(2018年8月取材)
■部員数 4人(2年生2人・3年生2人)
■答えてくれた人 平澤怜士くん(2年)
コオロギの幼虫は群れるのが嫌い?!
僕たちの学校ではコオロギを飼育して様々な研究を行っています。コオロギの成虫は、鳴き声でコミュニケーションを取り、求愛するにしても喧嘩するにしても個体同士が接近することが多いですが、幼虫を飼育している飼育箱の様子を見ると、幼虫が互いに距離をとって偏りなく分布しているように見えました。
そこで、コオロギ(フタホシコオロギ)の幼虫は本当に偏りなく分布しているのか、そして鳴かない幼虫がお互いにどうやって認識しているのかについて疑問に思いました。ここから、フタホシコオロギがどうやって分布しているのかを明らかにすることを目標に、「体長とコオロギが持つスペースの大きさは関係があるのではないか」という仮説を立てて実験を開始しました。
今回、分布の様子を数値化して分析するために、ボロノイ図を使いました。ボロノイ図は、新しいコンビニエンスストアの出店計画や災害時の避難所の設計など、主に社会学や経済学の分野で使われる手法で、個体同士の空間を区切る基準として用いました。
ボロノイ図は、複数の点(母点)が分布するとき、2つの母点を結んだ直線の垂直二等分線(ボロノイ境界)が交わる点を結んで、母点を囲んだ領域(ボロノイ領域)を示した図です。母点同士の距離が大きいほどこの面積が大きくなります。
今回の実験では、コオロギ同士を結んだ直線の垂直二等分線をボロノイ境界、その線に囲まれた領域をボロノイ領域として、この面積を指標として分布を調べていきました。
体長が小さいほど周りの動きに左右されやすい
実験の概要を説明します。幼虫13個体を飼育箱に入れ、真上からカメラで撮影し、実験の開始から0,10,20,30,40,50,60秒、10,20,30分後の10の時点で位置を記録して、コオロギの分布を分析しました。飼育環境は通常通りです。
その際に、各個体の頭部と腹部に蛍光塗料を塗って個体を識別して、追跡できるようにしました。
実験を行ったところ、個体同士が接触している画像は1枚もなく、すべてのデータを平均すると、1匹あたりのボロノイ領域の面積は28.8cm2でした。これは、大体1辺が5cmの正方形くらいの広さです。下の写真はボロノイ図の一例です。
ここから、計測したボロノイ領域の面積(「ボロノイ面積」)を、面積の変動が少ない個体から順番に「積み上げ折れ線グラフ」で表示しました(下図)。
グラフの横軸が時間、縦軸が面積を表します。「積み上げ折れ線グラフ」なので、例えばNo.13の個体のボロノイ面積は、横に6と書かれた折れ線グラフと横に13と書かれた折れ線グラフの点の差分になります。グラフから、変動が小さく面積がほぼ一定の個体(No1,3,4,6,13,11,10)と、変動が大きい個体(No9,12,5,7,2)がいることがわかります。
仮説で考えた、体長とボロノイ面積の相関を調べました。
相関係数は、-0.12で0に近く、相関は見られませんでした。つまり、体の大きさと周囲の領域の広さは関係がありませんでした。
続いて、体長とボロノイ面積の振れ幅(変化の大きさ)の関係を調べました。
すると、体長とボロノイ面積の振れ幅の相関係数は-0.45で、中程度の負の相関がある、つまり体が小さいほど周囲の面積の変動が大きいことがわかりました。
これは、他の個体が動いたときに、体が大きい個体ほど影響を受けず、体が小さい個体は自分も動いてお互いの間隔を保っていると考えることができます。
幼虫は「混み具合」によってパーソナルスペースを調節している?!
しかし、この結論から、個体群密度がボロノイ面積の振れ幅に影響するのではないかというさらなる疑問が生じました。つまり、密度が低くスペースが十分にあれば、ある個体が動いても他の個体は影響を受けず、結果としてボロノイ面積の変動が大きくなるのではないかと考えました。
そこで、密度の条件を変えるために同じ面積の飼育箱の中に入れる個体数を6,12,24の3条件で実験を行いました。Pythonというプログラミング言語を使って、写真を直接取り込むソフトを用い、コオロギの座標のデータから自動的にボロノイ境界を引けるようにして、作業を効率化しました。
分析してみると、体長とボロノイ面積の振れ幅の相関はスライドの通りで、6個体、24個体に比べて12個体の時に-0.22と弱い負の相関が見られました。つまり、以前と同様の傾向がみられ、12個体程度がいる中密度では、体の小さな個体が動いてお互いの間隔を保っているといえます。
次に、各個体密度において面積の振れ幅を箱ひげ図で表しました。すると、密度が低いほど面積の変動が大きいことがわかりました。
ここで、容器の面積を個体数で割ったものを「持ちうる面積」として、これをもとに分析すると、振れ幅はどの密度でも「持ちうる面積」の50~300%の幅に収まっており、大きな差はありませんでした。これは、持ちうる面積が広い低密度の時は広く動き、持ちうる面積が狭い高密度の時は狭く動き回ることを意味します。
以上の実験をまとめると、フタボシコオロギの幼虫について、体長とパーソナルスペースの相関はないものの、体長とパーソナルスペースの振れ幅には負の相関があること、そして密度が低いほどスペースの振れ幅が大きいが、振れる割合は均等に分布した場合の面積に対して一定の範囲に収まることがわかりました。つまり、密度の影響を受けて動く範囲を決めており、「動き回る範囲としてのパーソナルスペース」を持つと言えます。今後は、どうやって他の個体を認識しているかについて調べていきたいと思います。
■研究を始めた理由・経緯は?
東筑高校では長年コオロギを飼育していて、毎年異なる視点から研究を行っています。今年の2年生は、コオロギの幼虫が偏りなく、バラバラに分布しているように感じたことから、コオロギの幼虫は本当にバラバラに分布するのか、もしそうならばどのような仕組みで分布しているのか疑問に思い、研究テーマにしました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
1日約2時間で1年2か月。研究は平成29年4月から始めました。
■今回の研究で苦労したことは?
コオロギ1個体ごとの周囲のボロノイ面積を測ることです。1470区画もあるボロノイ領域を1区画ずつ測定しました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
今回の研究のオリジナルなところは「ボロノイ領域」をその「コオロギが持つ空間」と定義した点です。空間という捉えにくい対象を数値化して分析できるようにしたのが研究のポイントです。
生物の分野ではあまり使われないボロノイ図を研究に使ったこともポイントです。ボロノイ図は、はじめは手描きで描いていたのですが、1枚描くのにもとても時間がかかったので、もっと速く描けるように試行錯誤しました。フリーのソフトを探して活用したりもしましたが、最終的には作成したソフトで描くようにしました。
得られたボロノイ面積をどのように分析したか、そして何がわかったかを見てほしいです。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
「動物行動の観察入門―計画から解析まで」マリアン・S・ドーキンス(白揚社)
「研究者が教える動物実験」第3巻『行動』日本比較生理生化学会(共立出版)
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究で、コオロギの幼虫は周囲に一定の空間を持ち、しかも個体群密度によってその空間の広さを変えていることがわかりました。これは、隣の個体がどれくらいの位置にいるか判断しないとできない行動です。今後は、コオロギがどのようにして他の個体を認識しているか明らかにしたいと思います。視覚や嗅覚、振動等を用いているのではないかと考えています。
■ふだんの活動では何をしていますか
文化祭や大会発表以外は、すべて研究です。コオロギの実験をしたりデータをまとめたりしています。
■総文祭に参加して
全国大会に出場できたのは貴重な経験でした。学校の数だけ面白いテーマや研究対象、工夫があり、大変参考になりました。いっぱい質問をして理解を深められたと思います。実行委員の皆さんや先生方のおかげで楽しい時間を過ごせました。感謝しています。この経験を今後の活動に活かしたいと思います。
※東筑高校の発表は、生物部門の奨励賞を受賞しました。