(2018年8月取材)
■部員数 55人(うち1年次生(中1)20人・2年次生(中2)6人・3年次生(中3)11人、4年次生(高1)5人・5年次生(高2)3人・6年次生(高3)10人)
■答えてくれた人 田中歩くん(高3)
カイワレダイコンの「辛み成分」の生成に影響を与える「何か」
カイワレダイコンには、ご存知の通りわずかな辛みがあります。そして先行研究より、アブラナ科に特有のこの辛み成分は「アリルイソチオシアネート」という物質であることがわかっています。
私たちは、このアリルイソチオシアネートの生成量に、植物のストレス応答ホルモンとして知られる「エチレン」が影響を与えているのではないかと考えました。そして、両者の関係を明らかにすることを目標に研究しました。
この実験では、ダイコンに含まれるアリルイソチオシアネートの量を測定する手法である「江崎・小野崎比色定量法」を用いて、カイワレダイコンのアリルイソチオシアネート生成量を計測しました。
この「比色定量法」とは、測定したい物質を発色させ、試料の吸光度を標準液と比較することで、試料の濃度を計測するという定量分析の手法です。この際、目に届いている試料の色の補色の波長で吸収スペクトルのピークが現れることになります。また、試料の濃度が大きくなればなるほど、吸光度も大きくなります。
実験1 「辛み成分」の量を測定する
カイワレダイコンに含まれるアリルイソチオシアネートの量を次の手順で計測しました。
1.8日間育てたカイワレダイコンをすりつぶし、30度に設定した恒温槽で10分間温める。
2.この溶液1.0 mLに、アンモニア水0.10 mLとエタノール39 mLを加え、30度で60分間温める。(ここでアリルイソチオシアネートがアリルチオウレアという物質に変わる。)
3.この溶液を酢酸で中和したのち、繊維を取り除くためにろ過する。
4.濾液に25倍に薄めたグロート試薬を加え、溶液を37度で40分間温める。すると、写真のように発色した。
5.この溶液を分光光度計に入れ、グロート試薬を標準液(バックグラウンド)に用いて吸光度を測定した。
今回、すべての実験を通じて標準液はグロート試薬(アリルチオウレアを呈色させる試薬)に統一しています。
<実験1.結果>
アリルチオウレアのみをグロート試薬で処理した溶液は青色に見えます。
そのため、その補色であるオレンジ色、すなわち600nm付近の波長の光を吸収していることがグラフからわかります。
しかし、実験1で得られた吸収スペクトルを見ると、430 nmと670 nm付近に存在するクロロフィルのピークによって、600 nm付近に出るはずのアリルチオウレアのピークが隠されてしまっています。
また、アリルチオウレアの濃度が小さく、吸光度が小さいため、誤差の影響を受けやすくなってしまっています。
問題となってしまった、クロロフィルのピークが現れてしまうという点については、クロロフィルを多く含む子葉を除いて計測するという対策を取りました。
子葉と茎を分けて計測した結果を見ると、茎のみで計測すればクロロフィルのピークが抑えられていることが確認でき、アリルチオウレアのピークが観察しやすいことがわかりました。
また、もう一つの問題であった、吸光度が小さいという点については、溶媒であるエタノールの量を減らし、アリルチオウレアの濃度を大きくするという対策を取りました。
エタノールを減らしすぎると吸光度を測定することが困難であったため、次の比較をしました。
A液:実験1で用いたもの
B液: 搾汁液2.0 mLに対しアンモニア水0.20 mL、エタノール3.8 mLを加えたもの
その結果、B液のほうがA液よりもピークの値が大きくなりました。
以上の結果を踏まえ、江崎・小野崎比色定量法から溶媒の濃度を変更し、試料をカイワレダイコンの茎のみにして測定することで、カイワレダイコンでもアリルイソチオシアネート量を計測することができるようになりました。
実験2 エチレンの影響を測定する
実験2では、カイワレダイコンに加えるエチレン量を次のように変えました。
・0 ppm
・20 ppm
・100 ppm
・200 ppm
そしてこの改良した方法を用いてアリルイソチオシアネートの生成量を測定し、エチレンとアリルイソチオシアネート生成量の関係を調べました。
<実験2.結果>
実験結果のグラフを見ると、100 ppmのエチレンを与えた時にピークの値が最も大きくなっており、アリルイソチオシアネート生成量が最大になったことが確認できました。200 ppmを与えた際のスペクトルが100 ppmを与えた際のスペクトルより値が小さくなっているのは、閾値を超えたことで抑制作用が働いてしまったためと考えられます。
したがって、エチレンはアリルイソチオシアネート生成を促進していると考えられます。
さらに私たちは、エチレンがアリルイソチオシアネートの生成を促進する理由として、アリルイソチオシアネートが植物を害虫から守るための成分であり、かつエチレンは植物のストレス応答ホルモンであることを踏まえ、以下のような考察をしました。
植物が害虫に葉を食べられた際にそのストレスによりエチレンを放出し、発生したエチレンが辛み成分であるアリルイソチオシアネートの生成を促進することで葉が食べられることを阻止しようとする、植物の一種の防御反応ではないかということです。
実験3 カイワレダイコン以外の植物への応用はできるか?
次に、カイワレダイコン以外のアブラナ科の植物でも、エチレンがアリルイソチオシアネートの生成量に対し同様の影響を与えているかを調べました。
今回は実験対象を次の観点から選びました。
1.アブラナ科
2.育成期間が比較的短い
この条件から、ブロッコリーとキャベツを用意しました。しかし、ブロッコリーは十分な量の搾汁液を得ることができず、キャベツのみについて測定を行いました。
<実験3.結果>
しかし、キャベツについての実験結果では、アリルチオウレアのピークが現れるはずの600 nm付近でピークを観察することができませんでした。原因としては、キャベツの茎にはカイワレダイコンの茎よりも多くのクロロフィルが含まれているため、ピークが隠されてしまったということが考えられます。
しかし、エチレンを与えた場合のスペクトルのほうが大きな値を示しているため、カイワレダイコン以外のアブラナ科の植物でもエチレンはアリルイソチオシアネートの生成を促進していると考えられます。
実験4 エチレンが促進する物質き何か?
今度は、エチレンが直接的に生成を促進している物質を調べました。
アリルイソチオシアネートは、ミロシナーゼという酵素が働き、グルコシノレートという物質が分解されて生成します。
実験2より、エチレンがアリルイソチオシアネートの生成を促進することは確認できましたが、これが、出発物質であるグルコシノレートの生成が促進された結果なのか、分解反応の酵素であるミロシナーゼの生成が促進された結果なのかわかりませんでした。そのため、私たちはどちらの物質の生成にエチレンが影響を与えているか調べようと考えたのです。
この際、私たちはモンシロチョウの幼虫に着目しました。モンシロチョウの幼虫はアブラナ科の植物を食べて成長しますが、グルコシノレートの有無を、アブラナ科の植物であるかどうかの判別材料としていることが知られています。
さらに、モンシロチョウの幼虫は、グルコシノレート量がより少ないものを好んで食べることが先行研究により明らかにされています。したがって、エチレンがグルコシノレートの生成量を促進している場合、モンシロチョウの幼虫はエチレンを与えていないキャベツをより好んで食べると考えました。
エチレンはアリルイソチオシアネートの生成を促進→抗がん効果を持つ植物ができるかも?!
実験の結果、エチレンを与えたキャベツと与えていないキャベツでは、モンシロチョウの幼虫の摂食行動に差は確認できませんでした。
このことから、二つの可能性が考えられます。
1.エチレンが生成を促進している物質は分解反応の酵素であるミロシナーゼである。
2.摂食行動に差が出るほど、与えたエチレンによりグルコシノレートの生成が大幅に増加したわけではなかった。
まとめると、エチレンがアリルイソチオシアネートの生成を促進するということが今回の実験で初めてわかりました。
また、本実験の応用として、アリルイソチオシアネートは抗がん作用を持つことが知られているため、がんになりにくくするような効果を持つ植物を作ることや、わさびやからしなどの辛みを調節できるようになるなど、様々な応用の可能性が考えられます。
■研究を始めた理由・経緯は?
この研究を始める以前にカイワレダイコンを用いた研究を行っており、様々な環境下でカイワレダイコンを育成していました。その実験の一環でエチレンを与えて育て、興味本位でそのカイワレダイコンを食べたところ、辛く感じたため今回の研究を行おうと思いました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
一回の測定に5、6時間ほどかかるため、測定自体は週末のみ行いました。月に1、2回の測定を行いました。部活動は週に4日平日にあるため、部活のある日は種まきや文献調査、研究計画などを2時間ほどしていました。この研究は2014年から始めました。
■今回の研究で苦労したことは?
参考文献の通りの方法を用いた際に、辛味成分であるアリルイソチオシアネートを測定することができなかったので、測定方法を改良することにとても苦労しました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
工夫した点は、やはり測定方法の改良です。測定ができなかった際に、諦めることなく改良することができたのが、このような研究につなげることができた一番の要因だと思います。そして、研究の結論でもある「エチレンがアリルイソチオシアネート生成を促進する作用がある」という点です。これは、この研究で初めてわかったことなので、注目してみてほしいです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
「大根中の辛味成分の比色定量法」江崎秀男、小野崎博通’(栄養と食糧、Vol.33(3); 161~167. (1980).)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
私は高校3年生なので、高校生活での研究は終わりとなります。大学生になったら、この研究をより詳しくどのようなメカニズムでこの現象が起こっているのかを解明していきたいです。
■ふだんの活動では何をしていますか?
ふだんは主に研究をしていますが、研究以外にも地域のイベントに参加し、来てくださった方たちに科学の面白さを伝える、といった活動も行っています。
■総文祭に参加して
総文祭のような全国大会に出場するのは初めての機会だったので、とても大きな刺激を受けることができました。自分の研究に足りなかった部分も、他の人の研究を見ることで見つけることができたので、これからに生かしていきたいと思います。