重合により、新規材料を合成し、保水力を向上させる研究をしてみたいです。他には、植物実験を豊富に行い、既存のものとの比較を充実させていきたいと思います。
■ふだんの活動では何をしていますか?
ビオトープの整備、動植物の飼育、栽培、観察、様々な科学実験などをしています。
■総文祭に参加して
残念ながら上位の賞をいただくことはできませんでしたが、全国の高校生のハイレベルな研究発表を聞くことができて、非常に良い経験になりました。やはり、優れた研究発表では、研究テーマを研究する本人が深く掘り下げて考察をしているため、説得力が増していたように思います。0から1を作り出すことや、自分で仮説を立て、検証する過程の大切さが身に染みて理解できました。