(2018年8月取材)
大学生が高校生を指導することで、ともに成長する大会
夏休みに行われた、全国規模の模擬国連大会をもう一つご紹介しましょう。模擬国連会議関西大会は、模擬国連に取り組む大学生の交渉力の向上と交流を目的として、17年前から毎年夏に開催されています。全国から250人以上の学生が集まり、「パレスチナ分割決議」「平和構築政策」「ウクライナ情勢」(※1)などホットな議題に分かれて熱い議論を繰り広げます。
※1 第17回模擬国連会議関西大会(2017年)の実施テーマより
昨年(2017年)からは、高校生会議の部が設立されました。実践の場が少ない高校生に会議の場を提供し、高校生よりも精度の高いコミットができる大学生が直接指導することで、参加する高校生は会議行動のノウハウや会議に臨む基本的な姿勢を学び、大学生は指導のために会議全体を俯瞰的に見ることによって自らの会議行動の向上に役立てるという、ともに成長することができる場を目指しています。
今年の関西大会高校生会議は、8月21日・22日の2日間、神戸市ポートアイランドの神戸商工会議所会議室で開催されました。参加者は35名で、そのうちの約3分の2が、模擬国連の参加は今回が初めてです。関西だけでなく、関東や九州からの参加者もいます。
関西大会高校生会議の特徴の一つが、申し込みが個人であるため、大使が必ずしも同じ学校同士のペアではないことです(※2)。そのため、実際に顔を合わせるのは会議当日、という人もいます。実際に別々の学校でペアを組んだ人に聞いてみると、事前の準備や役割分担については、6月中旬に担当国が決まってから、SNSなどで綿密にやりとりをしたのだそうです。
※2 学校から申し込んだ場合は、同じ国の担当になります。
■会議スケジュール
[8月21日(1日目)]
(*開会式は大学生大会と一緒に8月20日に実施)
11:00~12:00 1st Meeting
12:00~13:00 昼食休憩
13:00~18:00 2nd Meeting
18:00~19:00 夕食休憩
19:00~20:30 3rd Meeting
[8月22日(2日目)]
9:30~12:00 4th Meeting
12:00~13:00 昼食休憩
13:00~14:30 Review
14:30~ 写真撮影
15:00~16:30 閉会式
参加者は、事前に配布された議題解説書を読んで今回の議題の背景や課題を知るとともに、担当国の実態や個別の問題点を調べて、Position and Policy Paper(PPP)を作成し、会議前にフロントに提出した上で会議に臨みます。
「2030年までに国際社会として達成すべき教育目標」を考える
今回の議題は、「2030年までの教育分野に関するフォーラム(The Forum for Education until 2030)」、議場は「世界教育フォーラム2015」(※3)で、2015年3月時点の状況に沿って議論を行いました。
時代設定 | 2015年5月19日 |
使用言語 |
成果文書・公式文書は英語。Working Paperの段階の文書は他の言語の表記を認める。公式発言(Procedure, Formal Debate等)は英語とし、非公式討論における使用言語は日本語とする。 |
フロント |
会議監督は、模擬国連会議の運営を行い、公式文書を発行する責任者とする。また、副会議監督は会議監督の補佐を行い、会議監督と同じ権限を有する。 |
公式文書の指導は会議監督と議長、副会議監督が協力して行うこととする。 |
|
議長、秘書官、報道官は国連職員とする。 |
※3 2015年5月19日(火)~21日(木)の3日間、UNESCO主導のもと、UNICEFなど国連組織、世界銀行をはじめ130カ国以上の政府代表、NGO約250団体など総勢約1500人が集まり、2015年から30年までの世界共通の教育目標が「インチョン宣言」として採択された。
論点は、
1.2030年までの教育目標
2.質の高い教育について
の2点です。論点1では2030年までの国連としての教育目標の作成、論点2では「質の高い教育」が何を指すかについて、「世界すべての国での共通の定義」を作ることが目標です。
今回の議題の「教育」は、個人の成長にとっても、国家の発展にとっても、ひいては国際社会の望ましい未来にとっても必要不可欠なもので、国連でも教育問題についてこれまでにも様々な会議が行われてきました。
今回の会議設定は、2000年に採択されたダカール行動枠組み(※4)の実施結果を踏まえ、2015年現在における「質の高い教育」とは何か、そして2030年までに達成すべきことは何かということを考えるものです。
※4 2000年4月にセネガルのダカールで開催された「世界教育フォーラム」において、2015年までの初等教育の普遍化、2005年までの初等・中等教育における男女就学格差是正等の目標を達成するための今後の方針として採択された。[外務省ホームページより]
教育問題は、どの国にとっても重要な課題であるため、国情に合わせた様々な教育制度や政策がありますが、一方で国による格差が大きく、2015年現在、世界で5800万人の子どもが小学校へ通えず、7億8100万人が母語の読み書きができずにいます。
また、宗教や社会制度によって多くの女性が教育を受ける権利を奪われています。今回の論点1と2はこのような現状に対して、国際社会としてどのように取り組んでいくか、という枠組みを設定することになります。
「すべての子どもたちに質の高い教育を」というのは、2000年に採択されたMDGs(※5)の2番目に掲げられた「普遍的初等教育の達成」にもあるように、どの国からも支持される普遍的な目標であり、これに異を唱える国はまずないでしょう。また、いわゆる「先進国」と「発展途上国」にグループが分かれることが想定しやすく、取り組みやすい課題と思われました。
※5 Millennium Development Goalsミレニアム開発目標。2000年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットにて採択された国連ミレニアム宣言と、1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し、一つの共通の枠組みとしてまとめられたもの。193の全国連加盟国と23の国際機関が、2015年までにこれらの目標を達成することに合意している。この目標は持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals :SDGs) に継承された。
国際問題解決の手強さに直面!
ところが実際に議論が始まってみると、なかなか手ごわい問題であることが明らかになってきました。
教育問題は各国の事情が様々で、「発展途上国」のグループの中にも、学校という施設そのものが十分に整っていない、識字率が低くて教科書を作ることも難しいといった国もあれば、国内の社会の階層によって生活レベルが全く違うため、一元化して語れないという国もあります。
一方で、具体的な提案にまとめるのも一筋縄ではいきません、例えば「先進国」のグループが出した「教育の質の向上のための教員免許の義務化」や「教育のための予算拡大を図る」といった提案については、フロントから「内政干渉にあたるので、認められない」というチェックが入りました。あくまでも国連としての決議であるため、各国の制度や政策に踏み込むことはできないのです。国際問題に取り組む難しさを痛感した大使も多かったことと思います。
さらに、国同士が交渉し、合意を得るためには、どのような文章にまとめるかが最も重要な課題になります。しかし、さまざまな国内事情を抱える国同士が交渉していくにあたって、すべての国が納得する文言や表現を使うのは非常に難しく、また、万一修正が入った場合にそれがきちんと共有されていないと、合意が崩れることにもなりかねません。
模擬国連は、ルールとして議場内でインターネットを使うことは許可されていないので、「ドロップボックスで共有して修正を随時書き込んでいくのを見る」ということはできません(※6)。その中で、大使の皆さんは情報共有のための様々な工夫をしていました。
※6 文書作成等のために、パソコンをオフラインで使用することは可。 作成した文章は、USBメモリーにコピーして、配布・共有・提出などを行います。
そんな状況の中でもやはり大事なのは、一つひとつの言葉の意味をきちんと押さえ、正確に伝えることでした。
「紙と鉛筆」「人から人へ」というのは、いわばとても原始的な方法ですが、それを疎かにせず、問題となっている点を明確にして一つひとつつぶしていったグループは、結果的にグループ内の意見を統一していくことができていました。
「国連」と「国」の違いを考えて行動しよう
この関西大会は、模擬国連に取り組む力の向上を目標にしているため、随所で大学生のフロントからアドバイスが入り、提出文書の内容や形式を精査して問題点を指摘するディレクターズチェックや、会議の最後に行うレビュー(振り返り)にも十分時間が取られています。と言っても、堅苦しい雰囲気ではなく、部活の先輩が指導してくれる、という感じです。
参加者には事前にプロシージャ(会議進行上のルール)は配られていますが、議事に夢中になって議場全体が落ち着かない雰囲気になったときには、フロントが「(残りの時間から考えて)今、何をしなければならないか、考えてみよう」と声をかけたり、スピーチの有効な使い方をアドバイスしたりしてくれます。そのため、初心者にも会議行動の注意点がわかりやすくなっていました。
レビューでは、フロントの皆さんから、今回の会議を振り返って注意すべきだった点や、今後模擬国連に取り組むことに向けてのアドバイスがありました。とても参考になるお話でしたので、いくつかご紹介します。
〇言葉の定義を大切にしよう
今回の会議や文書の中で、「先進国」「発展途上国」「後進国」という言葉が出てきましたが、この定義を皆さんはきちんと理解して使っていたでしょうか。たとえば、どう考えても違うだろう、という国が「我が国は先進国です」と主張したとしたら、「いや、あなたたちは違う」と言えるような定義をきちんと持っていないと、議論そのものが成り立たなくなってしまいます。あいまいな言葉は、日本語でも英語でも使わないように心がけましょう。同様に、文書にする場合の、itやthatなどの指示語は口語だ、くらいに考えて、使わないようにするべきです。
〇スピーチの機会をもっと活用しよう
スピーチでは、多くの大使が準備してきた原稿を読み上げていましたが、スピーチは自由に話すことができ、自分たちがどんなことを考えているかを、議場全体に知ってもらえる貴重な機会です。また、スピーチの内容は公式の議事録に残るものです。モデ(モデレート・コーカス:着席討議)やアンモデ(アンモデレート・コーカス:非着席討議)の発言は、その場では印象に残っても、あくまでインフォーマル(非公式)なものです。
ですから、スピーチをする時には、起承転結を作り、抑揚や声のトーンにも気をつけましょう。また、他の大使からpoint(yes かnoかで答えなければならないような質問)を出されないような内容にすることや、結果的に他の国の威信を傷つけることのないように配慮することも必要です。
〇「国連」と「国」の政策は違うことを理解しよう
皆さんは「国連」と「国」の政策はどのように違うと思いますか。「国」はいわば学校のクラスのようなものです。そこでは、メンバーが守らなければならないルールがあり、そのルールにはある程度の強制力があります。
一方、国連は友達同士のようなものです。友達同士の約束ごとは、信頼関係があって、守るべきものと考えられますが、強制力はありませんし、友達関係をコントロールする上位の存在もありません。
政策とはどんな位置付けになるかというと、ある「現実」があって、それではいけないからこうなりたい、こうなろうという「理想(目標)」がある。その目標に近づけるためにすることが「政策」です。しかし、国際問題を解決するための政策は、国内政治の政策と違って、「問題があるからこうやって解決しよう」というわけにはいかないのです。各国の内政干渉になるような政策を出してはいけないことはもちろん、国連の機関同士の内政干渉となってもいけないのです。大使となる皆さんは、こういった国連の政策の特徴を理解して臨むようにしましょう。
〇アンモデとモデをうまく使い分けよう
大使の皆さんは、自由に話し合いができるアンモデ(非着席討議)を好む人が多いかもしれませんが、どの国がどのような立場にあるかを効率よく知るためには、実はモデ(着席討議)の方が効果的です。
それぞれの国の立場を知っておき、根回しをしたい国にはメモ回しを活用するなどして、限られた会議時間の時間を有効に使う工夫をすることが必要です。
「教育」は、世界のどの国でも最重要課題の一つです。しかし、これに対して普遍的な目標を作ることの難しさを、どの大使も痛感したことと思います。その一方で、自分たちが受けているものとは異なる教育やその課題について知ることで、持ち帰るものもまた多かったことでしょう。
最初に述べたように、この大会の目標は、実際の会議行動を通して模擬国連に取り組むための様々なスキルの向上を目指しています。まだ参加したことがない人にも、今までとは異なるグループで経験を積みたい人にとっても、得るものの多い会議となっています。
模擬国連に興味のある方、初めてだけどチャレンジしてみたいという方は、ぜひ来年チャレンジしてみてください。詳しくは、来年の大会ホームページをお待ちください。