2018信州総文祭
(2018年8月取材)
■部員数 9人(うち1年生5人・2年生1人・3年生3人)
■答えてくれた人 明泉湧也くん(3年)
この研究は、先輩の研究(渡辺光2010)を引き継いで開始したものです。驚いたことに、この分野の研究はほとんど報告がなく、解剖法や体の部位の名称さえほとんど見つけられませんでしたが、顧問の先生から昆虫での知見や一般的な実験法を指導していただいて手探りで研究を進め、今回大きな成果を得られました。
アメリカザリガニの色変化を司る内分泌腺を知る
アメリカザリガニには、眼柄(いわゆるカニの眼)、Y器官、脳、大顎器官、食道下神経節、胸部神経節の6つの内分泌腺があると報告されています。そこで分泌されるホルモンには、脱皮促進、卵巣発達、血糖上昇、カルシウム代謝促進ホルモン、そして眼柄にある色素胞と脱皮抑制ホルモンが知られています。しかし、これらがどのように関わり合うか、どのようにに調節されているかの報告がありません。尚、赤と黒の2つの色素胞が報告されています。
私たちの先輩の先行研究では未成熟個体で4種の色素胞を観察し、眼柄を除いた個体において脱皮周期に伴い色素胞が変化すること(=眼柄支配を受けていない)を発見しました。そして、色素胞支配系が脳や神経節にあると予測しました。
この実験が成功した要因は、外骨格に色素沈着のない未成熟個体を用いたことと、そして、それまでは眼柄を切除すると、数日以内にほとんどの個体が死ぬとされていましたが、この実験では切除してもほぼ全個体で生きたまま数回の脱皮をさせることに成功したことが大きいと考察しています。
ねらいとなる食道下神経節を効率よく摘出する方法を開発 !
具体的には、眼柄の付け根を強く挟み、5分後に切り取り、さらに5分間空中に放置して切断面の体液がわずかに凝固するのを待って水に戻す、という方法です。これは、トカゲのシッポやカニの足が切れた時、切断面の筋肉が強く収縮して体液の流出を防ぐこと(自割)を応用したもので、ほぼ100%の生存を可能にし、生き残らせることができました。
ここからが、今回私たちが開発した解剖法です。
まず、アメリカザリガニの脊髄を破壊して安楽死させるることが必要です(これをビスと言います)。
ザリガニは腹部に神経中枢があるため、大顎の上部すき間からメスを突き刺し、切断します。
続いて、脳を摘出します。大顎の隙間からハサミを入れて頭部を切除します。すると、グリーングランド(ヒトの腎臓)という部分が現れるので、これをピンセットで除去し、その後現れる脳を切除します。
最大の難関は食道下神経節の摘出ですが、頭胸甲の片側を残すことにより体節ごとに崩れてしまうのを防ぐことで効率的に摘出しました。こちらが中枢神経索の大まかな位置を示したものです。
そして、こちらが摘出した食道下神経節です。
体の色を変えるホルモンはどこからくる?
こうして作った実験系を用いて、体の色を変えるホルモンがどこから分泌されるのかを調べました。
ザリガニ、つまり甲殻類は昆虫に比較的近い生物です。昆虫は神経から分泌されるホルモンが発達しているので、それを参考に「脱皮間期のザリガニでは、眼柄から色素胞刺激ホルモンの分泌を抑制するホルモンが出ている」という仮説を立てました。
仮説の証明には、眼柄の除去によって活性化したと考えられる脳や神経節など各部位の破砕液を、脱皮間期の未成熟個体に注入して、色素胞の変化をバイオアッセイ(※1)法で観察しました。
※1生物材料を用いて生物学的な応答を分析するための方法
破砕液は、摘出した組織に対して9倍量のリンガー液(※2)を加えてハンドホモジナイザーで破砕し、実験まで冷凍保存しました。これを未成熟個体の尾肢基部(エビの尾)から尾節(しっぽ)にかけて注射し、反応を調べました。
※2 生物実験に使用する、浸透圧やイオン組成を体液に近くなるように調整した人工的生理的塩類溶液の一つで、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオンなどを含む。
これは脱皮直後のザリガニです。ザリガニの体色は甲殻の色と色素胞の色で決まります。
甲殻の色は餌に含まれるカロテノイド(アスタキサンチン等)で決まります。例えば、針葉樹の葉を餌とすると黒っぽい色になります。
色素胞変化については、50個以上の色素胞の様子を写真に撮り、図の「ヒーリーの魚類色素拡散度」に従い数値化して分析しました。
なお、拡散度4を「複数の枝分かれが長く伸びる」と定義したため、4の色細胞は0%で、3.5に当たるものが多くありました。そのため、今後はザリガニ独自の拡散度を設定した方が良いと考えています。
橙赤紫色色素胞抑制ホルモンの仕組みが見えてきた
こちらが結果です。
無処理の個体の組織破砕液を注入した時のグラフです。まず、コントロールとしてリンガー液0.05mlを注入した時の橙赤紫色色素胞の拡散度は、7割弱が突起のない拡散度 1。 2割弱が拡散と2と3でした。
これに破砕液を注射すると、胸部第3、4、5節ではほぼ変化はありませんでしたが、脳とその他の神経節は拡散度が2になりました(下図)。後部の神経節ほど割合が小さくなることから、色素胞抑制ホルモンが脳などで合成され、後部の神経節へと拡散されている可能性があることがわかりました。
右側の図が青黒色色素胞の分布です。多くの組織でほぼ変わりはありませんでしたが、脳や胸部第二神経節の破砕液では、拡散度2になっていました。
これに対して、除眼柄を行った個体の組織破砕液を注入した場合の結果が下図です。眼柄支配がなくなって活性したと考えられる脳や各神経節の破砕液では、無処理個体の組織破砕液を加えた場合の左図と比べると差は明らかで、特に脳の破砕液で大きく拡散度が上がりました。このことから、橙赤紫色の色素胞を拡散させるホルモンは、主に脳で合成されており、その合成は眼柄のホルモンに抑制されていると考えられます。
一方、無処理個体では、下図の左のグラフの円で示すように、脳以外の神経節にも赤紫色色素胞拡散ホルモンがあるという結果になっています。よって赤色色素胞は脳で作られ、順次移動して他の神経節で貯蔵されている。そしてその分泌は眼柄に抑制されていると考えられます。
さらに、青黒色の色素胞は多くの組織破砕液で拡散度1、食道下神経節でのみ拡散度が3でした。これは、収縮していると言うよりは、胸部や腹部神経節破砕液で青黒色色素胞がほとんど観察されない状態になっていました。
拡散だけでなく、色素胞自体が変化している可能性も
こちらは、無処理の脳破砕液を注射後の変化を動画撮影で追跡し、比較したものです。除眼柄個体では、青黒色色素胞の色が薄くなっています。ヒーリーの研究や参考書には、色素細胞内の色素の粒が集まったり細胞内全体に広がったりすると説明されていました。しかし色素の粒の移動ではこの写真が説明されません。色自体が変化しているからです。
また、写真撮影はできませんでしたが、橙色の色素胞が赤紫になったり、青黒色の色素胞が空色に変わったりといった、色が変わる振る舞いもありました。
分析化学の資料によると、甲殻類の主な色素であるアスタキサンチンは、タンパク質と結合することによって様々な色を示すことがわかっています。これは仮説ですが、ザリガニの色素胞では例えば水素イオンポンプなどの働きで細胞内の状態が変わることで色を変化させているのかもしれないと考えましたので、今後課題として考察していきたいと思います。
眼柄を除去した個体が成長し、脱皮した直後の脳や各神経節破砕液を投与した結果が下図のグラフです。ほとんどの組織で橙赤紫色色素胞が縮んでいます。
青黒色色素胞については拡散度が上がっています。これはすべての眼柄除去個体に共通する特徴でした。ここから、眼柄の抑制によらない、脱皮ステージに伴う色素胞の放出があることがわかりました。
さいごに
山形ではザリガニがなかなか捕れずに材料集めから苦労の連続でした。それでも、部として長い年月をかけて研究を続けてきた結果、自分たちで開発した研究方法で実験手法の開発に成功し、分析までを行うことができたことは大きな成果だと考えています。
■研究を始めた理由・経緯は?
山形中央高は長くザリガニの研究をしています。また、他の分野に比べ甲殻類の内分泌研究は遅れていて、色素胞に関しては眼柄の赤色色素胞拡散ホルモン程度しか研究されていないのに、先輩が、眼柄以外にも色素胞に関わるホルモンが存在することを明らかにしていました(渡辺光2010)。大学の先生方に評価していただけるかどうかはわかりませんが、世界で私たちだけしか知らない研究に挑んでみるのも、ちょっといいかなと思ったからです。
■今回の研究にかかった時間はどのくらい?
2010年から始まった研究です。注入実験や顕微鏡観察は週1回で3か月くらい。追い込みは毎日4時間位頑張りました。ただ、ザリガニ集めにはかなりの時間を費やしました。
■今回の研究で苦労したことは?
まずはザリガニ集めです。5~6匹ならすぐ取れるのですが、未成熟個体を何十匹も集めるのに とても苦労しました。ザリガニは特定外来生物やコイにどんどん食べられるので、噂を聞いては山形県内を走り回り、それでも全く取れなかった日もありました。実験では食道下神経節摘出です。癒着や破損などに苦労させられました。画像撮りもザリガニの丸い体表のせいで一部にしかピントが合わず大変でした。加えて、ザリガニの先行研究は少なく、部位の名称がわからなかったりなど、大変なこともたくさんありました。
■「ココは工夫した!」「ココを見てほしい」という点は?
ザリガニの脳や食道下神経節を摘出する実験法の本はありませんでした。海外の情報やYoutubeで検索しても、腹部神経節の摘出法しかなく、先生に伝手を頼って聞いていただきましたが、見いだせませんでした。よって、この研究方法は山形中央高生物部で開発したものです。是非眼柄除去法などの動画を見てください
■今回の研究にあたって、参考にした本や先行研究
・過去の眼柄除去について
「Hormonal regulatory role of eyestalk factors on growth of heart in mud crab, Scylla serrata」Saudi J Biol Sci. 2011 Jul; 18(3): 283–286.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3730571/#b0115
・眼柄除去による死亡率について(Wikipedia Eyestalk ablation(眼柄除去) )
Chen et al., Journal of the World Aquaculture Society. 1993;24:48–57.
Chen et al., Aquaculture. 1995;138:205–217.
Amy Halimah Rajaee, 2014 Journal of Biological Sciences, 14: 527-531.
・眼柄の色素胞拡散ホルモンについて
「甲殻類のペプチドホルモンに関する分子生物学的研究」
大平剛(日本水産学学会誌70 巻 4 号、2004)
Bittner&Kopanda Journal of Experimental Zoology. 1973;186:7–16
Huner and Lindqvist, Journal of the World Aquaculture Society. 1984;15:138–141
・ブログ「スジエビの不思議」庄司安太先生
http://blog.livedoor.jp/p_palaemon/
先行研究としては、内容が大分違うものが海外に少しある程度でした。大雑把な検索語 "Eyestalk Ablation","Chromatophore hormone","high mortality"などで探し、要旨とキーワードのまわりだけを読む場合もありました。
そんな中で、庄司安太先生のブログ「スジエビの不思議」はとても参考になりました。
■今回の研究は今後も続けていきますか?
色素胞細胞内の色素顆粒の拡散・凝集が一般的な体色変化の原理として扱われています。しかし、イカやタコでは色素胞細胞をまわりの筋肉で拡げたり縮めたりすることで、急速に体色を変化させている虹色細胞がわかっています。私たちは、未成熟なザリガニが、さらに別の方法で変化させている可能性を見つけました。これを突き詰めたいと思います。
また、山形県西村山郡朝日町にある大沼には、風に逆らい、時には島同士が逆方向に移動し交叉するように漂う浮島が浮かんでいます。私たちは本校化学部と共に、近年浮島が減少した原因が、田んぼの害虫のヨトウムシが浮島の浮力源であるアシを食害したためであること、記述にある1300年前浮島が突然出来た理由は、浮力を持つアシの生えた泥炭層が地すべりにより沈下し、その後アシの浮力で浮いてきたこと。そしてその地すべりについて。と研究を重ねてきました。現在はその地すべりが、「層崩れ」というやや特殊な地すべりであったことを証明するものを探し、主担当は本校化学部になりますが、お陰様で2018年度の県大会で最優秀賞を得ることができました。佐賀の2019全国総合文化祭で発表しますので、是非聞いてください。
さらに、本校化学部のお手伝いで、「高火力な備長炭はなぜ火がつきにくいのか」をやりました。備長炭断面の銀の金属光沢がπ電子によるもので、楢炭では10㎝あたり数メガΩある抵抗が数Ωでした。これが効率よく熱を熱電子として拡散するため、なかなか発火点に達することができず火がつきにくいことがわかりました。物理専攻の自分は驚きました。この先も突き詰めてみたいと思います。後輩が引き継いでくれれば、私は卒業後も全力で助力したいと考えています
■ふだんの活動では何をしていますか?
個々に好きな実験を楽しんだり、数論したり、研究を助け合ったりしています。一部の後輩は、家庭内野良ハムスターにもてあそばれています。本校のハムスターは歴代水槽の土の中にいて、本能に従って自分できちんとトイレ掃除をします。基本部員は小屋掃除をしません。自分で大きな巣を作り寒い部屋で暖房もなしにヌクヌク暮らしています。夜行性なんてどこかに忘れ、後輩たちが近づくと窓辺の雪も顧みず巣から飛び出し、さかんに「遊んでくれ」とせがんでいます。
また、「青少年のための科学の祭典」等での科学実験ボランティアで、子供たちに科学に興味を持ち喜んでもらう活動を年3~4回しています。今夏は全国大会2日前に「園児が歩いても揚がるキャラクター凧」、「ピンポンシューター」、ハムスターや無害化したイモリやザリガニ・ゴキブリ等の「生き物ふれあいコーナー」で、合わせて900人以上の来場者に楽しんでいただきました。
■総文祭に参加して
全国大会という貴重な体験をさせていただけたことに、まず感謝します。とても深かったり、濃かったりするものが非常に多く、「自分たちはまだまだだなぁ」「さらに研究していきたい」と感じました。しかしこの貴重な体験も、今まで先生方や仲間、先輩後輩の協力があってこそのものです。今回学んだ知識や経験を、受験勉強や大学でのさらなる学習に生かしていき、自分を高め、まわりに恩返ししたいと思います。