2018信州総文祭
(2018年8月取材)
■部員数 8人(うち1年生4人・2年生1人・3年生3人)
■答えてくれた人 宮部真美さん(3年)
捕食者の多い海の中で、海藻はどうやって身を守るのか
私は、ワカメやコンブなどの海藻がいかに身を守っているのか、陸上の植物と同じように捕食者から身を守る術を持っているのだろうかということが気になり、研究を始めました。
注目したのが、海藻の表面にあるフコイダンというネバネバ成分です。このフコイダンは、生物が生体防御に用いるリゾチームという溶菌酵素(菌を溶かす働きをする酵素)の活性を阻害し、さらに数種類のプロテアーゼ(たんぱく質を分解する酵素)を阻害します。そして、先行研究から、フコイダンに含まれる硫酸基の数が多ければ多いほど、強く阻害することがわかっています。
また、貝類は他の生物に比べて消化管内にたくさんのリゾチームが存在することがわかっています。
そこで私は、海藻類がフコイダンを持つことで、貝類、すなわち海藻類の捕食者に抵抗しているのではないかと考えました。つまり、貝類が海藻を食べると消化管内にある溶菌酵素が働かなくなり、菌に対する免疫が弱まります。貝類がこの状態を嫌がって海藻を食べないようになるのではないか、ということです。
以上の仮説に基づき、「フコイダンの何がリゾチームの活性を阻害しているのか」、そして「実際に海藻を捕食する貝類のリゾチームも阻害されるのか」を明らかにするために以下のような研究を行いました。
リゾチームの活性阻害は硫酸イオンが起こす
まず分子レベルの仕組みについて、硫酸基の数によって阻害の強さが変わることをヒントに、「フコイダンの糖鎖の骨格部分は関与せず、硫酸基の部分が阻害を行っている」という仮説を立てました。
この仮説を検証するため、フコイダンに含まれる硫酸基と同様の立体構造を持つ硫酸イオンでも阻害が起こるか、また、分解されて低分子化したフコイダンでもリゾチーム活性の阻害が起こるかを実験で確かめました。今回の実験では、菌体を基質として用いる方法をとりました。
下図が結果です。左から順番に阻害剤なし、基質に対する硫酸イオンの濃度1倍、2倍で、縦軸がリゾチームの反応速度を表しています。硫酸イオンの濃度が上がるほど反応速度が下がっていることわかりました。
一方で、対照実験として同じ陰イオンである塩化物イオンを用いた場合は、反応速度は低下しないことがわかりました。
よって、リゾチーム活性阻害の効果は、硫酸イオンの陰イオンであるという性質とは関与せず、硫酸イオンに特異的だと言えました。
次に、低分子化したフコイダンに阻害の効果があるか検証しました。
結果は図中のグラフのように、高分子のフコイダンと低分子化されたフコイダンで、阻害の効果に差異はありませんでした。つまり、フコイダンが「高分子の酸である」ことは阻害に関係しないことがわかりました。
フコイダンによる阻害と硫酸イオンによる阻害は様式が同じ
続いて、この硫酸イオンによるリゾチーム阻害が、先行研究であるフコイダンによるものと同じものかどうかを確かめるため、阻害様式を調べました。
阻害様式には3つの種類があります。1つ目が拮抗阻害です。これは、阻害剤が、酵素と基質の結合部位に結合することで本来の基質が酵素に結合することを阻害するものです。残り2つは、阻害剤が基質結合部位以外にくっついて酵素の性質を変えるものです。不拮抗阻害は、酵素基質複合体にのみ作用します。一方で、不拮抗阻害・非拮抗阻害混合型は酵素単体にも、酵素基質複合体にも作用します。
下図が硫酸イオン濃度と反応速度の関係を表した結果です。硫酸イオンの逆数が横軸、反応速度の逆数が縦軸です。
阻害様式はグラフの特徴に対応します。今回は、縦軸上に交点がないことから拮抗阻害ではないことが、また二つの線の傾きが一致していないことから不拮抗阻害ではないことがわかります。以上から、この阻害様式は非拮抗阻害と不拮抗阻害の混合型阻害であり、これはフコイダンによるリゾチーム阻害と一致していることがわかりました。
以上の実験から、リゾチーム阻害は硫酸イオンによって特異的に生じること、フコイダンが高分子の酸であるという特徴は阻害に関係がないこと、フコイダンによる阻害と硫酸イオンによる阻害は様式が同じであることがわかりました。
以上の結果は、「フコイダンに含まれる硫酸基がリゾチームを阻害する」という仮説を支持するものです。
貝類のリゾチームは実際に阻害されるのか
続いて、海藻の捕食者のリゾチームが実際に阻害されるのかを確かめる実験を行いました。ここまでの実験で用いたリゾチームは、単離したものが手に入れ易いC型リゾチームでした。一方、海藻の捕食者である貝類が持つのはI型リゾチームで、それを使って実験を行おうと考えました。
この二つのリゾチームは、遺伝的には離れています。分子構造について調べたところ、一次構造(アミノ酸がどういう順番で並んでできているか)は異なるが、反応部位周囲の二次構造(並んだアミノ酸がどういう形を織りなしているか)には高い相同性があることがわかりました。また、反応機構として、いずれも反応中間体を形成する1型機構であることがわかっています。
実験では、マガキとヤマトシジミをサンプルとして用いました。下のグラフより、硫酸イオンによって反応速度が低下することがわかりました。
以上の実験より、フコイダンのうち硫酸基の部分がリゾチームの働きを阻害していること、そして実際に硫酸イオンが貝類に存在するリゾチームの働きを阻害したことがわかりました。
これは最初に提示した、「海藻類がフコイダンによって貝類に存在するリゾチームを阻害することで免疫を低下させ、状態を悪化させて捕食に抵抗している」仮説を支持するものです。
■研究を始めた理由・経緯は?
今回の研究テーマは、2年生の夏に設定したもので,それまでは別のテーマで研究をしていました。分子生物学に興味があり、酵素の研究をしたいと考えていました。研究対象にリゾチームを選んだのは、リゾチームが私たちヒトを含め多くの生物が持つ身近な酵素であり、かつ抗菌性を持ち、熱に対しても非常に安定な分子であるために、高校のラボスケールでも扱いやすいと考えたから、そして何より、多くの先行研究に示されたリゾチームの奥深さに惹かれたからです。海藻の持つ多糖類であるフコイダンに着目したきっかけは、リゾチームに関する論文を読み漁っていた時に、C型リゾチームがフコイダンに阻害されることを示した古川真一教授の論文を読んだことです。この論文で示された現象に興味を持ち、その分子レベルでのメカニズムや生物学的意義を解明したいと考えました。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
研究は主に2年生の8月から3月まで行いました。1日あたり2時間で8か月ほどです。
■今回の研究で苦労したことは?
高校の限られた器具、予算、試薬の中で誤差を最小にすることです。特にリゾチームの阻害様式表示に用いたプロットは、正確な判定のために誤差をできる限り小さくすることが必要だったので、反応速度の測定はそれまで用いてきた溶菌法から乾燥菌体を用いた方法に変えることにしました。乾燥菌体の作成に関しては、筑波大学の高谷直樹教授にアドバイスをいただきました。
また、貝類のリゾチームを用いた実験では、リゾチームの単離は高校の設備では不可能だったので(それまで用いてきたC型リゾチームは単離された状態で販売されているものを用いました)、貝類のリゾチーム研究者の松宮政弘教授に相談をして、粗抽出液を用いることにしました。ここで確実にリゾチームの活性を見るために、貝類の中でも極めてリゾチーム含有量の多いシジミを用い、他の貝類の結果と比較して傾向を見ることにしました。幸い、貝類のリゾチームは極めて安定で活性も高いので、リゾチーム様物質の活性を確認することができました。
相談を持ちかけた際に快く協力していただいた高谷直樹教授、松宮政弘教授には、本当に感謝しています。多くの人に助けていただいて成り立っている研究だと思います。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
本研究の成果は、以下の2点です。
1.フコイダンによるリゾチーム阻害が硫酸基によるものであることを示した
2.フコイダンとリゾチームの関係を生体防御に関連付けた
1では、実験に用いたフコイダンの低分子化を確認する際に、浸透圧の差で溶液のモル濃度を比べる自作の装置を用いました。この装置は一年生の頃に開発していた装置を応用したものです。高校生の研究はプロの研究とは異なり、研究者自身の成長が一つの重要な目的になります。ですから、すぐに新しい器具を買うことより、できる範囲なら自分の力で新しい実験手法を開発することの方が目的に適っていると思い、この装置を用いました。
2では、分子生物学のみの視点で進められていた先行研究を新たに生態学の視点から考察することで、研究の発展性に気づいたことが見てほしい点です。学会で自分とは専門の異なる研究者の方々とディスカッションをしたことが刺激となり、新たな視点に気づくことに繋がりました。この経験から、専門の異なる研究者同士のコミュニケーションの重要さを改めて実感しました。
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・「酸性多様糖の溶菌酵素阻害」古川真一(比治山大学短期大学部紀要第30号,1995)
http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hijiyama-u/file/6165/20140122101943/hjjt3007.pdf
・「褐藻フコダインの消化系プロテアーゼ阻害」
古川真一(比治山大学短期大学部紀要第35号,2000)
http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hijiyama-u/file/6288/20140122095023/hjg3506.pdf
・「リゾチームの触媒機構:無脊椎動物型とニワトリ型の比較から」 阿部義人(生物物理57巻3号,2017)
・「リゾチーム遷移状態アナログの合成と反応機構の解析」尾形慎、碓氷泰市、梅本直之、大沼貴之、深溝慶、沼田倫正 (日本応用糖質科学会誌4(4)2014)
・「貝類のリゾチーム分布」松宮 政弘, 望月 篤(日本水産学会誌)
・「貝類のリゾチーム分布Ⅱ」松宮 政弘, 望月 篤(日本水産学会誌68 巻 3 号,2002)
・「貝類リゾチームの体内分布」宮内浩二、松宮 政弘, 望月 篤(日本水産学会誌69 巻 2 号,2003
・「ヤマトシジミ・リゾチームの精製と性質」宮内浩二、松宮政弘, 望月篤(日本水産学会誌66 巻 2 号)
・「海産二枚貝におけるリゾチームの存在と特性」高橋計介, 森 勝義, 野村正(日本水産学会誌52 巻 5 号,1986)
・「リゾチームの構造・機能・進化」
東海大学農学部バイオサイエンス学科タンパク質化学研究室
http://www2.kuma.u-tokai.ac.jp/~nougaku/Bio/araki/lyso.htm
・「褐藻におけるフコダイン様多糖の分布」
富士川龍郎、中島克子(日本農芸化学雑誌49 巻 9 号,1975)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/49/9/49_9_455/_pdf
・「酵素の化学」福岡大学理学部機能生物化学研究室
http://www.sc.fukuoka-u.ac.jp/~bc1/Biochem/biochem5.htm
・「Iタイプリゾチーム分子系統樹」
http://www2.kuma.u-tokai.ac.jp/~nougaku/Bio/araki/itree.htm
■今回の研究は今後も続けていきますか?
今回の研究テーマは、まだまだ検証が必要な部分がありますから、機会があれば続けたいと思っています。私は分子生物学、特に酵素、分子モーターなどの生体物質に興味があるので、異なるテーマで研究をする場合も、そのようなタンパク質を中心としたテーマになると思います。
■ふだんの活動では何をしていますか?
生物同好会部では、研究のほかに毎年6月に行われる学苑祭において、普段は生物学に触れることのない人にも楽しく生物学の面白さや重要性を知っていただくことを目的とした展示を行っています。
ふだんは、顧問の先生と生物関連の話題について議論したり、興味のある論文や学会誌を読み漁ったりすることが楽しみです。趣味の中で特に好きなことは、絵を描くことと、行きつけの喫茶店のマスターさんとおしゃべりすることです。
■総文祭に参加して
発表会や交流会を通して、全国の高校生の皆さんと交流できたことを嬉しく思います。
開催地である長野県に初めて訪れ、山に囲まれた美しい土地の文化と自然の魅力を感じることができました。総文祭に開催地になることで、長野県の魅力が存分に伝わったのではないかと思います。巡検で訪問した公立諏訪東京理科大学では、地元の特産である寒天を用いた有機材料の利用や、情報の前後関係を理解する人工知能の開発など、多くの興味深い研究についてお話を伺うことができました。
今回の総文祭に参加したことは、科学や研究者のあり方などについて改めて考えるための良い機会となりました。