(2017年11月取材)
高校生が国連加盟国の「大使」になりきって、国際問題の解決に向けて議論を戦わせる全日本高校模擬国連大会。11回目となる今年の大会は、全国から86チームが出場し、2017年11月11日・12日の2日間、東京・青山の国連大学で開催されました。
今年の議題は「ジェンダー平等」。全日本大会への出場が決まった大使の皆さんは、議題を見た瞬間、頭を抱えたのではないでしょうか。毎回ホットな国際問題が議題となる全日本大会ですが、今大会のテーマ「変革」を象徴する、これまでとは全く違う意味の難しさを持った議題でした。なぜ国連の場で「ジェンダー平等」を議論するのが難しいのか。その中で、大使の皆さんはどんなことを考え、どのようなゴールを目指して行動したのか。
今大会の「議題解説書(Back Ground Guide)」と当日のレポート、そして来年の世界大会に日本代表として出場が決まった大使の皆さんへのインタビューから振り返ります。
なぜ今、国連で「ジェンダー平等」なのか
今回の議題「ジェンダー平等」は、2015年9月の国連サミットで採択された、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs[エスディージーズ])に含まれています。SDGsには、2016年から2030年までに達成すべき17の国際目標が掲げられ、その5番目に「ジェンダー平等の実現」があります。
開会式にビデオメッセージをくださった国際連合事務次長の中満泉さんは、「ジェンダーの平等は、道徳的な観点だけでなく、平和や正義の実現や開発にとっても重要です。和平交渉や平和合意の会議の場に女性が入っていると、合意率がアップするとも言われます。また、女性の地位が低いということは、人類のパワーの半分しか使っていないことになります」というお話をされました。
外務省女性参画推進室長の北郷恭子さんの基調講演では、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(2017年度版)で、日本は144か国中114位と低い位置にあり、その理由は、女性が高い教育を受けながら経済や政治への参画が遅れていること、さらに他国が日本以上に女性の地位向上に向けた努力をしていることを挙げられました。
2010年には、UN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)が設立され、また最近は、G7やG20などの国際会議でも、女性の地位向上の話題が取り上げられています。「ジェンダー平等」は、一見国際的な潮流であるようにも見えますが、現実は一筋縄ではいかないのです。
目標は「ジェンダーの定義」と「理想状態へのアプローチの原則」に向けた国連宣言案を作ること
今回の会議設定は第三委員会(国連総会社会・人道・文化委員会)。子どもの権利促進と保護、民族の自決権、死刑モラトリアム制度など、社会開発や人権問題などを扱います。
議題には
論点1.ジェンダー平等とは
論点2.有害とされる文化・慣行および差別・暴力への対応
が設定されました。
2日間の会議の目標として、論点1に対しては、「ジェンダー平等」に何が含まれ(【定義】)、それらはどのように達成されるべきなのか(【理想状態へのアプローチの原則】)を述べた「人権とジェンダー平等に関する宣言(Declaration on the Human Rights and Gender Equality)」が、コンセンサス(国際合意)で採択されるために、宣言案(Draft Declaration:DD)を提出します。具体的な政策を立てるのではなく、政策を立てる上での原則を設定するのです。
そして論点2に関しては、このDDの内容を踏まえた決議案(Draft Resolution:DR)を提出します。DDとDRは、2日目の最後に投票にかけられ、採択を問います。
論点1の議論の結果が「宣言」としてコンセンサスによって採択することが求められている、というのが、これまでの模擬国連とは大きく異なります。つまり、異なる立場や意見の国々同士が納得し得る形の成果文書を作ることが最低限必要となるわけです。これがなぜ大変だったのか、今回の会議の難しさを4つの観点から見てみましょう。
利益の対立がなく、どこを落としどころにするかを設定しにくい
模擬国連の目標は、様々な国際問題について、議論を通して現状より前進するためのアプローチを模索し、生み出すことです。当然ながら、各国の立場や利害は対立します。例えば、「気候変動に関する国際社会の将来的取り組み」(第1回全日本大会の議題)であれば、発展途上国vs.先進国、大陸に属する国vs.島嶼国、資源の乏しい国vs.豊かな国など、対立の構造が比較的明確で、他の国が国益として何をねらっているかを、ある程度推測することができます。また、国際協力を策定する際の援助国と被援助国の位置付けも明らかで、機関や基金の設立や運用など、具体的な政策も立てやすいでしょう。
しかし、「ジェンダー平等」には、そのような利益の対立はありません。つまり、大きな目標はあっても、それに向けて何を求めていけばよいのか、どこを落とし所とするかが設定しにくいのです。
容易な妥協を許さない宗教や文化による価値観の対立
「ジェンダー平等」を考えるにあたって最大の問題が、各国や地域でジェンダーの差別・虐待と見なされる状態や行為の多くが、宗教や思想、文化に根差すものであり、主張の異なる意見に対して、国家としては容易に妥協ができないことです。宗教が背景にある問題は、交渉のdeadline(超えてはならない一線)になりやすい上、当の国民にとっては「有害である」という自覚がほとんどありません。特に、女性差別や虐待の例として槍玉に挙がる児童婚や女性器切除(Famale Genital Mutilation:FGM)は、主に中近東やアフリカを中心とした地域で行われているため、西欧的な価値観からこれらを有害であるとすることは、価値観の押し付けや独自の文化の否定として反発を招きかねないというおそれがあります。
「性的指向・性自認」は実際の国連でもまだ議論されていない
さらに今回の議題をより複雑にしていたのは、性的少数者(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender:LGBT(※1))と言われる人たちをどのように考えるか、という点でしょう。
論点1で「ジェンダー平等の達成」を考える時、「性的指向・性自認」(Sexual Orientation and Gender Identity:SOGI)を考慮することが求められました。実は、国連では「女性の地位向上」については「Advancement of women」という議事項目で毎年議論されていいますが、「性的指向・性自認」はこれまで議題として取り上げられていません。言い換えれば、それだけ難しく、紛糾が予想されるテーマなのです。
性的指向の中でも、同性愛はキリスト教やイスラム教などでは禁忌とされるため、国によっては法律によって処罰の対象となっていることもあります。女性の社会進出という形の差別撤廃は認めても同性愛は認めないという国もあり、事前のリサーチにあたっては、他の国の国情についても目を配っておかないと、思わぬ「地雷」を踏んでしまう可能性があります。
このように、今回の議題は「ジェンダー平等」をどのように定義するかという、会議の基盤となる部分での合意形成が非常に難しいものでした。
※1 この他にIntersex(両性具有)やQuestioning(自分の性別がわからない人)を加えたLGBTIやLGBTIQなどの表現がありますが、本文中ではLGBTと表記します。
具体的な政策立案については議論できない
そして、今回の議題解説書には「会議中に議論できない話題=アウトオブアジェンダ」が記載されていました。「ジェンダー平等」が包括的な概念であるため、事前に議論の俎上に上げない話題が議長団から示されました。
アウトオブアジェンダとされたのは、
・社会開発におけるジェンダー平等に関する議論
・ジェンダーの枠を逸脱した人権一般に関する議論
・国の立場を離れ、個人の思想・価値観にのみ立脚した議論
・その他、あまりに専門的過ぎる議論および議場・議題を逸脱した議論
の4点です。
このうち、「社会開発におけるジェンダー平等に関する議論」は、UN Womenの働きかけによって、前述のSDGsに記載された「ジェンダー平等の実現」に向けて雇用や教育、政治における女性の社会進出や地位向上に向けての政策が立案され、実行に移されているので、今回の議論からは外されました。具体的な政策立案や機関の成立を目指すことが多い模擬国連としては、これまでなかったシチュエーションでした。
今回の議題では、個人としての性指向・性自認をどのように扱うか、という問題を「国」と「国際社会」の両面から考えることが求められました。大会終了後に話を聞いたある大使が、「自分自身はLGBTには何も偏見がないが、担当国は同性愛に厳しい立場を取っているので、ギャップに悩みました」と話してくれましたが、担当国の文化や法制度、国内事情や価値観をリサーチする中で、同じ悩みを抱えた大使も多かったことでしょう。その一方で、異なる価値観を通して見たり議論したりすることを通して、「ジェンダー平等」の大切さに改めて気付かされたことと思います。
提出物が多く、時間に追われるスケジュール
1日目の第1回ミーティングの終了時に、論点1についての宣言案(DD)を提出します。宣言案には12か国以上の提案国(スポンサー)が必要です。また、決議案(DR)策定に向けた、5か国以上のスポンサーによるワーキングペーパー(WP)の提出も認められます。
そして、2日目の第2回ミーテンィグの前半で、修正案を提出することができます(修正案は、全てのスポンサー国が賛同することが必要)。言ってみれば、全会一致に向けて自分たちの案を修正することができるわけです。
第2回ミーティングの最後に論点2についての決議案(DR)を提出します。DRは、DDの内容を踏まえたものであることが必要です。
2日目午後の第3回ミーティングの最後にDD→DRの順に投票にかけられ、採決されます。目指すは全会一致。大使たちはどのように行動したのでしょうか。
1日目:交渉を有利に進めるには、「引き出し」の多さが必要
1日目は、開会式に続いて議場Aと議場Bの2つの会場に分かれて会議細則の説明があり、続いて第1回ミーティングに入りました。自分の担当国は全日本大会の約1か月前にわかりますが、他の学校がどの国の担当になるのか、さらに議場A・Bの振り分けがどうなるのかは当日の受付時までわかりません。開会式の会場では、国の名前の入った名刺を配ったり、積極的に他の国に話しかけたりする大使も見られました。
今大会では、あらかじめ議長から「会議冒頭に論点1についての考え方を共有し、論点1の進め方を決定するための着席討議(Moderated Caucus)を20分行う」ことが提案されていました。論点1が議論のベースとなるもので、今回作成が求められる「宣言」(DD)は決議(DR)に先立って提出が求められるものであるからです。この着席討議終了後、非着席討議(Unmoderated caucus:通称「アンモデ」)から議論の火ぶたが切られました。
最初は宗教や地域などで近い国同士が集まって、それぞれの国の意見を発表し合い、共有することから始まりました。今回の議題では、他国に自国の立場や国内事情を理解してもらうことが重要です。そのため、ホワイトボードやクロッキー帳、ハンドアウト(パンフレット)などで自分たちの立場や意見をまとめたものを準備した国が目立ちました。しかし、グループに入る国が多くなると、論点を整理するのに時間がかかったり、配布もれのために共有がうまくいかなかったりする場面もありました。
特に、先に述べたLGBTの問題をどのように考えていくかについては、議論に入る前に原則がグループ内で共有できていないと、途中で議論が噛み合わなくなり、振り出しに戻らざるを得なかったところもあったようです。
今回の宣言案(DD)はコンセンサスが求められているので、どの国がどんな意見を持っているのかをできるだけ幅広く求めていくことと同時に、議場全体で主張ごとの賛成・反対の状況を俯瞰的につかむことが重要です。そのために、2人の大使が役割を分担して、1人が自分たちの所属するグループ内の動きを見る一方で、もう1人は他のグループの情報を収集したり、他国の大使に働きかけたりという組織的な動きをしている国がいくつも見られました。中には、違う立場であることをはっきりと表明しながら他のグループの議論に加わって、主張の違いを説明する大使もいました。そういった大使たちは、結果的に対立する国をも巻き込んだ折衝に成功しているようでした。
最初は5~6つに分かれてばらばらに見えていたグループも、終盤に近付くと徐々に収束に向かって動き始めます。第1回ミーティングの最後にDDを完成して提出する必要があるため、議論の輪から離れてペーパーを書く準備を始める大使たちも出てきます。この場面では、前もって自分たちで草案を書いてきた国が中心となり、他の国の意見を反映しながら文章を練り上げていました。
1日目を振り返ると、自国の主張だけでなく他の国との違いを図で示したり、あらかじめ賛同できそうな国のリストを作って順番にメモを回したり、というきめ細かな準備をしてきた国が議論をリードする場面がよく見られました。前もって様々な「引き出し」を作り、議論の流れに応じて何を出していくかを考えることの大切さがうかがわれました。
第1回ミーティングの終了時に、議場Aで3本、議場Bで3本(※2)のDDが提出されました。また、論点2のDRのもととなるWPが、議場Aで3本、議場Bで2本(※3)提出されました。議論が複雑だっただけに、意見をまとめた文書の作成ではかなり苦労したグループが多かったようです。
※2 うち1本は体裁不備のため、条件付き受理
※3 うち1本は提出国不備につき受理されず
2日目:今まで見えなかった対立点が浮き彫りに。相手の意見を粘り強く聞く姿勢が合意形成に貢献
2日目の第2回ミーティングでは、前日に提出された宣言案(DD)に対する友好的修正案(Friendly Amendment)と、論点2に関する決議案(DR)をそれぞれ提出します。ここでは、コンセンサスを導くために、対立するグループの国との合意形成を目指して、さらに突っ込んだ議論が行われ、前日よりも一段と熱のこもったやり取りが繰り広げられました。特に目についたのは、語句の定義や解釈の食い違いが表面化してきたことです。交渉が進んで、より多くの国が賛同する内容になっていく一方で、「我が国はそこまでは認められない」という国も出てきました。自国の国益を考える時、これは当然ともいえます。
また、条文が具体的になるにつれて、もともと火種となっていた性的指向・性自認をどのように定義するかという点が、蒸し返される場面もありました。「生物学的な性」を条文に盛り込むかどうかという点で、同じグループの中でも意見が割れたところもありました。また、意見をまとめようとするリーダー的な役割の国に対して、かなり感情的な発言が飛び出すことがあったりしたのもこの時間帯です。そんな時に、グループの輪から離れて対立する国の大使に個人的に話しかけて意見を聞き出したり、意見が衝突する原因になった点を整理して全員に示したりして、合意形成に向けて地道に努力を重ねる大使の姿も見られました。
結果として、修正案については、議場Aでは前日提出された3本のDDのうち、DD.2とDD.3がコンバイン(統合)しました。議場Bは最終的に1本のみ修正案が提出され、全ての宣言案が取り下げられました。また、論点2についてのDRは、議場Aでは2本、議場Bでは1本となりました。
最後まで真摯に議論に関わり続ける姿勢の大切さ
2日目午後の第3回ミーティングでは、投票行動に向けて最後の詰めの議論が行われました。この時点では、結果的に自分たちの主張が容れられず、心苦しい思いだった大使もいたかもしれません。しかし、議場の熱気は冷めることはありませんでした。公式討議(スピーチ)の中で、そのことに触れた大使もいました。「自分たちの主張は通らなかったが、よりよい形でジェンダー平等が達成されることを祈ります。ありがとう」。公式討議の順番は第1回のミーティングで決められるので、おそらく事前に準備してきた内容とは全く異なるものだったでしょう。それでも、最後まで粘り強く議論に関わり、良い方向に導こうとする姿勢は、すばらしいと思いました。
第3回ミーティングの最後に各議場でDDとDRの投票が行われました。いずれの会場も提出されたDDとDRが可決され、議場BのDDは、目標のコンセンサスによる可決となりました。
今回の会議について、会議監督を務めた、グローバルクラスルームの南 篤さん(東京大学農学部3年)からは、次のようなコメントをいただきました。
「今年の会議の特徴としては、アウトオブアジェンダに社会開発の論点を入れていたため、政策立案の要素が除かれていたことが挙げられます。従来の会議では、問題解決のためにどのような政策を立てることが効果的か、ということを考えるよう求めましたが、今年はそれがなかったために、戸惑った参加者も多かったようです。一方で、ジェンダーという問題がはらむ『価値観』のレベルでの深い対立が垣間見えたためか、立場を超えてどのように合意を形成するか、という意識を持っていた大使が多く、異なる意見の国同士による積極的な対話の姿勢が見られた点が印象深かったです」。
2日間の会議終了後の閉会式で、議場ごとに最優秀賞1チーム、優秀賞2チーム、ベストポジションペーパー賞1チームが発表されました。
◇最優秀賞
海城高校(東京都) 担当国:メキシコ(議場A)
桐蔭学園中等教育学校(神奈川県)Bチーム 担当国:アラブ首長国連邦(議場B)
◇優秀賞
渋谷教育学園渋谷高校(東京都)Bチーム 担当国:エチオピア(議場A)
鳥取県立鳥取西高校(鳥取県) 担当国:ノルウェー(議場A)
頌栄女子学院高校(東京都)Aチーム 担当国:ポーランド(議場B)
浅野高校(神奈川県) 担当国:スロバキア(議場B)
◇ベストポジションペーパー賞
西大和学園高校(奈良県)Aチーム 担当国:フランス(議場A)
渋谷教育学園幕張高校(千葉県) 担当国:フランス(議場B)
最優秀賞・優秀賞の6校・12人は、2018年5月にニューヨークの国連本部で開催される高校模擬国連の世界大会に日本代表として出場します。
代表になった大使の皆さんは、どんな準備をして、どのような心構えで会議に臨んだのでしょうか。皆さんに聞きました。
他国の意見やその背景にある価値観に配慮しつつ、相違点よりも共通項を探すことに尽力
島村龍伍くん(2年)、山田健人くん(1年)
海城高校(東京都) 担当国:メキシコ(議場A)
西洋諸国とイスラーム諸国の橋渡し役になることを目指し、「誰ひとり残さない」形の議論を進めた
永見大智くん(2年)、渡邊玲央くん(2年)
桐蔭学園中等教育学校(神奈川県)Bチーム 担当国:アラブ首長国連邦(議場B)
価値観の押し付けによる無理な「進歩」は、かえって後退につながることを真摯に訴えた
石川満留さん(1年)、E・Hさん(1年)
渋谷教育学園渋谷高校(東京都)Bチーム 担当国:エチオピア(議場A)
ジェンダー平等の先進国だからこそわかる「理想像」を伝える努力が実を結んだ
青木優奈さん(2年)、鎌田康生くん(2年)
鳥取県立鳥取西高校(鳥取県) 担当国:ノルウェー(議場A)
担当国の国情を綿密にリサーチ、皆が話し合える場を作ることでグループを盛り上げた
水口幸生くん(2年)、高田陽一郎くん(1年)
浅野高校(神奈川県) 担当国:スロバキア(議場B)
複雑に対立する主張の中で、抽象的な言葉の微妙なズレを議論することでグループ内の認識を共有
橋本京さん(2年)、元田有香さん(2年)
頌栄女子学院高校(東京都)Aチーム 担当国:ポーランド(議場B)
「聞く」と「聴く」と「訊く」
各会場で90人近い大使たちが2日間、文字通り知力と気力、体力の限りを尽くして議論を重ねる模擬国連。相手を圧倒するマシンガントークが有利かというと、決してそうではありません。入賞した国はもちろん、惜しくも今回は選ばれなかった大使の中でも、印象に残ったのは「きき上手」な人たちでした。フロントの説明や、グループ内での議論をしっかり「聞く」。個別の国との交渉では、相手の言うことを誠実に「聴く」。あいまいな点や疑問を持ったことをそのままにせず、きちんと「訊く」。もしかしたら、内心には焦りやいら立ちもあったかもしれませんが、誠実に耳を傾けようとする姿勢が伝わる人は、結果的に様々な国を引き付けていくことがわかりました。
また、1日目に行われた模擬国連OB・OGの座談会では、「模擬国連で大切なのは、英語力ではなく、言葉を論理的に使うこと」という話がありました。例えば「自分たちは中立の立場でありたい」ことを説明するために、「中立である」とは具体的にどのような行動や状態を指すのか、現在出ている問題に対してはどのような立場なのかを伝えることが必要です。さらに、相手と交渉する時に、既存の文書に書かれている語句をそのまま使うのでなく、ふだんの話し言葉に近い表現で説明すると、相手にも納得感が生まれます。膨大な資料を読み込んで自分たちのものにするためには、言葉を大事にする姿勢も必要なのでしょう。
最初にも触れたように、今回の議題は議論するにはとても難しいものでした。しかし、立場を超えた合意形成のために様々な人と話し合い、相手の立場を理解する努力をして良い方向を目指すのは、意外に高校生にとっても身近な問題解決に近いものかもしれません。
さらに、大使個人の思想や価値観ではなく国としての立場で議論するという場面は、国際関係の場面だけでなく、自分たちの仕事や社会生活でも起こり得ます。時には、全く意に沿わない主張をしなければならないこともあるでしょう。そこでどのように行動するのが、全体にとって、さらに自国、自分自身にとって良い方向につながるのか。様々な示唆を与えてくれた大会でした。
※誰でも参加できる入門型の模擬国連「全国高校教育模擬国連大会」の第2回大会が2018年8月に開催されます。教育模擬国連のキャッチフレーズは、「高校生の高校生による高校生のための大会」。模擬国連に興味を持った人は、ぜひチャレンジしてみてください。