各国の大使になりきって、「唯一絶対の正解がない問題」の解決に挑む

第2回全国高校教育模擬国連大会

(2018年8月取材)

 

模擬国連は、実際の国連と同じルールの下で出場者が各国の「大使」になりきって、自国の国益を守りながら国際問題の解決や新たな枠組み作りを目指す、知的な活動です。この会議の運営や議長団なども全て高校生が行うのが全国高校教育模擬国連。2回目の今年は、2018年8月6日・7日の2日間、東京都品川区の「きゅりあん品川」で開催されました。

 

今年は全国から71校、500人以上が参加。4つの議場に分かれて「サイバーセキュリティの国際間のルールつくり」について熱い議論を繰り広げました。

 

今年は初心者向け(※1)の会場も2会場開設され、フロント役の生徒からいろいろな会議行動について説明を受けながら議論が進められました。

 

今回は、2年前の第10回全日本高校模擬国連大会でこの議題に取り組み、日本代表として2017年5月の国際大会に出場したモギコッカーでもある2人の大学生に、特派員として会議の様子をレポートしてもらいました。

 

※1:ペアの両方が模擬国連の経験が0~1回(練習会含む)

 

今回のテーマは「サイバーセキュリティ」

今回の会議テーマは、「サイバーセキュリティ」。陸・海・空・宇宙に次ぐ「第5の戦場」と言われるサイバー空間での国際的なルール作りを目指します。このテーマは、2016年に行われた全日本高校模擬国連のテーマでもありました。

 

[議題解説書はこちら] (グローバル・クラスルーム日本委員会のホームページ)

 

論点は以下の3点です。

 

論点1 情報セキュリティの捉え方 

論点2 国際的規範――各国家の行動についての規範 

論点3 国際的規範――サイバー後進国のキャパシティ・ビルディング(※2)

 

※2:途上国の能力構築。途上国に対して、協定についてのセミナーの開催、産業育成・中小企業人材育成としての研修員の受け入れや専門家の派遣等の技術支援を行うことによって、途上国が交渉に参加できる能力をつけていくこと。[外務省ホームページより]

 

論点1の「情報セキュリティの捉え方」では、「サイバー空間における表現の自由」と「国家主権による規制」が主な対立点となります。前者は主に民主主義・自由主義国の、後者は主に旧社会主義国の主張となると考えられます。

 

論点2は、今回の会議設定が、国連総会の常設委員会である第1委員会の内部組織である第5回政府専門家会合(2016年8月~)であることがポイントです。過去4回の会合では、「情報セキュリティのための国際行動規範」が課題として挙げられていますが、未だ抽象的な論にとどまっていました。これを具体化しようとすれば、各国のサイバー環境の実態や、ICT・サイバー空間に対する認識の違いが対立点となることが予想されます。

 

論点3では、キャパシティ・ビルディングのための機関を「既存の国際機関を活用する」か、「新機関を設立するか」というところが争点となります。既存の国際機関はサイバー先進国が主導しているため、発展途上国にとっては問題解決につながらないという議論が予想されます。

 

 

国家戦略に直結する問題だけに、公開情報がほとんどない!

大使は、担当国についてリサーチしたことをPosition and Policy Paper(以下、PPP)にまとめ、事前に提出します。PPPには

1.担当国の人口や宗教、主要産業、地勢などの基本情報

2.国内のICT環境、サイバー空間への国際社会での取り組み

3.今回の議題の3つの論点の整理と、政策立案のトップラインとボトムライン(※3)

を記入します。このPPPは大使が会議行動を決める際の材料となるとともに、決議案への賛否と整合しているかどうかを評価される基準になります。

 

※3:トップラインは本大会で自国が達成したい最大の政策、ボトムラインは最低限守りたい政策

 

NPの例(議題は別のものです)
NPの例(議題は別のものです)

 

また、今回の教育模擬国連では、PPPとともに交渉ペーパー(Negociation Paper:NP)も事前に作成が求められました。NPは他国に向けて自分たちの国をアピールするもので、キャッチフレーズや今回の議題に対するスタンスをA4片面1枚のチラシにまとめたものです。

 

PPPとNPは、事前に教育模擬国連のサイト(※4)に会場ごとにまとめてアップされ、他の国がどのような立場を取っているのかを事前に知る材料となりました。

 

※4:

https://ajemun.wixsite.com/ajemun2018

 


今回、自国のサイバー事情に関する情報収集には、どの国の大使も苦労したことと思います。ICTやサイバー空間は、暮らしをより便利にする一方で、軍事的には最先端分野であり、多くの国が重要な分野として捉えているため、各国がどのような戦略のもとでICTやサイバー空間の発展や規制に取り組んでいるかがわかる資料は、極端に少ないのです。

 

一方で、公開情報が少ない分、ネット上には憶測も含めた様々な情報があふれ、真偽の判断も難しいところです。また、専門用語が多い上に、ほとんどが英語や母国語の情報であるため、内容の理解にとても手こずったという声も聞かれました。

 

さらに、「国益」と「国際益」を両立するのが難しい、というのも今回の特徴でした。その中で、全会一致を目指した決議案(Draft Resolution:以下DR)を作るためにはどのように交渉したらよいのか。大使の皆さんは様々な準備をして、会議に臨みました。

 

[第2回教育模擬国連の使用言語とスケジュール]

教育模擬国連のルールは、全日本高校模擬国連大会とほぼ同様ですが、議事進行は日英併用(英語で進行、日本語で随時サポート)、公式スピーチと文書作成は日本語で行うので、英語のハンディを気にする必要がありません。

 

[1日目のスケジュール]

1日目は、開会式後4つの議場に分かれて昼食を取った後会議が始まります。「開会宣言→出欠確認→議題採択→発言国の登録」の一連の手続きが終了した後、討議が始まります。1日目は、15時までにWorking Paper(作業文書:以下WP)を提出します。

 

スポンサー国数は会場ごとに異なり、経験者向けの会場のA議場とB会場が13か国以上、初心者向けのC議場が9か国以上、同じくD議場が8か国以上となっています。WPではスポンサーの兼任は可能です。提出されたWPは、フロントによるディレクターズチェックが行われます。WPは全て印刷して配布されます。大使たちは、これをもとにDRのためのコンバイン(統合)を目指します。

 

[2日目のスケジュール]

2日目は、昨日提出されたWPをもとにDRを作成します。

 

DRのスポンサー国数は、A議場とB議場が20か国以上、C議場が13か国以、D議場: 11か国以上で、スポンサーの兼任はできません。昼食時間も使って、13時30分までに書式を整えた上でフロントに提出します。

 

提出されたDRは、ディレクターズチェックを経て、友好的修正が可能かどうかを討議され、最終的に採決にかけられます。今回の投票形式は、コンセンサスによる投票か、点呼による投票 (ロールコール投票)で行われることとされています。

 

大会の資料ページはこちら(会議細則、PPPフォーマットなど)

 

1日目: 会議スタート! 多岐にわたる論点をいかに整理して議論するか

今回の議題は論点が多岐にわたる上、各国の立場が見えにくい部分が多いため、多くの会場で、最初はモデレート・コーカス (Moderated Caucus:着席討議)から始まりました。各国の論点に対する立場をメモしたり、同じスタンスを持てそうな国へのメモ回しをしたりなど、グループ形成に向けた準備はすでにこの時間から始まっています。そして、グループ形成のための個別交渉を行うアンモデレート・コーカス(Unmoderated Caucus:非着席討議)に移って、議場のあちこちで活発な議論が繰り広げられました。

 

どの議場でも最大の対立点になったのが「表現の自由」に対する姿勢でした。表現の自由を掲げるEU、アメリカなどに対して、情報統制を主張する旧社会主義国系のICT先進国(ロシア・中国など)、さらにICTの途上国などがそれぞれグループを形成し、交渉を進めることになりました。

 

1日目にまず重要なのが、各論点について各国がどのようなスタンスにあるかを正確に把握することです。

 

そのため、各グループ内では、ホワイトボードやポストイットなどを使って、論点ごとの意見の整理を行っていました。うまく合意形成を図っていたグループでは、合意の取り付けやすい問題から優先順位をつけて効率よく議論を進めていくなどの工夫が見られました。

 

また、グループ内の意見をまとめるだけでなく、合意形成に向けて他のグループではどのような議論をされているかを把握することも重要です。議場内ではインターネットの使用は禁止されているので、大使同士が問題点を確実に共有して動くことが必要になります。特に、経験者中心の議場では、WPのまとめに入った時間帯では、ほとんどの国のペアが、WPの作成担当と他のグループとの交渉担当に分かれて、個別の議論を展開していました。

 

最終的に提出されたWPは、A議場が7本、B議場が5本、C議場が3本、D議場が3本でした。

 

2日目:全会一致に向けて、交渉は続く

2日目は、1日目に提出されたWPをコンバイン(統合)してDRを作成します。今回の会議は最終的に全会一致が目標なので、対立点を一つずつすり合わせ、双方が納得できる内容にしていく作業が中心になります。

 

ここで難しいのは、「全ての国が納得できる内容」をどのように表現するかということです。合意を急ぐあまり曖昧な内容になってしまうと、実効力を持ったものになりません。また、一つの条文を動かすことで、DRの内容そのものの整合性が取れなくなってしまうこともあるので、文章を作ったり修正したりするとともに、DR全体をチェックしていくことが必要になります。

 

一方で、この段階になるとリーダー的な国同士だけで交渉が進んでしまったり、DRの作成に追われて他の国に目配りが足りなくなってしまったりという状況も出てきます。その中で、交渉から外れている国の大使にDRの条文のチェックを促したり、読み合わせによって条文の内容を確認したりと、細かい詰めの作業を率先して行う国の活躍が光りました。

 

13時30分のDR提出の締切時点では、いずれの会場も2本ずつのDRが提出されました。

 

DR提出後、修正案の討議が行われましたが、やはり表現の自由に関する対立を解消することは難しく、全会一致とはならなかったため、採決にかけられました。

 

今回のように、国家の体制や思想の違いに原因がある問題は、おそらく実際の国連の場の議論では、もっと鋭く対立することでしょう。大使の皆さんも、国際問題の解決の難しさを改めて感じたことと思います。

 

 

大使たちの意志を尊重しつつ、議論をスムーズに進める配慮~フロント・アドミニセクション

教育模擬国連の特徴は、フロント(議長、副議長、会議監督)も高校生が務めることです。フロントは、会議を進行するだけでなく、まとめることも重要な役割です。フロントの担当は、ほとんどが模擬国連の経験者ですが、今回のように大規模で、しかも参加者が全国から集まった会議の進行は、皆が初めてでした。その中でフロント担当は、プロシージャに従って、議場の流れを見守りつつ、時に毅然として会議を進行し、採決まで持ち込むことができました。

 

また今大会の初心者グループの会場では、フロントが議事進行や時間の使い方について随時アドバイスを行いました。そのため、模擬国連は今回が初めてという人にも、模擬国連の全体像をつかむヒントがたくさん得られたと思います。

 

国益とともに国際益を実現するために

国連の場で議論されるのは、様々な問題に対して、どうすれば国際社会が全体として良い方向に進んでいくか、ということです。そこには、各国の立場や利害が何重にも絡み合い、同じ問題を国内で扱うよりもはるかに複雑な交渉が必要になります。もちろんこれは、模擬国連も同様です。

 

例えば、「情報セキュリティ」が重要事項であることは、どの国も認めることであっても、そこで当然触れられる「表現の自由」は、各国のボトムラインに触れる問題で、安易な妥協はできません。

 

また、論点3のキャパシティ・ビルディングのように、途上国に対して、物的・人的支援を提供する、つまり負担を強いられる側の国も出てきます。これは、決して自国の利益になるばかりとは限りません。一方で、支援を受ける側の国も、先進国の一方的な都合を受け入れるわけにはいきません。その中で、どこを落としどころにして合意形成を図るかを考えるのが、模擬国連の難しさであるとともに、醍醐味ともいえるでしょう(もっとも、最近は実際の国連スピーチで、グローバリズムを拒否し、自国ファーストを平気で叫んでしまう、困った大統領もいますが…)。

 

自国の権益を最大限に守りつつ、国際益を実現するためには、自国の主張に賛同してくれる国を一つでも多く「味方」につけることが大事です。そのためには、PPPを作る際に、自分の国について調べるだけでなく、どの国やグループが味方になりそうか、対立が生じそうなのはどんな点なのか、ということも合わせてリサーチしておく必要があります。

 

スピーチと着席討議で手の内を明かす・手の内を知る

さらに重要なのが、当日の会議の中で、自分の国の考えやスタンスを明確にするとともに、他の国の状況をつかむことです。そのために重要なのが、スピーチと モデレート・コーカス(着席討議)です。スピーチは公式討議(formal speech)という位置づけで、決められた時間内で議題の全てにわたって自国の意見を自由に話すことができるとともに、DR(決議案)提出にあたって同じグループになるかどうかの見極めの重要な機会です。国内の現状をつらつら説明するところから始めても、なかなか他国の大使に興味を持ってもらうことはできません。簡潔に、はっきりと、めりはりをつけたスピーチで、合意形成に向けてどんなことができるかをアピールすることが必要です。スピーチの内容は議事録にも残ります。小さな国であっても存在感を示す機会でもあるのです。

また、モデレート・コーカスは、いわゆる「学級会形式」で、発言を希望する大使は議長の進行に従って、指定されたトピックに関する主張を着席したままの状態で簡潔に説明します。例えば、「『表現の自由』についてそれぞれの国がどんな立場をとっているかということについて、1か国1分で説明する」というのがこれにあたります。特に対立が予想される問題について、議場全体に自国の目指すところをアピールしたり、効率よく各国のスタンスを知ったりする機会となります。

 

模擬国連というと、各国大使が席を立って自由に交渉したり、グループを作って決議案を作成したりするアンモデレート・コーカス(非着席動議)の印象が強くなりがちですが、実はアンモデレート・コーカスは、個別の交渉やすでに形成されたグループ内のすり合わせには有効ですが、相手がどんなスタンスなのかが明確でない場合は、意外に効率がよくないのだそうです。そのため、限られた時間の中でできるだけ多くの国と交渉し、かつ自国に有利な決議案に持ち込むためには、スピーチとモデレート・コーカス、アンモデレート・コーカスを上手に組み合わせることが必要です。

 

“Motion!”は会議の進行に積極的に関わるチャンス

模擬国連の議事の進行は、大使の動議によって決まります。議長による開会宣言(2回目以降は再開宣言)、出席確認、数か国のスピーチに続いて、議長は議場の大使に向けて動議の募集を行います。非公式討議は各国大使が議事の進め方や文書提出に関する動議(Motion)を申し出て、多数決によって決まった動議の内容に沿って会議が進行します。

 

議長からの“Are there any other point or motions?” という呼び掛けに対して、大使は自国のプラカードを挙げて“Motion!”と言い、議長に発言の許可を求めます。指名された大使は、「40分のアンモデレート・コーカスを希望します」「〇〇について1か国●分のモデレート・コーカスを希望します」など、自分たちの会議戦略に合わせた提案を行い、多数決で採択します。

 

模擬国連に初めて参加する人にとって、“Motion!”はなかなかハードルが高く、今回も初心者の会場ではなかなかプラカードが上がらない場面もありました。“Motion!”は、会議行動を有利に進めるための絶好のチャンスでもあるのです。ちなみに、大使側から動議が出ない場合は、議長裁量で進行が決められます。

 

最後は時間との戦い!

高校生の模擬国連は、今回のように2日間にわたって議論を行う場合が多く、一見時間はたっぷりあるように見えますが、実は文字通り「時間との戦い」です。例えば、最も重要なDRの提出は、1秒でも遅れると受理されません。それまでに、ここまで練り上げた内容や形式を確認し、スポンサー国を漏れなく記載してあることを確認する必要があります。さらに、会場内ではインターネットが使えないため、グループ内で文言を確実に共有するための時間を確保することも必要になります。

 

そのためには、「何時までに〇〇を提出する」という会議細則(プロシージャ)をしっかり頭に入れた上で、効率よく議論を進めることが必要です。ここまで何回も「効率」という言葉を使いましたが、模擬国連で大事なのは、相手の話をじっくり聞いてお互いが納得するまで議論することと、時間を効率的に使うことのバランスが非常に重要なのです。

 

教育模擬国連は来年も開催される予定です。模擬国連に興味のある人も、大きな会議の運営を経験してみたいという人も、ぜひ参加してみてください。

 

大使として参加した皆さんに聞きました

 

岐阜県立岐阜高校 深澤俊輔くん、田島梨々夏さん(2年) A会場/スイス大使

渋谷教育学園幕張高校[千葉] 松村脩平くん、頓所凜花さん(2年) B会場/ドイツ大使

海城高校[東京] 飯野諒平くん、奥山周亮くん、三浦紘くん(2年) B会場/セルビア大使

中央大学杉並高校[東京] 手塚咲来さん、石田太一くん(2年) C会場/アルゼンチン大使

水城高校[茨城] 橘川和真くん、根本一輝くん(2年)、小泉信太朗くん(1年)C会場/ケニア大使

逗子開成高校[神奈川] 三浦遼太郎くん、宇山大河くん(1年) D会場/チュニジア大使

 

実行委員として参加した皆さんに聞きました

 

札幌日本大学高校[北海道]尾先由崇くん(3年) 生徒実行委員長

ぐんま国際アカデミー高等部 茂木柚伽さん(3年)フロント・アドミニセクションリーダー、議長

渋谷教育学園渋谷高校[東京] 石川満留さん、E・Hさん(2年) 議長

 

大学生特派員に聞きました

 

◆小寺圭吾くん(早稲田大学1年・第11期高校模擬国連国際大会派遣団)

◆小塚慶太郎くん(立教大学1年・第11期高校模擬国連国際大会派遣団)

◆渡辺涼太くん(早稲田大学3年・カメラ担当)

こちらから 

 

【関連する資料・ホームページ】

初心者用説明動画はこちら

 

模擬国連マニュアルはこちら

 

第2回全国教育模擬国連ホームページ

 

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