「普通の高校生」が抱える言葉にならない不安やいらだちを、緻密なギャグと疾走感で形にする!
(2018年6月取材)
高校演劇の最高峰の舞台、全国高等学校演劇大会(総文祭 演劇部門)は全国8ブロック、約2100校の出場校から選ばれた12校が頂点を競います。
今回、全国の最激戦区の一つと言われる東北ブロックで最優秀賞を受賞して全国大会の舞台に立つのが、山形県立山形東高校演劇部の皆さんです。今回の作品『ガブリエラ黙示録』は、演劇部員によるオリジナル脚本で、ブロック大会では創作脚本賞も受賞という快挙を成し遂げました。
部員は全員が演劇初心者。進学校であるため勉強も忙しく、決して練習環境にも恵まれない中で「甲子園より出場が難しい(?)」と言われる全国大会出場を決めるまでには、どんな努力があったのでしょう。
全国大会を約2か月後に控えた日曜日の練習を取材してきました。
(取材日 2018年6月3日)
演劇部の部室は昔女子更衣室だった部屋です。普通教室とほぼ同じ大きさで、ふだんはその約半分のスペースで稽古をして、残りの半分で衣装作りや音響編集等のスタッフワークを行っています。私たちが取材したのは日曜日の午後。お昼の休憩後の練習が始まっていました。まずは個性派揃いの31人の部員をまとめる部長の山科さんにお話を聞きました。
■山形東高校の独特な練習方法があれば、教えてください
全員が初心者なので手探りの部分が多いのですが、動きの基本練習では、1秒も同じ動きをしないように体を動かし続けたり、チーム対抗でジャスチャーのお題を当てるゲームをしたりといった体を思いきり使うゲームを多く取り入れています。こういったことが、私たちの舞台の持ち味である緩急につながっていると思います。
また、作品の稽古では、演出を中心に役者や周りで見ている人が、自分たちが思ったことを言い合いながら形を作っています。特にギャグのネタシーンは、該当の役者だけで考えるのは限界があるので、その場にいる全員が案を出し、実際にやってみていちばんよいものを全員の投票で選ぶようにしています。
■皆さんの舞台の特長は何でしょうか
先ほど言った「緩急」と、あとは装置や体をめいっぱい使った転換です。音響と照明の操作以外は、全員が舞台に立つというのも山東ならではかも知れません。また、私たちはスタッフ活動に力を入れています。他校では、入部して3年間ずっと役者だけ、またはスタッフだけというところもあるようですが、私たちは全員が役者とスタッフを掛け持ちしていますし、衣装や装置は所属の部署関係なく全員で作っています。それによって、総合芸術と言えるような舞台づくりを目指しています。
■今回の『ガブリエラ黙示録』の見どころを教えてください
最初にこの台本を読んだ時、勢いがすごいと感じたと同時に、「これを舞台で見たい!」と思いました。単なるドタバタではなく、観ている人の心に刺さるような緊張感と、これは現実なのか妄想なのか、という独特の世界観をぜひ味わってほしいと思っています。全国大会の舞台には、今年入部した1年生も出演します。60分間、舞台上で生きている31人の部員たちの一瞬一瞬を見てほしいです!!
高校演劇の上演規則では、上演時間はきっちり1時間で、1秒でも超えると失格です。商業演劇に比べて大掛かりな舞台装置や場面転換が難しい中で、ストーリーに起承転結を作り、観客を最初から最後まで惹きつけるのは、まさに至難の技です。
さらに、出演するキャストやスタッフは全員在校生限定なので、老若男女の全てを1年生から3年生で演じなければなりません。だったら、高校を舞台にした話にしたらいいのかというと、実はこれが難しい。高校生を「演じる」ことで、かえってウソっぽくなってしまうことが多々あるのです。
高校演劇を描いた平田オリザ氏の小説『幕が上がる』(ももクロによる映画化で話題になりました!)で、地区大会の講評で審査員に「高校生らしくない」と言われた主人公が、「高校生らしさって何だよ、あんたたちわかってんのかよ」と心の中で毒づく場面がありますが、これは全ての演劇部員のホンネかもしれません。
そんな中で、ブロック大会の『ガブリエラ黙示録』には、「圧倒的、やばみ…」「めっちゃ面白かった。また見たい」「主人公と共感できた。自分の心を持っていかれた」「全国の女子が共感!」「人生のうちの60分間を山東演劇部さんの劇で染めることができて幸せでした」「笑い&感動 ありがとうございました」等など、熱い感動と共感の声が寄せられました。
高校演劇に取り組む他校の仲間たちからも絶賛されたストーリーはどのように生まれたのか。脚本を書いた奥山くんに聞きました。
主人公は前川孝という普通の男子高校生。自分自身と現状に対して様々な不満や疑念を抱き、あれこれ妄想を巡らせながら、行き場のない怒りや不安をどうにかしようとしていますが、状況は何も変わりません。そんな孝の前に、ある日突然「神」と名乗る謎の男が現れます。「神」が孝に言い渡した言葉とは?そしてその後の孝は…?
■『ガブリエラ黙示録』の着想はどんなところから得られたのですか
この脚本を書いた頃は、学校の行事やテストなどが重なって、勉強も人間関係も何もかもイヤになり、全てをぶち壊したい、ぶちまけたいという気持ちでした。締切りの日の朝3時ごろ、冒頭の10分くらいの部分を一気に書き上げ、そのまま提出したものが採用になりました。
■この作品の中で奥山くんがいちばん表現したかったことは何でしょうか
周りの人は気が付かないような、「生きていることの苦痛」です。「孤独」は言葉にすると安っぽく、めんどくさいものですし、ただ「生きていることは辛いです」と言っても見せ物にはなりません。それをどのように形にして舞台に乗せるのか。言葉にできない混沌を明るみに出そうとしたことです。見どころは、勢いと疾走感です。ト書きや演出でもこだわったところです。
■脚本はどのように仕上げていったのですか
最初は自分一人で書いていたのですが、どうしても行き詰ってしまったので、場面ごとにみんなで分担して執筆しました。僕は主人公の描写はしたのですが、周りのキャストの描写ができていませんでした。その部分をみんなが作ってくれたことで、より内容が濃いものになっていったと思います。
■とても印象的なタイトルですが、何か宗教的な意味はあるのですか
実は、ないんです。「ガブリエラ」は、演劇部に入部して3日目に、1年上の先輩がつけてくれた僕のあだ名です。理由は「ガブリエラっぽいから」だそうですが、よくわかりません(笑)。最初、脚本を提出した時はタイトルを全然考えておらず、しかたなくファイル名を「ガブリエラ」としました。その後「黙示録」をくっつけて、いずれ正式なタイトルをつけようと思っていたのがそのままになってしまった、というのが正直なところです。
■創作脚本賞を受賞された時の気持ちを教えてください。全国大会に向けて、さらにどんなところに磨きをかけていきたいですか
何が起きたのかわからなかった、というのが実感ですが、ただ一つ言えるのは、僕だけではできなかった、彼ら・彼女らがいてくれたからできた、ということです。東北大会から時間が経ってしまって、今はまた手探りの状態ですが、確実に良いものを作っていきたいと思います。
稽古は、演出担当の3人の3年生が前に立ってシーンごとに細かく区切って行っていきます。舞台に比べるとスペースは狭いですが、動きも声量も手加減することはありません。
2年生・3年生が中心になるシーンでは、微妙なタイミングやセリフの発声のしかた、体の角度などに細かいチェックが入りますが、山科さんの話にもあったように、みんなが意見を出し合い、納得いくまで何度も繰り返して調整しています。
一方、アンサンブルが中心になるところは、今年入った14人の1年生も出演するので、キャストや動きを大きく直しているところもあるそうです。アンサンブルの動きに対する演出や振付では、経験の少ない1年生にも伝わりやすい具体的な指示が出されていました。
印象的だったのは、ギャグっぽい動きを作るところでした。主人公を含めた3人が絡む場面ですが、登場する3人が相談して作った何パターンかの動きをみんなの前で実演して、全員の投票で決めていました。どんな点を評価するかは前もって演出の人から示されているので、演技を見たあとの話し合いも観点が明確です。ギャグを連発しながらも心に刺さる重いテーマを描くことができるのは、みんながその動きの意味を共有できているからなのでしょう。
全員が役者とスタッフの両方を掛け持ちしているので、自分が出る場面の稽古以外の時間は、衣装や小道具を作ったり、案内状の発送の準備をしたり、といろいろな作業をしています。手狭なスペースですが、みんなが自分の仕事に集中しつつ、周りにもちゃんと注意を払っているので、ごたついた感じがありません。
また、どの作業も稽古で人が交代する時には次の人に申し送りをしているので、作業が途切れずスムーズに進んでいます。演劇部の練習時間は平日が授業後の2時間、土日は6時間と特に長いわけではありませんが、時間をうまく使っているからこそ、内容の濃い練習と作業が同時にできることがわかりました。
■練習を始めてからこれまででいちばんたいへんだったことは何ですか
役作りのために、約半年で25kg減量したことです。観ている人に、「どこにでもいる普通の高校生」が、どんどん追い込まれていく様子をリアリティを持って感じてもらうためには、減量した方がいいだろうというみんなの勧めで、地区大会の頃からダイエットを始めました。あまり雰囲気が変わったので、久しぶりに来た先輩が、目の前にいる僕に気が付かなかった、ということもありました(笑)。でも、確かに前より舞台で動きやすくなりました。最近はややリバウンド気味なので、全国大会に向けてまた頑張りたいと思っています。
■最初から主人公役を希望していたのですか
今まで僕は、どちらかというとネタ的なキャラの方が得意でした。今回も、最初は「神」の役を希望していたのですが、部内でオーディションをした時に、冒頭で思いっきり大きな声を出すことができて、自分の役だと思えるようになりました。最初のシーンで観客の心を引き込みたいので、観ている人にセリフをぶつけるように演技しています。
■山田くんが考える「演劇の醍醐味」は何でしょうか
部員みんなで一つの作品を作り上げることです。もちろん、たいへんなこともたくさんありますが、上演が終わった時の感動の共有は、何にも代えがたいです。
■山形東高校演劇部の特長は何ですか
アンサンブルの調和の取れた動きこそ、私たちの最大の特長であり、見せ場だと思います。1年生で入部すると全員がアンサンブルで舞台に何度も立ち、そこで培った経験が2年生、3年生になった時に生かされています。アンサンブルの動きは代々演出担当がつけていますが、今年は2年生にバレエの経験者がいて、1年生がなかなか動けなくても、彼が思いもよらないような面白い動きを提案してくれます。体をめいっぱい使った、めりはりのある動きをぜひ見てほしいと思います。
■村山さんが考える「演劇の醍醐味」は何でしょうか
演劇は偶然の連続で成り立っています。練習中のちょっとしたハプニングや役者のアドリブ、本番の会場の空気感など、予想のつかないことばかりです。その一方で、演出の頭の中で練り上げていく「必然」もありますが、そこに役者の個性や得意なところがついてくることで、「必然」を超えていきます。この不確実性が、演劇の面白さだと思います。
■全国大会に向けてどんなことに磨きをかけていきたいと思いますか
先ほどお話ししたアンサンブルや、東北ブロック大会で絶賛された主人公の演技、ネタのキレなどのさらなる向上を図り、全体的な完成度を上げていきたいと思います。特にアンサンブルは、1年生が入ったことで動きを大きく変えたので、まだ伸びしろがあると思います。
どの大会でも、毎回ギリギリまで台本の推敲をしてきました。60分にまとめるためにどこを削るのかというのがいちばん難しいところですが、まだやれることはあると思います。
今回の『ガブリエラ黙示録』は、僕が1年生の文化祭で初めて立った舞台でした。自分の心を代弁してくれているような作品で、すごく思い入れがあります。セリフだけでは伝えきれないニュアンスを役者の動きで表現する場面がたくさんあり、大会を重ねるごとにどんどん進化していることを感じています。
もともと僕は表現することが好きで、中学の時も女子ばかりの合唱部に一人で入部したんですよ。他の部活をやっていた男子の友達を6人ぐらいひっぱってきて、混声合唱をやりました。中学2年の時には、合唱部2人と他の部活の3人のメンバーの5人の男声合唱で全国大会にも出場しました。高校で演劇部に入るかどうかは決めていなくて、新入生の見学期間の最終日に飛び込みで決めました。
演劇を始めてから、演技での表現以外の部分でも、一つの作品を作り上げることに対して自分は何ができるかということを考えて行動できるようになったと思います。稽古以外でも、稽古場の掃除や片付けとか、スタッフの作業に協力したりといったことも率先してやっています。
もともと演じることに興味があって、高校では、中学にはなかった部活に入りたいと思って入部しました。びっくりしたのは、演じるだけでなく、衣装や大道具も全て自分たちで作ることです。私は装置班ですが、パネルを切り出したり色塗りをしたりして、工作スキルも身に付けられるかなと思っています(笑)。
先輩たちを見ていると、とにかく声量や惹きつける力がすごいです。初めて見た時は圧倒されました。また、ギャグ部分のネタは稽古の中で大喜利のようにネタを出して、その場で考えて即興で演じたものの中から皆で話し合って決めていくのですが、すぐに形にできる反射力にいつもびっくりしています。
今回、1年生で全国大会の舞台に立つことができるので、高校演劇のトップクラスの演技を生で見られるのはすごくラッキーだと思います。発声や感情の込め方、動きなどをよく観察して、いずれはシリアスな演技もできるようになりたいと思っています。
取材を通して印象に残ったのは、部員の皆さんの笑顔でした。シリアスな場面の稽古では緊張感が走り、演出のダメ出しや意見を言う時は、かなりつっこんだ言葉が飛び交うこともありますが、演技を離れると表情はなごやかです。作品を作り上げる場では、学年や役割に関係なく一人ひとりの意見を尊重して、話をきちんと聞き合う姿勢を、部員みんなが持っているからなのでしょう。
部員の皆さんそれぞれにこだわりのシーンがあって、それらを一つひとつ紡ぎあげるように作っています。「60分間観客の皆さんを飽きさせないように現張りたい」ということですので、ぜひ実際の舞台で見ていただきたいと思います。
『幕が上がる』の終盤、自分が描きたかったことは何なのかに気付いた主人公は、こうつぶやきます。「誰か他人が作ったちっぽけな『現実』なんて、私たちの現実じゃない。私たちの創った、この舞台こそが、高校生の現実だ」…。
山形東高校の皆さん、全国大会出場校の皆さん、そして全ての演劇部の皆さんに、この言葉をお贈りします。全国大会まであと1か月。緞帳(どんちょう)が上がるその時まで、さらなる高みを目指して頑張ってください。